ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
何を今更、という話だが、うちの会社──リリィソフトは俺が立ち上げた企業である。
口さがない者からは「ブリタニアのゲーム業界を破壊し尽くした」などと言われることもある我が社は、確かにそう言われても仕方ないくらいには急成長を遂げ、社屋として大きなビルを構えるまでになった。
新作を出せば飛ぶように売れ、マスコミからの取材依頼もばんばん入り、イベントなんかも多数行える。
となれば、そんな会社の社長はさぞかし忙しいんだろうという話なのだが……実は、意外とそうでもなかったりする。
ぴこん。
社長室でPCをいじっていた俺は、画面端にポップアップした小さなウィンドウと通知音にぴくりと身を震わせた。
通知はPCにインストールされたメッセンジャーアプリのもの。そして、内容は、
『リリィ、仕事中?』
と、案の定、いつものように可愛らしい声が耳に届いた。
「大丈夫ですよ。こんにちは、
『うん』
画面を切り替えると、控えめな微笑みを浮かべる少女の姿がアップになる。
ナナリーよりも更に幼い少女だ。髪は光の加減で銀にも見える白。瞳は桃色に近い赤。色白なせいもあって「白」のパーソナルカラーを強く感じさせる彼女の名前は
俺が名前呼びをしているのは彼女と友達付き合いすることを許されているから。
向こうは「初めての友達」だという俺のことを大層気に入ってくれており、俺としても容姿に親近感が湧くのもあって懇意にさせてもらっている。両方を知る知人によれば「二人並ぶとまるで本当の姉妹みたいだ」ということで、それを咲世子に言うととても拗ねる。
「今日はどうしますか? お話をしましょうか。それとも──」
『対戦。対戦しよ。新しい子育てたから』
と、麗華が取り出したのは携帯ゲーム機。
彼女は
絵柄が可愛いせいもあってとても気に入ってくれており、新しい幻獣を育ててはパーティを組んで俺に挑んでくる。どちらかというとエンジョイ勢、友達同士でわいわい遊ぶのが好きなタイプなので、間違ってもガチパで叩き潰すわけにはいかないが、ひとつひとつゲームの仕組みや対戦のノウハウを理解して着実にステップアップしていく様は見ていて和む。
「わかりました。じゃあ、少しだけ待っていてくださいね」
麗華に断ってから、俺は頭に被っていたヘッドギアを持ち上げ、社長室の風景を見渡した。
PCをいじっていたと言いつつも、姿勢はふかふかの椅子に体重を預けた状態であり、手は肘掛けの上。マウスなんて握ってもいない。
ランドル博士やラクシャータによって開発された
ちなみに性能は試作品一号機から進化し、PCを動かすだけでなく、あらかじめ接続しておいた他の電子機器を動かすこともできるようになっている。今は各種ゲーム機が繋がっているため、俺は携帯ゲーム機を手にする必要もなく操作が可能。
ゲーム画面はヘッドギアに内蔵されたディスプレイによって確認可能。もちろん、PC画面との切り替えも思うだけで行える。なんというかハイテクの極みである。市販されたら金持ち相手に飛ぶように売れるだろうが、今のところ売り出してはいない。
俺が使っている他はシュナイゼルが「どうしても欲しい」と言ってオーダーメイドで作っただけだ。ロイドにも「使いますか?」と尋ねたのだが「設計は自分の手を動かした方が捗るから」と断られた。ラクシャータも似たようなことを言っていたので、なんというかあの二人、なんだかんだ似たもの同士である。
「アーニャさん。私、しばらく麗華さまとゲームをしますね」
「わかった」
ナナリーが卒業するまで咲世子を貸し出しているため、俺の秘書はアーニャがしてくれている。
元ラウンズを顎で使うのも気が引けるのだが、本人的にも「護衛もできるからちょうどいい」とのこと。最初の頃は適性を見るためにもいろんな仕事をさせていたものの、プログラミングや営業はあまり向いていなかった。
スケジュール管理と限られた相手との連絡以外、黙って立っていればいい秘書業務が最も少女の性に合っていたらしい。
