「カンノウゲンショウ?」
「ああ、漢字ではこう書くんだけど……あれ、アリサくんは漢字分かるっけ?」
榊の問いに頷く。勤勉なアリサである、極東支部への転属が決まってから日常会話やミッションに支障がないレベルの日本語は履修済みである。今でも暇さえあれば、自分なりに色々と試行錯誤しながら勉強を続けていた。
榊がホワイトボードに書き記したのは【感応現象】という四文字であった。
先日の医務室での奇妙な一件についてアリサはミッション前に榊のラボを訪れていた。要領を得ない一連の話を聞いた後、榊は眼鏡の奥の瞳を僅かに見開き、それは恐らく感応現象による物だろうと決定付けたのである。
「稀に新型同士の間で起こる現象……分かりやすく言うと共鳴に近い物、かな? ただ前例が少なすぎて原因が何なのかは一切不明なんだ」
榊は微かに眉尻を下げた。
「では、あの雪原のイメージは……」
「十中八九、聖奈くんの幼い頃の記憶だろうねぇ。聖奈くんが見たと言った【夢】も、君の記憶の一部だろう」
「そう──ですか」
その言葉にアリサは意外なことにホッとしていた。不可抗力とはいえ、自分だけが彼の辛い記憶を覗き見たのではなかった──妙な表現だが、その事に心底安心したのである。
「ありがとうございました。この後まだミッションがあるので、失礼します」
「ああ、頑張っておいで」
一礼しラボを辞すアリサへ榊はいつも通りの柔和な笑みで手を振り送り出す。
「そうか……それにしても、やっぱり聖奈くんは
ドアが閉まりきる刹那、榊が郷愁や哀切の入り交じった呟きを溢したのをアリサの耳は確りと拾っていた。
セイゴ。【マキシマセイゴ】というのが、あのイメージの中で見た男の名か。アリサは忘れぬように何度か口中で呟く。気にはなるが……今はミッションに集中しなければ。
■
ミッションは想定していたよりも遥かに早く終了した。三位一体で連携を取ってくるシユウ3対が討伐対象であったにも関わらず、だ。
「……ありがとうございました、勉強になりました」
同行したメンバーに向かいアリサは深々と頭を下げた。
同行メンバーはレオンとサクヤ第1部隊の面子と防衛班班長の大森タツミである。本来ならばリンドウが同行する筈だったのだが、直前に【別件】が発生したためにそっちを優先せざるをえなくなったのだ。そのリンドウの穴埋めを自ら買って出たのがタツミであった。
「それと大森先輩」
「ん? なんだ?」
「この間は申し訳ありませんでした」
「ファッ!」
アリサからの突然の謝罪にタツミは目を丸くした。謝られる覚えがない……訳でもない。少し前に、アリサと住民の避難を巡って口論になった事がある。だが。
「いやいやどうした? 急に……」
「よく考え直してみて思ったんです。先輩の言う通り、あの場ではアラガミの討伐よりも住人の避難を優先すべきでした。私が浅慮でした」
「いや、なんだ……? その、」
タツミはしどろもどろになりながらアリサへ頭を上げるよう求めた。確かにあの件では些か腹が立ったし、同じ新型である聖奈に世間話の流れで愚痴ったりもしたが彼女の言うことにも一理あった。あの時、民家や住人への被害が想定よりも最小限に抑えられたのも事実である。スタンドプレーは決して褒められたものではないが。
「だからさ、そこまで深刻に頭を下げてもらう必要はねえんだわ。な? それに俺もあんときゃ大人げなかった、ちと熱くなりすぎた! 正直、新型に対して偏見があったって面もある! だからその、頭を上げてくれないか? 8つも年下の女の子に頭下げさせたなんて人聞きがわりぃや」
「大森先輩……」
「あーあとその大森先輩っての禁止な。タツミでいい、タツミで」
「あ……ハイ……タツミ、さん」
今度はアリサが面食らう番だった。あんなにも無礼な態度を取ったのだ、謝罪を突っぱねられ罵倒されるのも覚悟していたのに、逆に気遣ってくれている。だからこそ、防衛班の班長を任されているのだろう。懐の広さにアリサは感銘を受けた。
「アリサ、すごい汗よ」
サクヤがやって来てハンカチでアリサの汗を拭ってやる。
「何だ、緊張でもしてたのかぁ? カワイイとこあるんだなアンタも」
「ちっ、違いますよ! あ、いや、それもあるんですけど……このフィールド、熱くって……」
今回のフィールドは煉獄の地下街と呼ばれる場所であった。ここはかつて地下鉄というモノが通っていたらしいが、アラガミが世に現れてからは至るところが食い荒らされて崩落し溶岩(!)が噴き出す、まさに【煉獄】といって差し支えない灼熱のフィールドと化していた。
「アーリャ、水分補給したほうが良いですわ」
「うう……でも私だけが飲む訳には……」
