「遅いですよ槙嶋さん!」
鉄塔の森にて、アリサは頭上に掲げた手を振り回した。
「病み上がりだからってダラダラしないでくださいよね!」
相変わらず口の減らない後輩に聖奈は口をへの字に曲げた。
だが、自分の知らない間に彼女にも何かしらの心情の変化というものがあったのだろう。何となくだが、自分や周囲に対する態度が柔和で礼儀正しい物になっているように思えた。
今日は予てより約束していた日である。
即ち、アリサのミッションに同行するという事。同時に聖奈の復帰初日でもあった。
「……他のメンバーはいねぇの?」
アリサと合流した聖奈は周囲を見回した。いつもならサクヤかリンドウが必ず同行している筈なのだがどこにも見当たらなかった。それどころかコウタすらおらず、聖奈はたちまち不安な心持ちになってきた。頼もしい先輩方のサポートや気心知れた同僚の軽口がない事にではない。異性と二人きりというシチュエーションにである。それも、よりにもよって相手が
『気を付けろクソガキ、ぜってー何か企んでるぞ。油断すんなよ、背後から斬りかかってくるかも』
相変わらず減らず口を叩くネクロを、アリサは横目でじろりと睨み付けた。
聖奈は知らぬことだが、今回の任務は二人きりで行かせて欲しいとしてアリサは前もってサクヤとリンドウに頼み込んでいた。
「なんだってまた?」
先の件もある。苦い顔で理由を訊ねるリンドウにアリサはどう説明したものか戸惑った。
「その、少し確認しておきたいことがありまして──詳しくはまだ言えないんですが……こんな理屈で私の要望が通るとは思っていません、でも、その……」
確認しておきたいこととは先日の感応現象についてだったが、その事をリンドウやサクヤに打ち明けて良いことなのかアリサには判断しかねていた。そもそも、そんな突拍子もないことを告げられて信じてくれるかどうかも分からない。
沈黙を破ったのは意外にもサクヤであった。
「まァ、良いんじゃないかしら?」
「え?」
「おいおい、サクヤ」
リンドウが片目を丸くしていた。
「アリサがここまで言うんだもの。何か理由があるのよね?」
「はい、あの……っ」
優しい気遣いに意を決して打ち明けようと顔を振り仰いだアリサを、サクヤは押し留めた。
「いやっ、しかしだなァ」
「リンドウ。あなたが心配する気持ちも分かるわ。でもここは、アリサの気持ちを汲んであげましょう? それにこの先、新型同士で連携が取れないなんて事になればそれこそ命に関わるかもしれないでしょ?」
渋るリンドウに対してサクヤはもっともらしい正論で畳み掛けていく。彼女の言うことにも一理あるのはリンドウとてよく理解している。確かにそうなのだ、新型同士であるアリサと聖奈が連携を取れれば、戦術の幅は広がるだろう。
暫く考えた後、結局リンドウは許可を出した。
「分かった……その代わり、何かあればすぐにアナグラと連絡出来るようにしておけよ」
「はい、それは勿論! ありがとうございます!」
──とまァ、このような経緯で今日という日を迎えることが出来たのだ。サクヤが送り出すときに何か妙な勘違いをしたらしく、「アリサ頑張れ!」とか「聖奈はああ見えて押しに弱いと思うわ!」とか明後日のアドバイスをくれたが、それはともかく。
「今日の任務は、周辺のアラガミの駆除と素材の回収です。いつまでもここで固まっていても仕方がないですし、早速始めましょう」
「……ああ、そーだな」
淡々と告げて高台から飛び降りるアリサに、聖奈も続く。
暫くの間、会話もなにもなく二人は黙々と索敵をした。時おりアスファルトのヒビに自生するハーブや、苔や泥水ににまみれて汚れた端材などを回収した。聖奈が服の裾で汚れを拭き取った金属をポーチにしまった時、ついに沈黙に耐えかねたネクロが口を出した。
『おい、お宅ら……何か喋れよ! まァ、ウチのガキが
「神機のクセにペラペラ喋るあなたが変なんだと思いますけど?」
『俺様はトクベツなんだよ! ト・ク・ベ・ツ・!』
ネクロとアリサが揃うと必ず幼稚な口喧嘩に発展するのがお決まりだった。そしてその内、苛立ち紛れにアリサから背中を蹴っ飛ばされる……はずだったが、身構えていてもいつもの衝撃が来なかった。それを不思議に思ったが、理由はすぐに分かった。
『──っ、オラクル反応! 近いです! お二人とも気を付けてください!』
ヒバリからの通信が入るのとほぼ同時に聖奈とアリサはそれぞれ左右に跳んだ。その瞬間、ついさっきまで二人のいた場所を狙い撃った巨大な空気弾が叩き付けられる。アスファルトの地面にクレーターを作るほど凄まじい威力のソレを放ったのは『コンゴウ! 来ますっ!』
曇天のもと突進してくるコンゴウに、聖奈は着地と同時に地を蹴り駆け出した。
コンゴウは疾駆しながら右の拳を振り上げた。太い腕は筋肉で張り詰めて全身にくまなく血管が浮き上がっている。正に一目で分かる剛腕だ。
矮小な人間一人、捻り潰すのに小賢しい真似はいらない。この力強く握った拳をただ振り下ろせば良いだけなのだから。コンゴウはそう確信していたし、事実、今まではその通りだった。だから疑うことなく、コンゴウはブゥンと空を切る音を唸らせながら拳を聖奈目掛けて叩きつけた。
