リンドウが謎の少女と共闘しナイアーラトテップを退けたすぐあと、アリサに伴われてやって来た医療班によって応急処置を施された聖奈は輸送され、すぐさま手術が始まった。
事情を聞いた第一部隊メンバーがオペ室前に集まり沈鬱とした表情でランプの点灯を見守っていた。
「……スマン、俺のせいだ」
不意にリンドウが呟く。
「リンドウ……」
「リンドウさん……」
サクヤとコウタが彼の方を向く。
普段ののらくらとした雰囲気とは違う、重苦しい空気をまとい俯くリンドウに「そんなことはない」とは軽々しく言えなかった。隊長としての責務を果たせなかったことはリンドウ自信が痛感している。下手に慰めることも、ましてや責めることも出来かねた。
「雨宮隊長のせいじゃありませんよ」
空気が重苦しくなっていく中でアリサがジッとオペ室の扉を注視しながら言う。
「私が彼についていくべきでした。確かに、今の
「アリサ……」
皆の視線が、今度はアリサの背に移った。小さな背中が微かに震えて見える。普段、高飛車で生意気な物言いばかりだが、彼女は彼女なりに責任を感じているのだろうか。
「アリサ、あなたがそこまで責任を感じることはないのよ」
「そうだアリサ。そもそも新入りに指示を出したのは俺だ、今回のことは俺の判断ミスだ」
「リンドウ、あなたも──」
「喧しいぞお前ら」
にわかに険悪になり出した空気を一喝したのは、意外にもソーマであった。
「責任の所在がどこにあるかなんぞ今重要なことなのか? あのバカが死にかけてることで責任を感じたい奴は勝手に感じてろ」
それだけ言い捨てて凭れていた壁から離れてその場を後にする。
「なっ、あ、あんな言い方……!」
ソーマの痛烈とも言える態度にコウタは目を白黒とさせたが、残りのメンバー……リンドウ・サクヤ・アリサはハッとしたようだった。そうだ、今すべきことは誰に責任があるのかを求めることではない。自分に出来ることをするべきなのだ。
「そう……だな、悪い。上に報告がてら頭冷やしてくるわ」
リンドウも立ち上がりエレベーターへと向かう。
残された三人はジッと黙っていた。
オペ室のランプが消えたのはそれから数時間経ってからだった。始まった頃は夕染めだった窓の外はすっかり深夜になっていた。
そのやり取りから一週間が経ったが、聖奈は未だに目覚める気配はない。
第1部隊メンバーは、それぞれの日常を送っていたが、やはり心の何処かでは聖奈を気にしているようであった。表面に出さないように振る舞っていたが、時にそれは行動や言葉に現れた。
例えばリンドウは煙草を逆さまにくわえてみたり、ソーマは病室の前を無意味にウロウロとしたり、コウタは共に出撃した台場カノンの射線上に迂闊にも入り込み吹っ飛ばされたりと実にバラエティ豊かであった。
女性陣は辛うじてそういう間抜けを演じることはなかったが、アリサは、聖奈に対して口さがない嘲笑をした他の神機使いと口論になり手が出かけた所をコウタに寸での所で取り押さえられた。
「新型だからって調子に乗るなよ!」
「つーか新型って言っても大したことねぇじゃん!」
負け惜しみとも取れる捨て台詞だったが、それが余計にアリサに火を点けた。
自分を殆ど抱き込むように押さえ付けるコウタを振りほどき、目の前の男二人組へ飛びかかろうとした正にその時。
「おっと君たち。そんな言い回しは実に華麗ではないねぇ」
エントランスの階段を上がってきたのはエリックであった。
たまたま下で妹の相手をしていた所に、騒ぎを聞き付けて仲裁に……というよりも、忠告にやって来たのである。エリックは表面上はいつも通りのキザな振る舞いを見せている。が、内心は煮え立っていた。男たちの、聖奈に対する悪口を彼もまた聞いていた。
「エリックかよ」
背の高い神機使いがチッと舌打ちをくれた。もう片方は、罰が悪いのか歯噛みしている。
「極東の仲間が、勇敢にも難敵に立ち向かった戦士が、意識不明に陥っているというのにその身を案じこそすれ嘲笑などとは見下げた根性だね、先輩方。それとも最近、手柄が聖奈くんやアリサくんに取られているから嫉妬……かな? もっともそれは己の怠慢から来る自業自得だと僕は思うけどねぇ」
「なっ、何だとエリック!?」
「このボンボンが! こっちが黙ってりゃ言いたい放題言いやがって!」
エリックの言葉は図星だったのか、二人はカッと顔面に血を上らせた。
エリックが他者に対して明らかに悪意を滲ませる物言いをするのを、コウタもアリサも初めて見た。その珍しい姿に思わず呆気に取られた。
今や対立の構図はアリサVS男たちから、エリックVS男たちに変わっていた。
「おいおい、どーなっちゃってんのさ」
「し、知りませんよ……!」
まさに一触即発のピリついた空気にコウタとアリサは気圧されていた。
エリックは、遠距離の後方支援型というのを差し引いても神機使いとしては痩身である。上流階級の生まれで、荒事には向いていそうにない。片や、対する男たちは見たまんま筋肉の塊で、荒事慣れしていそうだ。万が一、このまま腕力勝負に持ち込まれでもしたらエリックが勝てる確率は低いだろう。
