結論から言うと、今回の試作品第5号は悪くないように思えた。
最初はうっかりいつも通りのバスターのつもりで斬りかかろうとしてシユウに弾き飛ばされたりもしたが……慣れてみると状況に応じて切り替えられる手数の多さが気に入った。手っ取り早く言えば、ソーマ先輩の言うとおりだった。
「新入り! そっちに行ったぞ!」
リンドウが言うのより少し早く、聖奈は、捕食のために逃げ出したシユウを追う。当のリンドウとアリサは討伐まであと一手という際になって突如場に乱入してきたコンゴウの対処に追われている。
脚に力を込めて地を蹴って逃亡するバケモノを追うが、向こうも命がかかっているから文字通り死に物狂いだ。全身ボロボロ、片腕も失ってそれでもなおシユウはコンゴウの乱入により降って沸いたチャンスを逃すまいと必死だ。
「逃げてんじゃねぇ!」
一方で聖奈の方は非常に苛立っていた。大人しく始末されていれば良いものの全く往生際の悪い奴だと舌打ちしつつ、手にしている神機を思いきり振り上げた。『ちょっと待て!』とか『何する気だ!』とか頭上でネクロが喚いているがそんなことお構いなしに聖奈は力一杯ブンと音を鳴らせて神機を投擲した。無論――シユウ目掛けて。
かくして
『テメー! このクソガキが! 気軽に俺様を投げるんじゃねぇ!』
トドメを差しに寄ってきて柄を掴んだ聖奈へ、ネクロが怒鳴り散らした。
「しかたねえだろ、コイツが逃げやがるモンでよォ」
さほど悪いとも思っていない口調で聖奈は、今度こそトドメをさす為に神機の柄を掴んだが……シユウが必死に身を揉み捩り結合崩壊した脚を切り捨てた。使い物にならない脚に今さら未練はないということだろう、潔い判断だった。こけつまろびつ走りシユウは朽ちた教会の中へと消えていった。生への執着――だがそれは、
素早く神機を抜くと聖奈も後を追って教会内部へ侵入した。教会といっても小さな部屋が3つほどあるだけの狭小建築である。そうそう簡単に見失う訳もなく、入ってすぐの(恐らくは)礼拝堂だったであろう個室の奥にシユウの血に濡れた背中が蠢いている。
相手は負ったダメージを回復する為の捕食行為に夢中になっているのだろうか? 遮蔽物に身を隠しつつ聖奈は震える後ろ姿を観察していた。ボギッという、なにか固い木の枝が折れるような音が室内に響き……数瞬置いて、シユウの首がポトリと薄汚れた地面へと落ちていく。
「っ!」
危うく声を出しそうになり寸でで飲み込んだ。それでもヒュッと息が鳴る。
【何か】がいる! 逃げ込んだ先にいた、あるいはここで待ち受けていた【何か】によってシユウは捕食されているのだ!
肉を咀嚼する音、骨を噛み砕く音が響き混ざりあっておぞましい不協和音を奏でていた。命を食まれぐったりと脱力したシユウの体がぐらぐらと揺れて、その陰から漆黒が見え隠れしている。なんてことはない、よくよく注意深く観察すればシユウの全身の所々に
瞬時にそれが例のナイアーラトテップだと悟った。
極東支部へ報告をとインカムに触れるも、あの廃寺の時同様、酷いジャミング状態に陥っている。
聖奈は無意識に冷や汗を垂らしていた。中型の討伐すら簡単にはいかないのに、ましてや第一接触禁忌種認定のナイアーラトテップなどとは! もしかすればリンドウなら渡り合えるかもしれないが、新兵二人を抱えて? いかにリンドウといえ足手まといを二人も抱えて闘うのは無理だろう。ならば――
『まァ逃げるのが最善手だわなぁ、俺だって仮にもご主人様のお前があんなキモいアラガミにボリボリ喰われるのはしのびねえ』
いやはや全くもってネクロの言う通りだ。幸いにも向こうは食事に夢中でこっちに気が付いていた気配はない。このまま勘づかれる前にリンドウとアリサと合流・報告して撤退するに限る。優秀なあの二人のことだからコンゴウ討伐などとっくに終えてこちらへ向かう途中だろう。
ふと、ネクロが妙に深刻な声色で言った。
『……アイツはマジでヤベェんだ、アナグラの神機使いどもは確かに精鋭揃いだが――勝てる見込みは限りなく低い。それこそリンドウくらいのモンだ。ましてやお前は――ここ最近ようやく中型討伐を任されるようになったばっかだろ? いくらお前が死に急ぎ野郎だっつってもマジで死ににいくこたねえ。自分の実力を冷静に図って逃げるのは恥じゃねえよ』
「なんだよ……いつもはもっと突っ込め死ぬ気で殺せとか言うくせに今日はやけに優しいっつーか……それに……なんかアイツと闘ったことがあるみたいな言い方じゃんよ」
『あれ? 確かに……おかしいな……?』
そんな筈はない……筈だ。多分。恐らくは。もっとも――自分だって神機になる前は人類の敵アラガミだった訳で、アラガミ時代に何処かで奴と邂逅している可能性もなくはないだろう。しかしそんな憶測は無意味だった。アラガミ時代の記憶など、ネクロにはこれっぽっちも無かったからだ。自我というものが芽生えたときにはすでに自分は神機であり、極東支部の神機保管庫にいた。しかし、もしも、神機も夢ってヤツを見るのだとしたら――夜毎自分の中で再生される【とある映像】こそが忘れ去られた記憶なのかもしれない。
ふいに背後でバサという翼の翻る音を認識した瞬間にはもう、ナイアーラトテップは目の前に立ち塞がっていた。
