ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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■番外編:アスプルンド伯爵夫人 リリィ 二

 結婚式は無事に終わった。

 

 ロイドが遅刻してきたり、脈絡もなくKMF(ナイトメアフレーム)が襲撃してきたり、シュナイゼルどころかオデュッセウスが来たり、日本勢とブリタニア勢がガチ喧嘩を始めたり──そういう大きなトラブルは幸いにも起きなかった。

 お色直しが二回あるというので白無垢風のドレスを着用し、ウェディングドレスと両方着るという贅沢もできたし、ブーケが見当違いの方向に行ったりもしなかった。神楽耶達からのお祝いとして振る舞われた日本酒に口をつける機会もあり、こっちに来てから初めての味に不覚にも感動してしまった。

 

 ──まあ、小さなトラブルは色々あったのだが。

 

 例えば、ロイドの友人代表としてスピーチすることになったセシルが仕事上の愚痴を語った挙句、勘違いした一部から「実はロイドに片思いしてたんじゃないか」と冷やかされてヤケ酒を飲み始め、手がつけられない状態になりかけたり。

 

 例えば、俺の友人代表としてスピーチすることになったミレイが「同性への道ならぬ想い」をほのめかすような文言をわざと散りばめたせいで場がざわざわし始め、挙句、真に受けてしまったニーナが泣き出してしまったり。

 

 例えば、ブーケを見事ゲットしたシャーリーがルルーシュにそれとなくアプローチを始めたせいで、彼の周りに女性の人だかりができそうになったり。

 

 例えば、咲世子が突然泣き出した挙句、三十分くらい戻ってこなかったり。みんなが泣くものだから俺まで涙腺が緩んでしまったり。

 

 終わってみればいい思い出話である。

 シュナイゼルが送ってきたワインが絶品だったこともあって式は盛況のうちに終了し、二次会三次会と続いていった。

 まあ、俺は体力的な問題で参加できなかったのだが。

 新婦が行かないんだから、とロイドが無理やり引っ張っていかれ、ほどほどに酔わされて帰ってきた。

 

 当日の宿泊先は、あらかじめ手配しておいたホテルである。

 

 アスプルンド家への引っ越しは一週間ほど前に済ませており、新しい環境にも少しずつ慣れてきてはいるのだが、主に帰るのが面倒臭いというのと「初夜くらいは二人きりで」と周りが気を回してくれたのだ。

 初手で決めて来い、と、プレッシャーをかけられたとも言うが。

 

「じゃあ、リリィ。変なことされたら大声出して」

「ありがとうございます。アーニャさんもゆっくり休んでくださいね」

「うん」

 

 千鳥足に近い状態で帰ってきたロイドにたらふく水を飲ませたアーニャが部屋から出て行くと、広いスイートルームには俺とロイドだけが残された。

 

「ロイドさま、もう少しお水を飲みますか?」

「いや、止めておくよ。……しないといけないこともあるしねぇ?」

 

 呂律があやしいせいで常の「ヘラヘラ感」が三割増しになったロイドはそう答えると照明の方へと歩いていく。

 どこかぼんやりとした暖色系の明かりに変わった室内は、外が暗いこともあってちょっとしたムードを演出してくれた。

 あれ、意外とその気なのか……? と驚いた俺は、それならそれで楽でいいと、ロイドの気の赴くままにさせようと思い──。

 

「……あれ?」

 

 婚約者から夫になった男性が一人、机に向かい紙とペンを取り出すのを見た。

 

「ロイドさま、何をなさっているんです?」

「いやぁ、いいことを思いついたんだ! キミのドレス姿を見て思いついたんだけどねぇ?」

 

 ウェディングドレスのふわりとしたスカートをKMFのデザインに生かせないかと思ったらしい。

 具体的に言うと下半身、脚部をガードするようにスカート状のアーマーを装備することによって戦闘不能の原因として多い「直立できなくなること」を防止するというアイデア。

 装甲が増加するせいで重くなるものの、そこは必要に応じてパージできる機能を付けておけばシールド代わりにも使えるのではないか、とのこと。

 

 結婚式を踏み台にして新しいアイデアを得るとは、さすがロイド。

 

 この分だと「そういう雰囲気」にはならなさそうだと理解した俺は、楽しそうに図面を引いていくロイドを後ろからしばらく眺めた後、囁くように尋ねた。

 

「……跡継ぎ問題はどうなさいますか?」

「数打てば当たるなんてナンセンスじゃない? 医学的に最良のタイミングを見て最短で決めようよ」

「だと思いました」

 

