アラガミが我が物顔で地上を跋扈するようになって久しい。かつては栄えたビル街だったこの場所も、今や食い荒らされた廃墟と化していた――『贖罪の街』と呼ばれるフィールドに、3人の神機使いがいた。
3人は朽ちた壁の陰にそれぞれ身を潜めていた。目線の先には、オウガテイルと呼ばれる小型のアラガミが数匹いて、既に息絶えていた大型の、これは猫に似たような姿のアラガミの死骸に群がっていた。喰う為に存在しているアラガミの無尽蔵の食欲は、神属が違えば同胞も例外ではないらしい。
先頭で様子を窺っている錆びた焦げ茶色のコートの男が軽く左手を上げる。それを合図に、神機使い達はオウガテイルに殺到する。
薄曇りの空の元、チェーンソーめいた切っ先が閃いた……
「お、レア物だなぁ。榊のおっさんが喜びそうだ」
倒したオウガテイルの胴体からずるりと引き抜かれた丸いコアを眺め、焦げ茶のコートの男は咥え煙草で呑気に言った。
「もう戻りましょ。お腹空いちゃった」
「お、そうだな」
周囲の警戒をしていた女性神機使いが振向きざまに言った。美しい黒髪を肩口で切り揃え、露出の大胆な格好をしている。
「ほら、ソーマも行きましょ」
すでに歩き出している2人に遅れ、ソーマと呼ばれた青いコートの青年も神機を肩に担いで後を追う。
前の2人は、夕飯のメニューについてのんびり話し合っていた。
「今日のメニュー何だったかしら……」
「ん? この間の配給会議でなんか言ってたなぁ……あー、アレだ、ジャイアントトウモロコシ……」
「えー、またアレ? アレ、食べにくいのよねぇ……」
「そう言うなよ。この御時勢、食えるだけでも有り難いだろ」
「んー……あ、そうだ。ソーマ、後で交換しない?」
「……断る」
提案を無碍に断り、さっさと自分達を追い抜いていくソーマに、焦げ茶色のコートの男は、
「そうだ。明日、新人が2人、ウチに配属される事になったからな」
と、言う。
ソーマは立ち止まって、首を微かに男へ振り向けた。
「あら、新しい子が来るのね。これで少しは、楽になるといいんだけど」
「どっちもお前さんと年が近い。お兄さんとしてちゃんと面倒見てやるんだぞ、あっはっは」
「……馬鹿か。断る」
ソーマは全身で深い溜息を吐いてみせた――何故、この男は終止この調子なのだろう(煙草の吸いすぎで、脳細胞に異常が起きているに違いない)。
「新人教育はお前の仕事だろうが」
素っ気無く言うソーマに男は苦笑した。
■■■■■
あの時(そう、言うまでもなく適合試験の時のことだ)、神機が喋ったように思えたのは、恐らくは痛みと緊張による一時的な幻聴のようなモノだったのだろうと、聖奈は一晩かけて推理した。だが違った。
『よう、おはようさん』
神機を取りに神機保管庫まで降りてきた聖奈へ、そう、挨拶して来たのだ。神機が。神機が!