「な――」
その得体のしれなさに呆気に取られつつ、聖奈はそれでも神機を構えた。この間は、自分では何もせず呼び寄せた小型に任せてその場から立ち去ったが、今回もそうとは限らない。右手で構えつつ左手でヒップバッグを探る。この任務の前にアイテムは補充したばかりだ。少し探れば指先にスタングレネードが触れた。
聖奈がそれを素早くピンを抜きつつ取り出して地面へ叩きつけるよりも迅くナイアーラトテップは動いた。目視できないスピードで繰り出された回し蹴りが的確に聖奈の腹部へヒットした。「がはっ!!」
衝撃で吹き飛ばされ壁に激突してようやく止まる。崩れた瓦礫に半ば埋もれ立ち上がることもできず咳き込むたびに鮮血が溢れた。立たなければ、闘わなければ! 頭では理解しているし実際に痛んだ体を叱咤して立ち上がろうとしているのに、地面に縫い付けられたようにピクリとも動かない。
顔をふりあおぐとナイアーラトテップがゆるゆるとこっちへ向かってきている。
「ぐっ……立て、立て……俺! 闘え! 闘わなけりゃ生きてる意味ねえだろ! 闘え!」
叫ぶたびに口と錆びた鉄柱に貫かれた脇腹から血が吹き出すが構っている暇はない。握ったままの神機、槍の先端を地に突き刺して支えにして無理矢理立ち上がった。鉄柱がぎしぎしと傷を擦り穴を広げた。激痛だったが、逆に自分がまだ生きて闘えると実感できる。
「がふっ、来いよバケモノ……!」
ぜえぜえという喘鳴を聞きながら聖奈はふらつく足に力を込めた。ナイアーラトテップへにやりとした凄絶な笑みを向けた。ナイアーラトテップがその場に止まり、初めて僅かにだが警戒の色を見せた。グルグルと低く唸って目の前の獲物の様子を伺っている。
『おいガキ! さっき言ったばっかだろォがよォ! 闘うな! どうにか逃げる方法を――!』
「はっ……今さらこんな状況じゃ無理だろ……げほっ! あ"ー……クソっ、痛えな。服も汚れちまった……ムカつくぜ……とにかくネクロちゃんよォ、こうなっちまったら逃げるのはもう駄目だナシだ、ムリムリかたつむりだ」
『このバカ……!』
そう言いつつもネクロは、聖奈をどんな言葉でも止めることができないと腕輪を通して理解してしまった。もはやかける言葉もなかった。それに聖奈の言うように相手にしっかりと捕捉された状態では逃げることは叶わないのも事実だ。何せ目の前の奴はこっちが目視できないほどのスピードで動く。あの時のようにスタングレネードで隙を作ることもできないのだ。
「……安心しろよ、別に死ぬ気はこれっぽっちもねえからさ。ちょい情けねえけど、リンドウさんが来てくれりゃ助かる見込みもあるわな!」
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ようやく繋がったヒバリからの連絡を受けて聖奈の元へ駆けつけたリンドウが見た光景は、今まさにナイアーラトテップが捕食にかかろうとしている姿であった。だがしかし、その対象は地面に転がる聖奈ではなく、ネクロだった。
捕食というよりも吸収しつつあると表現した方が的確かもしれない。神機は既に半ばまでアラガミの体へ吸い込まれている。
「おいおい、冗談だろ?」
短くなった煙草を吐き捨ててリンドウは地を蹴った。ナイアーラトテップに肉薄し刀身で斬りかかる。ぐにゃりとした感触とともに、ブラッドサージの刃が突き刺さった。
「そいつはうちの新入りのモンでな……返してもらおうか……ネクロ! 聞こえてるか!」
相手からの攻撃を避けつつリンドウネクロへ呼び掛けた。
「聞こえてたら返事してくれ!」
『あー……何とか聞こえてるよ、聞こえてはいるが……』
「ならいい、今すぐに助けてやる」
幾分か力のない声ではあるが反応が返ってきたことに内心でほっと胸を撫で下ろす。
ナイアーラトテップからの触手による縦横無尽な攻撃を刀身で軽々と弾いてみせる手腕は流石は歴戦のゴッドイーターであるが、それでも交戦履歴も殆ど情報もない未経験の相手にリンドウは二の足を踏んでいた。短い期間で捕食を繰り返し進化でもしたのか、唯一交戦したソーマから聞いていた話とも些か趣が違うように思える。
ともかく今は、こいつの完全討伐はうっちゃって、聖奈とネクロの確保および救出が最重要事項だ。まァ、それが出来ればとっくにしているというお話でもあるが……
キィンッ! という金属同士がかち合う音がしてリンドウの神機が跳ね上がった。それをそのまま力を込めて降り下ろすと触手の数本が斬り飛ばされたがすぐに再生してしまう。それも、新たに生えたものは強度が増していた。これでは焼け石に水だ。ちらとアラガミの胸に刺さるネクロへ視線をやる。ゆっくりだが確実に吸収は進んでいた。
救援が欲しいと今日ほど思ったことはない。舌打ちしてリンドウはバックステップで距離を取る。今しがたいた場所に地面を突き破って太く鋭いトゲが飛び出した。救援――せめてこの場にソーマとサクヤがいれば……そう考えるリンドウの耳に遠くからこっちへパタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。アナグラへの連絡を任せて待機しているように命じたアリサが来てしまったのか?
