――オウガテイルは新米神機使いにとっちゃ登竜門だぜ。
と、そう言ったのは、相談役の百田ゲンだった。
まだ、神機の基本的な扱いに慣れていない頃、アナグラ内の訓練施設でホログラムのダミーを相手にしていた時の事だった。
「単純に数が多いからな。そこら中で見るだろ?」
確かに。外部居住区にいた頃、何度か間近で見た事があった。太く鋭い牙を生やした口と、鬼面のように見える尾が特徴的な小型のアラガミだ。
「そう、小型だ。しかも精鋭揃いの極東じゃあ、まァ、まず雑魚の部類だ。だが、舐めてかかるなよ、新人の坊主ども。何事も基本が大切なんだ」
そういう台詞を、聖奈は確かに聞いたような覚えがあった(勝手に動きまわるネクロに引き摺られていたのでうろ覚えも同然だが)。
「今日はお前さんの力量を見るのが目的だ。まずは好きにやってみろ。何、ヤバそうだったらフォローはしてやる」
そう言って、リンドウはコートのポケットから煙草の箱を取り出すと、新しいのを一本咥えた。
「他には?」
「ん?」
リンドウが聖奈を見た。
「おっさん、隊長なんだろ。他になんかないんすか。命令とか」
「ああ、成る程ね」リンドウが吐き出した紫煙はあっという間に空に溶け込んでいく。言った。「じゃあ、命令は3つだ。死ぬな、死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ。運がよけりゃ不意をついてぶっ殺せ」
なんとも簡潔な命令だった。シンプルなのはいい。ただし、3つじゃなくて4つだが。
ネクロを片手に高台から飛び降りて、暫らく探索していると、耳元のインカムからヒバリの声が入ってきた。
『オラクル反応、近いです』
成る程、確かに、朽ちた壁のすぐ向こうにアラガミの息遣いが聞こえる。そっと覗くと、本日の遊び相手であるオウガテイルが一匹、所在無げにウロウロしている。聖奈は足元の小石を拾い上げると軽く放った。小石は緩い放物線を描いて、こつんとオウガテイルの頭に当たった。投石とは随分とまァ、原始的な第一手。
オウガテイルが振向くのと同時に、いやいや、若干早く、物影から飛び出していた聖奈は、ネクロを既に捕食形態へと可変させていた。バスターソードの刀身を被い尽くして余るほどのドス黒い、見ようによってはグロテスクな捕食口がオウガテイルの右足に喰らい付いた。
ネクロから伝わる肉を引き裂く生々しい感触に、聖奈は些か興奮していた。これは前から自覚していたことなのだが、困難な相手に立ち向かう時ほど、にやりと笑ってしまう。そう、俺は、ちょっとこの状況を楽しんでいる。
「よし、巧いぞ! 新人!」
本当にリンドウは極力手を出さないつもりのようだ。少しはなれた場所から、煙草を蒸かしてこっちの様子を見守っていた。
『呑気なおっさんだねェ。隊長様ってのはあんなモンなのか』
ネクロがブツブツ言うと、「おーい聞こえてるぞー」と、これまた呑気な声が返ってきた。
「新人! オウガテイルは側面からの攻撃に弱い! 分かってるな?」
「ウス」
リンドウの言葉に聖奈は頷く。
引き裂いた肉をネクロが飲み込むと、瞬く間に分解されたソレは腕輪を通して聖奈の身体能力を底上げした。捕食からの恩恵、神機解放。
不意打ち的に攻撃を加えてきた襲撃者にオウガテイルは怒りと不快の色を表した。足の肉をタップリと持っていかれたにも関わらず、その場に踏みとどまり咆哮を上げた ――粋がちゃってまァ。
「可愛い奴め」そう言って、聖奈は唇を舐めた。
バックステップで距離を取った聖奈に対してオウガテイルは頭ごと突っ込んできた。強力な顎による噛み砕き攻撃。引き千切られた民間人の死体を何度見た事か。しかし聖奈はそれを更に後退して避け、素早く剣型に戻していた神機を振り上げた。振り下ろした。
