閃の刃は大正の世を切り拓く   作:ロシアよ永遠に

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第31話『療養中の一幕』

「まさか凛が負傷して入院するとは、明日は槍でも降るか?」

 

「入ってきて早々、言うことはそれ?」

 

「それだけお前の実力を買ってるって事だ。」

 

ベッドの上に茣蓙を書いて、全集中の呼吸の鍛錬をしながら、負傷箇所の治癒促進をしていると、面会者が来た。

自身の同期で、最終選別以降も時折任務を共にしてきた男、錆兎だ。

その手には風呂敷に包まれた見舞いの品。備え付けのテーブルにそれを置くと、錆兎は面会用の椅子に腰掛ける。

 

「だがまぁ…流石のお前でも上弦には敵わなかったのか。」

 

「まぁね。過去百年近く、上弦を討った記録がないんだし、そうそう討ち取れるものでもないよ。生きているだけでも儲けものなんだから。」

 

「それもそうだ。先達達の実力を以てしてもなんだからな。」

 

ちなみに、

凛が上弦の弐を討伐寸前まで追い詰めた、というのは、輝哉の案で伏せておくことになった。

というのも、カナエが倒せなかった鬼を、一般隊士の凛が追い詰めたというのはにわかには信じられないだろうし、かと言って『鬼の力』を公表すれば、少なからず混乱が生まれる。それを避けるためにも、凛は何とか夜明けまで耐え凌いだという内容に落ち着くことになった。

凛の功績を落とす事に対して輝哉は申し訳無さそうにしていたが、こればかりは致し方ないものだと、凛も納得の上でである。

 

「そういえば、入院中に風の噂で聞いたけど、錆兎と義勇が柱候補に上がったんだって?」

 

「話が早いな。」

 

「女の間で噂が広まるのは早いものらしいからね。」

 

「そういうものなのか。」

 

「そういうものなの。」

 

曰く、空席だった水柱を立てるために、水の呼吸の使い手の中でも、抜きん出た実力を持つ隊士を精査したら、義勇と錆兎が候補に上がったらしい。

型の一つ一つの力強さが光る錆兎と、自ら編み出した拾壱の型と共に洗練された技の冴えが魅力の義勇。他の柱の面々からも、どちらを柱とするべきか悩みどころだとか。

 

「よかったね。どっちが柱になっても、鱗滝さん鼻高々だ。…って、お面で既に鼻が高いか。」

 

「違いないな。…あと、花柱様が柱を退くとか。」

 

「そっか…カナエさんが…。」

 

やはりか、と凛も納得する。

童磨との戦いの中で、血鬼術によって肺を大きく傷付けられたのが要因だろう。全集中の呼吸を用いる鬼殺隊にとって、肺は重要器官だ。呼吸に支障が出るなら、戦闘力が著しく下がる原因となるので、柱として戦えないなら、引退もやむなしだろう。

 

「花柱様の席が空席となれば、新たな柱の選別もあり得るだろう。ややもすれば、お前も候補に上がるんじゃないのか?」

 

「…へぁ?私が?柱候補?」

 

思いもしない錆兎の考えに、凛は思わず変な声が出てしまった。

目を点とした凛だったが、数秒ほど後に我を取り戻して焦り始める。

 

「そ、そんな。私なんてまだ14だよ?柱なんて大役…。それに、実力だって。」

 

「歳はともかくとして、お前の実力は確かなものだ。何故そう謙遜する?驕れとは言わないが、自信は持つべきだぞ。」

 

「そ、そもそも!それはまだ錆兎の憶測の域でしかないんだし!」

 

「…言われてみればそうか。だが凛。お前の実力は、お前が思っている以上に高い。それが周囲の意見だということを覚えておいてくれ。」

 

「〜〜〜うぅ……。」

 

言うだけ言うと錆兎は立ち上がり、部屋を出ていく。去り際に、『早く治せよ。』と言い残して。

一人残された凛は、ポフンとベッドで横になり、天井を仰ぎ見る。

お前の実力は、お前が思っている以上に高い。

その言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡っている。

 

(今も昔も…私の実力は足りないことだらけの場面が多すぎるなぁ…。)

 

そもそも、イシュメルガを前世で仕留めきれなかった事が今回の原因だ。今更悔やんでも致し方ないが、それだけは心残りになっている。

 

