討伐目標のコンゴウは実にアッサリと見つかった。ただ、既に事切れていたが。
『やっぱり……さっきまであったオラクル反応が急激に弱まったんです。すぐにお知らせするべきでしたが……実は観測計器の不調が最近多いんです。だから万が一のことを考えると警戒は解くべきではないと判断しました』
そう説明をするオペレーターの竹田ヒバリの声にも若干の戸惑いの色が滲んでいる。
ヒバリと話し込むコウタを横目に聖奈はコンゴウの死骸へと近付いた。コンゴウは顔面の半分を明らかに食い千切られていた。その傷から血が流れて白雪を赤く汚している。
『こりゃ明らかにオカシイぜ……』
妙な表現だがネクロがゴクリと生唾を飲み込みつつ言った。それには聖奈も同感であった。
実は、この手のことは今回が初めて――という訳ではない。アサインされたミッションに出向いた先で、その討伐対象が≪何か≫に喰い殺されていたという事態がこの短期間にしばしば起きていた。属性の違うアラガミ同士が喰いあうことは何も珍しくはない、フィールドに出ればそれこそよく見る光景だ。ならば、何をもってこれを異常事態と見るのか?
『やっぱりな……』
歯形がどの既存アラガミとも一致しない。つまり、未知の新種が発生し、この極東を移動しているという訳だ。要するに異常事態というのはこれのことである。
その≪未知の新種≫というのは、先日の嵐の夜にソーマ・シックザールという神機使いの先輩が対峙した無貌のアラガミのことだろう。彼がソイツと闘った翌日には既に情報はアナグラ中の神機使いに共有されていた。神機使いは、そのアラガミ――暫定的にナイアーラトテップと命名された新種と出会した場合、戦闘を避けるように厳命されている。闘いを挑むには情報が少なすぎるし、そもそもそういうのの対応は第7部隊の仕事らしい(「第7部隊は実入りが良いから羨ましい」と誰かがぼやいていた)。
「聖奈ぁ、帰投命令ぇ~」
ヒバリとの通信を一旦切ってコウタがこちらを振り向いた。
「ツバキさんが帰ってこいって、迎えがくるまで待機しとけってさ」
案の定だ。ド新人二人連れのミッションに第一接触禁忌種の乱入濃厚ともなれば、何事もないうちに引き上げさせるのが当然の判断であろう。ましてや、聖奈に至ってはアナグラ初の新型だ。おまけに神機はお喋りするレア物ときている。
コウタを見ると、場の緊張感にやや顔を青ざめさせていた。
「と、とりあえず移動しようぜ……寒くてたまんねーよ、あっこの高台んとこの東屋であったかい飲み物でも飲もーぜ」
言いながらコウタが指差したのはここから少しばかり離れた位置にある高台であった。来たときにブリーフィングするのに利用した場所だ。吹きさらしになってはいるが屋根と簡易的な休憩所が設えてある分、ここで頭から雪に降られ突っ立っているよりは遥かにマシってもんだろう。コウタの提案に聖奈も賛同した。ネクロを肩に担ぎ、既に瓦解し始めていたアラガミの死骸に背を向けた……正にその瞬間、何か、妙に厭な感覚が聖奈の背骨を通り抜けた。足を踏み出して目一杯腕を伸ばすと、先を歩いていたコウタのマフラーをひっ掴んで、思いきり引っ張った。
「グエ」
当然、急になんの断りもなくマフラーを力一杯後ろに引かれたコウタは首が絞まり変な声を上げてひっくり返った。片手に神機を掴んだまま仰向けに雪の上に倒れた。
それと同時に、さっきまでコウタが立っていたすぐ真横の壁が破壊された。飛び散る瓦礫と共に黒い背高の影が現れた。
「なっ――」
コウタが素早く起き上がりつつ神機に手をかける。すぐ目の前に例の第一接触禁忌種ナイアーラトテップがまるで影その物のように立っている。聞いていた通り、全身が細身の漆黒で、その胸に剥き出しの青いコアが輝いている。聖奈はコレの接近を察知して咄嗟にマフラーを引っ張ったのだろうか?
とにもかくにも、すぐにこの場から退避するべきである。背後の聖奈へ視線で合図を送ろうとしてチラと振り返る「聖奈!?」
聖奈が雪に片膝をついている。こめかみの辺りを押さえ、苦しげに顔を歪めている。
こんなときに、と思わなくもないがとにかくコウタは聖奈の手を引くと走り出した。
「大丈夫かよ聖奈!?」
「ああ……」
「破片でもぶつかったのか?」
「いや――ちょっと立ちくらみがしただけだ、もう平気だ」
いつも通りのぶっきらぼうは言葉遣いとは裏腹に脂汗の浮いた顔はあまり大丈夫そうには見えないが……とにかく聖奈は手を離した。その代わりに神機を握り直して、ナイアーラトテップへ向かい合っている。
「ちょ――何してんのさ?! 逃げないとだよ!」
「二人で逃げても仕方ねぇだろ」
「はぁ!?」
思いがけずすっとんきょうな声を上げてコウタはたたらを踏んだ。前につんのめりそうになりながらも踏みとどまり聖奈をもう一度見る。何だか知らないが、いや、槇島聖奈という男は覚えがある限り昔からこうなのだが、やはりナイアーラトテップに立ち向かうつもりらしい。
コウタにはその風景が、昔、例の酔っぱらいの男と睨み合っていた幼い聖奈の姿とダブって見えた――だがしかし、今、目の前にいるのは、くだらない酔っぱらいなどではなく人類の敵アラガミだ。
もう一度聖奈の手を掴み、コウタは怒鳴った。
「アンタ、血の気が多すぎるよ! なにもこんな時にまで――」
「勘違いするなバカ、オメーはよわっちいから先に逃げとけって事だよ! 察せよそんくらい!」
「察せよって……アンタは俺の彼女か?」
どうも、彼は彼なりにコウタの兄貴分をやろうとしているらしいと解りうっかり微笑ましい気分になったが、そんな呑気している場合ではないのである。
「よわっちいのはアンタも同じだろ! 俺たち同期のド新人なんだから!」
コウタは腰のポシェットから素早くスタングレネードを掴み出した。そのまま流れるように素早くピンを抜き取ると、眼前のアラガミ目掛けて投げ付けた――と同時に、閃光に目を眩まされる前に聖奈を引っ張って、さっきナイアーラトテップが開けた壁の穴に飛び込んだ。
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ここまでの閲覧ありがとうざいます。話の展開はもうちょっと早くても良いですか?
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もうちょっと早くても良い
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今くらいでちょうど良い
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もっとじっくりやってほしい