月狼奇譚   作:ララミー牧場

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今回は箸休め回
アナグラの神機使い達から見た槇島聖奈


INTERMISSION

  

「聖奈ァ、いい加減に起きろってえ」

 

 早朝のアナグラは既に神機使いや陳情にやって来た外部居住区の人間でごった返している。

 エントランスの喧騒を聞きながら、藤木コウタと槙嶋聖奈はソファーへ腰かけていた。いや、聖奈に至ってはまだ半覚醒といったふうで草臥れた背もたれに腕をかけたままうつらうつらと船を漕いでいる。

 

「おーい聖奈ぁ~、聖奈ちゃーん?」

 

 聖奈の顔の前で手をぷらぷらと振ってみるも反応に変化はなし。対面のコウタは頬杖をつきながら軽い溜め息を吐いた。こうして寝食を共にするようになってから知ったことだが、どうにも聖奈は朝に弱いらしい。適合試験の時や、神機使いになりたての時期は本人なりに気を張って朝から元気に活動してたのだろうが……気がつくと神機使いになってから既に4ヶ月近くが経過していた。まだ4ヶ月だが、もう4ヶ月だ。覚えることややるべきことが次から次に押し寄せて外部居住区にいた頃よりも時間の流れが早く感じた。

 

「聖奈ぁ、一旦起きて飯食いに行こーぜ」

 

 時間は丁度飯時だ。コウタはアナグラ併設の食堂(ダイナー)での朝食を提案した。勿論、御時勢柄、選り取り見取りのメニューに素材をふんだんに使った豪勢なものとまではいかないが自室で配給のレーションをかじるよりは味気がある。

 

 聖奈はすっかり寝入っている。気がつけばソファに寝転がって本格的な寝息を立てている。

 

 外部にいた頃、聖奈は少し周りから浮いた存在だった。それでもコウタはそういうのに鈍いのか、それともそういう偏見を持たないのか強くて格好良い頼れる聖奈に懐いていたし、何なら兄貴分を越えて兄同然に慕い心酔していたがそれは最早過去の話だ。今、同僚という公正な目線で彼を評するならば兄貴というよりも手の掛かる弟だった。

 

「聖奈ぁ、俺飯食いに行っちゃうぞ。あんたも目が覚めたら食堂まで来なよ」

 

 結局、聖奈を起こすのは諦めて空腹に耐えかねたコウタは立ち上がった。女の子ならまだしも男の聖奈はここに寝かせておいても大丈夫だろう。一応ひとこえかけるとノロノロと手を緩く持ち上げて振ったので、それを確認してからコウタはエントランスを後にした。

 

 

 コウタが食堂へ向かってすぐにソファーの横を通りすぎたのは防衛班の面々であった。最前線で闘う実質アナグラのエースチームである第1部隊とは違い主な任務は外部居住区などの拠点防衛であるがこれこそ正になくてはならない人材達だ。第2部隊と第3部隊からなる班で、それぞれ3人づつからなる構成になっている。

 そして、今、聖奈を観察しているのは防衛班第2部隊のメンバーであった。

 

「死んでんのかこれ」

「こんなところで惰眠を貪るとは大物だな」

「あのぉ……こんなところで寝ちゃったら風邪引いちゃいますよぉ」

 

 上から順に大森タツミ、ブレンダン・バーデル、台場カノンだった。それぞれがそれぞれの反応を示している。

 

「これが新型ねぇ」

 

 防衛班班長であり第2部隊隊長でもあるタツミは、腰に手を当てつつ聖奈を見下ろした。ブレンダンも顎に手をやりつつ新入りの寝姿を眺めている。

 

「遠くから見ると取っつきにくそうだが……こうやって近くで見ると意外とそうでもなさそうだな」

「それは寝ているからそう見えるだけじゃないか?」

「あのぉ……槇島さーん、起きた方がいいですよぉ?」

 

 男二人があーでもないこーでもないとやり取りしているのを傍らにカノンは軽く聖奈を揺すって起こそうとした。

 