(柱なんて、私には身に余る。十二鬼月を狩れない私は、きっとまだまだ実力不足なんだ。)

 

と、あいも変わらず自己評価が低い凛ではある。

しかし階級は既に柱に次ぐ甲となっており、まず柱となる条件を一つ満たしている。加えて十二鬼月は未だ倒せてはいないが、条件である鬼を五十体倒している。つまり、いくら凛が柱に相応しくないと自分で思ってはいても、推される可能性は十二分にある。

十四という齢は未だ年若いと思われるやもしれないが、その実力は確かなものだ。

 

(とにかく、まだまだ足りない…。あの鬼を次は倒せるように、明日から鍛えないと。…バレないように。)

 

そんな決意をしながら、凛はゆっくりと全集中の呼吸を始め、治癒を促していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっそりやればバレない。そう思っていた時期が私にもありました。」

 

案の定、治りきっていないのに修行しようとして、物の一分でしのぶにバレた。

いざ、道場で木刀を構えた瞬間、背後から『な に し て る ん で す か ?』と、母である千代が説教する時のようなものすごい威圧感で聞いてくるものだから、ちょっと涙目になってしまったのは内緒だ。

ともあれ、修行鍛錬厳禁と改めて念を押されたのだが、散歩くらいならと許可が降りた。

そんなわけで…

 

「カナヲ、何処か行きたいところとかある?」

 

「…特にない。」

 

カナヲ随伴のもと、こうして街へ繰り出したのだ。一人でもいいのではないかと思われるが、カナヲは所謂『御目付役』であり、凛がまたこっそり鍛えようとしないようにするためだという。つまり、凛が鍛錬に及ぼうものなら、カナヲは容赦なく報告する流れになっているのだ。これは単に言われたままをこなすのではなく、カナヲが純粋に凛を案じているからの行動であった。

 

「…まぁぶらりと歩くのも良いものかもしれないな。適当に歩きながらお昼御飯を済ませに行こうか。」

 

「ん…。」

 

ちなみに凛の服は、再びカナエから借りたハイカラファッションで、カナヲも外行き用に色違いのデザインのものを着用している。端から見れば、本当に姉妹に見えるような出で立ちだ。

 

(しかし…。)

 

街道を歩く中、凛はふと思考を巡らせる。

 

(…女の子って、買い物に出たら何を買うものなんだ?)

 

未だ男としての頭が残っている故に、年頃の女子の考えることがわからない。趣味という趣味も、修行一択で育ってきた凛は、カナヲがどんなことを望んでいるのかすら想像がつかなかった。

前世の同級生を思い出そうとも、アリサはラクロスを部活とし、エマはセリーヌ()の世話と怪しげな本(アッチ系)の執筆。ラウラは水泳でそれ以外の時間は修行し、フィーは園芸か昼寝…ミリアムは調理部で活動…。教え子に至っては、ユウナは料理が得意で、部活はテニス。ミュゼは茶道部と、何やらエマと同じニオイのするナニか…。アルティナは、水泳部に所属するとともに街のパンケーキをよく食べに行っていた。

 

(パンケーキ…パンケーキか…。)

 

最近この街に様々な外国の文化が流入し、装いはもちろんのこと、料理関係も盛んに交流してきている。その一環で、橋を越えた大通り沿いに洋食レストランなる食事処が最近開店したと言う話を小耳に挟んだ。そうだ、女子ならば甘味を嗜むことはハズレではないだろう。

 

「カナヲ、パンケーキって聞いたことあるかな?」

 

「ぱん…けぇき?」

 

小首をかしげるのを見るに、初耳というのが見て取れる。

 

「外国のお菓子で、ふわふわで甘々なんだって。それを今から食べに行かない?」

 

「……!」

 

ふわふわで甘々という聞き捨てならない言葉に、一瞬で目を輝かせたカナヲは、首が振り切れん勢いで頷く。少し、アルティナに似てるなぁ、と思いながら、大橋に差し掛かったときだった。

 

「ようやく見つけたぜ…このガキ。」

 

二人の進行上にどこかで見たことあるようなハゲ男が立ち塞がる形で立っていた。その表情は怒り心頭で顔を真っ赤にしている。

 

「えっと…どちら様でしょうか?」

 

「巫山戯んな!この間にこの橋で!そこのガキを攫って行っただろうが!」

 