「い、いざとなったら私が
「何か物騒なニュアンスで言ってねえ!? てかアリサは一応、女の子なんだからさ! 」
「ロシア支部にいた頃、対人格闘の訓練も一通りしてましたから。少なくとも藤木さんよりは強いと思いますけど?」
「ハァ!? 何言っちゃってんの!? こっちはガキの頃から聖奈とバガラリー見てんだ、アンタよりは修羅場慣れしてるけど!?」
「そんなの何の実践経験も伴ってないじゃないですか!」
酷い負けず嫌いだ。分かっていたことではあるけど。
「お前ら、いい加減にしろ」
収拾がつかなくなり始めた場を一喝して治めたのは雨宮ツバキであった。厳しい色を多分に含む声に、一同はぎくりと身を固める。射竦めるような目線のまま硬質的なヒールを鳴らして近づいてくるツバキの姿に、男二人は目を泳がせた。
「アリサ、コウタ、エリックはそれぞれ本日中に反省文提出」
「えっ俺も!? ……ハイッ! 了解しましたぁっ!」
ジロリと横目で睨まれたコウタは姿勢を正した。
「お前らは査問会にかける。沙汰があるまで自室で待機していろ」
「なっ……」
査問会。その言葉に、当の本人たちは勿論、周囲もざわついた。
組織として人が集まれば、いさかいや軋轢が生じるのは当然のことである。大抵は内々で処分を決めるものだが、看過できぬ問題が生じたとき、その処遇の判断は査問会にて協議され決定される──つまり、二人が査問会にかけられるというのは
それでもなお、この期に及んでも相手はツバキに食い下がった。
「……随分と新型を庇うんですね?」
「勘違いするな。何も今回のことばかりではない。お前たちの最近の行動は目に余る……他の神機使いや住民からも少なからず苦情が出ている。少しは思い当たることがあるのではないか?」
「──っ!」
ピシャリとにべもなく言い返され、流石に男たちも二の句を飲み込んだ。悔しげに顔を歪めたまま、そそくさとその場を去るしかない。エレベーターから降りてきたシュンが、長身の方に思いきりぶつかられて喚き、その背中に蹴りを入れている。
アリサはその様子を憤然とした気持ちで眺めていた。
「それにしてもアリサさ!」
「ハイ?」
「聖奈のこと嫌いなのかと思ってたけど、庇うなんて良い奴なんだな」
「……ハァ?」
コウタの浮わついた声に称賛されたかと思うと同時に、バンバンと背中を叩かれた。
「ちょっ、馴れ馴れしい……止めてくださいよ! それに別に庇った訳じゃ……」
「うんうん! やはりアリサくんも実は熱いハートの持ち主であったという訳だね! 実に華麗だ!」
「だから……」
別に、アリサ本人からしてみれば聖奈を庇ったつもりはない。ただ、ああいう手合いが気にくわなかっただけだ。
【神機使い】であるということを鼻にかけてプライドばかりが高く、しかし、自分のすべきことをせずに若手や新型に敵意を剥き出しにする浅ましさ。これだから旧型は……と、そこまで思考して、アリサはハッとした。
違う。
自分は甚だ愚かしい勘違いをしているのではないだろうか?
彼らが聖奈や自分に嫉妬と敵意を向けるのは、彼らが旧型故にか? 違う。同じ旧型でも、目の前のコウタやエリックは寧ろ好意的に接してくれている。コウタは、無謀にも飛びかかっていこうとした自分を抑えてくれた。エリックは加勢してくれた。
それに気がついた瞬間、アリサは何だか自分が恥ずかしくなった。
『旧型は旧型なりの仕事を──』
新型であるという事実を必要以上に背負い込み、相応しい振る舞いをしようとするあまりに、いつしか旧型の彼らを下に見ていた。これではさっきの奴らを手放しで糾弾などできない。否、彼らよりもタチが悪い。現場を支え、非神機使いである人々の生活を守っているのは他ならぬ旧型の皆だ。
「……別に私は……」
今までの自分を恥じ、目を伏せるアリサの肩へ、ツバキが優しく触れる。
「お前たち喜べ、今しがた聖奈が意識を回復したと医務室から連絡があった」
「え! マジ!?」
「今日は素晴らしい日だね!」
コウタとエリックがワッと歓声を上げる。
アリサもホッと強張っていた表情を緩める。その顔は、アナグラに来て初めて見せた年相応の少女らしい物であった──
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ここまでの閲覧ありがとうざいます。話の展開はもうちょっと早くても良いですか?
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もうちょっと早くても良い
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今くらいでちょうど良い
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もっとじっくりやってほしい