「ツバキさんに見つかったら怒られちゃいますよ、もしかしたらまた反省文書かされちゃうかも」

 

 以前、聖奈が正にこの場所で苦悩しながら反省文を書かされていたシーンをカノンは目撃していた。それにしても――男の子なのになんて綺麗な顔をしているのだろう。こんなことを本人に言ったら嫌な顔をされるかもしれないけれど。スッキリとした輪郭に端正な顔立ち、さらさらの金髪……と、これだけ見ればまるで王子さまだ。もっとも、起きている時の聖奈は常に不機嫌そうに眉間にシワを寄せて長身の身体をやや猫背に折っていて王子さまとは遠くかけ離れている。第3部隊のシュンからはチンピラと評されていた。

 

 なんだかドキドキしちゃいますね――

 

 無防備に寝顔を晒す聖奈に自然と微笑んでしまってから、カノンはハッと頭をプルプル振った。年下相手に何を考えているのか。

 

「タ、タツミさん! ブレンダンさん! 朝の見回りに行きましょう!!」

「どしたいきなり?」

「急にヤル気だなカノン」

「わわわ私は何時でもヤル気だけはあります! ヤル気元気台場カノンです!」

 

 何故だか顔を真っ赤にしてギクシャクした動きのカノンに背を押されながらエレベーターへと乗り込むタツミとブレンダン。入れ替わりに降りてきたのは雨宮ツバキと百田ゲンであった。

 

「おっ、と……またこんなところで寝てやがる」

 

 二人で何か深刻そうに話し合いながらそのまま通り過ぎようとして、まずゲンが足を止めた。

 

「おい起きろ坊主、ツバキの嬢ちゃんに叱られるぞ……ほんと、こういうとこアイツにそっくりだよなァ、ハハハ……ハ……」

「ええ――そうですね」

 

 ツバキの前で少々迂闊だったかとゲンは固まった。期待の新型として聖奈がアナグラの神機使いになったとき、ゲンやツバキを初めとした特定の大人達は些か複雑な気持ちを抱いた。あの鉄仮面のヨハネス・シックザール支部長殿ですら僅かに眉を寄せた程だ。ペイラー榊は「因果ってヤツなのかな」などと科学者らしからぬ事を漏らした。

 

 マキシマ(槇島)という姓自体はありふれた物だ。名を聞いた当初はただの偶然だと誰もが思った――しかし、その容貌を見たときに疑惑は核心に変わった。やはり息子か、と。特に、ゲンからすれば馴染みのある顔だった。嘗ての彼の教え子、槙嶋聖護(せいご)の若りし頃に瓜二つだった。

 

 聖護はこのアナグラの神機使いだった。フェンリルが本格的に第一世代神機の実用実験とゴッドイーターの登用を開始し始めた2056年、適合試験を通過してやって来たのが聖護であった。当時19歳でその頃すでに2歳になる子供がいた(つまりそれが聖奈ということだが)。ゲンは彼の教官だったし、その3年後に神機使いとなったツバキにとっては先輩にあたる。

 聖護は一言で表すなら快活な男だった。

 豪快で細かいことは気にせず、考えるよりも先に体が動くタイプ。神機使いになる前は、配給と希に本部から出される日雇いの仕事でどうにか食い繋いでいたと言った。

 

「マ、家族にラクさせたかったんで」

 

 教習の合間、聖護に、神機使いの適合試験に立候補した理由を聞くとそう答えた。

 

「オレ、ガキいるんですわ。2つの」

「何、お前まだ19だろ」

 

 指を二本立たせて笑う聖護にゲンは面食らった。

 

「日雇いなんかよりも神機使いなった方が実入りは良いし、家族も多少は優遇されるでしょ? そーいう理由ですよ」

 