この仕事を始めてから何年か経ち、秘書用のスーツ姿も様になってきた。
とはいえ、ゲームが好きなのは相変わらずで、彼女は少し残念そうに眉を顰める。
「私はもう少し仕事があるから、今日は二人だけで遊んで」
「わかりました」
抜け駆けして申し訳ないとは思いつつ、それを言っても余計困らせるだけなので敢えて言わない。
こくりと頷いた俺はヘッドギアを被り直し、麗華とゲームを始めた。
天子様こと麗華と知り合ったのは、中華連邦との一件が原因だった。
中華連邦は前世の世界と異なり、帝政を現代まで続けてきた国家だ。
規模は世界でもトップ3に入っており、E.U.と肩を並べる強国である。まあ、正確には強国
俺が中華連邦のトップである麗華と、彼女を巡るいざこざに巻き込まれた時点で、中華連邦は広大な国土を持っているだけで中身はスカスカ、内部の人間から見たら衰退の一途を辿る危険な状態にあった。
理由は広すぎる国土を維持しきれていなかったことや、幼い麗華を陰で操っていた官僚『大宦官』達が無能だったこと、それから、新たなる軍事の要であるKMFの開発において遅れを取ってしまったことなどが挙げられる。
まあ、原作における中華連邦に比べると、危険視していた神聖ブリタニア帝国が内輪揉めで弱体化してくれたりしたお陰でまだマシな状況ではあったのだが──中華連邦内で唯一、KMF開発で成果を示していたラクシャータが日本に行ってしまったこと、ブリタニアと日本のKMF開発が例の内乱のせいで急加速したことによって結局、遅れを取ったのには違いない、という状況になってしまった。
ブリタニアの新体制は「中華連邦を含む各国ともうまくやってきたい」という路線を取ったものの、原作で成立した「オデュッセウスと麗華の婚姻を条件とする大宦官のブリタニア貴族入り」はオデュッセウスが皇帝となってしまったことや「ようやく父上を追い出したのに、これ以上うさん臭い味方はいらないよ」とシュナイゼルが判断したことなどによって頓挫。
代わりに大宦官は麗華がリリィソフト製ゲームに興味を示していることに注目し、俺を中華連邦に招待──身柄を拘束して身代金を要求したり、俺からKMFの開発データを引き出したり、俺に「天子様殺害未遂」の罪を押し付けて日本へ攻め込む口実にしようとしたり、と色々やってきた。
しかし、外国に行くのだから絶対ついていくと主張した咲世子&アーニャによって誘拐は阻止。
逆に大宦官の手から麗華を救いだした俺達は麗華個人に忠誠を誓う忠臣や国の安定を願う真面目な者に協力を要請、大宦官に対抗した。
結果、日本とブリタニアの連合軍+中華連邦の「反『大宦官』派」が中華連邦の主力部隊とドンパチを繰り広げる、という派手な事態に陥ってしまったが、そのお陰でかの国は私欲を満たすことしか考えてない害虫を駆除し、ギリギリのところで踏みとどまった。
引き続き天子として君臨することになった麗華の号令により大規模な改革を実施することになった中華連邦は日本、ブリタニアと同盟を結んだ上、日本からアドバイザーという形でルルーシュ・ランペルージ以下数名を招聘し、新たな一歩を歩みだしている。
なお、麗華にとって一番の忠臣である、しんくーこと
「麗華さまを悲しませるおつもりですか?」
と脅し──もとい、説得し、ブリタニアで最先端の医療を受けてもらっている。
麗華は差しさわりのない公務に携わりつつ政治の勉強を行い、合間の気分転換としてゲームを楽しんでいる模様。なんだかんだ甘やかされているのか、結構な頻度で対戦やお喋りを申し込まれてはいるものの、よほど忙しくない限りは断っていない。
実態としてはゲームで遊んでいるだけだとしても「中華連邦で一番偉い人からお誘い」とくれば部下たちも「お断りしてください」とは言えない。
ついでにブリタニアや日本政府からも「外交の助けになるので」と特別手当が出ていたりする。
それに、社長が口を出せる仕事もだんだん少なくなっているのだ。
昔はビルのワンフロアで開発していたのでみんなと顔を合わせる機会も多かったが、今は大きなビル全体が我が社の領域。
開発室も増えたし、それぞれに責任者が設けられている。
