月狼奇譚   作:ララミー牧場

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ゲット・アップ・ルーシー #3

 

 聖奈の意識は回復したというが、面会謝絶の日々は未だに続いていた。それでもいくらかアナグラ内の雰囲気は活気が戻ったように思えた。特に第1部隊のメンバー、あのミッションに同行していたリンドウはようやく安心して本調子を取り戻したようだ。

 

 アリサは今、医務室にやって来ていた。極東に来てからも定期的に受けているメンタルケアの為にだ。奥のベッドでは聖奈が眠っているのが見えた。

 

「彼が心配?」

「あ……」

 

 主治医のオオグルマに苦笑混じりに問われ、アリサはハッと我に返る。どうやら知らず知らず聖奈の方を眺めてしまっていたらしい。

 

「べ、別にそういう訳では……」

「そうかい? そんな風には見えなかったけどなァ……どちらにせよ彼は今、安定剤で眠っているから、少しそっとしておいてやりなさい」

「安定剤で……?」

 

 僅かに驚き目を丸くするアリサ。平素の彼からはそんなものを必要とするような繊細さは感じ取れなかったが……。

 オオグルマは再び苦笑した。くわえていた短くなった煙草を机上の灰皿に押し付けた。ヘビースモーカーの彼らしく、灰皿は吸い殻が山のように盛っている。

 

「彼の意識が回復した時、えらく興奮状態にあってね。最初は混乱からの症状だと思っていたんだが……催眠療法にかけてみたところ、()()()()()が分かってね」

「とある事実、ですか?」

「彼のプライベートに関わることだから詳しくは伏せるが……案外、アリサくんとは【似た者同士】なのかしれんよ? それに彼の体質は──おっと、余計な話をし過ぎたな。この事はオフレコで頼むよ」

 

 些かのわざとらしさを感じさせつつも、オオグルマは慌てて口を閉じた。その髭の生え揃った唇に人差し指を当ててみせる。

 

 自分とは似た者同士──その言葉を聞いてアリサがすぐに思い付いたのは、両親のことであった。

 アラガミが日常生活に侵食し跋扈するこのご時世である。何かしらの理由で親を喪った子供は多い。言い換えれば、何も珍しいことではないのだが……ロシア時代から自分をよく知る主治医がそういう言い回しをするのには、余程の理由があるのに相違ない。それと同時に、オオグルマが何故、聖奈の主治医をも兼任しているのかをアリサは悟った。

 

「おっと、少し失礼するよ」

 

 胸元の端末に連絡でも入ったのか。ディスプレイを見たオオグルマは慌てて室外へと出て行った。

 

 ポツリと取り残されたアリサはただ黙って暇をもて余していた。

 手持ち無沙汰に毛先を人差し指に絡めてくるくると弄っていたが、それにも飽きた。オオグルマが医務室を出ていって暫く経つが、よほど込み入った話でもしているのか戻ってくる気配はない。

 アリサは、ハ、と短く息を吐いた。

 

「う……」

 

 奥のベッドから、聖奈がうなされるような声が漏れ聞こえてくる。アリサは殆ど無意識に立ち上がりベッドに向かった。

 

「ぐぅ、う……!」

 

 寝かされているベッドの上で、聖奈が寝苦しそうに呻いていた。毛布をキツく握りしめているその手も、眉根にシワをよせる顔も汗でビッショリと濡れている。せめてその汗を拭ってやろうと、スカートのポケットからハンカチを取り出し併設の洗面台で濡らし軽く絞ってから、アリサはその額へ触れた。その瞬間──「っ!?」

 

 

 まず、キン、と耳鳴りのような感覚があった。そして次の瞬間、アリサの脳裏に吹雪の雪原が克明なイメージとして広がった。

 

 (こ、これは……?)

