ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「ギアスを与えることができるのですから、失わせることもできるのではないでしょうか」
「お前は何を言っているんだ」
社長室の隣にある特別室。
セシリア・クラーク(仮)となったC.C.は、自宅代わりに利用しているその部屋で、いつものようにゲームをしていた。
コントローラーを置いて振り返った彼女はチーズ君を抱いたまま、深皿に盛られたおかきを引き寄せる。
大好物のピザでないのは、先日咲世子から「今後は体型を気にされた方がいいのでは」と忠告されたせいだろう。コードを失い、成長するようになったからには老化も劣化もするということ。高カロリー生活をえんえん続けていてはあっという間に太る。
まあ、本人は「節制しながらたまに食べる生活」か「今のうちに食べられるだけ食べておく」か悩んでいるようだが。
「で? 今度は何を企んでいる?」
「企んでいるというわけでは……。単に、コードの譲渡以外でギアスに干渉する方法がないか考えているだけです」
きっかけは、結婚式の日取りを伝えた際のナナリーの言葉だ。
『頑張って目を治しますね』
ナナリーの目は医学的には何の問題もない。皇帝シャルルのギアスによって記憶が操作され、
よって、その思い込みを打ち破ることができれば再び見えるようになる。
とはいえ、深層意識に刷り込まれた認識はそう簡単に変えられない。
ギアスの影響を取り除くギアスでもあればいいが、そんな都合のいいものはない。
しかし、コードとかいうなんだかすごい力があるのだから、何かできる可能性はあるのではないか。
方法が見つかればアーニャの昔の記憶も取り戻せる。
そう説明すると、セシリアは「なるほどな」と頷いた。
「ナナリーのためか。ルルーシュだけでなく、お前も大概あの子に甘いな。しかし、ギアスの消去とギアスによる後遺症の消去では全く別だぞ?」
「もちろんそうですが、もしギアスを取り上げられるとすれば、任意のギアスが得られるまで何度も繰り返すこともできるでしょう? ギアスクリーナーとか、そういった類の力を得られるかもしれません」
「ガチャは悪魔のシステムだぞ」
「我が社のガチャは良心的な仕様ですのでご安心ください」
今のところはPC向けのデジタルカードゲームにしか導入していないし、デッキに投入できる最大枚数に達したカードは抽選されない仕組みを導入している。
スキンなどのお洒落アイテムは欲しいものだけを入手できるように個別販売なので、少ししか課金したくない人にも優しい仕様である。
最近になって他社が真似して類似ゲーム、悪質ガチャを作り始めているが──コンプガチャの悪夢は繰り返させてはいけない。シュナイゼルには景品表示法的な考え方について囁いておいた。
「話が逸れましたが、後遺症を直接消すよりは可能性がありそうでしょう?」
「どうだかな」
小粒のおかきを二、三個まとめて口に放り込んだ後、細い肩が竦められる。
「コードの力を研究し、効果的に利用しようなどという考え方自体が異端だ。私の身体をいじくり回したあの忌々しい連中は『知らなかったからこそ』だろうしな」
「ギアス嚮団でもコード研究は行われていなかったのですか?」
「やっているわけがなかろう。あそこは基本的に宗教団体だぞ? 神秘の力を世俗に堕とす教祖などいやしないし、嚮団員がそんなことを企てれば袋叩きだ」
嚮主だった頃の彼女にしても、コードを継いで不老不死になってくれる人間を探していたわけだ。
ギアスとコードについてぺらぺら喋り研究に利用させる、なんてことをすれば死ぬ機会を逃すか、生きたまま殺され続けるようなことになりかねない。
まあ、もちろん、ギアスの研究については盛んだったようだが、
「ギアスの分類や、ギアス適性の究明──ギアスの利用方法の研究。そういった方面の研究は盛んだったが、ギアスの消し方については碌に研究されていなかった」
「彼らは神秘の力を独占する側であって、立ち向かう側ではなかったから……ですね」
「そういうことだ」
苦笑するセシリア。
「だから、私が役に立てることはほぼないな。ナナリーやアーニャのため、ということであれば止める気もないが──まあ、もし手っ取り早い方法が望みなら、クロヴィスに頼んであの連中と接触するのが良いんだろうな」
「そうですね……。できれば最後の手段にしたいところですが」
俺だって、自分の身体をいじくり回されるのは勘弁して欲しい。
