忘れた頃にこっそり更新ですよっと。
蝶屋敷の道場。
普段、療養を終えた隊士が、機能回復の為に使用することが多いこの場。
だがここの主の家族に至ってはその限りではなく、彼女達自身の鍛錬にも使われたりする。
現に、
「やぁぁっ!」
手に握られた木刀が、相手の頭目掛けて突き出される。
だが相手…凛は驚く事もなく最低限の動きでかわす。
その余裕が癪に障ったのか、木刀の主であるしのぶは更に速度を上げ、目にも留まらぬ突きの連打で畳み掛けに入る。
だが悲しいかな、実戦経験は前世も合わせれば凛の方が上だ。更に鬼という括りを無くせば柱以上に命のやり取りを経ている。それが凛にとって何よりの強みであった。
しかししのぶの突きの速さに置いては、他の追随を許さない物があるのも確か。だからこそ、反射神経と勝負勘を取り戻すために、しのぶに打ち込み稽古を手伝うように凛は頼み込んだ。結果がご覧の有様である。
「こん…のぉ!!」
当たらない現実にしびれを切らしたしのぶは、まるで弓引くかの様に右手を思いっきり引き絞ると、その体躯から繰り出されるすべての運動エネルギーを乗せた突きを放つ。
その速度にさしもの凛も目を見開き体を大きく横に逸して躱すに至ってしまったのは、しのぶにとって喜ばしいことだった。
だが…
「あっ…!」
すぽーん、という間抜けな音が聞こえんばかりに、しのぶの握力で耐えられる以上の運動エネルギーで繰り出された突きで、その手に持っていた木刀は、まるで流星の如く投げ放たれた。
そして…
「胡蝶妹……すまないが軟膏を……ぐふっ!」
「「あ゛…!」」
運悪くしのぶを探して道場に入ってきた義勇。投げ放たれた木刀は彼の額に直撃。スコーン!という見事な音とともに、卒倒と言わんばかりに彼は綺麗に地面に倒れ伏した。
「義勇!!」
「冨岡さん!!」
額に大きなたん瘤を膨らませて。
「すいません冨岡さん。」
数十分後には運ばれたベッドの上で目を覚ましたものの、平身低頭、しのぶは義勇が目覚めるなり土下座である。
目を覚ました矢先、年若い女性がそんなことをしていては、当の義勇も困惑しきりである。
「…何を謝っているんだ?」
「その、私が不甲斐ないばかりに怪我をさせてしまったのですから、謝罪は当然です。」
攻撃が当たらないからと平静を忘れ、後先考えずに力任せの打突を繰り出したのだ。自身の感情の制御を怠ってしまった結果がこれである。
「いや、お前は悪くない。」
「え……?」
「俺が反応できなかった。それだけだ。」
「…つまり、私程度の突きを躱せなかったのが悪いと…?喧嘩売ってるんでしょうか、この人は…!」
若干煽り耐性が低いしのぶは、額にピキピキと青筋が浮かんでくる。
それに気づかぬまま、義勇も義勇で『まだまだ力不足だな。』と溜息を一つ。それがさらに火に油を注いでいく。
「義勇、相変わらずいくらなんでも言葉が足りなさすぎるよ。」
険悪な空気になりつつあった病室を見かねた凛が間に割って入る。
「義勇が言いたいのは、『俺が反応できなかった(程の良い突きだ)。それだけ(良い鍛錬を積んでいるということ)だ。(反応できなかった俺は)まだまだ力不足だな。』ってことじゃないかな?」
「……?そう言ってるが?」
「「言ってない。」」
(心外!!)
やはり無自覚か。
言葉足らずなところは相変わらずのようで、彼がこれが原因で、他の隊士と険悪な状態になっていることを、凛はちょくちょく耳にしていた。
単に言葉が足りない話の内容が、前述の様に煽っているかのようなものになっているだけで、本人は謙虚に思っているのだが、それが中々理解されず。仲の良い隊士といえば、彼と付き合いの長い錆兎や真菰、凛…後はなぜか村田という、やけにサラサラな髪の男くらいだったりする。
「…つまり?」
「義勇は委員長の突きの速さに驚いたってこと。もちろん、いい意味で。」
「なんだか釈然としませんが…まぁいいでしょう。そういえば冨岡さんは確か…軟膏を御所望でしたか。持って来ますので、少しお待ち下さい。」
「あぁ。」
足早に退室したしのぶ。
残された二人は話題が見つからず、静寂が続いていたが、ふと凛は訪ねたいことがあったのを思い出した。
「そういえば錆兎に聞いたんだけど。」
「柱のことか?」
「やっぱりわかるんだ。」
「あぁ。」
「柱になれって言われたら、なる?」
「興味ないね。」
バッサリと義勇は切り捨てた。
確かに柱という存在は皆からの羨望と尊敬の的だ。五十を超える鬼を斬り、十二鬼月を討ち倒した実力者。その証とも言える最高位の隊士。
しかし柱となれば、その高い実力からあちらこちらへ助っ人として引っ張り凧になる。つまり多忙を極めるということ。憧れを抱きつつも、その忙しさと危険性から柱になるのは嫌だという隊士も少なからずいる。中にはそこそこ鬼を倒して、安全に出世して、賃金を貰えればいいと言う男もいたりいなかったり。
ともあれ、危険や忙しいという理由で義勇が柱を辞退しようとするだろうか?
