ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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■番外編:リリィ・シュタットフェルトは貴族令嬢である

 リリィ・シュタットフェルトは貴族令嬢である。

 

 今更何を言ってるんだという話だが、ゲームとKMF(ナイトメアフレーム)のことばかり考えていると不意に「俺ってなんだっけ?」となる時がある。

 ともあれ、ゲーム会社社長(社員は男子八割以上)のリリィさんも年頃の女子なわけで。

 学園で友人とお喋りしている時なんかは、いわゆる女子っぽい話題が多くなるのは当然のこと。

 

 ある日、後輩であるシャーリー・フェネットが投げかけてきたのも、ちょうどそういう種類の話だった。

 

「リリィ先輩。今度一緒にショッピングに行きませんか?」

 

 暗くならない程度に陽光を遮った生徒会室。

 昼休み開始と同時に届けられた温かいお弁当(中身はフィッシュ&チップス、タルタル付き)をもそもそと口にしつつ、俺は首を傾げた。

 

「ショッピングというと、やっぱりお洋服ですか?」

「はい。そろそろ新しいのが欲しいかなあってニーナと話してたんです」

 

 俺の周りの女子の中では特に年頃の女子らしい少女は、薄緑色の瞳をきらきらと輝かせている。

 隣に座っているニーナも「その通りだ」というようにこくこくと頷く。あんまりお洒落に興味がなさそうな子だが、やっぱり彼女も女子ということか。最近は髪型も色々試しているみたいだし。

 

「ええ。お役に立てるかどうかはわかりませんが、是非ご一緒させてください」

 

 幼少期を日本で過ごしているうえ、保有している知識が偏りすぎているため、正直言ってファッションセンスには自信がないのだが、頼ってくれた以上は全力を尽くしたい。

 と、シャーリーは不思議そうに目を瞬き、

 

「先輩も服買いましょうよ!」

 

 と言ってきた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「ええ、そうしたいのはやまやまなのですが……」

 

 アッシュフォード学園内でトップクラスの有名人、ミレイ・アッシュフォードと並ぶ生徒会長の代名詞、ニーナ・アインシュタインにとって(色々な意味で)憧れの先輩、リリィ・シュタットフェルトはシャーリーの呼びかけに困ったような笑みを浮かべた。

 

「基本的に、私の服は全てオーダーメイドなんですよ」

 

 なんと。

 こちらを振り返ったシャーリーと思わず見つめ合い、

 

「全部って、全部ですか?」

「はい。正確に言うと、部屋着の一部は既製品ですが、それ以外は全部」

「うわ、お姫様みたい……!」

 

 シャーリーの上げた歓声は、ニーナの感想とほぼ同じだった。

 

「私、オーダーメイドなんて二回くらいしか経験ないです」

「私だって年に一回、パーティ用のドレスを仕立てるだけだよ……!」

 

 アインシュタイン家もフェネット家も貴族ではないし、貴族並みの暮らしができるほど裕福な家庭でもない。

 裕福な家庭の子が多いアッシュフォード学園においては普通と言っていい境遇だ。

 もっとも、あくまでも「この学園においては」という話であって、世間一般から見れば十分に良い暮らしをしているのだが……それでも、服をオーダーメイドで仕立てるというのはなかなかできない。

 今の時代、わざわざオーダーメイドなんてしなくても質の良い既製服がたくさんある。高級な出来合い品を買う方がコストパフォーマンスが良いことが殆どなので、一から仕立ててもらうのはそれこそ、いざという時の晴れ着くらいである。

 だが、リリィはほぼ全てオーダーメイド。

 店に出向いて注文するのか、それとも家に呼んで採寸からしてもらうのか、使う生地や糸の値段などによってもグレードはいくらでも変わってくるだろうが、いずれにせよ雲の上の話としか言いようがない。

 

 ニーナはふう、と息を吐いて、

 

「やっぱり貴族の家は違うんですね……」

 

 するとリリィは微笑んで首を振る。

 

「カレンさんは面倒がって既製品を着ていますよ。租界にも良いお店がたくさんありますし。……ただ、私の場合、上から下までコーディネートが大変なので」

「あ」

「あー……」

 

 言われてみれば納得である。

 

 アッシュフォード学園の制服は(生地やデザインはともかく形状は)ごくごく一般的なものだが、リリィはそこに手袋や帽子、日傘にタイツといった日光対策グッズを自前で追加している。

