月狼奇譚   作:ララミー牧場

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二人は友達 #2

 

『何か問題でもあったかな?』

 

 と、これは支部長の声が聞いた。聖奈は神機を高く掲げたままの格好で固まっていた。

 

『何、目ん玉丸くしてんだよ。可愛い坊ちゃん。神機が喋るのが、そんなに不思議かい?』

 

 やはり喋っているのは神機だ。聞きとりやすい低音の声。神機が喋っている、神機が! それとも、自分の耳か頭がおかしくなったのだろうか? だとしたら笑えない状況ではある。就職早々、クビにされかねない。聖奈は神機をそっと、台に戻した。

 

『大丈夫かい?』

「ウス」

『そう。ならいいんだ……とにかく、おめでとう。これで君は極東支部初の‹新型›神機使いだ』

 

 期待しているよ――それだけ言うと、支部長はさっとこちらに背中を向け部屋を出て行ったようだ。

 聖奈はもう一度、プレス機の上の神機を見たが、神機は黙って照明の光を受けていた。

 

 

 ■■■■■

 

 

 ――狂犬聖奈だ。嘘だろ?

 

 と、まず最初に藤木コウタは、そう、実を固くした。

 

 適合試験は滞りなく終わった(噂よりは怖くなかった)。メディカルチェックがあるから指示があるまでエントランスで待機するよう言われやって来たコウタに、受付の可愛い女の子は言った。

 

「実は今日、もう一人、適合試験を受けに来た方がいるんですよ」

 

 へえ、そうなんだ? どんな子だろう。もし無事に受かる事が出来たなら、俺の同僚、と、いうことになる訳だ。いい奴ならいいな。できるなら、可愛い女の子が――

 

 しかし、そういう、やや浮ついた夢想に耽っていたコウタの前に現れたのは、褐色肌の金髪の男だったのだ。槙嶋聖奈、だった。何ということだろう。今日、俺の同僚になったのは、槙嶋聖奈? あの、『狂犬』と名高い、斜向かいの幼馴染みだった。

 

 身を固くするコウタなど気にもせず、聖奈は一人分のスペースを開け、どっかと腰を下ろした。深い緑色のソファが揺れた。コウタはちらと聖奈を見た。

 

「何?」

 

 視線に気付いた聖奈が目線だけをコウタに向け聞いた。

 

「い、いや、別に」

 

 聖奈の蛇みたいな目付きにどぎまぎしながら、コウタはぶるぶると勢い良く首を横に振った。そして、少し落ち着こうと、ズボンのポケットからガムを取り出し一枚口へ入れた(これはさっき、階段下で店を広げているよろずやから買った物だ)。少し辛味のあるミントの味が口の中に広がった。

 もう一度、今度は気付かれないように、聖奈を見る。

 

 聖奈とは幼馴染みといっても、交流は殆ど無かった。聖奈は、まァ、有体に言えば『ワル』だったので。至って健全な自分とは住む世界が違う。なんとなく聖奈は浮世離れしているような印象が、コウタにはあった。

 

 そう、聖奈はワルだ――という事になっている。世間的には。まァ、いい奴だとも言い切れないのだけれど。外部居住区にも、当然、不良というのはいたけれど、そいつらのやった悪い事の凡そは聖奈のせいにされたし、大人達の殆どもそれを信じたし(ああ、だけど、家の母さんだけは違った。むしろ聖奈を気にかけていたっけ)。にも関わらず、コウタには聖奈が本当に悪い奴だとは思えなかった。それは彼が生まれついてのお人好しだから、という以外にも理由がある。昔、まだ自分が今よりも遥かに幼かった頃、近所の悪ガキに取上げられた人形を取り返してくれた。「ほら」と、右手首で鼻血を拭いながらぶっきら棒に人形を渡してくれた――たったそれだけの事だけれども、とにかく、そのような経験から、コウタは聖奈を悪い奴だと嫌うことが出来ないのだった。

 まァ、そんなこと向こうはとっくに忘れているだろうし、なによりも幼馴染みであるということすら忘れているかもしれないけれど。

 

 聖奈は眠っているのか、腕組みしながら目を閉じている。

 

「あ、あのさ、ガム食べない?」

 

 と、聞いてからコウタは今食べているのが最後の一枚であったことを思い出した。

 

「いや、いい」

「そ、そう」

 

 断られてホッとした時、カウンター横の階段を下りてこちらに向かってくる人物に気付いた。女の人だった。

 

 「立て」

 

 その女の人は目の前まで来ると、そう言った。

 綺麗な女の人だった。切れ長の意志の強そうな目と、赤い唇が印象に残る。凹凸のハッキリした体のラインを強調するようにぴったりと張り付くスーツは些か、青少年の目には毒だが……「立てと言ってる、立たんか!」

