閃の刃は大正の世を切り拓く   作:ロシアよ永遠に

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
昨年は世界中で大変な1年となりました。
今年は去年よりも良い1年となりますように。


第6話『手鬼』

思いの外、一週間と言うモノは長い。

一晩中、周囲に気を張りながら他者を援護し、そして山の中を駆け回る。

鬼その物の遭遇率はそれ程高くはなかったが、どれだけの数がこの山に居て、いつ襲ってくるのかわからない状況に、凛は気を抜くことが出来ずに居た。

朝になったら日が当たる場所で休息を取り、そして再び日が暮れると、山を走り回る時間が始まる。

初日こそあまり苦ではなかったが、緊張の糸を常に張るというのはやはり集中力を必要とするため、日が進むに連れて少しずつ、少しずつ凛の精神を蝕んでいく。

 

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 

それは、彼女だけではない。

彼もまた、徐々に限界が近付いてきていた。

そして目の前に迫る鬼は、明らかに今までの鬼と一線を画する物だった。

 

「キヒ…キヒヒ……今年も来た……俺の可愛い可愛い仔狐が…!」

 

ソイツの体格は異常なモノだった。

背丈だけでも、常人の三倍はあろうかという巨体。

肥大した胴体。

そして身体や弱点である頸を護るように、幾本にも生え増えた腕。

 

「くそ…こんな時に…異形の鬼とは!」

 

対峙する錆兎の顔に焦りが生じる。

異形の鬼

人を食って成長する中で、身体が人のそれとはかけ離れた形に変わってしまった、変異種の鬼である。

その力はそこらの鬼よりも数段強い。

力も、そして堅さも、選別を受ける剣士には明らかに荷が重い。

 

「だが…ここで退くわけにもいかん!男として!」

 

だが彼は何処までも勇敢だった。

今の状況で立ち向かおうとする彼を、人は蛮勇と言うだろう。

しかし、今の彼には退けない理由がある。

 

「キヒヒ…粋がるねぇ…尻尾巻いて逃げないのかい?」

 

「逃げるわけがないだろう!友を見捨ててなど、男として言語道断!」

 

そう、彼の背後には、地に伏せる彼の友人…義勇が居るのだ。

異形の鬼…手鬼の不意打ちによって気を失ってしまった義勇。

そんな彼を置いて逃げるなどと、錆兎にとって元から選択肢はないのだ。

 

「ならば選択肢は1つ!貴様を討ち、俺も義勇も生き残る!」

 

「おーおー…勇ましいことだ…鱗滝の教え子は、誰も彼も怖い物知らずだねぇ…」

 

「…っ!?鱗滝さんを…知っているのか?」

 

鱗滝左近次

元鬼殺隊水柱で錆兎と義勇にとっての師。

その彼を何故奴が知っているのか?

 

「キヒヒ…知っているも何も…俺をここに閉じ込めたのは、あの鱗滝なんだよなぁ…。」

 

「鱗滝さんが…?」

 

「忌々しい…忌々しいィィィ!だから俺は奴への復讐として、そのお面をつけた餓鬼を食い散らかしてるんだよなぁ!」

 

義勇、そして錆兎の頭に着けた狐のお面。鱗滝はこれを厄除のお面として最終選別に向かう弟子に着けさせていた…。

つまり…

 

「キヒヒ…気付いたか?お前で12人目だ。鱗滝の弟子。皮肉だよなぁ?アイツは厄除と思ってたみたいだけど、実際は厄災のお面だったんだよ。俺の餌としての目印になる…な!」

 

「貴様ぁぁ!!」

 

よもや…鱗滝が弟子を無事にと願って彫ったお面が、最終選別から帰らぬ要因になっていたなどと…!そんな事を鱗滝が知れば、厳しくも優しい彼はきっと深く嘆くだろう。

だからこそ、

 

「この禍根はここで断つ!他の誰でもない、鱗滝左近次の弟子として!男として!」

 

頭が、腸が煮えくり返るかのように熱い。

身体が、そして血が燃えるように滾る。

異形の鬼とて関係ない。

悪鬼滅殺

その鬼殺隊の心得のままに、この鬼は斬る!

 

「全集中」

 

「いいよ、来いよ!猿が人間に追いつけるかァ?お前は俺にとっての猿なんだよ餓鬼ィィィ!」

 

絶対的自信。

もはや勝利を信じて疑わない手鬼は、その特徴である数多の手を、まるで植物の蔦のように伸ばし、錆兎を捕らえんとする。

 

「水の呼吸 肆ノ型 打ち潮」

 

だが錆兎は伊達に鱗滝の元で厳しい鍛練を積んできたわけではない。

間合いを詰めながら自身に迫る数多の腕を、淀みない連続した斬撃で瞬く間に斬り落とす。

いくら異形の鬼といえども、斬った腕は一瞬での再生は出来ない。だからこそその暇に一気に間合いを詰めて勝負を着ける!

