閃の刃は大正の世を切り拓く   作:ロシアよ永遠に

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第17話『蝶屋敷』

蝶屋敷

 

そこは生傷の絶えない鬼殺隊にとって、心身を癒やす場所。鬼殺隊最高戦力の一柱である花柱『胡蝶 カナエ』と、その妹の『しのぶ』が切り盛りする、実質鬼殺隊における病院のような場所だった。

そしてその名の由来とも言えるのが、この屋敷に咲く花に群がる、色様々な数多の蝶。その幻想的な玄関先で凛は一呼吸。

 

「ごめんください。」

 

あくまでも程々の声量で。ここは病院であることを失念してはならない。今ここには鬼との戦いで深手を追った隊士が何人も横たわっているのだから。

 

「はい?」

 

中から出てきたのは青みがかった長い黒髪を二房に結った、やや勝ち気そうな少女だ。

 

「こんにちはアオイ。」

 

「こんにちは凛さん。今日はどうされ…って見ればわかりますか。」

 

「あはは……不甲斐ない。」

 

「どうぞ。中でお待ち下さい。」

 

少女…神崎アオイは、訪れた凛の顔を見るやいなや、その頬に走る傷を驚くことはなく、ここで働く以上は見慣れたものなので、事務的に応じる。

彼女の先導で広々とした屋敷内を進んで行けば、とある表札が掛けられた部屋の前に到着する。

『診察室』

読んで字の如し。

 

「どうぞ。」

 

引き戸を開けてくれたアオイの促しで入室する。

広い診察室の奥。そこに備えられた椅子に座るのは、最早見慣れた人物。

凛よりも年下でありながらも医学に精通し、半ばこの蝶屋敷の主となっている少女。

 

「久しぶり、委員長。」

 

「委員長言わないでくださいって、何度も言ってるでしょう?馬鹿なんですか?」

 

朗らかな笑みを浮かべる凛とは対象的に、少しばかり青筋を立てる胡蝶しのぶだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで治療は終わりです。」

 

「ありがとう、助かったよ。」

 

手慣れた手付き、そして的確に凛の頬の傷に処置を施し終える。

思えば、前世ではこう言った軽い怪我の類は、戦術オーブメントから発動できるアーツ…有り体にいえば、魔法によって、難なく治療出来ていた。その事を思えば、どれだけ向こうが恵まれていた世界なのかを嫌でも思い知らされる。

小さな怪我でもすぐに治療できない事実は、凛にとって大きな壁となりつつあった。

 

「他に怪我は?ついでですから、健康診断でも済ませましょうか。」

 

「い、いや、怪我の治療をしてくれたらそれ以上は…」

 

「定期検診には顔を出さず、怪我した時くらいしか顔を出さないんですし、物の序でで受けてください、というか受けなさい。」

 

「私の意志がそこにないんだけど!?」

 

ジリジリと圧を放ちながら近づくしのぶに圧されるように、凛はその身体を後ずらせる。自身とそう変わらない背丈の彼女からは想像出来ないそれは、鬼と相対する以上の重圧だった。

診察室の入り口の戸に追い詰められた凛。

もはや後はない。

そんな折、

 

「あらあら、凛ちゃんじゃない?」

 

背の戸が開かれたと思えば、細い腕が伸び、凛の身体をガッチリと抱き締める。

おっとりとしながらも、慈愛を感じさせるこの声。

 

「か、カナエさん…。」

 

「はぁい、カナエお姉さんですよ〜。」

 

「姉さん、ちょうど良かった!凛さんをそのまま捕まえててください。」

 

万事休す

その細腕からは想像出来ない腕力でがっしりと抱きとめられ、まな板の上での鯉の気持ちが、ここまで身にしみたことはない凛であった。

鬼殺隊士二人がかりとあっては、もはや抵抗は無意味に近い。

諦観の念で凛は隊士服上を脱ぎ去り、未だ成長乏しいその様を曝け出すことになった。

前世であった一般的な健康診断とそう変わらない内容。

だが半身といえど、裸を他人に晒すのはやはり慣れないもので、早く終わってくれと念仏のように唱えていた。

そんな最中

 

「…あら?」

 

巻き尺を使い、胸囲測定していると、ふとしのぶが驚いたように目を丸くする。

 

「凛さん、少し大きくなりました?」

 

「…へ?」

 

しのぶの予想だにしない言葉に、凛は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「前は二尺三寸だったのが、一寸大きくなってますよ?」

 

「なん…だと……」

 

胸部装甲

それは男性の目を奪い、そして同性の間でも優劣をつけられやすいそれは、凛の前世から不変のものであった。

あぁ、そういえば前世の委員長は同年代とは思えない程大きかったなぁ。アリサもかなりの物を持っていたし、教え子内でもユウナは中々だった。

大小問わず、様々な胸部装甲に囲まれて居たリィン。当時は、その時の状況にいっぱいいっぱいなこともあって、あまり意識しなかった。

しかし思い返せば何の事か、皆素晴らしい物を持っていたのだと改めて思わされる。

比べて今の自身は、前世で言うアルティナ位の背丈と胸部装甲。母親である千代もかなりの物をお持ちである為、遺伝子的に将来性は期待出来…

 

(って、何を考えてるだ俺は!?)

