閃の刃は大正の世を切り拓く   作:ロシアよ永遠に

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第10話『お泊まり』

「ごめんなさい。」

 

木で建てられた小屋の囲炉裏の傍らで、真菰は見事なまでの土下座をしていた。

何せ最終選別に行っていた兄弟子二人が女を引っかけてきていたなどと盛大な勘違いをし、それを声に出して叫んでいたのだから。

 

「いやまぁ…盛大に勘違いするのも仕方ないか。」

 

「心外だ。」

 

苦笑いする錆兎と裏腹に、それとなくムスッとしている義勇。

そんな中真菰側に座って、腕を組む水色の羽織を纏い天狗の面で素顔を隠した初老の男性…鱗滝左近次は、落ち着いた口調で口を開いた。

 

「真菰の勘違いは置いておくとして…」

 

「置いておくんですか!?」

 

「錆兎、義勇。二人ともよくぞ無事に戻ったな。」

 

その口調は落ち着きながらも柔らかく、そして慈愛に満ちていた。面で隠れて見えないなれど、その口許が緩められているのは想像に難くないだろう。そんな師の言葉に二人はただ微笑み返す。

 

「そして其方も…名は…」

 

「暁葉 凛と申します。」

 

「暁葉…?よもや其方の父は譲治郎と言う名では?」

 

「父を知っているのですか?」

 

「うむ…、彼奴は正しく獅子と呼ぶに相応しい漢よ。儂が現役の頃、幾度か任を共にしたことがある。年齢に似付かわしくないほどに戦場慣れし、肝が据わっておった。」

 

鱗滝の言う父の若き日の思い出話に、一瞬ギクリとなる。譲治郎の父は凛と同じく前世の記憶がある。更に言えば、譲治郎の前世であるギリアス・オズボーンは更に前世がある。リィン達の住んでいたエレボニア帝国で知らぬ人は居ないほどの英傑であり、獅子心皇帝と謳われるドライケルス・ライゼ・アルノールの生まれ変わりなのだ。故に、彼の精神年齢は前世と合わせるだけでも九十近い年数を重ねている為、目の前の鱗滝よりも精神が年上なのである。前々世を合わせると、ヘタをすれば百七十程の時を重ねているかも知れない。かく言う凛も、前世が享年二十歳だったので、精神的には三十路な訳だが。

 

「なる程…時折文を交わす中で、頻繁に娘の話をしておったが…其方の事であったか。」

 

「えと……因みに、手紙に私は何と…?」

 

「む?いや何…父親からの愛情がひしひしと伝わってくる内容であったよ。」

 

詳細は聞かない方が良さそうだ。言葉を濁している鱗滝の口調がそれを物語っている。

 

「先生。」

 

話の区切りと踏んだ錆兎が口を開いた。

 

「もう日が暮れてきています。このまま凛を一人夜道を歩かせるのも、野宿をさせるのも忍びない。このまま泊まらせてやっても良いでしょうか?」

 

「えと、錆兎?」

 

「いいと思う。」

 

「義勇まで?」

 

まさか泊まっていけと言う言葉が出ようとは思わなかった。凛としては、夜通しは走るのも、このまま家まで走ることも問題ないのだが…。

 

「無論そのつもりだ。まぁ本人が良いのならだが。」

 

「凜さん、泊まってください!勘違いのお詫びに美味しい御飯、ご馳走しますから!」

 

意を汲んでくれそうな鱗滝と、泊まることに乗り気で大賛成な真菰。ほぼほぼ万場一致で泊まることに賛成しているようだ。ここで断るのは失礼に当たる。

なので…

 

「じ、じゃあ…御言葉に甘えて…。」

 

「そうか、それがいい。」

 

「よし、そうと決まれば夕餉の準備だ。錆兎、義勇、水を汲んでくるのと、野菜を取ってきてくれ。真菰は儂と下拵えだ。」

 

「はぁぁい。」

 

鮭大根

 