 

「こ、こいつ…!」

 

「その頸…討ち取る!」

 

「や、やられる…!」

 

眼前に迫った宍色の髪。今正に、一門の仇である手鬼の頸を取ったとばかりに、錆兎は勝利を確信して化いた。

そして…

 

「なんて…な!」

 

それは油断となり、注意力が散漫になる。

ボコリと錆兎の足元の土が隆起する。

気付いたときには既に遅かった。

地の中から、まるで植物のように生え出でた数多の手は、錆兎の身体を掴み上げると、容易く拘束しようとその指を伸ばす。

咄嗟に飛び退いた錆兎だったが、敢えなく足をその手で掴まれ、地面に引きずり下ろされて強かに背を打つ。

吐き出される肺の空気。

一瞬揺らぐ視界。

内臓が傷ついたのか、口の中に鉄の味がじんわりと広がっていく。

 

「つ・か・ま・え・たぁ~!」

 

「っ~ッ!」

 

ニタリと手鬼はほくそ笑む。ギリギリと締め上げられる足。このままでは程なくして鬼の握力によって潰されるか縊り殺される。

どうにか、どうにかしなければ…。

しかし先程の衝撃で呼吸が乱れている。

これではまともに全集中の呼吸が使えない。

万事休す…

 

(俺も…兄弟子のようになるのか…!?)

 

師への復讐。

その為に。

そして自分のみならず、後ろにいる義勇をも…。

今コイツを討たねば、次に最終選別を待つ彼女をも巻き込んでしまう。

 

(認め…られるものか…!)

 

血が熱くなる。

自分を育ててくれた師を、

共に駆け抜けてくれた親友(とも)を、

自分達を慕ってくれる妹弟子を、

共に生き残ろうと約束した(ともがら)を、

裏切るなどと!

 

「俺は…生きる!貴様を倒して!」

 

「この状況で何が出来る?詰みなんだよ、お前達は!安心しろ。一人寂しくならないよう、後ろの餓鬼もすぐ送ってやる!」

 

手鬼は腕をいくつも束ね、人の胴を遙かに上回る太さの腕へと変えると、錆兎の頭を潰さんとその掌を大きく広げる。

このままでは死は免れないのは、火を見るより明らかだろう。

 

(呼吸を整えろ…!無理矢理でも良い…!一度…一度だけでいい、先ずはこの状況を打開する為に…!)

 

ヒュゥゥゥゥ…!

 

未だダメージの残る肺を酷使し、全集中の呼吸を使う。

どう転ぶにせよ、今掴まれている足を何とかしなければ、やられるのを待つことしか出来ない。

ならばこちらから状況を打開する。

 

「全集中 水の呼吸 壱ノ型 水面斬り!」

 

幸い、腕の剛性はそれ程高くない。普通の斬撃なら強固な物なのだろうが、呼吸法を用いれば何とかなる堅さ。存外あっさりと自身の足を拘束する腕を切断できた。

手鬼も手鬼で、よもや先程の状況で呼吸法を用いてくるとは思わなかった。やはり忌々しい鱗滝の修行という物は強い隊士を育てている。それが手鬼を更に苛立たせていく。

 

「逃がすかぁっ!」

 

再び腕を数多に変えると、距離を取ろうとする錆兎を逃がすまいと伸ばし迫る。

少しずつ呼吸を整えてきた錆兎は、迫り来る腕を迎撃せんと呼吸法を使う。

 

「全集中 水の呼吸 参ノ型 流流舞い」

 

移動と攻撃、それらを一体化させた型である流流舞いで距離を取りながら迫る腕を斬り落としていく。

とにもかくにも、今は体勢を整えねばどうにもならない。

錆兎の受けたダメージは決して小さくは無い。しかし、まだ動けないわけではない。

攻撃の暇に少しずつ…少しずつ呼吸を整える。

伊達に狭霧山の薄い空気の中で鍛練を積んだわけではない。常人よりも遥かに早い速度で整息していく。

 

「『全集中』?『呼吸法』だと?フーフー吹くなら…このおれの為に尺八でも吹いているのが似あってるぞッ!」

 

手鬼は焦る。

攻撃頻度を上げようにも、切り払いが早すぎて徐々に攻撃の密度が下がってきている。

明らかに、これまで食べてきた鱗滝の弟子とは一線を画する技量だろう。

だからこそ、手塩をかけた弟子を食われることで、鱗滝への復讐はより高みへと至れるのだが。

 

「いい加減…食われろぉぉぉ!!」

 

破れかぶれ。

そう言わんばかりに、手鬼は出せる限り数多の腕を生やすと、一斉に錆兎へと肉薄させる。

 

「この瞬間を待っていたんだ!」

 

好機とみた錆兎は跳躍する。

『道』は出来た。

ならば後はそれを辿るのみ!

 

「全集中 水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱」

 

手鬼の伸びた腕を、まるで舞を舞うかのように躱しながら斬り捨て、その距離を詰めていく。

その動きは、思わず手鬼が言葉を失う程に流麗であった。

 

そして、

 

気付いたときには、宍色の髪は眼前にまで迫ってきていた。

 

「全集中 水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」

 

その異形の頸を狙って放たれた斬撃。

甲高い音と共に、二人の決着は呆気なく着いた。

 

「クヒ…クヒヒ…!」

 

不気味な笑い声を残して。

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