 

 ほんの一秒前までアナグラ内の医務室にいた筈である。

 にも関わらず、本当に雪原のど真ん中に立っていると錯覚させるほどリアリティのあるイメージであった。アリサは思わず剥き出しの両腕を抱き締めた。室内は空調が効き適切な温度に保たれている。そうでなくても生粋のロシアっ子で、多少の寒さには強い。それでも、ゾッと芯から冷えるような寒さがあった。

 

 (一体何が……)

 

 その場に立ったままで視線をさ迷わせる。やはり見渡す限りの雪原だが、所々に見える朽ちた石仏の類いや仏閣には覚えがある──【鎮魂の廃寺】であった。

 

「どういう……ことなの……」

 

 どれだけ思考しても、この現象の答えは見つからずアリサはただ呆然としていた。その耳に、吹き付ける吹雪の音にまぎれて子供の泣き声が聞こえてくる。それは次第にハッキリとした物となり、飲み込まれそうな暗闇の中から一人の子供が飛び出してきた。

 

 (あれは──)

 

 その子供は猛吹雪の中にも関わらず薄着だった。裸足の足は血塗れで、白銀に赤い足跡を付けていく。長めに伸びた金髪にも血がこびりつき縺れていた。どう見てもタダゴトではない様子の子供に、アリサはギョッとした。金髪の間から垣間見える血と涙で濡れる顔に、面影があったからだ。

 

「槙島……さん?」

 

 何かから懸命に逃げようと走っているのは幼い槙島聖奈であった。

 一心不乱に走る聖奈は、足をもつれさせべしゃりと転んだ。すぐさま立ち上がり再び逃げようとするそのすぐ背後に、【燃え盛るナニか】がどさりと投げつけられた。辛うじて直撃はしなかったものの、細かな火の粉が小さな背中を焦がす。

 プンと漂ってきた胸を悪くするような臭い……肉の焦げる臭いに、アリサは吐気を覚え咄嗟に口許を押さえた。

 火柱を上げて燃え盛っているのは人間、であった。

 

 驚愕はまだ終わらない。

 燃える人物は絶命しきっていないらしく、ヨタヨタと頼りなく立ち上がると聖奈の背にしがみついた。

 

「う、あああ! あつ、あついぃ……っ! 助けてぇっ、お父さん!」

 

 痛みと熱さに絶叫を上げる聖奈。

 アリサはこの世界が偽りのモノであると分かっていても咄嗟に助けに走り出していた。雪を蹴立てて半分ほど距離を詰めたときだった。

 

「──っ!?」

 

 耳をつんざくようなけたたましい咆哮が上がった。思わず身をすくめる。瞬時に、それがアラガミの声であると理解した。背後に、ものすさまじい威圧を感じて振り返る。そこには、見知らぬアラガミがいた。白銀の体色を持つ龍と人とを掛け合わせたような姿のアラガミが。

 アリサは悲鳴すら上げられなかった。ただ、圧倒的な存在感を放つそのアラガミを見上げるしかできなかった。

 そのアラガミにアリサの姿は見えていない。

 もう一度、咆哮を上げると真正面の聖奈へめがけて奔り出した。

 

「まっ、待ちなさい!」

 

 アリサもその後に追いすがる。追いついたところでこれはあくまでもイメージの世界でしかない。仮に現実だったとしても、神機すら持たない自分にはなにができるわけでもないことは重々承知していたが、それでも見過ごすことなどできるはずがなかった。

 

「逃げて! 槙島さん!」

 

 力いっぱい叫ぶが、聖奈には聞こえていない。

 アラガミが腕を振り上げながら聖奈に迫る。

 その爪が聖奈に届く寸前──そのアラガミが横殴りに吹っ飛んだ。

 

「え……」

 

 アリサは何が起きたのか分からず目を瞬かせる。その目に、風にはためく氷狼のエンブレムが映った。

 聖奈へ向き合うようにして男が立っている。背が高い黒髪の男である。フェンリル配給のカーキ色のジャケットを肩がけしている。よほど力を込めているのだろう血管の浮き上がった太い褐色の腕の先、右手にしっかりと旧型の神機を握り締めている。刀身パーツはバスタータイプ。彼が神機使いであることは明白であった。