『どうした? マヌケ面がもっとマヌケ面になってるぜ』
おまけに、口が悪い。
「本当、何なんだろうね? まァ、私は楽しいからいいんだけどさ。でも、彼、ちょっとワガママだね」
とは、整備室主任の技師、楠リッカの談で、後半の部分は小声だった。
「榊博士にも分からないみたいだしな~」
そう、榊博士。最初は聖奈の冗談だと思っていた彼も、現物を目の当たりにして、漸く理解したらしかった。驚きのあまりずれた眼鏡をそのままに、すぐさま奇声にちかい雄叫びを上げはしゃぎ回り、余りのはしゃぎっぷりにリッカに窘められていたが、まァ、とにかく。要するに、世界最高峰の頭脳を持ってしても解明できないほどにはイレギュラーな存在なのだ。このお喋り神機というものは。
「ま。仕事に支障はないみたいだしさ。今日も頑張っておいで!」
仕事に支障はない? 嘘だ。
神機保管庫から送り出された聖奈は、渋々、エレベーターでエントランスに向かった。
数週間の訓練期間を終え、今日からはいよいよ正式に隊に配属される。つまり、実戦になる訳だ。そう、要するに、戦場に出る。
聖奈もコウタも、配属先は『第一部隊』。ここ、アナグラの主力部隊で、エース級の神機使いが揃う部隊だとツバキに教わっていた。
「お早う御座います」
ミッション受注の為にカウンターに行くと、適合試験の時に会った女の子が立っていた。にこっと笑ってから、軽く頭を下げて、
「適合試験の時にお会いしましたよね? 私は竹田ヒバリ、極東支部のオペレーターをさせて貰っています。改めて宜しくお願いします」
どうやら向こうも、聖奈のことを覚えていてくれたようだった。聖奈も軽く自己紹介を返し、前日の夜にツバキから指定されていたミッションを受けた。
「オウガテイル一体の討伐ミッションですね?」
ヒバリはテキパキと作業をこなしていく。
「同行者はリンドウさんですね」
「リンドウさん?」
と、首を傾いだその時。タイミング良く、カウンター脇の階段を、焦げ茶色のコート姿の男が降りてきた。
「あ、リンドウさん! 支部長が顔を見せに来いと……」
「OK、聞かなかったことにするわ」
コートの男――リンドウはヒバリを軽く右手で制すると、真っ直ぐ、聖奈へと向かってきた。そして、1メートルほど手前で止まった。さっき、ヒバリにしたように軽く、頭の横に右手を上げた。
「よっ、新入り」
なんだか、久し振りに会う友人のような気安さだ。
「俺は雨宮リンドウ。形式上はお前の上官に当たる。ま、細かい事はいい。さっさと成長して、俺に楽させてくれ」
ポンと肩を叩かれた。気の良いお兄ちゃん、という印象だった。
『よくも俺をこんな狭っ苦しい場所に押し込めたな。嫌がらせか?』
贖罪の街、高台の上でケースから神機を取り出して早々、罵倒された。聖奈が顔を顰めていると、横で煙草を蒸かしていたリンドウがほほーと感心したような声を上げた。
「本当に喋るんだなァ、お前さんの神機は」
『新入りの神機が喋るらしい』というのは目下、アナグラ中の噂であったからリンドウも無論、耳にはしていたが、噂話というのは広まるに連れ尾鰭が付くものだし、希代の新型神機使いというのも相俟ってそのような話になったのだろうと思っていたのだが――こりゃ、驚いたね。本当に喋ってやがる。
「こりゃあ楽しくなりそうだ」
「俺は楽しくないすよ」
膨れる聖奈はそのままに、リンドウは神機へ視線を落とした。見る限りは普通の神機だ。自分のと違うところといえば、傷ひとつなくピカピカであるくらい。
「よう。俺は、第一部隊隊長の雨宮リンドウだ」
『知ってるぜ。さっき、そこのクソッタレケースの中で聞いてたからな。全く、息苦しくて死ぬかと思ったぜ……俺のことは、ネクロって呼んでくれ。隊長さんよ』
『コイツ、スカしてるよな~。可愛くないんだよ。おい、隊長さんよ、このクソガキに神機使いのイロハと、ついでに目上の者への態度って奴をテッテー的に叩きこんでやってくれよ。今日から実戦なんだろ? ということは、だ。俺とお前はいよいよ、相棒って事になる訳だ……まさに死がふたりを分かつまでってか?』
ネクロの言葉に、聖奈は紫煙を噴き出した。
死がふたりを分かつまでだって? それじゃあまるで、結婚式みたいじゃないか。健やかなる時も、病める時も、お互いに愛し、慰め、助け、命のある限り誠実であることを神に誓いますか?
それならば、さしずめこの腕輪は、結婚指輪ということになる訳だ。面白い冗談だ。冗談じゃないが。
その時、遠くでアラガミの咆哮が上がった――
.
ここまでの閲覧ありがとうざいます。話の展開はもうちょっと早くても良いですか?
-
もうちょっと早くても良い
-
今くらいでちょうど良い
-
もっとじっくりやってほしい