 ふう、と息を吐き、俺としてはかなりの薄着だった状態から一枚羽織り、

 

「では、私は先に休ませていただきますね?」

「うん。ゆっくり休んでねぇ?」

 

 さすがスイートルーム、ベッドのある部屋だけで複数あった。

 お陰でロイドの作業する音に煩わされることもなく、ぐっすりと眠ることができた。

 

 

 

 後から思い返してみると、結果的にこのタイミングで子供を作らなかったのは正解だった。

 

 この後、E.U.とのゴタゴタやら中華連邦とのいざこざやらが続いたからだ。

 もしここで俺が妊娠していた場合、身重で動きづらいところを狙って誘拐事件が発生していた可能性もあったし、なんなら「コード保有者の子」というレアものに目がくらんだギアス嚮団の残党が変な動きを見せてきたかもしれない。

 なので、ロイドの判断は結果的にファインプレーだったのである。

 

 大事なことだから二回言うが、()()()()()ファインプレーだったのである。

 

 後日、セシルに「どうでした?」と尋ねられた俺が「ええ、ぐっすり眠れました」と答えたせいで「貴方にはオスとしての本能とかないんですか!?」と絞られるロイドの姿を見ることができたが──暴れるセシルを俺は止めず、しばらくそのままにさせておいた。

 

 

 

 

 こうして、俺は「リリィ・シュタットフェルト」から「リリィ・アスプルンド」になった。

 

 正式に伯爵夫人となったわけだが、社長の座を退くわけではないので普段の生活自体はそれほど変わらなかった。

 帰る家はシュタットフェルト家からアスプルンド家に変わったし、カレンに「義姉さん、本当に大丈夫? 死なない?」とさんざん心配された(馬鹿にされた?)りもしたものの、アスプルンド家は伯爵家だけあって使用人の質も良かったし、義理の母となった人も「万一にも逃がしてなるものか」といった感じでかなり俺に良くしてくれた。

 

 ロイドは相変わらずで、非番の日以外は特派の施設に泊まりきりでロクに帰ってこなかったが、息子がそういう人物だったお陰で俺が社長業に邁進していても特に驚かれなかったのだと思う。

 

「リリィさんは言えば聞いてくれるから楽で助かるわ」

 

 これである。

 

 実際、俺も協力できる限りは協力した。

 大事なお客様が来る時はなるべく応対できるようにスケジュールを調整したし、パーティなどの催しにもできるだけ出席した。

 ロイドよりも家にいる機会が多いうえ、結婚した途端に家の差配を全部担い始める──なんて柄ではないので、使用人から反感を買うこともなく、むしろ体調面でお世話になることが多かったせいか、かなり早い段階で打ち解けることができた。

 結果、当主であるロイドの代理という体裁ではあるものの、実質的に家の代表として振る舞わなければならない場面が多くなった。

 

 それでなくても俺は知名度が高い。

 

「あのリリィ様にお会いできるとは」

「リリィ様のお噂はかねがね」

「貴女のことはこういった催しでもよく話題が出るのですよ」

 

 と、ことあるごとに言われる。

 会社経営をしているせいもあるだろうが、大きな原因は公の場でユーフェミアやクロヴィス、コーネリアなどと顔を合わせるたびに友人扱いで話しかけられるせいだろう。

 加えて、パーティ等にはドレス姿のアーニャ(護衛役だが、スーツやメイド服よりこっちの方が似合う)を連れているのだから、話題にならないわけがない。

 

 気づいたらあっという間に引っ張りだこである。

 体力がないので全部のパーティには出られない、と、ある程度出席率を落としてはいたものの、コードの力である程度の体調管理ができていなかったら体調を崩していたかもしれない。

 お腹は空くし疲れるのも防止できないものの、風邪なんかは防げるので、案外日常生活でも便利である。

 あまり長く持っていると見た目が変わらなくて怪しまれるので適当に手放したいところではあるが、既に魔女だのなんだの言われている俺が持っておくのが無難なのも事実。

 

 ルルーシュやスザク、神楽耶達には「危なくなりそうだったら譲渡するから言ってくれ」と伝えてある。

 

 ともあれ、一番の山場は既に乗り切っている。

 ルルーシュ達もギアスの恐ろしさは承知しているので、無暗に使ってあっさり制御不能に、なんてことにはならないだろう。

 ギアスなんて無いに越したことはないのだ。

 