我が社のゲームをプレイして「自分も作りたい」と入ってきた若者も多くなってきたような状況で、おいそれとはゲームのアイデアを出せない。
例えば、開発中のゲームの内容へ下手な口出しをしようものなら、
「現場のことなんか何もわかってない癖に偉そうに」
「社長なんて一つ二つ売れるゲームを作っただけだろ。もう時代は変わってきてるんだよ」
などと言われてしまいかねない。
今でもチームメンバーを集めたブレインストーミングなどは行われているのだが、今はもう、俺と一緒にそれをしていたメンバーばかりではなくなっている。
なので、俺にできるのは自分のアイデアをこっそり企画書に紛れ込ませるとか、社内が健全に保たれているか目を光らせることくらい。
ゲームに関して口出しする権限、という意味では俺ではなく、セシリアことC.C.がいつの間にかトップになっており、若干解せない部分もある。
まあでも、のんびりできるのはいいことなわけで。
『……また負けちゃった。リリィのドラゴンは反則』
「ふふっ。あの子はうちの秘蔵っ子ですからね」
残念そうな麗華の声に微笑んで答える。
既に時代は三作目に移行しているが、俺のカジュアル向けパーティは変わらず白パ──見た目が白い幻獣縛りである。
白ければいいのだ、ということで、ユニコーンやペガサスはもちろん、青いドラゴンの色違いで白くなっている幻獣なども採用されている。このドラゴンは「三作目から二作目に送る」→「二作目専用の技を覚えさせる」→「三作目に送りなおすと二作目専用技が三作目用の技に変化する」というテクを使い、強力な代わりに回数の少ない技を重複して覚えさせている。
多少ズルいが、覚えられる技の個数は決まっているため一概に強いとは言えないし、割と知られているテクなのでガチ勢に驚かれるようなものではない。
実際、アーニャとの真剣勝負にそのドラゴンを出したら「舐めてるの?」と怒られる。もちろん、ガチ勢がカジュアル派より優れているとか格好いいとか、そういうことは断じてないが。
『やっぱり、ジークフリートの剣が必要』
「竜殺しは反則じゃないでしょうか」
『ルール内なら何をやってもいいって、アーニャがよく言ってる』
「よく言ってますね……」
と、こんな感じで、俺の社長業は平和に続いている。
『さて、リリィ。ここらでアイドルになる気はないかい?』
「いきなりなにを仰るんですか、シュナイゼル殿下」
通信越しに真剣な眼差しを向けてくる神聖ブリタニア帝国ナンバーツーに、俺は思わず胡乱な目を向けた。
大事な話があるから、と、人払いまでして通信してきたと思ったら、世間話もそこそこにアイドルをやらないか、とは。
ついにおかしくなったのかと戦々恐々とする俺に、シュナイゼルは微笑と共に「待って欲しい」と言った。
『からかっているわけでも、ましてや狂気に呑み込まれたわけでもない』
「ええと……では、何故?」
『ユーフェミアとナナリーの歌が国内で人気なのは知っているだろう?』
「ええ、もちろん」
発端はあの内乱で戦場に流した歌声だ。
皇女二人のありがたいデュエットが染みた者は兵士、技術者、文官問わず多かったらしく、二人にはブリタニアが落ち着いた後、歌手としてデビューしないかと打診があった。
迷う彼女達に「やってみればいい」とアドバイスしたりもしたので、それはもちろん知っている。
CDが結構売れて知名度も上がったため、我が社のゲームの主題歌を歌ってもらったりもした。売上アップを達成できたものの、ついでに狙っていた「社長の歌ってみたシリーズ」の廃止は達成できず、少し残念だったが。
『この間のゲームの特典で君とアーニャがデュエットしたところ大反響だっただろう?』
「……それは」
その通りだ。
なんとしてでもあのシリーズを廃止しておかなかったツケが回ってきたというのか。
『髪の色が似ていることもあって、ユーフェミアとアーニャのデュエットを希望する声も多いようでね。どうせなら中華連邦の天子様も加えて五人のユニットとして──』
「やりません」
きっぱりと答えながら、たぶん断り切れないんだろうなあ……と、俺は思わず遠い目をした。