月狼奇譚   作:ララミー牧場

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君の神様になりたい。#2

 

 おかしな話ではあるが――ナイアーラトテップを目前にしたネクロは恐怖や混乱よりもある種の懐かしさに似た物を感じていた。本来、感情なき生体兵器でしかない神機が、アラガミに対してそういう気持ちを覚えるというのも妙な話ではあるが……それを言えば普通の神機は口を利かない。その時点でネクロという存在は規格外のイレギュラーなのである。

 

 話は前後するが、槇島聖奈がネクロの所有者となる前にも何人か新型の適合試験を受けていた。どれも適正値は申し分ない若者達だったが、3人のうち、ふたりは体内のオラクル細胞が暴走し結果《事故死》。残りのひとりは、どうにか前者の二の舞を踏むことはなかったが訓練期間の終了を待たずに神機使いを辞めた。アナグラを去るとき、彼女は悪夢に取り憑かれ精神的におかしくなっていた。そういう訳で、ネクロは槇島聖奈がアナグラへやって来るまで眠りについていた。あのときネクロの言った「お前のような奴を待っていた」という台詞は、何も格好つけだけで言ったわけではなく――実にしっくり来たのだ。聖奈の手に握られた時。懐かしさを感じた。

 

 そして、ナイアーラトテップに感じている物も、それと酷似していた。

 

「とにかく逃げまくるんだよ! 迎えがくるまで! 闘っちゃダメだ!」

 

 相変わらず聖奈の手を引っ張りつつコウタは走っていた。まさか、隙あらば闘いにいこうとする聖奈のお守りをするはめになるとは思わなかった。背後の聖奈を窺うと、相変わらず片手でこめかみの辺りを押さえている。

 

「ああもうほんと……こんな時に!」

 

 今だかつてない逆境に逆に笑えてきた。コウタが引きつった笑みを口端に浮かべたとき、金属的な咆哮がフィールド中に響き渡った。

 

「なっ、なんだぁ!?」

 

 聞くに耐えないおぞましい声にコウタは思わず足を止めていた。聖奈も顔を上げて周囲を見回した。

 

『突っ立ってる場合か! アナグラに連絡してさっさと迎えをよこしてもらえ!』

 

 いつも余裕じみているネクロでさえ珍しく感情的になっている。

 

「そんなのもうとっくにやってるよ! でもジャミングが酷くて向こうと繋がらないんだって!」

『なにィ……?』

 

 恐らくはナイアーラトテップの仕業だろう。アナグラ前に現れたときも同様の現象が観測されている。そしてそれは、アナグラの方でも同様だった。こちらの異変を察知したヒバリやツバキが何度も呼び掛けているにも関わらず反応は何一つ帰ってこないのである。

 

 咆哮はまだ続いていた。空気がビリビリと振動していた。一体、どれ程の時間それが続いたのかは定かではないが……周囲に再び静寂が取り戻された時にはコウタと聖奈は無数のアラガミたちに取り囲まれていた。

 

「これマジ……?」

 

 自分達の様子を窺うようなアラガミの群れにコウタはタラリと冷や汗を流した。神機使いになって3ヶ月ちかく経つ。外部居住区に住んでいたときよりも遥かに間近でアラガミを見るのも、そしてそれと闘うのにも慣れつつあったが、これだけの数のアラガミに包囲されるのは初めての経験であった。聖奈も同様の筈だが、その表情には焦りや恐怖といったものはなく、寧ろ超然としていた。まァ、こいつはこういう奴だから。ただ表情に出ないだけだ。実際によく観察してみると、神機を握る手にかすかにだが力がこもっている。

 

 翼の翻る音がしていた。上空を見上げるとナイアーラトテップの痩躯があった。翼をはためかせながらその場にホバリングしながら、こっちをじっと見下ろしていたがややあってから、ついと身体の向きを変えて飛びさって行った。

 

 あいつ一体何しに来た訳――?

 

 そう思ったが、一先ず未知のアラガミ相手においかけっこをかます必要は無くなったというのはありがたかった。もっとも、危機が去ったという訳でもないが――小型アラガミの群れは相も変わらず、自分たちを包囲しているのだ。定番のオウガテイルやザイゴート、中には初めて見かける奴もチラホラといる。嫌な置き土産をしていくものだ。

 

「聖奈ぁ、イケそうか?」

「ヨユーだろ」

 

 お互いに背中合わせになりながら言葉を交わす。余裕だろうとなかろうと、この状況を切り抜けないといけないのである。そこからはもう文字通り死に物狂いだった。並み居るアラガミ共を斬り、叩き、撃つ。ネクロが捕食し生成したアラガミバレットを聖奈がコウタへとパスする。受けとるとバーストモードの恩恵で身体能力が向上した。こういうとき、相棒が新型でありがたいと染々思う。オウガテイルの突進攻撃を避けつつオラクルの弾丸を撃ち込んだ。

 

「ああもう、キリがないな!」

 

 斬り伏せ、撃ち貫かれた死骸が山となってもアラガミの群れは次から次に沸いてきた。いつだったかサカキ博士の講座で、アラガミを構成するオラクル細胞は時間がたてば再び再構成して新たなアラガミになると聞いた。それってつまり、この地球上からアラガミを駆逐するのは無理筋ということなのではないか? 無限ループって怖くね? 少なくとも、何かとんでもない奇跡でも起きないかぎりはアラガミが絶滅することはないのだ。絶望である――そして今、絶望のお試し版のような状況にまさに陥っていた。

 

「皆殺しだ……!」

 

 全身血塗れの聖奈が神機を握り直して再びアラガミの群れへ突っ込んでいく。休む暇もなく前線に立ち続けて疲弊している身体を更に無理矢理動かしているのは分かっていた。コウタも手元にあるアンプルを口へ流し込んで体内のオラクルを補充した。これが最後の一本だ。今生成した分を使いきればいよいよ万策尽きる。そうなれば応援がくるまで(ナイアーラトテップが去ってからすぐにアナグラへは連絡済みだ)何処かに身を潜めていなければならないのだが……何度も言っているが、依然として周囲はびっしりとアラガミたちがひしめいている。

 

 神の前に人間は無力なのだとでも言わんばかりに――

 

 その時だった。2、3体のオウガテイルの体が突然弾けて血を噴き出した。

 

「……あ?」

「え、な、何だ?」

 

 聖奈もコウタも、アラガミたちすらも動きを止めて視線をさ迷わせた。

 流血で足元の雪を濡らすオウガテイルから煙と肉の焦げ付く臭いが漂っていた。その様子が“夢”とダブって、聖奈は、今が現実なのか夢なのか一瞬判断しかねたが、離れた位置から響いた射撃音と何か風を切り裂く音にこれは現実であると判断した。

 

「応援が来てくれたのかな?」

 

 安堵の色が混じったコウタの声。上空から急襲してこようとするザイゴートを叩き伏せて、聖奈は弾丸の飛んできた方向を向いた。

 

「大丈夫ですか?!」

 

 破れた築地塀の横に神機を携えた2つの影があった。

 

 

.

 

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