閃の刃は大正の世を切り拓く   作:ロシアよ永遠に

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第24話『さらなる邂逅の終わり』

廃寺が瓦礫の山と化していく。

関係者から見れば、なんと罰当たりと怒り心頭だろうが、しかし目の前の戦いはその罰当たりどころの話ではなかった。

 

「百鬼斬」

 

赤く禍々しい炎を刃に纏わせ、イシュメルガは駆ける。その踏み込みの速度は、八葉一刀流の弐ノ型である疾風のそれだ。イシュメルガはそれに、自身の力を練り込み、より昇華させた物としていた。

だが、譲治郎とて負けてはいない。

鬼神咆で底上げした身体能力は、前世のそれに迫るほどのもの。練り上げられた気は、力を振るうために踏ん張る足を、境内の石畳にめり込ませる程に高められていた。

四方八方から迫るイシュメルガの斬撃。

それを蹴散らさんがため、力の全てを以て、地面に刃を突き立てた。

 

「黒の呼吸 弐ノ型 業滅刃」

 

突き立てられた刃から迸る気により、地面が隆起し、イシュメルガの足場を崩す。

足運びが物を言う弐ノ型において、足場が不安定であるという事即ち、武器を殺されるということにつながる。

 

「ぬぅん!」

 

一瞬の動きの躊躇い、それは譲治郎にとって好機。見た目の重さなど感じられないほどの速さで振るわれる日輪刀。その重い一撃は、イシュメルガが手に持つ赤い刃で防御しようとしたところで、それを上回る一閃。物の見事に吹き飛ばされたイシュメルガは崩れかけの塀に突っ込み、その衝撃で轟音と共に崩れた瓦礫へと埋もれていった。

追い打ちとばかりに踏み入る譲治郎。だが同時に瓦礫が爆ぜ、奴もまた踏み込んできた。

ぶつかり合う刀と刀。甲高い金属の衝撃音が山に木霊する。

 

「流石だなドライケルス。獅子心皇帝の名は伊達ではないか!」

 

「貴様を屠るために生きてきたのだ…!我が妻と、我が子も!」

 

「因果なものだ…貴様ら一族は!」

 

「更に言わせてもらうならば!」

 

一層力を込めた斬撃。それはイシュメルガの刃をかち上げる。やはり武器の重さというものは大きな優位性を得ていることに変わりなく、そのがら空きの胴に横一閃の閃光が走る。

 

「チィッ…!」

 

「その肉体…元来我が息子のもの。貴様に使わせるなど、父として許せるものでもない事はわかるだろう?」

 

そう、イシュメルガのその肉体。譲治郎の言うとおり、その外見は多少の差異はあれど、顔立ちも体格も、前世で『リィン・シュバルツァー』であったものだ。

おそらくは、イシュメルガに寄生されたことで、少なからず肉体が変異したのだろうことは想像に難くない。その証拠に、先程裂傷を与えたはずの胴は、まるでこの世界の鬼の様に再生してしまったのだから。

 

「この肉体の持ち主はすでに新たな肉体を得ていよう?誰も使わぬものを依代として何が悪いのだ?」

 

「それを赦すことなどできぬのが人間なのだ!ましてやそれが我が子となれば尚の事!故に!」

 

譲治郎のその身から溢れ出したるは、さらなる黒い気。空気が震え、そして風が嘶く程の。

 

「前世での貴様は敗れ去ったのだ!人を…人間を無礼(なめ)るな!イシュメルガ!」

 

まさに鬼。

悪鬼を滅することを掲げる鬼殺隊の譲治郎。その形相はまさしく鬼の如し。

親の、親たる所以か。

自身の子の肉体を開放せんと、その心を悪鬼羅刹へと染めゆく。

親は、子のためなら外道へと、そして鬼へと変われる。

 

「黒の呼吸 終ノ型 黒啼…!」

 

渾身の一撃。それを放たんと最大限の呼吸を。

その力たるや、その手に持つ日輪刀が『赫灼』に染まりかける程に。

ここで終わらせられるならば、

妻や子の手を煩わせずに済むならばと、

その意志は確固として揺るがぬもの。

 

「獅子王斬!!!」

 

現世における出来うる限りの、

そして前世で自身の最大奥義。

その手に持つ日輪刀を纏うは黒。譲治郎の手を伝い、そして更に濃く。

その豪腕から振るわれた縦一線の斬撃。地を抉り、

その斬撃の圧で瓦礫が吹き飛び、

恨みつらみを乗せてイシュメルガへと迫る。

これで決める。

いや、決まる!!

