月狼奇譚   作:ララミー牧場

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涙はいらない #2

 

 朽ちた工場群と、高くそびえる鉄塔には環境変化によって生い茂った緑が絡み付いている。廃液が滴り常に霧が覆うこのフィールドは鉄塔の森――かつてはこの地域全体に電力を供給していた発電施設跡である。

 

 神機ケースを肩に担ぎフィールドに降り立った聖奈を出迎えたのは、一足先にやって来ていた隊長の雨宮リンドウと第一部隊の紅一点・橘サクヤだった。

 

「こうして一緒に任務に出るのは初めてよね? 私は橘サクヤです、ヨロシクね新人くん」

 

 黒髪を肩口で切り揃えた凛々しい女性だった。アナグラ内で何度か見かけたことがある。手には――銃型の神機を携えている。目が覚めるような美人だが、噂によると、リンドウの幼馴染みであり……恋人らしい。確かに“そういうこと”に疎い聖奈から見ても二人の間にある空気感はただの幼馴染みとか戦友のソレよりも深いのが分かった。

 

 差し出された右手を無視していつものように「ドーモ」で済ませようとしたが、リッカの言葉を思い出して右掌をズボンへ擦り付けてからサクヤの握手にしっかりと応えた。

 

「……槇島聖奈ッス、よろしくお願いします」

「おっ、何だよ新入り。俺のときとエライ違うじゃねぇか」

 

 その様子を少し後ろで見ていたリンドウがからかうような口調で言って紫煙を噴き出した。そうだったかな? と思ったが、思い返してみると確かに、それこそ「ドーモ」で済ませたような気がする。

 

「やっぱ何だかんだベッピンにゃ弱いかぁ?」

「あらそうなの? 嬉しいわね」

「いや別におっさんと握手する趣味ないだけッス」

「おっさんてお前ねぇ」

「マ、10代から見たら確かにおじさんかもね」

 

 互いに顔を見合わせ笑う二人は、やはり恋人同士で間違いないだろう。まァ、密かにサクヤに憧れているコウタには悲報だが。そんな二人を尻目に聖奈は神機ケースを地面に置くと片膝立ちになってさっそく蓋を開けた。いつも通りネクロが不満をぶちまけたが気にせずに柄を掴む。

 

「お」と、リンドウが声を上げた。

 

「ソイツがお前さん専用パーツ第一号か」

 

 リッカ謹製のソレは、鉄塊のように分厚く武骨な姿をしていた。刀身は漆一色。悪くない、と思った。

 

「リンドウさん知ってたんスか」

「知ってるも何も、元々リッカにチクったのは俺だからな。いざって時に神機に不調が出たらそれこそ生存率は下がる……前も言ったが俺は後身にさっさと育ってもらって早くラクしたいんだ、お前さんに簡単に死んでもらっちゃ困る――この間はツキがあったな」

 

 この間というのは言うまでもなくナイアーラトテップと遭遇した日のことだろう。アリサとレオニールに助けられてボロボロになって帰ったコウタと聖奈から報告をうけた時、リンドウは一瞬だけ苦い顔を表した。もっとも、すぐにいつも通りの飄々とした態度を取り繕ったのでその些細な変化に気がついた者は自分以外にはいなかったかもしれないが。

 

 言うだけ言ってリンドウはすでに高台から飛び降りている。

 聖奈の肩を、ポンと軽くサクヤの手が叩いた。

 

「ああ言ってるけどあれでも君に期待してるのよ。さ、私たちも行きましょ」

 

 ■■■

 

 本日の遊び相手はグボロ・グボロだ。

 

 事前に予習していたノルンのデータベースによると、巨大なヒレと頭部に砲塔とも言うべき突起を持つ水棲のアラガミだ。大きさは中型、砲塔からの水弾と酸を降らせる攻撃が厄介そうだ。文中ではことごとく《鰐》と表されていたがこうして実物を眼前にしてみると《鰐》というよりも《大型の魚》と言った方が相応しい気がした。

 

「そういやお前さん、中型の討伐はコイツが初めてか」

 

 火を点けたばかりの煙草を横ぐわえにしたリンドウがグボロ・グボロを観察しながら言った。

 

「少し隊長らしくアドバイスしてやるか……良いか、奴さんはさほど苦労するような相手じゃない。攻撃は大振りだし、水弾や酸の攻撃には前兆がある。注意深くよく観察するんだ。分かったな?」

 

 言いながらリンドウの目は常に獲物の動向を探っていた。聖奈もそれに倣い、長い前髪を片手で掻きあげると開けた視界で少し離れた位置にいるグボロを観察した。データベース通り、視覚と聴覚はあまり良くないようだった。此方の存在にはこれっぽっちも気が付かずにコンクリートの壁を捕食している。

 

『マヌケ面に相応しいマヌケ野郎だ』

 

 ネクロが呆れたように言った。もしも自分達のような実体を持っていたら欠伸をしていたかもしれない。

 

『こんな仕事はちゃちゃっと終わらせちまおうぜ、大将がた』

「その意見には大いに賛成だな、さっさと終わらせて美味いビールでも呑みたいもんだ」

 