「なんで興味ないの?」
「俺は柱にふさわしくない。錆兎こそ柱にふさわしい。」
「…あ〜。」
確かに錆兎の実力は高い。一つ一つの型の練度が端から見てもずば抜けているというのが、違う畑の凛ですらひしひしとわかっている。柱の候補として上がってもおかしくないほどに。
だがしかし、かと言って義勇が柱として実力不足かといえばそうでもない。独自に編み出した拾壱の型という大きな武器に加え、他の型も高い練度を誇っている。さしずめ力の錆兎と技の義勇、といったところか。
どちらも水の型を収め、極めた実力ある隊士だけに、その選考は難航しそうだ。
「お前こそどうなんだ?」
「え?私?」
「実力、実績から言えば、お前も候補たりうるだろう?」
「錆兎と同じ事言うんだ。私は誰かさんみたいに興味ないってバッサリとはいかないけど……。でもやっぱり柱なんて大任は身が重いっていうのが本音かな」
「そうか」
「そうだよ」
義勇からしてみればこれ以上深堀りするつもりはないらしく、そこからは口を噤む。変に食い下がられるより、凛にとってはそちらのほうがありがたいもので、ドライ気味に感じる彼の性格はこういう時は功を奏する。
「おまたせしました冨岡さん。御所望の軟膏です」
「助かる」
病室に戻ってきたしのぶから軟膏を受け取り、用が済んだとばかりにベッドから降りるとスタスタと玄関へ向かう義勇。ドライ気味と言ったが、あまりにもである。
土間に降り、自身の草履の鼻緒に指を通した時、鼻をひくつかせて義勇の動きがぴたりと静止する。
「どうかしたの?」
「……この匂い」
「あ、お昼の拵えをしていたんですよ?今日の当番は私でしたので」
「鍛錬前から仕込んでたの?」
「そりゃもう弱火でじっくりと!ゆっくり火にかけることで、鮭から出た旨味が大根にじっくりしっかり染み込んで……」
「鮭大根か……?」
だんまり静止を保っていた義勇に動きあり。めっちゃ食い気味で。
「え、えぇ。そう、ですけど」
「……そういえば義勇、前に鱗滝さんのとこに泊まった時も鮭大根を希望してたよね?もしかして好物?」
凛の問いに目を向けぬままコクリと頷く義勇。どうやら好物が蝶屋敷の昼食とあって惹かれる物があったらしい。
「まぁ沢山作ってますし、食べていかれ「馳走になろう」ます……?」
めっちゃ食い気味に履きかけた草履を脱ぎ捨てて踵を返し、足早にスタスタと蝶屋敷の居間へと姿を消す義勇。
残された凛としのぶは目を丸くしたまま顔を見合わせ、ややあってどちらからともなく苦笑いを浮かべたのだった。
「おかわりを」
「「「「早っ!?」」」」
そしていざ胡蝶家と凛、そして義勇で食卓を囲み、鮭大根を主菜として昼食を始めたのも束の間。
食べ盛りの男というものもあるだろうが、それにしてもあっという間に丼飯一杯を平らげておかわりを要求してきた。
「は、はいはい」
隣に座っていたしのぶが義勇の茶碗にご飯を盛って再び彼に渡せば、またしても凄まじい勢いでかっ込んでいく。
「ぎ、義勇?誰も盗らないからもうちょっとゆっくり……」
「
「冨岡さん、ご飯粒が顔中に付いてますよ……?」
がっつくあまりか、義勇の顔に飯粒がそこかしこに引っ付き、整った二枚目の顔が台無しになる惨状と化していた。見兼ねたしのぶが布巾で顔を拭いてやることで、何とか義勇ファンが離れない位に戻る。
「あらあら、しのぶってば奥さんみたいね〜」
「なっ!?お、奥さん!?へ、変なこと言わないでよ姉さん!」
ここぞとばかりにからかうカナエにしのぶは食いつく。だが、顔を少し赤らめているのを見るに、少しは満更でもないのだろう……多分。
「全く……姉さんのからかいグセも困ったもの……」
「胡蝶妹」
「何ですか冨岡さん。またおかわりですか?」
「いや……違う」
だったら何だ?と睨む先。先程までご飯粒塗れだった悲惨な顔の人間と同一人物かどうか怪しいくらいに凛々しく、真っ直ぐしのぶを見つめる美青年が。
その眼差しに、しのぶのオトメゴコロは『雫波紋突き』を食らったかのごとく打ち穿たれる。
「この鮭大根。実に美味だ。これから毎日、食わせてはくれないか?」
つまり、つまりだ。
義勇の言うこの言葉の意味。
それ即ち
『毎日俺に料理を作って欲しい』
∥
『毎日味噌汁を作って欲しい』
的な捉え方をしてもおかしくないわけで。
「〜〜〜っ!?!?」
あっという間に鮭の身よりも赤く顔を染めゆくしのぶ。
そしてそれを見てあらあら〜、と嬉しそうに……いや、楽しそうにしているカナエの姿。
「……義勇……天然か?天然なのか?」
もはや収集つかない混沌としてきた食卓に、呆れの目を向ける凛と。
「義姉さん、富岡様の言ってた意味って……?」
その隣で彼の言葉の意味を想像できず首を傾げるカナヲ。
「カナヲにはまだ早い。まだ、ね」
だがしかし、そんな言葉をカナヲが掛けられる未来を想像したくない凛もいるわけで。
蝶屋敷の昼餉は一人加わることでいつも以上に賑やかなものとなっていた。
ぎゆしの、良き