足音は次第にハッキリと聞こえてきた。
「来るなアリサ! 今はお前にまで手は回らねえ!」
視界の隅に映った影に強い口調で怒鳴る。が、ヒュッと飛び上がった影はアリサではなかった。
亜麻色の長い髪をなびかせてアラガミの四肢を斬りつけたのは見たことがない少女だった。しかし、その細い右手首に確りとはめられた赤い腕輪、そしてその先にしっかと握られているのはまさしく神機。リンドウはいよいよ呆気に取られていた。闘いの最中であるということをつかの間忘れ、眼前の少女に注視した。
下手すれば自分の背丈よりも大きいだろう神機を器用に使いこなして少女はナイアーラトテップと渡り歩いた。束ねた触手による刺突を斬り落とし、更に踏み込んで再生されるよりも早く肩の根本から腕を切断した。リンドウもハッと我にを取り戻して立ち向かう。どこの誰だか知らないが、闘う術を持ち、戦力としても充分だ。
リンドウがナイアーラトテップと対等に闘えることを認めると、少女は次に胸に突き刺さっている神機を引き抜こうとして柄を掴んだ。
「おい! 待て! 他人の神機に触れると捕食が始まるぞ!」
だがしかし、その言葉に少女はにこりと口許に三日月を描くと、構わずに神機を抜いた。そのままアラガミの体を蹴って後ろに飛ぶと未だ倒れる聖奈の手にそっと握らせた。
神機使いが自分以外の他者の神機に触れればたちまち捕食が始まるというのは常識であった。なのに少女はいとも簡単にネクロに触れて引き抜いたばかりか、異常ひとつなくピンピンとしている。
獲物を横取りされた怒りからか、ナイアーラトテップが耳障りな甲高い雄叫びを上げて少女へと殺到した。それに対し少女は悠然と立つ。右手にしっかりと握った神機、ショートタイプの刀身を閃かせた。ネクロが抜かれたことにより広がった孔へ刃を突っ込むとそのまま斬り上げる。真上のコアを破壊しようというのか。
察したリンドウもナイアーラトテップの背後からブラッドサージを叩き付けた。
「おおおおおおおおっ! ここでくたばっとけ!」
腕に血管が浮き出るほど渾身の力で柔軟な肉を斬り進めていく。カチッという手応えはコアに到達した証拠だろう。少女の方も両手で握った神機をギリギリと引き上げている。あともう少し、このアラガミはこの場で殺す。逃がせば次に会うときは再び進化を遂げているだろう。もう少しだ、もう少しでコアの破壊が叶う……! ――しかし、そう思い通りにはいかなかった。
ナイアーラトテップが悲鳴にも似た叫びを上げた瞬間、そこを中心に衝撃波が発生した。当然、無防備だったリンドウと少女はそれぞれ吹き飛ばされた。その隙を逃さずにアラガミは傷付いた体で宙空へ躍り上がるとちらと名残惜しそうに聖奈を見たが形勢の不利を悟り逃げていった。
「仕留め損ねたか……いや、それよりもありがとうな――」
少女へ礼を言おうと振り返った先にはすでに何者もいなかった。リンドウが再び呆然としていると、医療班を伴ったアリサが血相変えてやって来た――
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■アクションは好きなんですが、いざ自分で書こうとすると非常に難しいですね。
今回はようやく主人公をリョナる…もとい、苦戦させることができました。
次回もよろしくお願いします。
ここまでの閲覧ありがとうざいます。話の展開はもうちょっと早くても良いですか?
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もうちょっと早くても良い
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今くらいでちょうど良い
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もっとじっくりやってほしい