 開戦の口火を切ったのはサクヤの射撃。真っ直ぐに進んだレーザーがアラガミの盾様のヒレを撃ち砕いた。思わぬ急襲に食事を止め戸惑うも、どうにか迎撃の姿勢を整えるグボロの眼前には既にリンドウが差し迫っていた。耳をつんざくような雄叫びを上げて目の前の無法者を噛み砕こうと牙の並ぶ大口を開ける……が、リンドウの神機――ブラッドサージがエンジン音の唸りを上げて相手の口を切り裂く方が早かった。「新入り!」

 

 リンドウの叫ぶのと聖奈が跳躍するのは同時だった。上段に構えた神機(ネクロ)に全体重と落下の勢いを乗せて砲塔へと降り下ろす。その一撃は斬るというよりも叩きつけるといった様相だった。その証拠に、砲塔にはヒビが入り砲口が瓦解した。

 

『おっと』

 

 地につく前にネクロの捕食口を伸ばしてキャッチするとそのまますかさず飲み込む。食い意地の張った奴だと思ったが、神機使いは喰うのが仕事なのだからある意味では仕事熱心とも言える。

 

 急に縄張りに入ってきた人間に撃たれ、斬り裂かれ、挙げ句のはてには叩き付けられたという理不尽しにグボロ・グボロは怒り狂いその場で暴れまわる。八つ当たり的に手当たりしだいにそこらじゅうを破壊している。その蹂躙に巻き込まれてはことだと、リンドウと聖奈はステップで距離を取った。

 

 先に言われたように聖奈は奴の動きをよく観察した。1回、2回、3回――まるで反復横跳びの要領で三回跳ねると、今度はその場に止まり背後に少し下がる。そこから勢いをつけて頭ごと突っ込む体当たりをしゃにむに食らわせる――というのがパターンのようであった。こちらに標的を向けたグボロの巨顔が土煙とともに突っ込んでくるのを、聖奈は装甲を展開して防ぐ。ビリビリと手首に心地よい痺れがあった。

 

 ああ、俺は今、闘っている。生きている! こういうときつくづく思う。俺は、闘うことが好きだ!

 

 例のにやりとした笑みを浮かべて聖奈とグボロは押し合いになったが拮抗しているとみるや、両者は互いに跳び退る。その聖奈の真横をレーザー弾がすり抜けていって3発が相手の身体を焦がした。

 

「大きい的は狙いやすくて助かるわね」

 

 廃工場の屋根の上でサクヤが独りごちる。小型モニター越しに聖奈を眺めつつ、細長いアンプルの口を折った。

 

 サクヤからの銃撃を受けてよろめいた隙を見逃さずにリンドウは地を蹴り肉薄するとアラガミに斬撃を与えて斬り裂いていく。その度に鮮血かしぶいて大輪の赤い花でも咲いたようだった。

 

「おおい新入り、トドメはお前さんに任せるわ」

「ウス」

 

 既にその準備はできていたのである。アラガミを細切れに裂いたリンドウが後退すると、聖奈は溜めていた力を一気に解放した。暗紫色のオーラを纏った巨大化した刀身を思いきりグボロの頭上へ叩き落とす。バスター特有のチャージクラッシュ。

 

『おげ』

「あ」

 

 珍しく二人の声が揃った――それもその筈、哀れな敵の頭蓋を確かに叩き割りはしたが……引き換えにリッカ謹製試作品第一号も砕け散ったのである。

 

「あ~ららぁ……」

 

 頭を割られて地に伏すグボロ・グボロの真横にて呆然と突っ立つ聖奈にリンドウはくくっとイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 

 

 ■■■

 

「あ~……やっぱり壊れちゃったかァ……」

 

 報告を聞いた楠リッカは、意外や意外に怒らなかった。神機を愛する余り、粗雑な扱いをする者には激しく憤るリッカが――彼女からすれば、神機はまさに恋人同然と言っても差し支えない存在なのである。そのリッカが「やっぱりねー」とか言いながらガシガシと頭を掻いている。いや、もしかしたら多少は苛ついているかもしれないが、この結果は彼女からすれば想定内だったようだ。

 

「ちなみにだけど、どんな時に壊れちゃったの?」

 

 リッカがじっと聖奈を見つめる。それを受けて、おっきい目玉だなと思った。見つめられていると不思議と居心地が悪くて目線を僅かにずらす。リッカの背後、ちらと見えた作業台の上に砕けたパーツの破片が並べてあるのが映った。

 

「えーと――チャージクラッシュの時に――」

 

 聖奈はわざわざ手を降り下ろすアクションまでして見せた。

 

「つまり叩き付けたときに壊れたってことか……ん~……分かった、次はそこら辺を中心に改善してみるよ」

「よろしくッス」

 

 リッカへ軽く頭を下げて神機保管庫を後にする。タイミングよくやって来たエレベーターに乗り込みエントランスへ向かう。チン、と軽い到着音が鳴り扉が開く。降りようとしてポスンと胸元に当たってきた人物がいた。視線をさげると、赤いハンチング帽――新入りのアリサ・イリーニチナ・アミエーラ、だった。

 

「……何突っ立ってるんですか? 邪魔なんですけど」

 

 ぶつかってきたのはそっちだろうが。聖奈は内心思ったが、思っただけで言葉にも、表情にすら表さなかった。

 

「あー……ワリィ」

 

 その一言だけを残してアリサの頭をポンとやって去っていく。

 

「……何なんですかあの人……!」

 

 まだ感触の残る箇所を帽子ごと押さえつけてアリサはつまらなさそうに顔をしかめた。

 

.

 

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