 

 厳しく言われ、コウタは自分がボーっとしていたことに気が付いた。急いで立つ。聖奈を見ると、こっちはさして気にした風も無く、ゆるゆると立ち上がった。

 

「私は雨宮ツバキ。お前達の教練担当だ」

 

 ツバキはそう名乗った。教練担当。つまり、これからはこの人に色々教わる事になる。

 ツバキは片手のバインダーに目を落としながら気忙しく言った。

 

「すまないが、時間が詰まってるので一気に言うぞ。まずはこれからメディカルチェックを受けてもらう。それから暫らくは基礎訓練、基礎体力の強化、基本戦術の習得、各種兵装の扱い等のカリキュラムをこなしてもらう。分かったな? 分かったら返事をしろ。死にたくなければ、これからは私の命令には全てYESで応えろ。分かったら返事だ」

「ハイッ!」

 

 ツバキにジロリと睨め付けるようにみられ、コウタは思わず背筋を伸ばした。返事が必要以上に大きくなったかもしれない。

 聖奈は相変わらずやや猫背で、こちらは「ウス」と実に軽い。

 

「槙嶋。まずはお前からだ。さっさと行って来い。メディカルチェックは榊博士のラボで受けられる」

 

 

 ■■■■■

 

 

「やあ。早かったね」

 

 ラボについて早々、片手を上げて迎えてくれたのが『榊博士』だろうか。博士は椅子に座って忙しそうにコンソールを弄っている。そして、その横には、支部長が立っていた。ジッと聖奈の顔を眺めている。

 

「ちょっとまだ準備ができてないんだ……そうだ、ヨハン、先に用を済ましたらどうだい?」

「榊博士。そろそろ公私の区別を付けることを覚えていただきたいね」

「いやースマナイスマナイ」

「……まずは、適合試験、お疲れ様。聖奈君。私はヨハネス・フォン・シックザール。この支部の支部長を務めている」

 

 シックザールは相変わらず、聖奈の顔を眺めていた。聖奈もジッとシックザールを観察する。なんというか、妙な雰囲気の人だな、と思った。

 

「君には改めて我々フェンリルの目的を説明しようと思うのだが……まァ、君の直接の任務はこの極東地域のアラガミの撃退と素材の回収が主になるだろう」

「この数値はっ!」

「……それはこの前線基地の維持と、きたるべきエイジス計画の完成に充てられる。エイジス計画についても、少々、説明しておこうか? 簡単に言えば、アラガミの脅威から完全に守られた人類の楽園を造るという物だが……」

「ほほう!!」

「…………この計画が完成されれば少なくとも人類は当分の間絶滅の危機を避ける事が出来るはず……」

「凄いっ! これが新型かあ!!」

「……」

「合いの手っすか?」

「いや、違うよ……ペイラー、いい加減にしてくれないか」

 

 度重なる榊の妨害とも言える歓声に、シックザールは説明を諦めたようだ。諦めた、というより、する気力が無くなったのかもしれない。

 

「いやぁ、ゴメンゴメン。ちょっと、予想外の数値に舞い上がっちゃったんだ、アハハ」

「まァ、いい。後は頼む」

「オーケーオーケー」

 

 この程度のやり取りは最早いつもの事らしい。シックザールの用事とやらは済んだらしく、白いコートの裾を翻しラボを出て行った。

 

「さ、待たせて済まなかったね。早速メディカルチェックを始めようか。まずはベッドに横になって――」

「あの、その前にちょいと質問イイすか」

「ん? 何かな?」

「俺って、新型神機の適合者なんすよね」

 

「ああ」榊は頷く「そうだね」

 

「それがどうかしたのかな?」

「新型神機って、何か副作用みたいなのあるんすか? たとえば、幻聴が聞こえるとか」

「まさか! 今の所、そういった報告は聞いた事がないなァ……」

 

 榊は眼鏡の奥の糸目を僅かに開いた。否定した。

 違うのか……と、言う事は、自分の頭が変になったということではないらしい。

 

「じゃあ、喋りますか?」

「へ?」

「新型神機。喋るんすか?」

 

 聖奈の妙な質問に榊は口をポカンと開けっぱなしにした。が、ややあって、どうしたことか笑い出した。

 

「アハハ、もしかして冗談かな? 残念だけど、今の段階ではまだ『神機とのコミュニケーション』というのは無理だろうね。でも、近いうちに実現出来るようになったら、素敵だろうねぇ……さ、ベッドに横になって……」

 

 どうやら小粋な冗談だと思われたらしい。

 さて、困ったぞ。ますます謎が深まったではないか。

 しかしその思考も、すぐにやって来た眠気に溶かされていった。

 

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