レオンが差し出したペットボトルに手を出しかけて、だがすぐに引っ込めた。その様を見て、サクヤとタツミは苦笑する。
「なに遠慮なんかしてるのよアリサ! もうミッションは終わってるんだし、気にしないで休憩しなさいよ」
「律儀な奴だなー。聖奈なんか一応断り入れるけど、普通に目の前で煙草吸い出すんだぞ」
「は、はあ……あの人と一緒にして欲しくはないですが、ではお言葉に甘えて……」
改めてペットボトルを受け取る。レオンが気を利かせてすでに封は切ってあった。飲み口に直接口をつけて水を流し込むと、よく冷えた液体が喉を潤していくのが分かった。一気に半分ほどを飲み干して、ようやくホゥっと一息つけた。
「それにしてもあの子ったら……後で注意しておかなきゃ。タツミくんも、そういうときは遠慮しないで叱って良いのよ?」
「いやーでもリンドウさんの愛弟子でしょ?」
「アラ? リンドウの指導が悪いって言いたいのかしら?」
サクヤに意地悪っぽく片目を眇められて、タツミは慌てて手を振って否定した。
「ええ? いやそういう訳じゃあ」
「冗談よ、冗談」
二人の賑やかしいやり取りを少し離れた場所で腰かけつつアリサは眺めている。いつもだったら「煩い」「緊張感に欠ける」としか思えないものが、ここ最近は心地がよかった。そして、そんな自分が何だか──
「アーリャ、最近変わりましたわね」
「レオンさん……」
隣に腰かけるレオンが柔和な笑みを自分へ向けていた。
「変わった……のでしょうか。私にはあまりよく分からないです……」
「変わりましたとも。いい具合に険が抜けて、柔らかな雰囲気になりましたよ?」
「そ、そうですか?」
レオンは静かに、だが深く頷いた。ロシア支部の頃から隣にいた彼女が言うのなら本当なのだろう。そう、彼女には本当に世話になっている。まるで本当の姉妹のように……「──っ!」
「……どうかしましたか? アーリャ」
突如走った頭痛に顔をしかめて額を押さえるアリサ。痛みが、というよりは、何かぼんやりと霞がかったと表現した方が適切かもしれない。脳内に重く霞が立ち込めて、その奥から何か別のモノが垣間見えるような……そんな奇妙な現象に襲われたのである。
「いえ、何でもないです」
心配げに様子を窺うレオンへ、アリサは笑顔を作って見せた。
「そう、ですか? それなら良いのですが……その、最近のアーリャは少し働きすぎの様子ですので疲れが溜まっているのではないですか?」
レオンの言うことは尤もであった。聖奈が不在の今、彼の穴を埋めるかのように、アリサはここのところ出ずっぱりであった。レオンにはそれが心配でもあり……しかし嬉しくもあった。
「聖奈さんのためですか?」
「はひゃ!? べっ、別にそういう訳では……」
と、咄嗟に否定しかけたアリサであったが。
「……うん、まァ、そうです。ここの皆さんは優しい人たちが多いですから、私が責任を感じることはないと仰ってくださいますが……今までの私の振る舞いと今回の槙嶋さんの件で、新型に対する評価が下がっている気がして。だからせめて、私が頑張って槙嶋さんが復帰しやすい環境を作ってあげようと、その……ああ、やっぱり今の私っておかしいですか?」
大きな瞳で不安げに自分を見るアリサの頬へ、レオンはソッと手を添えた。
「そうですね。昔に比べたら随分と変ですわ」
「やっ、やっぱり……」
「でも、今のアーリャの方がとても素敵です。これならいずれ私がいなくなっても──」
「……え?」
いなくなる?
レオンから飛び出した不穏な一言にアリサは首を傾いだが、その言葉の続きを得ることも真意を探ることもその日には叶わなかった。
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レオンの扱いもね~、どうするのがベストなのか決めあぐねてますね~…
原作履修済み&公式スピンオフ小説読んでる方には正体は察されてそうですし(※あの人ではないです)
あと文中で槙嶋が槙島に表記揺れしてる箇所が結構あるんですが、暇があるときに見つけて直そうと思ってます。「槙島」じゃなくて「槙嶋」が正解っぽいです。1話見る限り。
ここまでの閲覧ありがとうざいます。話の展開はもうちょっと早くても良いですか?
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もうちょっと早くても良い
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今くらいでちょうど良い
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もっとじっくりやってほしい