謹慎明けの聖奈に言い渡された任務は、中型アラガミの討伐だった。
朝、エントランスに下りてきた聖奈の様子を見て、大丈夫だと判断したのだろう。ツバキは手にしていたクリップボードの資料を1、2枚めくりながら簡潔に指示を出した。
「本日のミッションは中型アラガミ【コンゴウ】一体の討伐だ。フィールドは【鎮魂の廃寺】。詳しい事はヒバリに聞くんだな」
鎮魂の廃寺と言われて、聖奈は一瞬ギョッとした。何せ御存知の通りあの場所は聖奈にとっては想いいれのある(いや、因縁深いと言ったほうが適切だろう)場所だったので。
だがしかし、「行きたくない」とも言い出すわけにはいかない。下っ端の悲しいとこである。聖奈は頷くと、対策と準備の為にエントランス上階に並ぶターミナルに向かった。階段に足を一歩かけた所でツバキが、
「今回の任務には藤木コウタとお前の2人で行ってもらう」
と言ったので思いがけず振向いた。
ツバキが顔の横にかかった前髪の陰から聖奈を見た。
「何だその顔は」
「冗談スよね?」
「私がこんなことで冗談を言うように見えるのか?」
「見えないっスね」
「分かったらさっさと用意を済ませろ。さっさとアラガミを滅ぼしに行け、ゴッドイーター」
それで、聖奈はそれ以上何も言わずに黙々と出撃準備を済ませた。時間を確認すると出撃までにまだ幾らかの猶予があったので念の為にトイレに行っておくことにした。
「お。よう大将」
ドアを開けると咥え煙草のリンドウが手を洗っているところに出くわした。
聖奈は軽く会釈し、さっさと小用を済ませようとリンドウから一番離れた便器の前に立った――と、背後に気配を感じてジッパーを下げかけた手を止め振向くと、リンドウが真後ろに立っていた。ジッとこっちを見つめていた。
「な、何スか!?」
「お前、そんなデカイ声出せるんだな」
さすがの聖奈もギョッとして素っ頓狂な声を出すとリンドウは妙に感心したようだった。うんうんと頷きながら、しかし視線は聖奈に注がれたままで、それが聖奈には居心地が悪い(当然だ)。
「あ、気にせんで続けてくれ」
「見られてたら出るモンも出ないスけど……オタクはそういう趣味でもあるんで?」
それでリンドウはようやく気が付いたらしい。露出しているほうの目を丸くした。
「いや、まさか!」
「じゃあ見ないでくれます?」
聖奈は半分までおろしていたジッパーをキッチリ上まで上げた。
「悪かった。悪かったからそう警戒せんでくれ……いや、何、お前さんのそのジャケットがだな」
「……」
リンドウは、聖奈が肩に引っ掛けているモスグリーンのジャケットを指した。合皮で背中にフェンリルのエンブレムが刺繍してある――まァ至って普通のフェンリル製の物だ。ゴッドイーターなら誰でも着ている。
「見ないモンだなと思ってな――今は流通してないデザインだろ、それ。どうしたんだ?」
リンドウは指差しながら言った。言いながら改めてジャケットを観察した。だいぶくたびれて色褪せ、綻びていた。ところどころに薄く血の染みが付いている。どう見ても新品とは言い難いシロモノだ。
「別に――」暫らく言いよどみ言った。「知り合いからの貰いモンっスよ」
「知り合いねぇ」言って、ジャケットの裾を摘もうとするリンドウを聖奈はトイレから追い出した。
「つれないなァ」
「いい加減時間ないんで。おしっこしたいんスよ、これから寒い所に行かなきゃならないんで」
「あ~成る程。それで御機嫌斜めなわけか」
「……」
クックックと笑うリンドウをじろっと睨むが悪びれもしない。短くなった煙草を携帯灰皿に押しつけ潰して棄ててしまうとリンドウは右手をひらひらとさせながら行ってしまった。
「あ~聖奈。おせーよ、どこ行ってたの?」
神機保管庫から
「喧しいヤツだな、便所だよ。お前は俺の彼女かよ」
「そう言う言い方は良くないって~~」
聖奈のつっけんどんな物言いにコウタが気を悪くするような事はなかった。
今回の目的地である鎮魂の廃寺へは車で向かえばすぐに着く。聖奈はコウタの後に乗り込むと、後部席の古びたシートへどかっと腰を下ろした。
「俺は寝るからな、着いたら起こせ」
そう言って、コウタの返事を待たずに目を閉じる。眠りに落ちる間際、そういえば今日はまだネクロの声を聞いていないなと思った。
未舗装の道を走る車の振動は心地よく、軽く眠ろうと思っていた聖奈は予想外にも深い眠りに落ちていたらしい。夢を見た。また、あの、例の夢を。
「聖奈――絶対にお前の所に帰るからな」
目覚める瞬間、そう言うような声を聞いたような気がした。落ち着いた強い男の声、だったような気がする。
「――」
「あ、起きたか」
目を開けると目の前に自分の顔を覗きこむ藤木コウタの顔があった。
「着いたぞ!」と、寝起きにはややうるさい声に急かされて車から降りると、目の前は一面の銀世界だった――と言ってもロマンの欠片もない、どちらかと言えば亡霊の怨念がこびりつく場所だった(時折、吹く風に乗って念仏や唸り声めいたものが聞こえたような気がした。あくまでも“気がした”だけだが)。
寒い寒いと騒ぐコウタを横目に、装甲車のトランクから神機を降ろす。
車が去った後、東屋で軽くブリーフィングをした。標的であるコンゴウの姿は目視できる箇所にはなく、周囲を警戒しつつ索敵することになった(当然のことだが、面倒なことだ)。
地面に膝を着き神機ケースを開ける。ネクロが黙ったままキチンと収められていた。
「何だ、今日はお喋りしないのかよ。それとも車酔いか?」
右手で柄を掴み、腕輪と結合しながら持ちあげる。バスターの分厚い刀身が、ちかと青白い月の光を跳ね返した。
「ま、喋らないってんならそれに越したこたないがな。普通の神機は口なんかきかないんだしよぅ」
『お前さ』
「あ?」
くっくと喉を鳴らし額のサングラスを目元まで下げかけた聖奈は、今日ようやく口を開いた(というのも妙な表現だ)ネクロを見た。
『昨日、何か変なこと、なかったか?』
「変なこと?」
『いや――何もなかったんなら良いんだ』
僅かに首を傾げた聖奈に、ネクロは溜息を吐いた(これも妙な表現だが)。
そんなネクロの態度を不審に思わないこともなかったがミッションに割り当てられた時間は決まっている。気にしている暇はなかった。
「おし、んじゃあサクッと済ませちゃいますか!」
寒いし、と続けたコウタだったが聖奈がとっくに歩きだしているのに気がつくと慌てて後を追った。
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ここまでの閲覧ありがとうざいます。話の展開はもうちょっと早くても良いですか?
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もうちょっと早くても良い
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今くらいでちょうど良い
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もっとじっくりやってほしい