月狼奇譚   作:一般兵デモニホ

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エデンの少女

 

 日は過ぎて。

 聖奈は今、贖罪の街エリアに来ていた。少し離れた背後にはアリサ、右手にはネクロを携えている。刀身はいつものバスター……ではなく、チャージスピアのパーツを装着していた。

 

 

 

「テメェは力の分散ができてねぇ」

 

 とは、例のソーマ・シックザール先輩の談であった。

 折れたパーツを巡ってネクロとやりあっている背中を思いきり蹴飛ばされて前のめりになる。その聖奈の頭を、レオンの慎ましやかだが柔らかな胸が受け止めた。ノロノロと離れると、レオンはじっと曖昧な笑みを浮かべていた。

 

「力の分散?」

 

 蹴っ飛ばされた衝撃からかすっかり()()()()()から日常モードに落ち着いた聖奈が背中を擦りつつソーマを見た。フードの奥で光る目がジッと自分を見下ろしていた。はぁと分かりやすいくらいの溜め息を吐いた。言った。

 

「要するに一点に力を集中させすぎだ、その神機が特殊だからかなんだか知らんが……原因はお前自身にもある。ったく、あのバカは何を教えてやがる」

 

 それだけだった。それだけを言い捨てると、ヤレヤレとばかりに装甲車の助手席に乗り込み、それ以降は帰投するまで黙りこんでいたのでもう何も聞けなかった。“あのバカ”とは当然リンドウさんのことを指しているのに違いないが、隊長殿に向かって恐れを成さぬ物言いである。

 

 それで今日、眠気を堪えながら保管庫へ行くと、すでに元気イッパイのリッカがじゃーんと効果音つきで両手を広げて見せてくれたのが試作品第5号のスピア型パーツ【ムーンビースト】であった。

 

「ムーンビースト?」

「そのパーツの名前だよ、いつまでもただの試作品じゃ味気ないでしょ?」

 

 と、にっと爽やかに笑んでいる。それは確かに一理あるだろう、何せ、自分の神機すら「ネクロ」だなんて立派な名を自称している。

 

「わざわざソーマくんが言いにきてくれてね。アイツは多分バスターは向いてないからお前が色んなパーツを試させろってさ。彼も彼なりに君のこと気にしてるみたいだね」

 

 そういう経緯だった。何せ、事前告知なしのぶっつけ本番なので上手く使いこなせる自信はいまいちないのだが、ここまで来たらなるようになれだ。

 

 今日の任務はここ贖罪の街にて中型アラガミ《シユウ》の討伐だ。同行者はアリサとリンドウ。アリサはすでに誰よりも早く現場についていてつまらなさそうに毛先をくるくる弄っている。聖奈は未だやってこないリンドウを待ちつつ最近手にいれたばかりの望遠鏡を覗きこんでいた。オペレーターの竹田ヒバリが立っているカウンター横で露店を開いているよろず屋から買い求めた物だった。

 

『おい、さっきから何熱心に覗きこんでやがる。キレーなねえちゃんでもいたか?』

 

 既に暇をもて余しているネクロが捕食口を伸ばして顔の横に持ってきた。これは常々から思っていたことだが――神機のくせに妙に俗っぽい言い回しをする奴だ。

 

「残念ながらそんなもんはいねーよ、俺が見てんのはアラガミだ」

『色気のねえもん見やがって』

「ゴッドイーターなもんでな……」

 

 そうは言いつつも聖奈の目は【とあるモノ】へ釘付けになっていた。いや――確かに最初のうちは討伐対象であるシユウを探そうとして覗きこんでいたのだが、各エリアを順繰りに見ていくうちに、レンズの端々に()()()()がチラつき始めた。まさか、こんな所に? 最初はレンズにゴミかヒビでも着いているのかと思い確認したが指紋ひとつついていないまっさらな新品である。それならば何かの見間違いか、でなければいよいよ自分の頭が本格的におかしくなったかとこうして必死にレンズに目をくっつけているって訳だ。

 

 その【とあるモノ】とは一人の少女だった。

 そう、本来ならばこんな場に神機使いでもない一般の少女が堂々と存在しているはずがない、ましてや――ましてや、オウガテイルとなかむつまじく遊んでいるなどとは!