 学園に来る時でさえこれなのだから、私服の場合はもっと気を遣っているに決まっている。

 彼女の場合は体質的に手袋等が必須であり、となると、例えばトップスとボトムを別々に買って気分に合わせて選ぶ、というのが難しくなる。更に手袋と帽子と日傘と……と合わせるものが豊富なため、コーディネートの仕方が限られるからだ。

 であれば、最初からフルセット誂えてしまった方が楽である。

 

「幸い、あまり体型に変化がないので、頻繁に買い替える必要もありませんし」

「すみません、先輩。よく考えずに無理を言ってしまって」

「いいえ。皆さんの服を見立てるのも楽しいですし、小物……ハンカチなどであれば単品で買っても困りませんから。気にせず誘っていただけて嬉しいです」

 

 リリィはそう言ってにこやかに答えてくれる。

 

 ニーナ達の失態に怒るどころか「誘われたのが嬉しい」といった様子であり、見ているだけで心が穏やかになってくる。

 なんというか、こう、人が良すぎてその辺の悪者に誘拐されないか心配になってくる。

 ちゃっかり防犯ブザー等で自衛はしている彼女だが、それだって万能ではない。一緒に出掛けるのなら自分達が守ってやらなければならないだろう。

 

「じゃあ、私達が先輩をエスコートします」

「だね! 先輩、一緒にニーナの着せ替えをして遊びましょう」

「ふふっ。それは楽しそうです」

「え、シャーリー、何する気……?」

 

 にこにこしながらこっちを見てくる二人の姿に、急に嫌な予感がし始める。

 しかし、シャーリーは自重する気はないようで、

 

「どうせ会長と行く時はそんな感じでしょ? 大丈夫だってば、痛くしないから!」

「ああ、でしたらミレイさん達も呼びましょうか? 大勢の方が楽しいですし」

「待ってください、リリィ先輩! ミレイちゃんまで呼ばれたら私がどうなるか……!」

 

 思わず悲鳴を上げる。

 しかし無情にも、シャーリー達の「仲間を呼ぶ」作戦は実行されてしまった。

 ミレイはもちろん、神楽耶、更には転校してきて間もないユーフェミアまで参加することになり、優しくも押しの強い少女達によって体の良い着せ替え人形に。

 もともと、ニーナはお洒落があまり得意ではない。

 ただ、最近はいろいろあってイメージチェンジを図っており、できればリリィの好みなどを聞けたら、というのがショッピングの目的だったのだが──。

 

「ニーナもたまには活動的な服装してみたら、ほら、これとか」

「でしたら、こんなのも良いのではございませんこと?」

「ニーナさんの髪の色に合わせるのでしたら、主張の強い色合いは避けた方がよさそうですわね。他の部分で活動的な印象を補強するのであれば、やはり丈でしょうか」

「みんななかなかやるなあ……あ、ニーナ、こんなのもあるよ!」

 

 次から次へと新しい服を薦められ、目が回りそうになってしまった。

 まあ、

 

「ニーナさん、とても良く似合っていますよ」

「ほ、本当ですか、リリィ先輩」

「ええ、もちろんです」

 

 当初の目的は達成できたので、これはこれで良かったのかもしれない。

 友人達はともかく、神楽耶とユーフェミアのおススメをどう断ったものか考えつつ、ニーナはそんなことを思った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「何よ。付き合いで、とか言ってた割には買い込んできたじゃない?」

 

 家に帰った俺を出迎えた義妹(いもうと)はふん、と息を吐きながらそんな風に言ってきた。

 俺は手にした衣料品店の服を見下ろして苦笑し、

 

「それを言われると弱いのですが……大勢で買い物に行くとつい、気が大きくなってしまったりしませんか?」

「だから私は参加しなかったのよ。絶対長くなるし」

「カレンさんがいれば、ニーナさんの負担も少しは減ったでしょうけれど……」

 

 磨けば光るのに地味な服装ばかりしている後輩の少女は、お洒落大好きな友人達の格好の標的になっていた。

 まあ、他人事のように言いつつ俺も最低限のヘルプしかせず、むしろ彼女が嬉しい悲鳴を上げるのを笑ってみていたわけだが。

 何しろ、友人同士でわいわい騒ぐというのは楽しいものだから。

 

「で、何買ったのよ?」

「服を買ってもあわせづらいので、小物が中心ですね」

 

 二人揃って自室に移動し、ベッドの上に戦利品を広げてみる。

 

 ハンカチ、ソックス、チョーカーにブレスレット、それから下着。

 ブラは締め付けの問題があるからオーダーメイドが望ましいんだが、俺の胸のサイズなら無理して付けなくても問題ない。キャミソールのような楽な肌着と合わせることもできるので、単品のショーツの中から見栄えのするものを選んで買ってみた。

