「血鬼術 枯園垂り」
鉄扇に氷の血鬼術を乗せた斬撃で凜を迎え撃つ童磨。その速さは先程のカナエに放った速度とそう変わらない物で、柱を迎え撃つための調整。童磨は敢えて相手に力量を合わせ、その力を引き出した上で捻じ伏せる戦いを好んでいた。その速度は一般隊士なら捌ききれるものではない。しかし童磨は、凜がそれに応じることができると確信していた。
現に、凛はその一撃一撃を見切っているのか、的確に刀で捌いていなしていく。
「君、柱なのかい?」
「いや、私はただのしがない一般隊士だよ。」
「う〜ん、どう見ても力量がさっきの子と同じかそれ以上に見えるけど?」
「それは光栄だと言っておこうかな!」
意趣返しと言わんばかりに足を狙って、下段に童磨の斬撃が走る。
しかし、凜にとって読めない手ではない。ひらりと飛び退き、童磨と一旦距離を取ると、大きく一息つく。
「ふぅ…。」
「あれ?もしかして、もう息が上がった?そこは柱には及ばないんだね?」
「いや…単に君の側で息を吸いたくないだけだよ。」
「ひどいなぁ。そんな言い方はないんじゃ…。」
「搦手がなかったらね。」
凛の一言に、童磨の笑みが少し崩れた。
「…なんのことかな?」
「今私がいるところと、君の間合い。僅かに温度差がある。自身の周囲のみに何かしらの罠を張っているんじゃないかって感じたんだよ。違う?」
「…驚いた。初見で俺の粉凍りを看破するんだ?黒死牟殿や猗窩座殿も一度は掛かったのに…。猗窩座殿は俺よりも位が下だから仕方あるまいか。」
しれっと自身の同胞を小馬鹿にする余裕があるあたり、この程度を見切ったところでは、まだまだ余裕であるということの現れだろう。攻撃速度は未だ凛に合わせてギリギリの戦いを演じているフシがある。
おそらく、粉凍りという罠にカナエはかかってしまい、肺をやられた可能性が高い。
「じゃ…離れてても攻撃ができるならどう対処するのかな?」
今まで閉じていた鉄扇を開き、双方横薙ぎに振るう。その軌跡の先には数多の氷が集まり、そして形を成していく。そしてそう時を立たずして、見るも美しい蓮の花となった。
「血鬼術 蓮葉氷」
形を成した瞬間、蓮葉氷の周辺から真っ白な冷気を放出し始めた。それなりに距離を取っていたにもかかわらず、寒気を感じるほどに強烈なものだ。見るからに恐ろしく低い温度であることは明白である。
一旦距離を取ろうと跳躍する凜を逃すまいと、童磨は次なる手を打つ。
「血鬼術 蔓蓮華」
その場に置いておくだけで行動範囲を狭める血鬼術かと思いきや、その氷の蓮から同じく氷の蔓が、まるで生きているように凜へと殺到する。
「大きく跳んだけども、次はどうするかな?空中じゃ避けられないぜ?」
「全集中 閃の呼吸 陸ノ型 緋空斬」
童磨の意に反し、真空の刃を放つ斬撃により、氷の蔓は見事に切り落とされていく。
しかしその数を一撃ですべてを落とすことはできない。残る蔓が迫るが、自身に近い蔓を狙ったことで着地までの時間を稼ぐことはできた。
そして童磨は今、距離が離れたことで今まで以上に油断しているのが目に見えてわかる。
この蓮葉氷と蔓蓮華をどうするのか、それを見物と洒落込もうとしているようだ。
「さぁ!頑張って逃げておくれよ!これは俺の親友である猗窩座殿が気に入ってる攻撃なんだ!楽しんでくれ!」
一々癇に障る鬼だ。
だがその言動を裏打ちするかのように、実力は確かなものだというのはわかる。
手加減する余裕がまだまだあるという底知れなさと、肺を潰す罠があることが恐ろしくもある。
だが、余裕があること即ち、油断し、そこに付け入ることで打開策は見出だせる。
ならば、
「閃の呼吸 弐ノ型 疾風」
最速の踏み込みと剣閃で、この蔓と蓮、その布陣を切り抜け、奴の頸を切り落とす。如何な鬼と言えども、この速度は驚異的だった。縮地と呼ばれる歩法にて、踏み込みと斬撃を繰り返す疾風。それは集団戦に秀でた型だ。瞬く間に蔓と蔓が切り落とされ、その速度に童磨が驚いた時には、凛は眼前へと迫ってきていた。
「斬!!」
「おおっとぉ!?」
しかし頸を狙った凜の斬撃は、飛び退いた童磨の腹を、深く横に斬り裂いただけに留まってしまった。
「くっ!浅いか!」
「今の技、凄く速いね!流石の俺も避けてなかったら頸を落とされていたよ!」
反応速度によるものなのか、はたまた勘が良いのか。仕留め切れたかったことに凜はもどかしさを覚える。
童磨はというと、目を丸くして驚いてはいたものの、すぐに胡散臭い笑顔を浮かべ、腹の傷を塞いでいた。
「でもその型、見えなくなるくらい速いけど、対策は出来るよ!」
「っ…!!」
「血鬼術 冬ざれ氷柱」
まるで合図のように鉄扇を振り上げる童磨。まだなにか仕込んでいるのかと危惧する中、それは頭上にあった。
数多の血鬼術で作られた巨大で鋭利な氷柱。それが凛の頭上から串刺しせんと、降り注いできた。
避けようと足に力を入れた瞬間、全身に鋭い痛みが走る。
「血鬼術 散り蓮華」
童磨が振るった鉄扇。先の枯園垂りとは違い、その軌道から氷の斬撃ではなく、無数の氷の飛礫が、頭上の氷柱に気を取られた凜へと襲いかかったのだ。振り上げた鉄扇は合図ではなく、この飛礫を生み出すための動作だった。
予期せぬ一撃に、ほんの少し動きが遅れた凛に、氷柱が追い打ちとばかりに降り注いでくる。
吹き上げられる土煙。瞬く間に凜は土の煙幕と氷柱の中に姿を消してしまった。
「凛ちゃん………!!」
肺をやられたことで、カナエは大きな声が出せない。
だがこの状況で、黙っては居られなかった。
どうすればいい?