 あきらかに異常な光景だ。人間とアラガミがコミュニケーションを取った事例など聞いたことはない。アラガミ研究の権威であるサカキ博士ですら「そのうちそういう存在も出てくるかもしれない」という認識だ。これはリンドウさんへ報告すべきか? 背後を振り向くと、ふいにアリサ目が合う。

 

「先輩として後輩を放ったらかしにするのってどうなんですか?」

 

 弄っていた髪をふぁさと手で弾き堂々と嫌みを言う。ここにも恐れ知らずな後輩がいた。

 

「あー……悪いな、女の子と交流したことないもんでどう扱っていいのか分からねぇんだわ」

 

 適当に言って聖奈はもう一度レンズを覗きこみ……レンズ越しに少女と目が合った。「っ!」

 

 たまたまではない、確実に向こうは分かっていて意図的に目線を合わせてきている。その証拠に小柄で細い体の横でヒラヒラと小さな手を振っている。滅多なことでは驚かない聖奈もこれにはゾッと肝を冷やす。まるで下手な怪談話の主人公にでもなった気分だった。

 

「おっ、今日は新型二人とお仕事か。景気が良いねぇ」

 

 そんな呑気な声が飛び込んできてようやくリンドウがやって来た。とんでもない重役出勤であるが、当の本人はさして気にした風もなく紫煙を燻らせている。アリサと聖奈、それぞれを眺めた。軽く左手を持ち上げて、

 

「マ、足引っ張らないように頑張るわ」

「……旧型は旧型なりの仕事をしていただければいいと思います」

 

 恐れをしらないにも程がある。未だ数少ない新型とはいえ、本来ならば敬うべきの隊長(その点に関しては聖奈も人へ指摘できるかは幾分怪しいがともかく)に新兵が――このアリサのプライドが高く高飛車すぎる態度はアナグラ内でしばしば問題になっていた。「同じ新型だろう」という理由で自分に指導のお鉢が回ってきていて正直面倒だし迷惑であった。同じ新型といっても彼女には目の敵にされて嫌われているし、そもそも彼女はレオンの言うことしか聞かない。

 

『こいつ生意気だな、髪の毛引っ張って泣かしちゃおうぜ』

「きゃあ! 何するのよやめて!」

 

 どう注意しようか考えている間にネクロがアリサの銀髪をくわえて引っ張った。

 

「本当に躾のなってない神機ですねっ!」

 

 どうにかネクロを振り払ったアリサの怒りの矛先は急に持ち主のほうへと向いた。ブーツの脚を持ち上げて聖奈をガシガシ蹴った。

 

「おいおいお前ら仲良くしてくれよ」

「きゃあっ!?」

 

 喧嘩を仲裁しようとしてリンドウがアリサの肩へ触れた瞬間、アリサは短く悲鳴を上げて猫のように跳び退った。

 

「おっ……と、随分と嫌われたもんだ」

「い、いえ……私、そんなつもりじゃ……スミマセン……」

 

 アリサ本人にも、何故、そこまで過剰な反応を取ったのか理解しかねているようだった。額に手をあててゆるゆると首を振っている。リンドウに触れられた瞬間、脳裏に覚えのない記憶が走り抜けていき、ゾワゾワとした嫌悪感に全身を支配されたのである。もっとも、そんなことはアリサ本人にしか分からない。リンドウも聖奈もキョトンとしてアリサを見ている。

 

 短くなった煙草を丸い携帯灰皿の底に押し付けつつリンドウは緩く笑う。

 

「冗談だ……よし、アリサ。お前さんここでしばらく待機だ」

「いえ、大丈夫です」

「隊長命令だ。そうだな、空を見上げて動物に似た形の雲を見つけるまではここにいろ。分かったな?」

「動物って……」

 

 なおも反論しようとして、しかしアリサは渋々その命令に従い頭上を仰いだ。聖奈はリンドウと共に高台から飛び降りると誘われるままに後に従った。

 

「あの子な――ちょいと()()()らしい」

「はぁ」

 

 ズカズカ歩きながらリンドウが切り出したのはアリサについてのことだった。

 

「まァ、こんな時代じゃみんな何かしら抱えてるもんだが――あの子は定期的にメンタルケアも受けててな、マ、その、……生意気な後輩かもしれんが同じ新型同士だ。仲良くしてやれ」

 

 こういう話題は苦手なのか普段あけすけな彼にしては珍しく言葉を選んでいるようだった。あーとかうーとか唸っていたが、黒髪に手を突っ込んでガリガリ掻くと急にこっちへと振り返った。「それとな――」

 

 まだ何か真剣な話題でもあるのだろうか? 聖奈の顔を正面から眺めては視線をさ迷わせたり言い淀んだりしていたがややあってから結局言うことにしたのだろうか、ふぅと小さく息を吐いた。

 

「俺は、お前の知りたいことを少しだけなら教えてやれるかもしれない……知りたくなったら部屋に来な」

 

 

 

 それだけ言って雨宮リンドウは聖奈の肩をポンと軽く叩いた。

 

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