 アクセサリーの類はワンポイントだから服と完全に合わせなくても割と問題ないし、全く使わないということもないだろう、たぶん。

 

 カレンはそのラインナップを見て苦笑し、

 

「義姉さんらしい、高そうなのばっか……あれ、こんなのも買ったんだ?」

 

 取り上げられたのは他のアイテムとは少々毛色の違う印象のハンカチ。

 お嬢様っぽく上品にレースが使われた品ではあるのだが、ベース色が赤。描かれた模様は一見すると花のようだが、良く見ると炎だ。

 どこからどう見ても活動的とは言い難い俺が使うと違和感のある品である。

 

「ええ、それはカレンさんにプレゼントしようと思いまして」

「え、私に?」

「はい。似合いそうだったので、つい。不要であればクラスメートの方にでも差し上げますが……」

 

 そっと見上げると、呆れたような表情の後に笑みがこぼれた。

 

「もらっとくわ。猫被ってる時にでも使えばいいでしょ」

「そう言っていただけると嬉しいです」

 

 ほっとした俺はカレンに笑顔を返した。

 

 

 

 

 

 

 リリィ・シュタットフェルト──篠崎百合は紛れもなく女子である。

 

 とはいえ、前世の記憶が戻った時は本当に難儀したものだ。

 なにしろ、男だった頃とは何もかもが違う。

 

 この際、病弱なのは置いておくとしても、肌は白いしすべすべだし、髪は長くて当たり前。

 姉である咲世子も使用人も同性かつ子供だからって平気で一緒に風呂に入ったり、身体を押し付けてきたりする。健全な男としての感覚なら反応して当然である。まあ、女の身体なので、わかりやすく反応する器官というのが存在しなかったわけだが。

 忍者の端くれとして叩き込まれることになった性教育と合わせて、本当にどうしてこうなったのかと頭を抱えたものである。

 

 だからこそ『私』──篠崎百合の経験をベースとする意識と『俺』──前世の記憶をベースとする意識を使い分けることにした。

 もちろん、だからって二重人格になったわけでもなんでもない。

 会話や仕草については本能的な部分に任せることで気が楽になったという程度の話で、結局は『俺』の部分も咲世子の匂いや柔らかさを堪能し、少しずつ女らしくなっていく自分の身体をも認識することになった。

 それでも性教育についてはなるべく受けずに済むよう頑張ったわけだが……。

 

 記憶が戻って年月が経つうち、少しずつ感覚も馴染んでいった。

 

 当時は無かった月のものが始まったり、動くたびに長い髪が肌を撫でたり、風呂やトイレの度に凹凸の少ない下腹部を認識させられたりしていれば否が応にも「ああ、俺は女なんだな」とわかる。

 俺の場合は男だった頃の魂が百合の身体に憑依したわけではなく、あくまでも前世の記憶を思い出しただけ。

 つまり百合であるのが正常なわけで、理解して諦めてしまえば後は早かった。

 

 だから、こうして内側で主に思考しているのが『俺』なのは単なる名残といえる。

 

 いつ、完全に女になったのか、と言われるとよくわからない。

 いくつか「あの時かな?」と思うタイミングはあるものの、もしかしたら今だって完全に女になってはいないのかもしれない。

 そもそも男と女を精神的に分ける基準とはどこにあるのか。

 

 

 

 

 

「……考えてもわかりませんよね」

「なんの話?」

 

 少し前のことを回想しながらとりとめのないことを考えていた俺は、ここが社長室であることをあらためて認識しながら、不思議そうに尋ねてきたマオに微笑んで答えた。

 

「少々哲学的なことを考えていました」

「ふうん……?」

 

 ちんぷんかんぷん、といった様子で首を傾げるマオ。

 彼の顔を見ていたらふと、尋ねてみたいことができた。

 

「マオ。あなたの『聴心』って、相手の声色もわかるんですか?」

「? うん、わかるよ。基本的には本人の声と同じかな。たまに違う『声』の人もいるけど。C.C.なんかは心の声だと結構明るかったり──」

 

 刹那、隣の部屋から殺気が放たれてマオの言葉を止めた。

 俺は「そうなんですね」と話の打ち切りを宣言しつつ、思った。

 

 だとしたら、いつか俺がコードを失う日が来たら、その時に謎の一つが解けるかもしれないな、と。

 

 なお。

 結局、俺がコードを移譲した相手が当のマオだった。そのために結果は永遠に不明となってしまったが──まあ、それはそれで良いのかもしれない、と思ったりもするのだった。


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