「う………!」
小鳥のさえずりに目を覚ます。
周りを見れば、箪笥や卓袱台の位置で、恐らくは自宅の凛の部屋であることに気付かされる。
「あれ…?私……なんで…。」
起き上がろうとすれば頭痛が頭を支配し、声を出せば口の中がヒリつく。
「思い出した…父上のあの名状しがたいアレを食べさせられて…気を失ったんだ。」
思い出しただけで寒気がする。
口の中にマグマをぶち込まれたかのようなあの感覚。
滝のように噴き出す汗。
辛いと言うよりも痛い食べ物。
世にこのような食べ物があるのかと、改めて思い知らされた。
あのようなものは金輪際ゴメンだ。
「父上……いつか絶対に負かしてやる…!」
思えばこの世界に生まれ変わってから、無自覚だろうがことある事に譲治郞は茶化して来た。
やれ長い髪がに合うだの
やれ美しい着物が似合うだの。
もしかしたら、子と共に過ごせなかった時間を謳歌できることが、彼をはっちゃけさせているのかも知れない。
「ゴメンください。暁葉 凛様はいらっしゃいますか?」
来客だ。
自身に客など珍しい…と言うか、初めてかも知れない。
父への仕返しを心に飲み込み、寝巻きの上から羽織りに袖を通すと、急ぎ足で玄関口へと向かう。
「はい?」
ひょっこりと玄関に顔を出せば、黒ずくめが居た。
このさんさんと日が射す日中に、このような格好で出歩く彼は、端から見れば不審者だ。
だが、その身格好は何なのかを凛は既に知っている。
藤襲山で選別の裏方として動いていた、鬼殺隊の『隠』だ。 そして彼は選別会場でこちらを見ていた眼鏡の隠。
「凛様。私は鬼殺隊の隠の前田 まさおと申します。以後、お見知りおきを。」
「これはどうもご丁寧に。暁葉 凛と申します。これから宜しくお願い致します。」
前田と名乗った隠は、背負っていた木箱を玄関の縁に置くと、その蓋を開けてその中に収められていたものを取り出した。
畳まれたそれは、ボタンが映える少しハイカラなもの。黒を基調とし、悪鬼滅殺の思いを背に、鬼の頸を斬る隊士の証。それを着込んで、幾度か任務に行き帰りする大きな父の背を幾度となく見続けた。
「こちらは凛様の隊士服です。先日の採寸に合わせて仕上げました。」
「私の…隊士服。」
時を経て、いざそれを自身が着ることになると、凛は何処か感慨深い物を感じた。
「よろしければ、試着の程をお願いしたいと。不備等があれば、後日手直しいたします。」
「わかりました。少々お待ちください。…その、よろしければ上がって行かれては?流石に玄関でお待ち頂くのは心苦しいですので。」
「よろしいのですか?…では、御言葉に甘えて…。」
草鞋を脱ぎ、凛の先導で客間へと前田を通し、彼が座れるように座布団を用意する。
彼が座ったのを確かめて、急ぎ自室へと足を運ぶ。
「漸く…私の隊士服が…。」
新しい場所で着る服が届くというのは、どうしてこうも心躍るのだろうか。前田から受け取った制服を胸に抱き、ほころぶ頬を抑えきれないで居る。
前世で仕官学院の赤々とした制服が届いたときも、多少なりとも心が躍った。今にして思えば、体感時間であれから15年程経っているのだから、感慨深いものだ。
「…と、いつまでも前田さんを待たせるわけにはいかないか。」
喜ぶのも程々に、隊士服に袖を通すべく、凛は羽織と寝巻きを脱ぎ取っていった。
「ほう、前田か。」
正座して凛を待つ前田の背後から、野太い声が伸びる。
振り返れば、普段の隊士服ではなく、家着用の着物に身を包んだ譲治郎が腕を組んで立っていた。今現在最古参の隊士である譲治郎は、鬼殺隊の中では半ば伝説化しているため、思わず前田は身を跳ねる。
「そなたが我が家に来ているということは……フフフ…凛の隊士服が仕上がったという事なのだな。」
「は、はいっ、そのとおりでございます。」
「フフフ…ならば我が妻も家事の手を止めて、そなたと共に見届けようではないか。我が娘の晴れ姿を、な。」
そう言うと、譲治郎が家の奥に姿を消し、ややあって割烹着に身を包んんだ凛によく似た女性が彼と共に姿を表す。
「ち、千代殿…。」
「お久しぶりですね前田殿。私の除隊時以来ですか。」
「は、はひ。」
「今日は我が娘の隊士服を仕立てて持ってきてくれたと、我が夫より聞きました。貴方に心よりの感謝を…。」
前田は縮こまっていた。
現役ではるか上の存在である譲治郎に加えて、過去に女性隊士最強の名を欲しいがままにした千代が目の前にいたのだ。夫である譲治郎と共に、柱に並ぶ鬼殺隊最高戦力として数々の武勲を立てた二人。しかも千代は、日輪刀の刃を用いた薙刀を得物としていたのだが、曰く『本来の得物』ではないというのだから、なおのこと始末が悪い。二人の婚約を機に、千代は寿退社ならぬ寿除隊したのではあるが、彼女の伝説は未だ語り草となっていたりする。
