光の戦士の英雄譚~GEEDを為すファミリアの物語~   作:逢奇流

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プロローグ(side DUNGEON)

 都市が湧いていた。

 人々の前にその存在を強烈に主張するのは『神の鏡』。

 神の力(アルカナム)により形作られる千里眼代わりの円形の窓だ。

 遠く離れた地を映すその窓には一人の少年の姿。

 

 処女雪のような純白の髪を土で汚し、宝玉のような深紅(ルベライト)の光を宿す目は痛々しく腫れ上がっている。

 だが、その姿を笑う者は誰もいなかった。

 【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)。圧倒的に不利な状況に屈さず、勇敢なる雄たけびを上げる冒険者を侮る者などいるはずがない。

 

 ヒュアキントスと言う大きな壁を打ち破らんと、双短剣(ダブルナイフ)を振るう少年の戦いに誰もが見惚れ、呼吸を置き去りに拳を握らせる。

 

 レベル2とレベル3とは思えない拮抗した戦いは遂に決着する。

 勝利を確信したヒュアキントスの突き。

 それを躱したベルは渾身の打突を放った。

 吹き飛ばされたヒュアキントスが地面を一度大きく跳ね上がり、壊れた要塞の破片を散らしながらゴロゴロと転がっていく。30M(メドル)ほど飛ばされた後、彼は白目を剥いてだらりと腕の力を抜く。

 

『『『『『『────────ッッッ‼』』』』』』

 

 最大の歓声。

 古城跡に打ち鳴らされる銅鑼が戦争遊戯(ウォーゲーム)の決着を告げる。

 連動して鳴り響く大鐘の音色は都市全体を震わせた。

 

 信じがたい敗北に膝をつく【アポロン・ファミリア】の団員たち。

 一方の勝者、【ヘスティア・ファミリア】の団員たちは鏡の前で勝利の喜びを分かち合う。

 

 これこそ正に英雄譚。

 次代を担う新たな英雄が息吹を上げる瞬間だと人々は喜び合い、神々は祝福する。

 それがあるべき眷属たちの物語(ファミリア・ミィス)。辿るはずだった正史。

 

 だが、運命は反転した。

 

『──────………………?』

 

 大番狂わせ(ジャイアントキリング)に沸いていた人々が静まり返る。

 熱狂の音は徐々に怪訝の色を含んだ。

 

 その理由は勝者の顔だ。

 先ほどまでの浮かれていた様子から一転、青ざめるように空を見つめていた。

 気が付けば、敗者である【アポロン・ファミリア】たちすら同様に天を仰いでいる。

 

 ある神が、そんな彼らの視線の先を映そうと神の鏡を動かす。

 その行動はさして深い意味のあったものではなかった。

 単に眷属たちの尋常ならざる様子に好奇心を刺激されただけ。

 だが、それは民衆に見せるものではなかったと後にその神は詰められることになる。

 

 そこに映るのは穴。

 神の鏡は空に浮かぶ穴を映す。

 あまりにも不自然なその光景に人々は一斉に危機感を覚え、全知たる神々は一斉に顔を引き攣らせた。

 

 そして、唐突にそれは現れた。

 穴から現れたのは二つの物体。

 その色は赤と黒。二足歩行のトカゲに角を生やしたその姿はモンスターのようだ。

 しかし、その生物をモンスターと見間違うものはいない。

 何故か、答えは単純。デカすぎるからだ。

 

 その体調は数十M(メドル)

 【アポロン・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)が、蟻同士の縄張り争いだったと錯覚してきまいそうな規格(スケール)

 

「怪獣だ……」

 

 街で、誰かがポツリと呟いた。

 

 怪獣

 それは十数年前から突如現れたモンスターとは違う人類の脅威。

 その形は出現する個体によって全く異なり、能力も千差万別だ。

 しかし、これまでの目撃情報で共通することが必ず2つあった。

 数十M(メドル)と言う階層主を超える規模の体躯、そしてその凶暴性である。

 

 神々すらその全容を見通せぬその存在は正しく厄災だ。

 存在するだけで人々の安寧を破壊し、鍛え上げた冒険者を消し飛ばす悪魔。

 

 既にいくつもの国を滅亡させた脅威、つい先ほどまで戦い合っていた冒険者に抗う術などない。

 あっさりと心を折られ、無様に泣き喚き、逃げ惑う冒険者たち。

 

 それを怪獣は何の感慨も無く踏み潰した。

 

「うわああああああ!?」

 

 そして、虐殺が始まる。

 背中を見せた者は先に逝った者と同じ末路を辿り。

 魔法を詠唱する者はその爪牙に弾き飛ばされる。

 そして、果敢に接近戦を挑んだものはその顎で咀嚼された。

 

 大地に降り注ぐ血の雨。

 次々と失われていく命。

 もはや敵味方にこだわっている場合ではないと、魔剣鍛冶師(ヴェルフ)フードの剣士(リュー)も戦いに参加するが、怪獣たちは人間の攻撃になど気を止めなかった。

 

 否、鬱陶しい程度には感じたように攻撃された箇所をボリボリと掻くだけだ。

 人間からしてみれば余りにも理不尽なダメージ。

 だがそれは怪獣が辺りの人間を一掃しようと考えるには十分な理由になるようだ。

 

 二体の怪獣……レッドギラスとブラックギラスが互いの肩を組む様な体勢を組む。

 多くの者がその行動に疑問符を持つ中、歴戦の冒険者であるリューが余裕をかなぐり捨てた警告を発する。

 

「散れ‼」

 

 この場で最も強い冒険者に反射的に従う冒険者たち。

 その判断がこの場の冒険者たちの命をギリギリ繋いだ。

 