「ギッ──!?」
本来ならば肉を潰す心地よい感触がある筈だった。が、その代わりに襲い来たのは鋭い痛みと熱であった。驚愕に惑いながら拳を確認する。拳の半分が消失していた。
『不味ィ肉だぜ! そーとー不摂生してやがるなテメー』
ギャハハと、下卑た笑い声が耳をつんざく。その声にコンゴウの顔にムラと不快の色が浮かんだ。残ったもう片方の拳を再び振り上げる。が、今度はパァンという銃撃音と共に
両の拳が破壊されたと気が付いたときにはすでに遅く、刺突と斬撃の雨霰をその身に浴びる事になっていた。
コンゴウはたった一度の反撃すらできずに地面に倒れ付した。
『次、来ますよ!』
ヒバリの声を受けて、アリサも聖奈も振り向きもせずに走り出す。眼前にすでに新たな小型アラガミの群が迫っていた。
(この人……明らかに動きがよくなってる……)
アラガミの血と肉を散らしながら、アリサは聖奈をそう評した。
あの廃寺で始めて会った時に比べて、格段に腕前が上がっている。あの頃は無駄な動きが多く、神機に対する力の分散すら上手く出来ていなかった。よくパーツを壊していたというが、それはネクロという特殊な神機だけのせいではなく、彼自身が余計な負荷をかけすぎていたからだ。
それがどうだろう。
まだほんのひとつき前の事だというのに、槙嶋聖奈は見違えるような【進化】を遂げていた。しかし、それもそうなのだ。何せこの男は雨宮隊長直々に教育を受けている。
「ぅおっ!?」
アリサは前にいる聖奈の背を踏み台にして跳び上がるとサイゴートを唐竹割りに一刀両断した。粘った糸を引きながら左右に泣き別れするザイゴートを見て、
「俺の獲物を取りやがって!」
横から飛びかかるオウガテイルを串刺しにしながら非難の声を上げる。しかしその口角は僅かにつり上がっていた。
アリサはそれを認めて、さらにムッとした。
本当はこのミッションを通してお互いへの知見を深められればと思っていた。感応現象を経て彼の過去を体験したときに仄かな親近感を抱いたのも事実だ。だが。
「やっぱり貴方にだけは負けたくない!」
「あぁ!?」
やっぱりこの男にだけは負けたくない。
神機を握る手に力を込めるとアリサは最後の一匹を叩き斬った。
『周辺全てのオラクル反応の消失を確認しました。ミッションは終了ですね、お疲れさまです!』
ヒバリからの報告を聞いて、アリサはホッと息を吐いた。
周囲は死屍累々、小型から中型アラガミの死骸が散乱している。霧散してしまう前にコアを抜き取っておかねばと行動に取りかかっていると、個人チャンネルからヒバリとサクヤが話しかけてきた。
『アリサさん! お疲れさまでした!』
『聞いてたわよアリサぁ~? あなた、随分と熱烈な告白したじゃないのー!』
「……はァ?」
二人の声はどこか色めき立ち浮わついていた。
「あの、なんのことですか?」
『んもー、とぼけちゃってぇ!』
『貴方にだけは負けたくない……って、それって聖奈さんの隣に立ちたいってことですよね?』
『アリサ流の愛の告白でしょ?』
「……はァ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げた。
どうやらこのお目出度い女性二人は、アリサのライバル宣言を曲解に曲解を重ねて解釈したらしい。
勿論アリサは大声で否定した。
「ばっ、バカなことを言わないでください! どうしてそうなるんですか? 負かしてやるって意味ですよ!」
『ウフフ、照れない照れない』
『私たちはアリサさんを応援してますからね!』
「……」
大いに盛り上がりああだこうだと話し込む二人に返す言葉もない。アリサは一方的に通信を遮断した。
「お宅さー、コアの回収もしねぇでなにやってんのよ」
呆れ果てた声で自分を非難する聖奈へとつかつか寄っていき、アリサは苛立ち紛れに脛を思いっきり蹴飛ばした。
「いってぇ! 何しやがる!」
こんな筈ではなかったのだが──
ぶちぶち文句を垂れつつコアの回収に従事する聖奈を見て、アリサは溜め息を吐く。
遠くで迎えの車が到着した音が聞こえていた。
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聖奈とアリサは水と油のようでなかなか仲良くなってくれませんね…
もしも主人公・聖奈とくっつくとしたら?(アリサはくっつかない宣言してますが結果や展開によっては)
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アリサ
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リッカ
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カノン
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ネクロ
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その他(よければ※欄にて)