閃の刃は大正の世を切り拓く   作:ロシアよ永遠に

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第3話『藤襲山へ』

深く、深く息を吸い込む。

酸素を、五臓六腑に、全身に遍く広がる血液に、細胞に染み渡らせるように。

身体が熱くなる。

心臓の鼓動が早くなる。

 

「全集中…」

 

ゆっくり、少しずつ息を吐き出す。

鍛練により、強靭と化したその肺は、多量の空気を取り込み、そして吐き出すことを可能とする。

その膨大な酸素は、彼女の身体能力を一時的とは言え飛躍的に高めてくれる。

 

「閃の呼吸 漆ノ型 無想覇斬!!」

 

踏み込む。

幼き日の弐ノ型。それを上回る速度で。

成長した凛のその健康的な足から発せられる踏み込みは、一剣士としての範囲を超えている。

それ程までに洗練され、そして疾い物だった。

 

「斬ッ!!」

 

地に立てられた直径二尺はある太い丸太をすれ違い様に居合一閃する。

一閃の後、振り切った刀を鞘に納刀すると、やや遅れて、無数の斬撃が丸太を細切れに切り刻んでいく。気付けば、丸太は数寸の細かな木片と化し、小高い山のように切り刻まれて積み上がっていた。

 

「よし…型の勘はあの頃と謙遜ない…!」

 

確かな手応えに、凛は思わず頬を緩める。

譲治郎から教わった呼吸法。それは凛に確かな恩恵をもたらしていた。

成長するに連れて、女子として、男子に多少なりとも見劣りし始める筋力。それを呼吸法で埋めることが出来、元来リィンが持っていたパフォーマンスを発揮することが出来ていたのだ。

 

「うむ…見事な太刀筋よ。流石は剣聖。やはり女子となってもそれは健在か。」

 

「これで、父上から見て合格で良いのかな?」

 

「…致し方あるまい。危険ではあるが、今のお前の実力なら無事突破できよう。」

 

娘を危険な地に向かわせるのは、子を思う親として承諾しかねるところだが、凛の素養と想いを無為にするのもまた勿体ない。故に譲治郎は凛の希望を吞んだ。

 

「行くが良い、我が娘よ。最終選別…藤襲山へ…!」

 

「はいっ!」

 

暁葉 凛 11歳

父と母に見送られ、鬼殺隊入隊への試練たる最終選別を突破すべく、藤襲山への旅路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍛えた足腰と、強靭な肺を用いた呼吸法で、準備運動がてら藤襲山への旅路をひた走る。その速度たるや、一昔前の飛脚も真っ青になるほどのものであり、とても11という少女が出せるものではない。歩けば1週間は掛かろうかという距離を、凛は1日足らずで藤襲山へと辿り着いた…と言うより辿り着いてしまった。

 

「…ふぅ、流石に半日以上走り通しは堪えたな。」

 

所狭しと藤の花が咲き誇る山道を歩きながら、少しばかり上がった息と、ようやく気怠さを感じ始めた足をクールダウンさせる。

 

「それにしても…見事な物だな。」

 

視界一面に広がる藤の花は、吹き抜ける夜風に揺られ、空から刺す月光に照らされて、この世の物とは思えないほどに幻想的な物だった。

 

「こんな花が…鬼を退けるなんて、正直信じがたいけど。」

 

譲治郎から教わった鬼に対する知識。

その1つに藤の花は鬼を退ける効能がある、と言うもの。

それ故に、藤の花は魔除けの花と世間ではこそこそ噂話になっているとかいないとか。

ともあれ、この藤襲山は、その藤の花と鬼の性質を利用して、まるで結界のように山を囲っており、その中に鬼をある程度捕らえて放っている。その結界の中で1週間生き延びること。それが最終選別の合格基準だ。鬼といえども、そこまで実力が高いものでもなく、鬼の中でも下から数えた方が早いくらいの弱い鬼だ。

しかし弱いと言えども鬼は鬼。その身体能力は人とはかけ離れて強いものなので油断は出来ない。

だからこそ十全な準備をしておくに越したことはない。

 

「…ここか。」

 

物思いふけりながらしばらく歩けば、開けた場所に出た。藤の花が咲き誇っていた山道とは違い、土が露出して、人の手が入ったことが窺い知れる。その証左に、石畳が敷かれ、極めつけは鳥居のような朱い柱が手前と奥に一対ずつ立てられていた。

 

「朱い柱に…石畳。父上が言っていた場所はここで良さそうだ。」

 

問題なく辿り着けた事に安堵しながら、ざっと集合地を見渡す。見た所、誰も来ていないようだ。

 

「…私が一番…みたいだ。」

 

これから『背を預け合って1週間、共に生き延びる仲間』はまだ来ていない。

それもそうだろう。

今日は最終選別の前日なのだから。

 

「………正直、目測を見誤ってたなぁ。もう少し掛かるかと思ってたら、予想外に早く着くんだからなぁ。」

 

まぁそれだけ自身の身体能力が向上していた証拠なのだろう。ここは前向きに捉えることとして、凛は広場の端にある藤の木の幹を背に座り、袋に包んでいた刀を取り出す。

 

「…これが…日輪刀。鬼を滅する刃。」

 

年中陽光が射すと言われる陽光山で採掘される猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を原料として打たれた、日の力を宿す刀。

凛が今持つそれは、父である譲治郎が、いずれ最終選別に向かうであろう凛のために、自身が最終選別で振るった日輪刀を整備したものだ。その刃たるや、まるで打ち立てのように刃が煌めき、刃毀れ1つ無い。業物と言うに相応しい一振りだ。

 

「なんか…心強いな。父上が一緒に戦ってくれるみたいで。」

 

これから、生きるか死ぬかの戦場に赴くことになる。前世では幾度となく命の遣り取りをして、慣れたくはないが慣れてしまっていたこの感覚を、11年ぶりに思い出し、思わずぶるりと震える。

これは武者震いか?

それとも、恐怖から来るものか?

どちらにせよ、黒の情報を掴むためにも、この最終選別を突破して鬼殺隊入りを果たす。

その為にも生き残る。

何としてでも。

確固たる想いが、手の震えを自然と収めていく。

この世界に来たのは、黒を滅するためなのだ。ここで足踏みしていては、いつまで経っても奴に刃を突き立てることは叶わない。

 

「…よし!」

 

決意を新たに、凛は日輪刀を手にして構え、全集中の呼吸を使う。

まだ時間はあるのだ。

少しでも実力を高めて、少しでも生き残る可能性を高める。今の凛に出来ることはそれだけ。

嵐の前の静けさか。

空を刃が絶つ音が、風で揺れる藤の花の音と共に藤襲山を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「ようやく…最終選別だな。」

 

「そうだな。長かった。」

 

「ここで死んだら元も子もない。男なら、必ず生き残って合格し、師範であるあの人に報告するぞ。」

 

「あぁ。元よりそのつもりだ。」

 

宍色と、そして黒髪の少年もまた、最終選別に向けて、藤襲山に入山していた。

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