 

ふとここで凛は我に返り、前世であるリィンとしての意識をしっかりと呼び戻す。

胸の大小などなんだというのだ!?大きかろうが小さかろうが関係ない。自分の目的は飽くまでも『黒のイシュメルガ』の滅殺だ。胸の大きさが、勝利の絶対条件ではないのだ。

そ、そりゃまあ?人並み程度にあってもいいんじゃないかとも思うし?どうせならもう少し欲しいかなとも思わなくもないわけであって。

 

「…それにしても。」

 

巻き尺を巻き戻したしのぶは、スンスンと鼻を鳴らし、凛の匂いを嗅いでいる。

13歳と言う年頃の乙女らしからぬ行動。しかし彼女には看過できないものが鼻をついていた。

 

「凛さん、お風呂、入ってます?」

 

「へ?」

 

「臭いますよ?正直。」

 

ぐさぁ!と、言葉の暴力が凛の精神をえぐった。

そういえばと、ここ一週間ほどは討伐に次ぐ討伐で、食事や睡眠はともかくとして、洗濯や洗身を疎かにしていたことを凛は思い出す。

それが今、如実に匂っているのだ。しかも消毒液の匂いが蔓延る蝶屋敷だから尚の事。

 

「丁度いいです。ついでにお風呂で体を洗って来てください。服も洗濯しないと、匂いや返り血が染み付いてますし。」

 

「や、でも任務が入るかも…。」

 

「それには及ばないわ。」

 

ここでカナエが、それこそ満面の笑みで話に入ってきた。

 

「御館様に凛ちゃんの任務を少し外すよう、クロウくんに言付けて貰ったわ。彼に聞いたところ、貴女結構任務漬けみたいだったし、御館様のことだもの。きっと快諾してくださるわ。」

 

「い、いつの間に…?」

 

御館様

鬼殺隊の柱のさらに上。

事実として隊を束ねる存在だ。

その顔を見ることが出来る、もしくは出来たのは、柱を含めて一部の隊員のみ。その居場所ですら、鬼に勘付かれないように秘匿されている。凛の親である譲治郎、千代も出会ったことがある隊員であり、彼の佇まい、そして声は、心に安堵をもたらしてくれる、不思議なものであると以前話していたのを凛は覚えていた。

 

「いい機会です。しっかりと骨を休めることも、一つの任務だと実感してください。お風呂場はその角を曲がって突き当たりですから。」

 

そう言われるだけ言われて、まるで蹴り出すかのごとく診察室から追い出されてしまった。餞別とばかりに手拭いを渡されて。

 

「そんなに臭うのかな?」

 

スンスンと自身の体の匂いを吸い込んでみるが、特段変わった匂いはしない。と言うのは凛の主観であり、周囲からしてみれば、泥臭く、そして汗の匂いが微かながらも漂っていた。凛はその匂いに慣れてしまい、嗅覚が若干麻痺していたりする。

ともあれ、前世の男としても、年頃の少女に『臭う』などと言われればショックを受けるのは変わらないものであって。

その言葉と心の傷を払拭すべく、凛は風呂場へとやってきた。無論女湯である。

 

「大きく、なってた、か。」

 

噛み締めるように自身の胸部に目を向ける。

主観的に見れば特に変わらないように見える。

だが客観や数値的には確かに成長している。胸云々はともかくとして、身体が成長しているという事は、鍛えれば身体機能が高まるということ。それは確かに喜ばしい事に変わりはなかった。

決して胸が大きくなったことに対する喜びではない。

ないったらない。いいね?

いそいそと服を脱ぎ取り、しのぶから投げ渡された手拭いを手に、風呂場へと繋がる引き戸を開く。むあっとする熱気とともに、目の前に広がるのは檜でできた見事な浴室だった。広さで言えば、教官時代の寮の風呂場くらいか。これだけ広いのは、患者が入浴による血行促進での治癒を目指す、湯治を行うためもあるのだろう。その証拠に、

 

「これは…薬湯か。」

 

ただの湯ではない、湯気から香る独特のそれは、薬草から抽出した薬を湯に溶かしてあるからだ。

医療施設ならではの、家とは違う少し贅沢な風呂。

掛け湯を終えた凛はゆっくりとその湯に身体を沈めて、少し熱めの風呂を貸し切りで堪能したのだった。

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