セシリアとの会話では敢えてぼかしたものの、コードを使いこなすことでギアスの後遺症を消せる可能性は、直接ギアスを消せる可能性と同じくらいにはあると思っている。
理由は、原作に登場した『ギアスキャンセラー』というギアスだ。
これはセシリア──C.C.を研究して得た成果を元に、ジェレミア・ゴットバルトへ改造を施すことで生まれた力である。
瞳に浮かび上がるのは青く、上下が逆さまの紋章。
便宜上ギアスの一種として扱われているものの、おそらくは人為的に作られたギアスと対極の力──ギアスへのアンチ能力なのだろう。
そして問題は、このギアスキャンセラーがコードの研究によって得られているということ。
ならば、コード保有者の力を逆転することができれば、ギアスを、あるいはギアスの影響を消すことができるかもしれない。
というわけで、
「実験に協力していただけませんか?」
原作知識を伏せた上で協力を要請したのは、俺の秘書のような仕事をお願いしている少年と、俺の護衛と細々した仕事を担当している少女だった。
原作でコードを研究していたハゲのおっさん──バトレー将軍は残念ながら出てこない。クロヴィスが味方についているので手荒なことはされないと思うのだが、下手に身柄を預けて「バトレーの逆襲」とかなられても困るし。
「僕達は構わないけど……」
「私、別に何もできないと思う」
「大丈夫です。ただ練習台になって欲しいだけなので」
困惑した様子のマオとアーニャに俺は微笑んでそう答える。
実験といっても大したことをするわけではない。
単に、ギアスを他人に与える要領で他のことができないかあれこれ念じてみるだけ。セシリアに聞いてみたところギアスの与え方も「目を合わせて念じるだけだ」とのことだったので、コードというのはなかなかに大雑把な能力らしい。
二人を呼んだのは、自分一人で実験しても結果がわからないからだ。
要らないギアスのあるマオと、ギアスの影響で記憶を失っているアーニャは試すのにもってこいの相手である。
「ね、リリィ? それ、痛くないよね?」
「はい。痛みはない……と思います。私も体験したことはないので絶対とは言えませんが、ギアスを得る時は特に痛くなかったですし」
「わかった。なら、煮るなり焼くなり好きにして」
「煮ませんってば」
苦笑した後、俺は二人に「ありがとう」とお礼を言って実験を開始した。
……で。
「駄目でしたね……」
実験はものの見事に失敗に終わった。
人払いをした部屋で二、三時間くらい念じたり唸ったり、歌ってみたり踊ってみたりしたのだが、何も起こらなかったのである。
コードを全く扱えていない、というわけではない。
その証拠にギアスを付与するパワーのようなものは放つことができた。アーニャに向けると本当にギアスを与えてしまうので対象はマオだったが──そのパワーの性質を逆にする、というのは口で言うほど簡単なことではなかったのである。
多分、科学的な検知器を作って波形を読み取りながらやった方が捗る作業だろうな、という感じ。
とはいえ、コードを科学の発展に捧げる気はない。
「いろんな顔のリリィが見られて楽しかったよ」
「気を落とさないで、リリィ。また挑戦すればいい。マリ──悪霊のせいで気を失わなくなったから、私はそんなに困ってないし」
「ありがとうございます、二人とも。自分でも練習してみて、いけそうだと思ったらまたお願いしますね」
まあ、数百年間コードを持っていたはずのセシリアや、素質としては最上位であろうV.V.ができなかったことをやろうとしているのだ。
ちょっとした思いつきであっさり成功してしまったら彼女達の立つ瀬がない。
人間の脳のメカニズムというのは複雑で、完全に解明できているわけではない。
まして、この世界には「魂」というものが実在しているかもしれないのだ。理解するのは余計に大変である。なにせ、原作だとセシリアでさえ記憶喪失になったりしているのだ。
あれは彼女が自分から『Cの世界』に引きこもったせいではあるのだが、そもそもあの世界自体わからないことが多い。コードの保有者ならアクセスが可能といってもできることは限られているし……。
「……あれ?」
思考の行く先に気づき、俺は首を傾げた。
「どうしたの、リリィ?」
「いえ、その。アーニャさんやナナリーさんの記憶を戻すだけなら、もう少し穏便な方法があるんじゃないかな、と」
その思い付きが可能かどうか確かめるべく、俺は再びセシリアに連絡を取った。
