閃の刃は大正の世を切り拓く   作:ロシアよ永遠に

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第28話『夜の終わり』

爆ぜた空気。

発せられる鬼気。

見るものを圧する覇気。

それらがカナエと、そして対する童磨に重くのしかかる。

 

「ふぅぅ………。」

 

大きく息を吐く。

大丈夫、今の所は『呑まれそうになる』感じはない。比較的安定している。

 

「へぇ…!君、鬼だったのかい?」

 

さして驚いた、というものではないようだが、しかし関心はあるといった様子の童磨。

その目先には黒の髪が白く染まり、瞳が赤く染まった凛。童磨の言うように、

その風貌は人というよりも鬼に近しいものがある。

 

「鬼…。たしかにそうなのかも知れない。」

 

「じゃあ、なんで俺と敵対するのさ?人間を助けてどうするんだい?」

 

「決まってる…カナエさんは、私の仲間だからだ。」

 

そうハッキリと。

鬼と共感されようと、このあと鬼殺隊に罵られようとも、それだけは人として譲れない。

 

「まぁいいや!ちょっと特殊みたいだし、さっきよりも手応えありそうだ!」

 

小手調べ、と言わんばかりに再び生成される蓮葉氷。その数は目測で先程の倍は見える。そこから更に蔓蓮華を伸ばし、凜を引き裂かんと殺到する。

明らかに先程の速度や剣戟では捌けない物量のそれを前にして、凛は動かず、ただ冷静だった。

 

「弐ノ型 秘技 裏疾風」

 

前動作なく、凛の姿は掻き消える。

同時に、一陣の風が吹き荒れ、数ある蓮葉氷が一刀のもとに両断されていた。

 

「おっと!その型はさっき見たから、二度は…。」

 

俊足の歩法で切り払ってくる。

先の攻防で疾風の特徴を見た童磨は、凛の踏み込みに合わせて後方へと飛び避ける。

確かに『疾風ならば』ここで終わるだろう。

 

「斬ッ!!」

 

「へっ!?」

 

しかしこれは『裏疾風』だ。

かつて兄弟子である『アリオス・マクレイン』が収めた型。そしてその得意としていた秘技。

弐ノ型 疾風から陸ノ型 緋空斬へ繋げ、追い打ちをかける一撃だ。

放たれた斬波が、避けきったと油断していた童磨の腹に深々と切り込む。頸に当たらなかったのは仕方ないが、そもそも日輪刀で直に切らない緋空斬は、牽制にしかならない。

 

「おぉ!速いね!さっきとはダンチ…」

 

「壱ノ型 改 滅・螺旋撃」

 

童磨が称賛する間も与えず、踏み込みとともに身体の捻りを剣戟に乗せた一撃が振り下ろされる。

寸でのところで童磨は避けるものの、その一撃の重さと速さは、避けたにもかかわらず、肌を風の刃が斬りつけるほどのものだ。

 

「一気に畳み掛けるかい?それもまたいいね!」

 

明らかに先程の凛とは段違いの速度と力は鬼と言うに差し支えない物で、笑顔を崩さない童磨も内心では驚いている。

驚いてはいるが、対応しきれない程ではなかった。

回避から転じて枯園垂りで氷の応酬に入る。もちろん、先程よりも速度を上げて。しかし凜も負けじと、日輪刀でその鉄扇と氷の刃を捌いていく。

確かに拮抗しているように見える二人の応酬。しかし、悟られまいとするも、凛の攻撃には焦りが見えている。

 

(早く……早く仕留めないと……!)

 

正直、凜がこの世界に来てから、神気合一を使ったのは、幼少期を含めたった二度だけ。今の状態でどれほど持続できるかも、そして限界を超えて使った時の反動は全く予想がつかない。下手をすれば暴走する可能性も無きにしもあらず。

 

「動きは確かにさっきより速い。けど、段々雑になってきているね?勝負を急いでいるように見えるけど、何か…」

 

「はぁぁぁっ!!」

 

未だ余裕を保つ童磨の言葉を遮るかのように、文字通り鬼気迫る勢いで畳み掛けていく。そんな凛の太刀筋すら、童磨にはまだ直撃が届かないでいることが、何よりも歯痒い。

 

「ぉ?雑でも早いのは厄介だね。力押しというのも中々悪くない。」

 

童磨の防御をすり抜けた攻撃が、彼の頬や脇腹を掠めていく。

だがそれだけだ。

致命傷である頸には届かず、ただただ鬼特有の再生力が傷を癒やし、そこをまた凜が切り掠める。

いや、敢えて掠める攻撃を見逃し、遊んでいるかのようにも見えた。

そして時折、まるで見せつけるかのように鉄扇を凛に掠めさせることで、力量差を見せつけてくる。

 

(今…持ちうる総てを込めた斬撃で、一気に攻める!)

 

いつまで神気合一が続くかわからない。

奴が反応しきれない程に速く、そして多方面からの斬撃で、仕留めるしかない。

 

(神気合一を使うと決めたときから、賭けは始まっていた…。今の私の…いや、()の全てを以て、この場を切り抜ける…!)

