閃の刃は大正の世を切り拓く   作:ロシアよ永遠に

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第19話『心の壊れた子供』

「で?」

 

「あら?どうしたの?しのぶ。」

 

蝶屋敷から歩くことしばし。

隊士服に身を包み、そして各々の羽織に袖を通した胡蝶姉妹。その妹たるしのぶが、不機嫌な顔を隠しもせずに声を出した。

 

「ほら、しのぶ。これから任務なんだし、張り切らないと!ね?頑張るためにも笑顔笑顔!お姉ちゃん、しのぶの笑った顔が好きよ?」

 

「任務なのは重々わかってる。だからって…」

 

「………。」

 

「なんで凛さんがついてきてるんですか?」

 

そう、二人の一丈後ろには、無難にモダンな服に身を包んだ凛。しかしその雰囲気は暗かった。それはもう負のオーラが周囲に滲み出て、道行く人々がドン引きし、彼女らが進む道はモーセの海割れの如く開けていた。

普段なら、胡蝶姉妹を含めて見目麗しい3人なのだが、凛の放つそれによって台無しとなっている。

そしてその元凶たるカナエはにこやかに答える。

 

「だって折角凛ちゃんがおめかししたんだもの。街へ繰り出さなきゃもったいないでしょ?」

 

「でも、だからって私達の任務に連れて行かなくても…。」

 

「言い出しっぺはしのぶでしょう?だったら凛ちゃんを少しでも案内するのが筋じゃない?任務のみちすがらでも、ね、」

 

そう言われるとぐうの音も出ない。別段、しのぶとしては凛が嫌いなわけではない。委員長だのなんだのと呼んでくるのは頂けないが、自身と年齢が一つしか変わらないのに、次々に鬼を狩っているのだ。鬼殺隊としての実力は素直に尊敬していた。

 

「仕方ないですね。まぁ乗りかかった船とも言いますし。ちょっと任務の腹拵えも兼ねて、贔屓の食事処に案内しましょうか。」

 

「そうね、それがいいわ。となると、この先の橋を超えた処の店ね?」

 

「えぇ、あそこの生姜の佃煮がまた絶品で…。」

 

「ん…?」

 

生姜の佃煮で饒舌になり始めたしのぶをさて置き、凛が顔を上げてその目を細める。先程までのおどろおどろしい雰囲気はどこへやら、任務かと思しき雰囲気に、胡蝶姉妹は目を丸める。

 

「あら?どうしたの?」

 

「いえ…少し妙なものが見えまして…。」

 

彼女の見つめる先、釣られて二人もそちらに視線を移す。

なんの事はない、ただ道行く人々の変哲のない光景。

その中で一つ、看過するには難しい物が飛び込んできた。

丸坊主で、人相の悪い中年男性。これはまぁある意味よくある光景だろう。

ただ彼の手に収まっているのは縄。そしてそれが伸びる先にあるものが3人の目に止まった。

 

「こんにちは。」

 

ここは最年長たるカナエが先陣を切った。相手のその風貌。何かあっても良いように、しのぶと凛は警戒態勢を敷く。

 

「その子はどうして縛られているのでしょうか?罪人がなにかですか?」

 

そう、男の持つ縄の先。

そこには見るからに汚れに汚れた見すぼらしい子供が縛られていた。

 

「見てわかるだろ?蚤だらけで汚ねぇからだよ。…それに逃げるかもしれねぇしな。」

 

そんな男の言葉を聞いてか否か、カナエがそっと子供に近寄ってしゃがみ込む。

 

「こんにちは。はじめまして。私は胡蝶カナエと言います。あなたのお名前は?」

 

怖がらせないよう、カナエは穏やかに、そして慈愛を込めて子供に問い掛ける。

しかし子供は目を見開いたまま微動だにしない。視線も動かさない。ともすれば、カナエに焦点が合ってすらいないのかもしれない。

その目は虚ろで、まるで心ここにあらずと言わんばかりに。

 

「そいつに名前なんてねぇよ。親がつけてねぇんだ。」

 

そんなカナエに男は冷たく言い放った。

この男が親だと思っていたが、しかし事実は違った。

罪人でもない子供を、第三者が縛り上げている。

それはおそらく、人売り。

 

「もういいだろ、離れろや。」

 

男からしてみれば、売約があって急いでいるのか、はたまた売り物に対する故の気遣いなのか、カナエを離そうと手を伸ばす。

だがその手は鋭い一撃で払われた。

 

「姉さんに触らないでください。」

 

しのぶである。その腕っぷしは、鍛えられている男性隊士には及ばないが、一般男性程度なら問題ない。

 

「な、何なんだよてめぇら…。このガキと話をしたけりゃ金を払いな。」

 

「…そうですね。…それならこれくらいでどうでしょうか?」

 

そう言って凛が懐から取り出したるは、壱円札。しかも一枚ではない。何十枚の束である。

 

「相場が幾らかは知りませんが、これでこの子とお話しできますか?」

 

凛からしてみれば手持ちの大半。眼の前の男からしてみれば、喉から手が出る程の金額。それが眼の前に広がっている。

高々お話しするくらいでこれ程の大金を得られると踏んだ男は、ニンマリとうす汚い笑みを浮かべた。

 

「い、いいだろう。」

 

その反応に、凛はしのぶに目配せする。最初はキョトンとしていたしのぶだったが、すぐに意を汲み取りコクリと頷く。

金がもらえると踏んだ男は、縄を凛に渡すと、その手で金を受け取ろうと手を伸ばす。

 