 ツバキもまた、ありし日の聖護を思い出していた。

 まだ右も左も分からぬ新人だった頃、同じ隊に所属して色々と教えてくれたのは彼だった。長く伸びた金髪を適当に緩く結わえ無精髭を生やした聖護はなんとなく自分よりも遥かに大人に感じて、少女時代の自分はほんの少しだけ良いなと思ったこともあった。もっとも、何かの折りに彼がまだ死別した妻を想っていることを知って人知れず想いを封殺したのだが……とにかくツバキにとって槇島聖護は良い先輩だったし、きっとこの先も良い仲間として付き合っていくんだろうと思っていた――なのに。

 

 2061年の真冬に、聖護は単独任務中に行方知れずとなった。それは支部長から直々に受けた任務でどういった内容だったのかは未だに伏せられているのだが……腕輪も神機も発見されずに結局MIAとなった。その事に、ゲンもツバキもショックを受けたが、ヨハネスと榊の動揺はそれ以上だった。この二人が何かを知っている、というのは目に見えて明らかだったがそれを追求できる者もまた誰もいなかった。

 

 事実は意図的に伏せられたまま月日は過ぎて――今こうして、聖護の息子である聖奈がかつて彼のいた場所で神機を握っている。感慨深さもあったが、やはりそれよりも榊の言葉を借りるなら何か《因果》めいた物を感じずにはいられなかった。

 

「……マ、俺たちが気を付けて見てやりゃ良いじゃねえか。なあ嬢ちゃん、分かってるとは思うがヨハネスには――」

「ええ、それは勿論」

 

 その時、ツバキの胸元で端末がブルブルと震えた。素早く取り発信者を確認するとゲンへ一礼してヒールを鳴らしてその場を去る。ゲンも階段を下ると、受け付けカウンターが見える席に腰を落とした。

 

 それから暫く時間を置いて最後にやって来たのはアリサとレオニールだった。

 アリサは目敏く寝こける聖奈を見つけるとわざとらしい溜め息を吐いた。

 

「呆れた、ここの人たちは緊張感に欠けると思ってましたけど、この人は格別ですね! こんな人が私と同じ新型だなんてどん引きです」

「まあまあアリサさん……そういう風に言うものではありませんよ? 彼は今までこの支部でたった一人の新型で皆さんからの期待を背負っていたんですから……それに聞いた話では雨宮隊長の任務に同行しているとか。きっとお疲れなんですわ」

 

 明らかな自分の暴言を諌めるレオニールにアリサは拗ねたようなジト目を向けた。

 

「レオンさんてば私よりもこんな人を庇うんですか?!」

 

 ロシア支部時代から姉のように慕っていたレオニールが、こんなぽっと出の男の肩を持ったのが気に食わない。それは子供じみた嫉妬だったがアリサの中で聖奈に対する印象は更に悪くなった。

 

「庇うというか……折角同じ新型同士なんですから、アーリャも仲良くしたら良いじゃないですか」

「嫌です、だってこの人ぜんっぜん大したことな――」

 

「ない」と言おうとしたアリサはそのままフリーズした。急に起き上がった聖奈の頭が上手い具合に引っ掛かってスカートが捲れたからだ。

 

「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 アリサの叫び声がアナグラ中に響き渡った。それは離れた支部長室や榊博士のラボ、ひいては神機保管庫にまでこだました。榊博士なんかは驚きの余り椅子からずり落ちた。

 

「変態! サイテー! 信じられない!」

 

 混乱のあまりスカートの裾を掴んで引っ張りながらアリサは罵倒の限りを尽くした。聖奈の背中や肩を蹴っ飛ばし、どうにかスカートを取り返すとその場から走り去る。レオニールはどうしようかとちょっとだけ迷い、アリサのフォローへ回ることにした。

 

 訳がわからないのは聖奈だ。

 寝ていたら急にアリサに罵倒され暴力を振るわれた。なんて女だと、引っくり返ったまま少しだけ苛ついた。

 

 後日、この時の一部始終を見ていた他の神機使いらから称賛されたり遠巻きにされるのはまた別の話――というヤツである。

 

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