召喚令状が出たり、警察に追われる身になったりと色々大変だった彼女だが、命令を出した皇帝シャルルは「乱心した」として捕らえられた。その後、シュナイゼルが正式に命令を撤回したこともあって、再び我が社のご意見番の地位に戻っている。
社長室の隣に住んでゲーム三昧(彼女にとっての正式な業務である。給料も出る)をしているので、電話すれば大抵は出てくれる。
『なんだ? この前の目論見が上手く行ったのか?』
「いえ、残念ながら失敗したのですが……代わりにお伺いしたいことがありまして」
尋ねたのは「他人の精神世界への干渉」と「Cの世界への接続」についてだ。
原作において、セシリアはスザクを止めるために彼とのリンクを形成。それに干渉したルルーシュがスザクの記憶を覗く場面があった。
ということは、コード保有者は他人の記憶を覗くことができるということだ。
問題はこの「記憶」が本人の持つオリジナルなのか、それともCの世界にあるコピーなのかということ。
コピーの方なら、書き換えられたオリジナルとの差異についてアーニャやナナリー自身に認識させられる。
オリジナルだったとしても、Cの世界への干渉権限によっては──。
『……なるほど。ああ、おそらくそれなら可能だろう。他者への精神干渉は本人の記憶──オリジナルに接続しているが、お前がCの世界に繋げて間接的に再ダウンロードしてやればいい』
「ありがとうございます、セシリア。試してみますね」
『ああ。……というかお前、いつまでも敬語を使わなくてもいいんだぞ? いや、咲世子に刺されても面倒だからそのままでいいか』
「なんですか、それ」
思わず吹き出す俺だったが、思えば俺は実姉である咲世子相手にも敬語だった。
さん付けで呼ばない相手でさえ貴重であり、ここでセシリア相手にため口を使った場合、仲の良さでは咲世子を抜いてトップということになる。
うん、姉さまが拗ねそうだから止めておこう。
ともあれ、通話を切った俺はアーニャに再び向き直り、
「アーニャさん。すみませんが、もう少しだけ実験に付き合っていただけますか?」
「痛くないならいいけど」
「今度の実験は少し痛いかもしれません」
すると思いのほか抵抗を受けたものの、最終的には「しょうがない」と協力してもらうことができた。
そして。
ある日、アッシュフォード学園を訪ねた俺は、ナナリーやユーフェミアと夕食を共にした後、待ちに待った施術を実行に移した。
「お願いします、リリィさん」
「ナナリーさん。練習もしましたし、失敗はしないと思いますが、もし──」
「大丈夫です。覚悟はできていますし、それに、きっと大丈夫ですから」
いつも通り目を閉じたまま微笑むナナリー。
護衛の咲世子も少し離れて立っており、俺が彼女を害するとは毛ほども思っていない状態。見守るユーフェミアも心配二割、後は期待といった様子で、なんというか保護者に見守られたままキスでもするみたいだな、と、場違いな感想を抱いた。
その感想を振り払い、そっと少女の額に手を添えて、
──俺はナナリーへの記憶、そしてCの世界への接続を開始した。
探るのは、マリアンヌ殺害事件と、その後の記憶。
「ん……っ」
少女の小さな声を聞きながら探り当てたそれは、やはり欠落していた。
だが、それは本人の記憶を書き換えただけ。
Cの世界、つまり「世界の記憶」には事実が残されている。
自身のコードを用いてCの世界に接続した俺は、該当するナナリーの記憶を探り当てると、それを自分経由で少女に流し込んでいく。
「……あっ」
ナナリーが上げた小さな声は、痛みが走ったせいか、それとも。
──接続が終わって。
息を吐いて手を離した俺は、じっと少女の顔を見つめる。
するとナナリーは小さく口を開けて驚きを示しながら、ゆっくりと、何年も閉じたままだった瞳を開いていった。
現れたのは、濃い紫色をした美しい瞳。
息を呑むユーフェミア、咲世子、そしてアーニャ。
「見えますか、ナナリーさん」
「はい。見えます。リリィさんの顔が、はっきりと」
直後。
瞳に涙を浮かべたユーフェミア達がナナリーに抱きつき、しばらくの間、部屋は喜びの声と涙によって温かく満たされることになった。
なお。
ナナリーの目が開く決定的瞬間に呼ばれなかったルルーシュから後日俺は物凄く怒られたのだが、当のナナリーが、
「私だってもう子供じゃないんですから。そんなことでリリィさんを怒るなんて、お兄様はひどいです!」
と拗ねたことで、話は有耶無耶になったのだった。