「お世話になりました。」
明朝。
未だ霧が立ちこめ、そして東の山の背から陽が昇り始めた時間。
朝餉まで貰った凛は、軒先で鱗滝一門に深々と礼をした。
「うむ、それ程距離は無いにせよ、道中気を付けて帰るのだぞ。譲治郎にもよろしく伝えておいてくれ。」
「凛、これからは鬼殺隊の同僚だ。いずれ任務を同じくしたときは宜しく頼むぞ。」
「もちろん。錆兎もまた会う日まで元気でね。鱗滝さんも、お元気で。」
「凛。私、貴女に絶対追い付くから。私の『道』を真っ直ぐ進んで、ね。」
「うん。修行と最終選別、頑張ってね。」
どうやら真菰の中には確りとした『芯』が出来たようだ。これなら並大抵の事で折れることはないだろう。錆兎や義勇の実力からして、鱗滝は良い育手なのが見て取れる。このまま真摯に修行に打ち込み、油断なく最終選別に臨めたなら、突破はそう苦ではないはずだ。
下山する足で、後ろで手を振る水の一門に振り返って手を振り返しながら、凛は家路を征く。
一晩のことだった。
それでも温かな一晩。
ゆっくり休めたと言うところもある。それによって身体は万全だ。
精神的にも、心置きなく休めたことによって、身体が軽くなったように感じた。
『ヨク眠レタカヨ。』
「うん。久しぶりに…と言うか、一週間ぶりに熟睡できたよ。布団の中で眠れるって、こんなに素晴らしいことなんだって、改めて身に染みた。」
バッサバッサと二丈ほど上空を飛ぶのはクロウだ。昨日、藤襲山で顔合わせした後、彼は各鎹鴉や隠との連絡、報告に向かったらしく、それが終わったようでいつの間にか凛の上空を滞空していた。
「クロウこそ、ご苦労様。夜通し飛びっぱなしだったんじゃない?」
『マァ俺位ノ鎹鴉トモナレバ、コレクライ朝飯前ヨ。チョロ甘ダゼ?』
「チョロ甘って…。」
『コレカラオ前ノ連絡係トシテ忙シナク飛ビ回ルノガ日常ニナルンダ。コンナノデ悲鳴上ゲテタラ、洒落ナンネェヨ。』
これからクロウは、昼夜問わず鬼の情報を仕入れて、情報役と隊士の間を行き来し、必要とあれば援軍を呼びに飛ばなければならない。それこそ休む暇など無いだろうと言わんばかりに。
「その…悪いなクロウ。」
『ハン、50ミラノ利子分ハ飛ビ回ッテヤルサ。気ニ病ムンジャネェゾ。ツーカ、オ前ハ『リィン』ノ時カラ背負イ込ム悪癖ガアルンダカラヨ。『責任感』ガ強イッテ言エバ聞コエハイイガ、見方ニヨッチャ、他人ヲ信ジテネェトモ見ラレカネネェカラナ。』
「う……そ、そんな事無いけど…。」
『ダッタラ『悪イナ』ッテ言ウノハヤメロヨ。ッタク…、女ニナッテモソウイウトコハ変ワンネェナ。ラシイッテ言エバラシイガヨ。』
前世からクロウはおちゃらけていたけど、いざという時は頼れる兄貴分だった。鴉になってもそれは変わらない様だ。まぁそれを口にしたらしたで突っつかれそうなので言わないでおこう。
『ジャ、俺ハヒトッ飛ビシテ、オメェノ今世ノ親父ニ挨拶デモシテキテヤルヨ。モウスグ帰ルッテ報告モカネテナ。』
「あ、あぁ。」
そう言うとクロウはその灰色の羽根を羽ばたかせて空高く飛翔し、一足先に家へと飛んでいってしまった。
「あ……クロウ、父上の事、知らないんだった。」
クロウは前世で譲治郎…オズボーンの命を狙った事があった。後にそのわだかまりこそ小さくなったが、全くなくなったわけではない。このままでは一悶着起きそうだ。
「…まぁ良いか。」
出会ったところで命の遣り取りは無いだろうと予想して、リィンは考えるのを止めて家路を三度進む。
「…よし。」
今一度気を引き締めて家路を進む。
暫くすれば、刀鍛冶の里から日輪刀が届くだろう。
そこからは本格的に鬼殺隊としての日々が始まるのだ。
漸く、自分も黒を追うことが出来る。
父に任せきりだった調査を手伝える。
そう思うと、足取り軽く、そして心も軽やかだ。
そうと決まれば、一刻も早く父母に無事を伝えるために家路を急いだ。
それが地獄への旅路と知らずに。
そして
その日の夕食
「な、なんなの父上……そのラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげく、『オレ外道マーボー今後トモヨロシク』みたいな料理は…!?」
「フフフ…お前の合格祝いに私も料理に挑戦してみたのだ。なに、遠慮することはない。限界を超えた辛さの先にある旨さを知れば、きっとお前も病みつきになる。」
「ちょっ……!レンゲを近付けないで…!やめ……やめ……!ぁ…っ!あぁ…っ!
この日
幼気な少女(中身成人男性)の舌と心に決して癒えない傷跡が刻まれたとか何とか。