 

 男は、アリサを一顧だにせず聖奈の方へ寄って行くと、未だに小さな背中へ張り付く燃え盛る人間であったものの顔面に神機を突き立てた。

 

「人の息子に手ェ出してんじゃねえよ……このイカレ野郎が……!」

 

 ジュワっと音を立てて肉が焼ける。それでもソレは聖奈から離れようとしない。男が苛立たしげに神機を握ったままで足を振り上げると、ソレの腹へ思いっきり蹴り込む。神機を引き抜くのと、ソレが倒れるのは同時であった。

 

「ったく……手間かけさせやがって、ただでさえコッチャ修羅場だってんのによ……大丈夫か、聖奈」

「お父さぁん……」

「助けにくるのが遅れてゴメンな……」

 

 男は、聖奈の髪を優しく撫でるとバックパックから錠剤と水を取りだし飲ませた。神機使いがミッション時に携行する回復錠だろう。非神機使いに対し劇的な効果が望めるかはともかく、飲まないよりはいくらかマシだ。

 あの燃えていた人物が何者なのか、聖奈の父親らしき男との因縁が何なのか……アリサには当然、何一つとて分からない。だが、これが彼と聖奈との今生の別れとなるであろう事だけは理解できてしまった。なぜなら──

 

「お父さん、は、早く帰ろう……?」

「……向こうにアナグラの職員がいる。保護してもらえ。父さんは行けない」

「なんで、だって……っ」

 

 男は、聖奈をがばりと抱き締めた。

 行けない理由。それは至極単純なことであり、しかし、重大な事だ。彼がゴッドイーターであるが故、だ。あの正体不明のアラガミを放り出して行く訳にはいかない。父親としての情愛と神機使いとしての使命感を秤にかけて……苦渋の結果、後者を取ったのだろう。

 さっき一撃を受けて吹き飛ばされたアラガミはすでに起き上がって此方を睨み付けている。その背からは、赤熱の炎の翼が左右に広がっている。

 

 アリサはただ黙って父子のやり取りを見届けるしか出来ない。

 

「行けっ! 聖奈!」

 

 アラガミが咆哮を上げ殺到する。

 男は聖奈を力一杯突き飛ばすと、自らもまたアラガミに向かっていく。

 

「お父さん!」

「安心しろ! 必ずお前の元に帰るからな!」

 

 吹雪が強く吹き付ける。

 アリサの眼前は真っ白に染まっていった──

 

「──はっ!」

 

 ふと、我に返ると目の前の風景は雪原から医務室へと戻っていた。風の音もアラガミの咆哮も子供の泣き声も聞こえない。静まり返る室内には、ただ規則的な秒針の音が響いているだけだった。

 

「い、今のは……」

 

 夢、だったのだろうか? しかし、夢というには余りにもリアルだった。まるで実際にあの場にいたような感覚すらある。手のひらを見ると、じっとりと汗をかいている。

 

「う……うぅ……」

「あ、ま、槙島さん。目が覚めたんですか……」

 

 軽く呻きながら聖奈が目を開けた。あのイメージの中で見た鳶色の目が、アリサを見つめている。

 

「今、オオグルマ先生を」

「今のは……何だ……?」

「え?」

「俺の夢、だったのか? アンタに似たガキが出てきた……それで……」

「……え?」

 

 そう告げて、聖奈は再び目を閉じてしまった。

 アリサは、何か判然としない気持ちを抱えたまま、オオグルマが戻ってくるまでその場に立ち尽くしていた──

 

 

.

 

 




完全ライブ感のみで書き進めてるので、こんな序盤で感応現象イベント消化してしまいこの先どうすれば良いか本当に分からないです。どうすれば良いですかね。

ここまでの閲覧ありがとうざいます。話の展開はもうちょっと早くても良いですか?

  • もうちょっと早くても良い
  • 今くらいでちょうど良い
  • もっとじっくりやってほしい
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