 

 

 

 

 というわけで、新婚生活ってなんだっけ? といった雰囲気のうちに日々が過ぎた。

 

 結婚する前は家をどうするか、とか色々考えていたものの、結局は無難なところに落ち着いた。

 二人で新居を構えるにしてもロイドが帰ってくる保証がないし、俺の世話をしてもらうために使用人は必要、となるとアスプルンド家に住まわせてもらう方が合理的だった。

 両家の仲が悪いわけでもないのでシュタットフェルト家にも普通に顔を出せる。

 

 まあ、カレンが日本の警備隊に参加することを決めたせいであんまり家に帰ってこなくなり、俺が帰るたびにシュタットフェルト夫人から愚痴を聞かされることになったが。

 

「カレンさんは、ブリタニア人と結婚する気はないのですか?」

「というか、結婚する気が今のところないわね」

「それはまた、正直に言いましたね……」

 

 当の義妹と話した結果はこんな感じである。

 

「だって、私はまだ十七よ? 結婚なんて早いっての」

「ですが、警備隊なら男性はたくさんいるでしょう?」

「血の気が多いだけの男なんて御免よ」

 

 若干、鏡を差し出してやりたくなったものの、カレンは家柄良し、見た目良しの好物件なので、決して腕っぷしだけの不良娘ではない。

 が、放っておくとその辺の若者と喧嘩しているうちに仲良くなって恋仲になってしまいそうな気もする。

 せめて藤堂くらいの実績があれば違うと思うのだが……両親としては家の跡取り息子が純正の日本人になるのも気になる模様。

 どこかに日本人とブリタニア人のハーフなどという都合のいい男が転がっていればいいのだが、俺の知る限りでは存在しない。それならいっそ日本の要人とくっついて欲しいが、スザクとは相性が悪く、ナオトは実の兄。他の人間だと年齢が釣り合わない者が多い。

 なんというか、ままならないものである。

 

「義姉さんが孫を作ってくれればしばらく誤魔化せるでしょ」

「私達もすぐには作りそうにないんですけどね……」

 

 まあ、自分が結婚したからといって「結婚は良いよー」などとマウントを取るつもりはない。

 カレンに恋愛を薦めるのは単に自分の面倒を減らすためだ。結局は本人の意思が一番なので、無理なら無理で放置しておくしかない。

 だが……そうだな。ジェレミアあたりと話す機会をそれとなくセッティングしてみるのは悪くないかもしれない。ちょっと考えてみよう。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、リリィさんは指輪をしないんですね?」

「ええ。……ほら、私は普段手袋をしているので、するっと抜けて落としてしまいそうなので」

「ああ、そういえばそうですね」

 

 宝石めいたダークパープルの瞳を俺の手に向けて、こくりと頷くナナリー。

 色々あって、彼女は俺の結婚式の前に視界を取り戻した。その時の話はまた別に語る機会があるだろうが、とにかく、彼女の綺麗な目を覗き込めるようになったのは俺としても幸いである。

 残念ながら足の方はガチの怪我が原因なので未だ車椅子ではあるものの、本を読んだり字を書いたりできるようになったことで持ち前の聡明さが真価を発揮するようになった。中学二年生にして既に才女の片鱗を見せ始めており、このままだと高校生になる頃には生徒会長間違いなしだ。

 高一になったユーフェミアをミレイが生徒会へ引っ張り込んだらしいので、アッシュフォード学園の歴代生徒会長にブリタニア皇女が続々就任していくことになるかもしれない。

 

「仕方なく、こうして首からかけております」

「あ、本当!」

 

 紐にすると切れた時に気づかない可能性があるので金属のチェーンに繋げている。

 婚約した後にもらった指輪は結構、公の場では付けるようにしていたのだが、俺とロイドが結婚したことは多くの人が知っているので喧伝する必要があまりない。

 

「そうだ。リリィさんの手、見せてくれませんか?」

「はい、いいですよ」

 

 ナナリーは長い間、視界を闇に閉ざされていたせいか、色んなものを見るのが趣味になったらしい。

 差し出した俺のなんでもない手をまじまじと見つめて瞳を輝かせていた。

 

「ナナリーさんと目を見て話せるようになって、本当に良かったです」

「私も、リリィさんの顔が見られて嬉しいです」

「実際に見たらがっかりしませんでしたか?」

 

 尋ねると、少女はふるふると首を振って笑った。

 

「いいえ、想像していた通りでしたよ」


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