「わかったわかった。なら大根を忘れぬようにな。」

 

鱗滝の指示でテキパキと役割分担されていく中、凛も何か手伝わねばと腰を上げようとした瞬間、

 

「客人を手伝わせるわけにはいかん。凛は寛いでいるが良い。」

 

「は、はぁ。」

 

これは梃子でも手伝わせないだろうな、と苦笑いしながら、ここは御言葉に甘えて、水の呼吸一家の調理風景を眺めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数刻後

 

「「「「頂きます。」」」」

 

目の前に広げられたのは、何とも食欲をそそられる食事だった。

白く炊き上げられた白米。

囲炉裏でグツグツと湧き上がる、猪の肉や野菜を赤味噌で煮込んだ鍋。

義勇の要望である鮭大根。

そして箸休めに白菜の漬け物。

ひとたび口に運べば、心を込めて作られた品々の味が身体の芯まで染み渡っていく。

 

「どうだろうか?客人の口に合えば良いのだが…。」

 

「どれもこれも美味しいです。それに身に染みるように温かい…。」

 

「そう言ってもらえれば作った甲斐がある。」

 

(…すごいなぁ。素顔が見えきれないように、少しお面を上げて食べてる…。)

 

正直、天狗の面だけでもギョッとするものなのだが、凛としては前世で仮面をした人物を良く目にしていたので、ある程度の耐性があった。

まぁこれは置いといて…

 

「………(モキュモキュ)」

 

「おい義勇。誰も取らないから、もう少しゆっくり食べろよ。」

 

「そうだよ。義勇がいっぱい食べるだろうから、多めに作ったんだし。」

 

「おかわり。」

 

「早っ!」

 

多めに作ったと言った途端、速度が上がったように見えたのは間違いない。

再びよそわれた鮭大根の器を受け取ると、また一心不乱に口へと運んでいく。

 

「まぁ義勇ががっつくのもわかるよ。この鮭大根、スゴく味が染みてて美味しいし。」

 

凛も連られて大根を口に運べば、ホロリとしっかり煮込まれたそれから鮭の旨みが染み出し、得も知れぬ充足感を与えてくれる。

なるほど、鰤大根とはまた違った味わいがある。これはこれで、と凛の中の美味いもの一覧に新たな一頁が刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうか。異形の鬼が…お前達の先達達を…。」

 

最終選別の土産話を語る中で、どうしても外せなかったのがあの異形の鬼だった。

鱗滝一門を付け狙っていたその鬼の話を進める度に、鱗滝の纏う空気が暗くなるのが見て取れた。

 

「すまぬ。よもや儂の捕らえた鬼がその様になっていようとは気付かなかった。それに厄除の面が儂への復讐の足がかりになっておろうとは…。あやつらを殺したのは儂のようなものだな。」

 

「それは違います!」

 

「錆兎の言うとおりです。それに…先達達の仇は、錆兎がしかと取りました。」

 

「何を俺だけの力の様に言ってるんだ義勇。お前の牽制があってこその勝利だろう。」

 

「俺は(腕を切った以外)何もしていない。」

 

「またお前は…」

 

「すまぬ錆兎、義勇。要らぬ手間を与えたようだ。」

 

深々と頭を下げる鱗滝。尊敬する偉大な師の謝罪に錆兎と義勇は目を見開く。

 

「鱗滝さん!少なくとも俺は異形の鬼と戦ったことで、新たな境地が見えました!義勇も新たな型を得るに至っています。」

 

「えぇ。あの戦いは決して要らぬ手間と言うものではない。得るものは確かにありました。」

 

「だから御自身を責めるのはおやめください!先達達もその様なことを望んではおりません!それに俺がもし奴に殺されていたとしても、鱗滝さんに感謝はすれども恨みなどしない!貴方は身寄りを喪った俺達を育て、そして鍛えてくれた!それを恨むなど、言語!道断!」

 