 二体がその場を回転し始める。

 風を纏い、瓦礫の礫を巻き上げ強大な竜巻となり全てを破壊する。

 風だけではない。空の穴から流れ落ちる海水が冒険者を殺しにかかった。

 津波の如く迫る鯨波が地響きのような音を伴い辺り一面に広がる。

 

 破滅の颶風が冒険者たちに迫る。

 リューの指示に従い初動が早かった冒険者たちは直撃こそ避けるが、もはや陣形を組むどころではなく、飛んでくる破片に潰されないようにするので精いっぱいだ。

 指示を出したリュー自身も動けない者を庇い、破片を木刀で砕く中、気付いてしまう。

 気絶したヒュアキントスを背に担ぐベルに迫る二つの影に。

 

「っクラネルさん! 避けなさい‼」

 

 リューの声にベルも迫る敵に気づくが、その動きは遅い。

 【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)に全霊を尽くしたベルに常の精彩はない。

 目を見開く少年は、咄嗟に自らを盾にヒュアキントスを庇った。

 

 手を伸ばすリューが二の句を継ぐ暇もなく、暴風がベルとヒュアキントスを包む。

 鼓膜を叩く轟音が全ての音を呑み込んだ。

 最早何もリューたちの耳には届かない。断末魔の叫びすらも。

 

「クラネルさんっ‼ 返事をしなさい‼ ……ベルッ‼」

 

 妖精の叫びを置き去りに、白い少年は砂塵の中に消えた。

 

 

 

(………………ぁ、ここは?)

 

 ベルは体中の痛みに意識を覚醒させる。

 点滅する意識が混乱するが、目の前に転がる男を目にした時、直前の記憶を取り戻す。

 

「ヒュアキントスさん……生きてる」

 

 未だ気を失ったままであるが、僅かに上下している胸が彼の生存を告げていた。

 良かった、と胸をなでおろすベルは肌に湿りつく水に目をやった。

 

(ここは、地下の空洞? 城壁の下にそんなものが? いや、それ以前に、なんでここは水没してないんだ?)

 

 大きな空洞だが、あの怪獣たちと共に現れた水の量を考えればすぐに水没してしまうはずだ。

 そんな違和感に体を起こそうとして、自分が瓦礫に埋まっていることに今更ながら気づく。

 どうやらここに落ちた時に崩落した地面に巻き込まれたという事だろう。

 

 足の感覚はあるから潰れてはいないようだが、碌に力の入らない今のベルには瓦礫を押しのけることはできないだろう。

 このまま崩れた岩盤に押しつぶされるか、少しずつ流れ込んで増えてる海水で溺れるか。

 ベルの命運は尽きようとしている。

 

(……)

 

 諦観と共に、目を閉じようとする。

 倦怠感が全身の痛みと共にベルの意識を再び奪う。

 今度は二度と目を覚ませないだろうと理解しながら、抗いがたい欲求に身を委ねそうに……

 

「駄目だ……っ」

 

 軟弱な選択を取ろうとした己を叱咤する。

 怪獣たちはオラリオの方向に向かっているのが、吹き飛ばされる瞬間に見た最後の記憶だった。

 そこには神様がいる。

 何よりも、誰よりも守らなければならない大切な女神(ヒト)が。

 

 怪獣は倒せるかもしれない。

 第一級冒険者たちが力を合わせれば、或いは。

 だが、洪水はどうにもならない。

 零能の身の神様では逃げれないのだ。

 ベルが、彼女の眷属がそこにいなくては。

 

 懸命に体に力を入れる。

 弱音を吐く心に鞭を打ち、魂の渇望に純粋になった。

 

(立て、立てよっ、頼むから立ってくれっ。行かなきゃ、あの女神(ヒト)の所に!)

 

 だが、瓦礫はピクリとも動かない。

 想いの力が物理法則を超越することなどない。

 ベル・クラネルはここで終わり。その結末は絶対だ。

 

 それでも諦めるわけには行かない。

 まだ拳は握れる。頭は回る。心は燃えている。

 

「僕はまだ……戦っていない!」

 

 足掻け、抗え、冒険者なら。

 無意味な願いが成就することは無い。

 それが自然の摂理。

 

 だがその声はその男に確かに届いた。

 

「戦う力が欲しいか?」

 

 ベルの前に音も無く現れた男。

 上質な革で出来たジャケット。

 どこか飄々とした口調で、しかしその瞳は真っ直ぐとベルを見据えている。

 

「欲しいなら手を伸ばせ」

 

 差し出されたのは赤い拳鍔(ナックル)

 それがただの装備でないことは一目瞭然だ。

 

「だが、これを手にすればお前は逃れられない運命に囚われる。もう、ただの人でいることは許されなくなる」

 

 ベルにその言葉の意味は欠片も理解できない。

 ただ、それは過酷な道なのだろうと、それだけは感じた。

 

(……構わない)

 

 守るべきものがある。

 それだけで、運命を受け入れるには十分だ。

 手を伸ばす。それが悪魔の誘いだとしても、破滅の運命だとしても関係ない。

 ベル・クラネルはまだ抗える。今はそれでいい。

 

「……名はジードライザー。俺の戦友が宿る大切なものだ。無くすなよ」

 

 それだけ言うと男はベルに拳鍔(ナックル)を握らせる。

 ドクンッ、と心臓の鼓動のような音が響いた。

 

 やがて赤と白の光が大空洞を照らす。

 体の中に渦巻く光が螺旋を描くのを感じながら、ベルは少年の声を聞いた。

 

『決めるぜ、覚悟』




今日中にプロローグだけでも投稿し終えます。
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