そんな二人が隣にニコニコと愛娘の晴れ姿を目に収めんと座っているのだから、『彼の所業』を差し引いても冷や汗が止まらない。
「え、えっと…前田さん?」
「は、はひっ!」
襖越しに凛の声。その声色はどこか不安気であり、おどおどとしたものだ。
「これ、ほんとに私のなんですか?な、なんか……合ってないんじゃないかなって…」
「フフフ…最初のうちはそのようなものだ。じきに慣れる。」
「ち、父上!?」
「私も入隊したときは気恥ずかしさがありました。しかしそれは誰しも通る道。そこで足踏みをしていては前に進めませんよ。」
「は、母上まで…?」
『オラ、情ケネェ顔スンナ。コレカラ先、オ前ハ色々(意味深)アンダロ。俺ハコウ(烏)ナッチマッタ。ダガオ前ハ…マッスグ前ヲ向イテ歩イテ行ケ。タダヒタスラニ、ヒタムキニ、前ヘ。ソウスリャキット…(意味深)』
「クロウまで!?」
もはや外堀は固められた。
八方塞がりで四面楚歌。この場で隊士服姿を見せないという選択肢は、もはや存在し得なかった。
しかしこのまま渋っていては、仕立ててくれた前田への示しがつかない。自身の踏み切らない思いで人が迷惑を被るのが忍びない凛は、意を決して襖を開ける。
「こ、これは…!」
「まぁ…!」
「な、なんと…!」
『(心外!)』
襖を開けて出て来た若き鬼殺隊士。
背の半ばまで伸びたつややかな黒髪に、羞恥で頬を染め上げた表情は、その名の通りの凛とした普段の表情は鳴りを潜め、年相応の少女そのもの。
そして身に纏うのは、上半身は詰め襟の服に、下半身はヒラヒラとした布地…所謂スカートだ。その短さたるや、太腿半ばまでと言うものであり、初めて履いたスカートの違和感と、その形状からくる足の妙な開放感。そして足が丸見えになってしまう状況に、凛は必死にスカートの裾を抑えて、見えてはならないものを見えないように必死に隠そうとしていた。
「素晴らしい…!最終選別で見立てた通りだ…!やはり履きなれないスカートによる羞恥からの赤面、そしてその整った顔立ち、更には眩しく鍛え上げられた御御足!この俺の彗眼に狂いはなかった!」
「ふむ…確かに新鮮ではあるな。だが些かスカートが短すぎるのではないかね?」
「何をおっしゃいます譲治郎様!それが良いのでございます!あのように美しき脚線美を布地で隠すなど、勿体のうございます!」
『ワカッテルジャネェカ前田サンヨ!俺カラ言ウノモアレダケドヨ、確カニ凛ノ足ハ目ヲ見張モノガアルト思ウゼ!』
「鎹鴉君!君とは仲良くやれそうだ!」
「うむ、うむ!悪くない…決して悪くないぞ!」
やいのやいのと盛り上がる野郎ども。
このままではこの短いスカートで任務を熟さなくてはならなくなってしまう。そんなことになれば、戦っている最中にあられもない姿を晒してしまうのは必然。それだけはなんとしても避けたいのが凛の本心だ。思えば、旧Ⅶ組の女の子達も、これくらいのスカートで戦闘していたのを凛は思い出した。後衛のアリサやエマはともかく、前衛のラウラやフィーがあのスカートの丈で飛んだり跳ねたりしてたんだから、当時の凛…もとい、リィンの目に毒だったりする。あんな短いスカートで恥ずかしくなかったんだろうかと、彼女らの勇気と胆力に改めて敬意を表することにした。
そんな中、
「ひっ!?」
凛は小さな悲鳴を上げた。
盛り上がる野郎どもの裏で、笑顔を浮かべながら『黄金のオーラ』を出す母の姿に。その姿はさながら、前世で相対した鋼の聖女。その圧倒的威圧感にようやく気付いた男共は、ビクリと身体を硬直させる。
「フフフ…いけませんね。嫁入り前の娘に、このような露出の多い服を着させようとするなんて。そう思いません?」
「「『………(コクコク)』」」
暁葉家ヒエラルキートップは伊達ではない。瞬く間に男連中を黙らせ、そして言葉を奪い去ってしまったのだから。
「凛。」
「は、はいっ。」
「早く着替えていらっしゃい。そのままでは足が冷えてしまいますよ。」
「わ、わかりました。」
「私は少〜し皆様とお話をしなければなりませんので…家事は暫くお任せしますね。」
「………(コクコク)」
その日
日付が変わるまで、千代による男共への説教は続いたとかなんとか。
そして翌日には、暁葉家の庭先で、一着の服が赤々とした炎に包まれて、その姿を灰へと変えたという。
千代さんの正体は追々。今回の話で気付いた方もいるかも