「……?………。………………。……あ〜。たしかに貴方あの時の。」

 

「完全に忘れてやがったな…。」

 

「でもあの時、私はこの子…カナヲのお金を支払いましたけど?」

 

「あんなもんで足りるわけがねぇだろ?アレの十倍は持ってこなきゃ、話にならねぇな。」

 

凛は察した。

所謂タカりに来ている。以前、ぶち撒けた料金で、存外羽振りのいい事に目をつけ、前回が正式な取引で無かったことをネタに強請るつもりの様だ。

 

「払わない…と言えば?」

 

「無論、ガキは返してもらうし、この間から今日まで、ガキを貸し出した料金分、お前さんに払ってもらおうか。見た目は悪くねぇし、遊郭あたりに売りゃ良い金になるだろうよ。…身体は貧相だがな。」

 

身体が貧相。

その言葉に怒りのボルテージが上がって行く。ただでさえ気にしてるし、何なら同年代の真菰や、あまつさえ年下であるしのぶにすら負けているというのに。

俯いて震えている凛の心象を知らず、男は凛を拘束せんと、その手を取ろうとした。

だが…

 

「なんだ…ガキが。」

 

男のその手を左手で握り、制するのはカナヲ。いつもの表情の読めない目でじっと彼の目を射抜くように見つめている。

 

「お前もまた売りに出してやるんだ。だから離せ。」

 

「………。」

 

「離せ!」

 

「………。」

 

堂々巡りだ。

男の怒号にも全く動じず、彼の手をしっかり握ることで完全に制している。

 

「離せって言ってるだろうが!」

 

力尽くで離させようと、もう片方の手でカナヲに殴りかかってくる。

このままではどうなるか、火を見るよりも明らかだ。野次馬になっていた通行人の誰かが小さな悲鳴を上げる。

だが…

 

「コォォォォ…!」

 

そんな聞き覚えのある呼吸音に、怒り心頭だった凛は我に返る。

この音は、自身が使う『閃の呼吸』の呼吸法のそれだ。

そんなもの、誰が使うのか?と横を見れば、カナヲが迫りくる拳を見ながら全集中の呼吸をしていた。

 

「ッ………!!」

 

拳がカナヲの顔面を捉える直前、掴んでいた男の手を真下に引き、その襟首を右手で掴むと、呼吸によって底上げされた腕力そのままに、彼を真上に放り投げる。

 

「はっ!?」

 

「コォォォォ…!」

 

再び呼吸を練り直す。

同時に、左手を真下に、右手を真上に、呼吸を吐きながら、ゆっくりとそれぞれが半円を描き、互いの位置を入れ替える。そして練り上げられた筋力と気を、弓引いた右手に集約していく。

そして、放り投げられた男が眼前に迫ったとき。

 

「全集中 閃の呼吸 捌ノ型 破甲拳」

 

「ぐぇっ!?」

 

力が込められた掌底が男の腹にめり込む。幼いカナヲからは想像できないほどの一撃により、男は吹き飛び、橋から飛び出して、眼前の川へと姿を消した。

 

「………。」

 

「…………。」

 

「えと……カナヲ…さん…?」

 

「………?」

 

「今の…破甲拳…?」

 

「うん。」

 

確かに以前、やり方を教えていたし、あくまでも護身術程度には身に着けさせていたが、あそこまで威力はないものと思っていただけに、思考が追いつけない。しかも、呼吸法まで身につけているとは、どれだけ学習能力が高いのか。もしかすれば、とんでもない才能を持っているのかもしれない。

 

「あ…その……、ありがとう、カナヲ。助けられちゃったかな。」

 

「私も、凛姉さんに、ここで助けられたから。だから…これであいこ。」

 

「…そっか!」

 

姉さん。

そう呼ばれたとき、凛の中に懐かしい思いが蘇ってくる。

義理ではあれど、血の繋がらない自身を兄と慕ってくれていた妹のことを。

 

「じゃ、気を取り直して、パンケーキ食べに行こっか!好きなだけ食べていいよカナヲ。」

 

「ぱんけぇき!」

 

こうして、凛の中で前世で同級生や教え子から苦言を呈されていた病気が再発した。

そして近い未来、市松模様の羽織を着た少年に、その矛先が向くのは、また別のお話だったり無かったり。




カナヲ…それ破甲拳ちゃう。
『羅○門』や…!
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