 

日輪刀を鞘に収める。

そんな凛を見て、童磨は怪訝な表情を浮かべた。

 

「あれ?もうおしまいなのかい?拍子抜け…」

 

「蒼き焔よ…!我が剣に集え…!」

 

凛という人としての限界。

その力の総てを込めて。

渾身の一撃を放つために、掌に神経を集中していく。

ゆっくりと、そして力強く抜き放たれたその日輪刀の刀身が赫く、そしてそれを超えて『蒼い焔』が纏いゆく。

 

「う、嘘だろう?炎の血鬼術かい!?」

 

氷を得とする童磨にとって、炎は相性が悪い。

人が刀に炎を宿すなどと想定もしないし、かと言って松明などを用いようとも、その炎など自身の血鬼術を用いれば容易く封じることができた。

だが目の前にいる少女が持つのは、鬼殺隊が用いる日輪刀。そしてそこから発せられるのは、赤を超えて蒼く燃え盛る炎だ。

童磨の本能が告げる。

『あれは危険だ』と。

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

童磨が対策を考える間もなく、凛は踏み込む。先程まで自身が優位と感じていたにもかかわらず、一瞬にして形勢逆転と言わんばかりに不利に立たされた。

迫る凛の、燃えるような紅い双眼が童磨を貫く。

白く染まった髪が、それを追うようにふわりと舞い上がる。

それに相違ないが、どこか浮世離れしたその美しさに、一瞬童磨は先の恐怖を忘れた。

 

「壱!!」

 

その一言で、彼は意識を現実に戻させられる。

次いで感じたのは、右肩に走る得もしれぬ激痛。見れば右肩から先が泣き別れしているではないか。

斬られた痛みなら幾度とあれど、永らく生きてきた中で感じたことがないその痛み。

 

(いや…俺は…この痛みを、知っている…?)

 

童磨の視界に、昔の記憶のような映像が流れる。

月が照らす真夜中の竹藪で。

相対する赤く長い髪と、そして額に走る痣の男。

彼の放つ捉えきれぬ斬撃に成すすべもなく斬られ、その傷跡から焼け付くかのような痛みが駆け巡った。

まるで自身が実際に斬られたかのような記憶が終わるとともに、現実へと意識が引き戻される。

 

(なんだ…!何なんだ…!?この人間…!)

 

今まで味わったことのない感情。

右肩は熱く痛むのに、背筋は凍えるほど寒い。

 

「弐!!!」

 

それを恐怖と理解する間もなく、凛は振り下ろした刃を返し、逆袈裟に切り上げる。

次は上半身と下半身が泣き別れとなる。

宙を舞う自身の視界に混乱が隠せない童磨。

今確かにわかるのは、迫りくる死が見えていること。

何せ童磨の目には、自身の頸目掛けて振り上げた刃を振り下ろそうとする凛の姿が、ありありと映し出されているのだから。

 

「これで為す!!蒼焔ノ太刀!!!」

 

童磨の頸を焼き斬り落とす一撃が振り下ろされる。

見ていたカナエですら、これで首を落とすと確信できた。

しかし……

 

 

 

 

べべん!!

 

何処からともなく響いた琵琶の音。

それに呼応するかのように童磨の足元に現れた襖が開き、彼を飲み込む。

一瞬

本当に一瞬だった。

凜が太刀を振り下ろしたときには襖は跡形もなく消えていたのだから。

 

「……逃した…のか。」

 

太刀の焔が消え、残されるは二人の鬼殺隊剣士。

観の眼を以て気配を探るものの、周囲に奴の気配はない。その事実に安堵したのか、凛はガクリと膝を付く。どうやら緊張の糸が切れたようで、集中して維持していた神気合一も解かれ、元の黒髪へと戻る。

 

「凛ちゃん!」

 

蹌踉めきながらも、項垂れる凛に駆け寄り支えるカナエ。遠目から見ていても、凛の受けた傷は浅くはなく、明らかに重症だ。

 

「すいません…カナエさん。取り逃がしました。」

 

「何言ってるの!退けただけでも十分よ。それよりも貴女の怪我の方が!」

 

「カナエさんも…結構重症でしょう?クロウを飛ばしてて正解でした。」

 

観の眼を以て、予め童磨の力をある程度把握していた凛は、乱入前に鎹鴉であるクロウを飛ばし、万一を想定して少しでも早く隠が駆け付けられるように前準備をしていた。

それが功を奏し、隠達が闇夜から次々現れ、カナエの介抱にあたり、そして凛は後ろ手で縛り『拘束』していく。

 

「凛ちゃん!貴女達!なにを…!?」

 

「御館様の指示です。暁葉 凛を連行せよ、と。ご了承ください、花柱様。」

 

「でも…!」

 

「構いません。」

 

食い下がるカナエを制すように、凛は声を持って彼女を止める。さしもの当事者たる凛に止められては、カナエはそれ以上のことは言えずに踏み止まらざるを得ない。

 

「こうなることはある程度は予想出来ていました。大人しく連行されます。」

 

「凛ちゃん…!」

 

隠に連れて行かれる凛。総てを悟っていたかのように取り乱さず、至極冷静に。

対してカナエは困惑を隠せずにいた。

凛という少女のこと。

そしてあの力のこと。

理解に及ばぬ問題が彼女の頭の中を駆け巡る中、夜は静かに明けていった。

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