「だが、はんこk…」

 

「それじゃ、お支払します…ね!!」

 

そう言って凛は、手に持った札束を天に向かって思いっきりぶちまけた。

ペラペラの紙幣は風に巻かれ、そして道行く人々は中を舞う壱円札に釘付けだ。

 

「な…ぁ!?」

 

「おっと…風に煽られて手が滑りました!でもお金は出したんで、頑張って拾ってくださいね!」

 

そう言うだけ言って、凛は子供が繋がれた縄をしっかり握ると、しのぶやカナエ、そして子供を連れて駆け出す。

 

「て、てめぇぇ!」

 

「あ、それと、お話しする時間ですが、この子の生涯分ということで宜しく!あと、頑張って拾ってくださいね!」

 

そう言って煽る凛はとてもいい笑顔で、意を汲み取ったしのぶと、突発的すぎて驚くカナエも、苦笑いを隠せなかった。

 

「ほ、ホントにこれでいいのかしら〜?」

 

「いいんです!ホントはお金を払うのもおこがましいけど…。でも凛さんて意外と大胆なんですね…。」

 

「昔からよく言われるよ。…とにかく、一旦戻る方向で良いですか?」

 

「もちろん。そのつもりだったもの。」

 

「はぁ…任務に少し遅れるけど…仕方ないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「男の子かと思ったら女の子でした。」

 

「何言ってるんですか。普通、初見で気づくでしょう?」

 

蝶屋敷に急いで帰り、その道すがら鎹鴉に事の些末を伝え、そして凛としのぶが急ぎ例の子供を風呂に入れた。

そして裸にして気付いた。

『付いてなかった。』

 

「いや、あんなボサボサの頭と格好でだと気付けなくないか?」

 

「…凛さん、鈍いとよく言われますよね?」

 

「…うーん、鈍い…とは言われなかったけど…人たらしって言われたことはあるなぁ。」

 

件の子供改め少女の髪を整えるしのぶに睨まれながら、自身の前世で言われた事に思いを馳せる。

そんなに人をたらしこんだ覚えはないのになぁ…。

 

「でも、体を洗ったらこんなに可愛くなったわ!やっぱり女の子だもの。綺麗にしとかないとね?」

 

「…まぁそーですね。」

 

ある程度整えると、目元が隠れるほどに伸びていた髪を、鋏でチョキチョキと切りそろえて小綺麗にしていく。その風貌は正に美少女と言うに違わぬものとなっていた。

だがその少女の表情に、しのぶも凛も異様さを捨てきれずにいた。

 

「でも姉さん。この子、今もそうだけど、髪を洗うときも髪を切ってるときも、全然目を瞑ろうとすらしないんだもの!ちょっと変だと思わない!?」

 

変だと言われても、件の少女は表情どころか眉一つ動かさず、ただただ一点を見つめているのか目を動かない。と言うか何かを見ているのかすら怪しい。

 

「…もしかしたら、親に売られるほどの極限の極貧生活の中で、心を殻に閉じ込めているのかも。」

 

「心を、殻に?」

 

カナエの問いに、凛はゆっくりと頷くと話を続ける。

 

「人間と言う生き物は、心が追い込まれると自衛行動に移ることが多いんです。それは所謂、精神が壊れる寸前の状況とも言えます。そうなる前に人間は何らかの自衛行動を起こし、自分の精神を守ろうとします。…この子の場合は殻に閉じ込めた…というよりも、心を外の世界と切り離して、自分の精神が傷付かないようにしてる。だから何をするにしても自分から働きかける…自主性が乏しいんだと思います。」

 

「…なるほど、確かにそう言われると合点がいきますね。」

 

しのぶとしてみても、凛の言うことに一理あると考える。身体医療に覚えがあるが、精神的なことには余り詳しくないため、凛の説明は目から鱗だった。

 

「それじゃあこれからは蝶屋敷で暮らしていけば、きっと良くなるわよ。」

 

「…確かに、良い環境で生活すればその可能性はありますね。」

 

「決まり!ふふふ、妹が一人増えたわぁ。」

 

「…はぁ…、まぁ姉さんが決めたならそれで良いですけど。」

 

「こうなったら任務を頑張って、しっかり稼いでくるわ!行きましょしのぶ!」

 

「あっ!姉さん!…すいませんけど、凛さんは…。」

 

「ん。この子を見とくから大丈夫。行ってらっしゃい委員長。」

 

「…委員長言うなって言ってるでしょ。…行ってきます。」

 

ばたばたと駆け出していく胡蝶姉妹を見送る。

そして残るは件の少女と二人きりの環境。

自身より小さな少女にもかかわらず、静寂という圧が凛に嫌な汗を分泌させていく。

 

「…ごめん、ちょっと厠に…。」

 

「………。」

 

耐えきれず、一旦外の空気をと凛は厠へと向かうべく一旦部屋をあとにする。

残ったのは静寂。

だが何も変化が起こることはない。

只々まるで人形のように畳の上で正座し、外に目を向けているだけ。

聞こえるのは鳥のさえずりと風の音、そして小さく蝶屋敷で働く人々の声が聞こえるのみ。

 

「これはこれは…!」

 

そんな少女の部屋に一つの大きな影が入り込んだいた事に、誰も気付かずにいた。

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