いくら凜が強いとはいえ、単身で上弦の、ましてや弐と渡り合うことはできない。
しかし加勢しようにも、肺をやられ、全集中を使えない自身が向かっていっても足手まといなだけだ。
「いやぁ!君が俺の考えてた以上に楽しませてくれるから、ちょっとだけ本気出しちゃったよ!あ!もしかして、死んじゃったかな?ごめんね!」
全く悪びれる様子のない童磨。
あの様子では、凜がやられてしまった可能性は零ではない。ここで動けないなど、柱として不甲斐ない自分に、カナエは情けなさがこみ上げてくる。
「死んじゃったなら食べてあげないとね。命というのは尊いものだ。大切にしなければ。」
「だったら…勝手に人を殺さないで貰えるかな…?」
瞬間、地面に突き刺さっていた氷柱が、暴風に吹き飛ばされたかのように粉々に吹き飛んだ。
何が起こったのか、と言われればわからない。誰がやったのかは明白だった。
凛である。
「へぇ!生きてたんだ!俺のちょっと本気で生きてたの、久しぶりに見たよ!感心感心!」
「全然、嬉しくもなんともないね…。」
だが凜は全く問題ないというわけではなかった。
全身に氷の飛礫による傷を負っている状態。それに加えギリギリまで回避を試みた氷柱が掠めたのか、脇腹に受けた大きめの裂傷が痛々しい。
「もう勝負はついたでしょ?諦めて食べられなよ。」
「それでも…!」
諦めない。
そう言いかけるが、現状でこの状況を切り抜けるのは難しいとしか言えなかった。
体中の傷…特に脇腹のそれの痛みは先程から鈍い痛みが全身に響いている。流石にこの状態で十全に動けるかと問われれば否だ。
ならばどうする?自身はともかく、せめてカナエだけでも守れないか?
そんな考えがよぎったとき、今世で幼き日。父に言われたことを思い出した。
『己を捨てて他を生かすのではなく、己も他も生かすのを最後まで諦めるな。』
…そうだ、足掻いてきた。
前世で幾度となく。
諦めず、
見失わず、
時には受け入れ、
自分の道を進むために。
その結果として、自分は死んでしまったことに悔いはない。
だがそれを仲間は良しとするか?おそらく、前世の仲間達は嘆き、悲しみ、泣いたであろう。
あの時に足りなかったもの。それはわからない。だがあれがあの時の最善手だったと、後悔はない。
だが今世でも同じように自身を犠牲にして、他を生かすことではなく。
譲治郎の言うように、他者も自身も生かす道を探すこと。それを諦めてはならない。
そして前世のことを思い出す内に、未だ自身の中に『切り札』であり、『禁じ手』が残されていたことをふと思い出した。
確かにこれを使えば打開できるかもしれない。
だがこれを使うことを鬼殺隊の誰かに見られること。それがどう転ぶのか、凛には予想がつかない。
だがここで使わずして、どこで使うのか?
自身もカナエも生き残るのなら、藻掻き足掻いて、その後のことはその時に考えていくしかないのだ。
「カナエさん…。」
「な、何かしら?」
「今から…私がやること、それは見る人にとっては許容できないことかもしれません。だけどこれだけは言わせてください。
私を、信じて。」
凛の言葉の意味を理解できないカナエの返事を聞かぬ間に、彼女は日輪刀を正眼に構え、目を閉じる。
「まだ何かあるのかい?いいね!もっと見せておくれよ!」
挑発は聞こえない。
ただただ自身の奥底に耳を澄ませる。
胸の中に燻る、黒く燃える焔。それを大きく燃やす。
全身に広がる感覚。
自分以外の異物の感触。
だがそれを否定はしない。
あるがままを受け入れ、自身と一体とし、漆ノ型である無の極地。
これを使うこと、即ち鬼殺隊としての立場が揺らぐかもしれない。
でも、
それでも、
生きることを諦めないためにも!
「神気!!合一!!!」
鬼を解き放つと決めた。