「チッ――」
『甘いんだよ、振り下ろしが』
「うるせえ」
刃はオウガテイルの首に喰い込んだけれど、それだけだった。途中で止まっていた。ネクロの言う通り、少々、甘かったようだ。
オウガテイルは痛みにグルグル唸った。聖奈はこのままゴリ押して首を叩き落とそうかとちらと思ったが、止めた。神機を引き抜いた。血と肉の繊維が粘着質な糸を引いた。
重しのなくなり身軽になったオウガテイルは、次に尻尾による旋回攻撃に出た。それを装甲で防ぐ(しかし、この装甲とやらはいちいち開くのが手間だな)。僅かに足が後方へ押された。装甲を畳む。敵がもう一度、尻尾を振り回したのを、今度は跳躍でかわした。そのままトンボを切り、背後の高台に着地した。
下を見ると、オウガテイルは恨めしげにこっちを見上げていた。前傾姿勢をとり、尻尾をピンと立ち上げている。ミサイル針による攻撃に移る気か。その予想通り、尻尾から鋭い針が聖奈に向けて発射された。
聖奈は再び装甲を展開してそれを防御した……のではなかった。3発のうち、初弾はすいと首を傾けて避け、残り2発を、バスターの刀身を、野球バットよろしく振りかぶって打ち返したのだ。1発は地面を抉ったが、もう1発はオウガテイルの尻尾を砕いた。
『逆転サヨナラ満塁ホームランだ!』
ネクロが言った。
見ていたリンドウは目を丸くした。口端の煙草がポロッと落ちた。オウガテイルの針を打ち返した奴など、初めて見た。それは驚きと呆れと、そして一種の痛快さだった。槙嶋聖奈。もしかしてコイツはとんでもない奴なのではないだろうか?
聖奈は神機を振り上げるとオウガテイル目掛けて飛び降りた。そして、全体重を乗せた一撃を、オウガテイルの首 ――一度、切りつけた箇所へ叩き込んだ。血がパッと飛び散って、聖奈の顔にかかった。褐色の肌に毒々しい赤のコントラスト。神機を握る右の手首にありったけの力を込めて、肉を潰すように刃を押し進めていくと、オウガテイルの首はぼとんと地面に転がった。次いで、胴体が倒れた。
「やれやれ、俺の出る幕がなかったな」
新しい煙草に火をつけたばかりのリンドウがやって来て苦笑した。
「マ、頼りがいのあるのはいいことだが。コアの回収も頼むな。コイツを回収しないことにゃ話にならん」
『よし、モグモグタイムだ。しっかり喰わせてくれよ。ド新人に振り回されてクタクタなんだからサ』
「うるせえな、本ッ当にうるせえな」
言うが早いか、ネクロは既に(勝手に)捕食を始めていた。美味そうに屍肉を咀嚼するネクロを見ながら、本当に、一体全体コイツは何なのだろう? という疑問が浮かび上がった。それと同時に、神機使いだった父親のことも――そう、アナグラに来れば、少なくとも何か分かるかもと思っていたのだけれど、今の所はまだ何も分かっていない(そういえば、アナグラの地下に殉職した神機使い達の墓所があるらしい。今度行ってみようか)。
考え込む視界の端に、チラと煙草の箱が映り込んだ。リンドウだった。リンドウが柔和な笑みで箱を傾けていた。
「お前さんもどうだ。イケるクチだろ?」
「……ウス」
堂々とした未成年喫煙。聖奈に隠すつもりはないし、リンドウにも叱る気はないらしい。
聖奈は一本摘み出すと咥えた。マッチを擦って火を点けた。自分の愛飲している銘柄とは違った味と香りが口腔に広がった。
『よっしゃ、レアモンだぜ!』
橙色に輝く丸いコアを咥えたネクロが顔を上げた。
「おっ、幸先いいな」
煙を吐き出し、リンドウが笑った。
.
ここまでの閲覧ありがとうざいます。話の展開はもうちょっと早くても良いですか?
-
もうちょっと早くても良い
-
今くらいでちょうど良い
-
もっとじっくりやってほしい