 

「月の呼吸」

 

だがここで第三者の、底冷えするかのような、まるで深い夜の底から響くかの如き声が譲治郎の耳に響いた。

現れるは一つの影。

獅子王斬とイシュメルガの間を取るように飛び込むや否や、その腰に携えた刀を抜き放つ。

 

「壱ノ型 闇月 宵の宮」

 

瞬間、

まるで爆薬でも爆ぜたかのような爆音と、そして周囲を薙ぎ払う衝撃波が廃寺を襲った。

それは譲治郎とて例外ではなく、その身を屈め、吹き飛ばされまいと踏ん張る。

 

「……何をしに来た?」

 

「何を……とは……、あの方の………御命令故……、貴殿を……連れ戻せ…と…。」

 

現れたるは長髪の男だ。その上を後頭部で結い、その装いは一昔前の侍。紫の着物に袴。そしてその手に持つのは、刀身の所々に禍々しい目を持つ異形とも取れる刀。

そして…

 

「奴が……お前の…言う……かの男…か……。」

 

「よもや……ここにきて…上弦の壱とはな。」

 

その異形な顔面。額と首筋に浮き出た痣、そして何よりも目を引くのは眼球に『上弦 壱』と刻まれた三対の目。

上弦の壱。

それは鬼の配下の中でも高い実力を持つ十二鬼月。その最高位を意味するものだ。

つまり今眼の前にいるのは、鬼の中でも首領である鬼舞辻無惨に次ぐ者と言うことになる。

 

「貴様……柱では……ない…?だが……その力…悪くない……。」

 

(やれるか……?イシュメルガと上弦の壱……双方相手取って…!)

 

再び日輪刀を構える譲治郎。その手に持つ日輪刀の色を見て、黒死牟は目を見開く。

 

「赫刀…!この時代に……そこまでの男と…出逢えようとは……!まこと…わからぬものよ……!」

 

「赫刀…?」

 

「黒死牟……我はこやつとケリをつけねばならぬ。そこをどけ。」

 

未だ戦わんとするのはイシュメルガだ。

だがしかし、黒死牟と呼ばれた上弦の壱はその身を微動だにしない。

 

「先程も……言ったが…、貴殿を…連れ戻せと…命を受けた……。ここは…退け……。夜明けも…近い…。」

 

「ちっ……!」

 

「貴殿……また、相見えたなら……手合わせ…願いたい…ものだ…。」

 

不貞腐れたようなイシュメルガと、不吉なお願いをしてきた黒死牟は、足元に現れた襖に吸い込まれるようにしてその場を去ってしまった。

残されたのは譲治郎ただ一人。

 

「仕留めそこねた…いや、命拾いしたか。」

 

正直、イシュメルガもそうだが、黒死牟の圧に押されかけていた。上弦の壱と言う肩書きに相違ない程のそれは、歴戦を潜り抜けてきたはずの譲治郎ですら威圧されてしまうほどに。

 

「上弦の壱……と言うことは、やはりイシュメルガは鬼と結託していたという事か…。やれやれ、厄介な。」

 

大凡予想はしていたことだが、いざ現実となれば気が滅入りそうになる。

そして恐らくは、これだけの大規模な戦闘行動があったとなれば、麓の村にいる杏寿郎や隠にもバレるだろう。

どう説明したものかと頭を悩ませながら、譲治郎は山を降りることにした。

 

(凛よ…我らの敵は、思った以上に大きなもののようだ。)

 

山を駆け上がる杏寿郎と隠に出食わし、質問攻めされるまで、そう時間は掛からなかった。


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