鱗滝が拾ってくれなければ、今頃路頭に迷っているか、もしくは餓死しているだろう。こうして温かな食事を得られるのも、暖かな布団で眠れるのは他でもない、鱗滝の御陰なのだ。

 

「…ありがとう。義勇、錆兎。」

 

鱗滝が弟子達に厳しい修行を課すのは、一重に生き残る術を身に付けさせるため。身を案じる深い情を注ぐからこそ。そんな自分を恨まれてはいないかと思っていた。

だが愛弟子達も、自身が想うのと同じように、彼らも自身を想ってくれていた。それが何よりも鱗滝の心の憑き物を瓦解させていくのがわかった。

 

「儂は…これで良かったのだな…。」

 

そう自身に言い聞かせるように、くぐもった声で呟く彼の顔は、天狗の面で窺い知ることは出来ない。

だが顎から流れ落ちる雫が、彼の感情を読み解くには充分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マグマのような赤の海に沈む白い船をレンゲですくい上げる。

その柔らかく、まるで絹のようなそれは、海の色に染められていた。

鼻腔を刺激するその香りは、食欲を無限に沸き立たせるかのような魔法でも掛けられているのかと錯覚するほどに魅惑的。

この料理の名を目にした瞬間、まるで惹かれ合う運命を感じた。

その圧倒的名前に心奪われた。

この気持ち、正しく愛だ!

 

「フフフ…では頂くとしよう。」

 

未知の領域である中華。

譲治郎、その第一歩が今、踏み出された!

 

「ンム…うむ、美味いではないか。」

 

口に入れれば、挽肉の旨みと共に豆腐のまろやかな味わいと喉越し、ピリッと効いた山椒と唐辛子の風味。

 

(うむ、これは美味い。今度千代や凛も連れて来よう。きっと気に入……む…!?)

 

瞬間…じわり、じわりと口の中が、水が湯へと変わりゆくように熱くなっていく。

 

「う…うぉぉぉおおっ!?こ、これは…!?」

 

鼻を突き抜ける山椒の香り、次いで舌のシビれ。追い打ちを掛けるようにラー油と唐辛子の辛味が全身を突き抜ける。

辛いなんてものじゃない。

痛いのだ。

口の中に火を直接ぶち込んだように熱く燃え上がる感覚に見舞われ、全身のあらゆる汗腺から汗という汗が滝のように噴き出してくる。

 

「こ、これ…は…!」

 

「辛イネ?」

 

料理人が譲治郎が悶える姿に思わず声を掛ける。

あまりの辛さにお冷やとして出された水を一気に煽るように一気飲みする。

だが、山椒によってピリピリと麻痺した口の中に入れられた水は、舌の感覚が消していく。まるで飲んだのは水じゃないかのように。

 

「水ジャナイミタイデショ?四川ノ料理ハ、ヤッパリ山椒ネ。」

 

譲治郎の悶える姿に満足した料理人は、再び厨房へと姿を消す。

そんな彼の言葉など、譲治郎の耳には入って来ない。何故なら辛さとの格闘で必死だからだ。

 

(くっ…辛い…!白米を頼んで中和するか…!?)

 

思い悩む中でもレンゲは止まらない。赤々としたその料理を、まるで取り付かれたかのようにすくい上げ、そして口へ運んでいく。

 

(しかし何だ、この麻婆豆腐と言う料理は!?ただ辛いだけではない…!この強烈な辛さのその先にある確かな旨み…!それが私をこうもかき立てているというのか…!?)

 

あまりの暑さに、隊士服の前ボタンを外し、頸元を外気に晒す。ヒヤリとした頸元が心地よく、更にレンゲは加速する。

 

(これは未知なる世界…!隣国中華民国の恐るべき料理…!)

 

「麻ァァァァ婆ォォォォ!!!」

 

低くも艶やかな大声を張り上げて、譲治郎は料理に新たな境地を開いたのだった。

 

 




凛は知らない…自身が温かな夕餉を囲む中で、父は変わりゆく最中であることに…
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