──霧島は地下の研究所で機体を見上げていた。心血を注いで作り上げようとしていたのは、結局のところ贋作でしかならない。ため息を一つ吐き出して白衣を脱ぐと、社長からの呼び出しが掛かった。時刻を見れば既に夜が明けようとしている。また一夜をこの鉄の香りが充満する密室で過ごしてしまったようだ。
霧島は栄養ドリンクをストローで飲みながら社長室へと立ち入る。
「社長、お呼びでしょうか?」
「今日は休業だ。昨日のうちに他の社員には伝えてたんだが、お前はなんで此処に残ってた?」
「聞いてませんでしたよそんなこと」
「あー、言ってなかったな。んじゃ、給料にならない仕事でもしてもらおうか」
「ひどい企業ですね」
「俺の飲むコーヒーはブラックだからな」
煙草の火を消す社長に、呆れたように肩をすくめて霧島はその理由を聞いた。
「社長が社員を気に掛けるのは変か。俺の会社だ、いつどんな仕事をしようと俺の気分次第でもいいじゃねえか」
「それで給料が入れば言う事はありませんよ」
「……霧島。亡国機業の名前に聞き覚えはあるか?」
「多少は」
「そいつと絡んだ俺の友人が、新聞に載るような有名人になっちまった。こうなるなら頭痛がするくらいのアルコールを浴びながらバーベキューにでも誘っとくんだったぜ」
灰皿の中に残っている燃えカスは煙草ではなく、新聞の端。いつにない神妙な面持ちでスミスは霧島に問う。
「霧島、ISに勝てるか」
「勝てません」
「可能性は」
「0です」
「相手にする場合、どうしたらいい」
「まず敵対しないことです。他にはなにか?」
「オーケー、そこまで聞いたらもう十分だ。俺は世界で初めてISを生身で相手する男になりそうだ」
「…………本気ですか、社長」
「アメリカンジョークでもここまでクールなのはねえさ。俺はアメリカ人だがな」
ほとほと呆れる。どこまで傲慢なのだろうか。なぜISを相手することになっているのか霧島には分からない。だが、この社長は一度決めた道を踏み外すことはないと知っている。そして、そんな人に自分は救われた。
「社長、私もお供しますがよろしいですか?」
「お前は帰れると思ってんのか?」
「ですよね」
どうやら最初から自分を帰らせてくれる気はなかったようだ。いつもの調子に安堵して霧島は一室を後にする。
──そんな二人が待ち構える会社の正面玄関に一台の清掃車が停まった。無人のロビーに首を傾げながらもフロントに向かう。ベルを鳴らしてみるがやはり誰も来ない。青い帽子を目深にかぶり、エレベーター……を無視して階段を使った。ポケットから携帯を取り出す。
「妙だ、誰もいねえ」
『勘付かれてた? まっさかぁ、アレから半日も経過してないってのよ?』
「オレもそう信じたいもんだよ」
『もし気付いてたらナニモンよ、ここの人間は……』
「バケモンに違いねぇよ」
世界で二番目にISに詳しい男、霧島深崎──まさか、と思う。生身であってもISを相手に出来るとでも言うのだろうか? もしそうなら世界二位、という称号は些か謙遜しているのではないか。生唾を呑み込む。
(ああ、今からでも遅くねぇから帰りてぇ……)
『おーい、ノロボマー。早くやってくんない? でないとアンタごと会社を瓦礫にするわよ』
「了解だくそったれ」
清掃員──に扮したボマーはモップとバケツを手にして階段を昇る。
「おや、お疲れ様です」
「え、はい……」
左手に何かを包んだ長い袋を持った社員の一人とすれ違った。爽やかな挨拶を交わすとそのまま去っていく。冷や汗を流し、ドアを開ける音に胸を撫で下ろした。生きた心地がしない。
ジャッカルが配電盤を停止させるまでの間に爆弾の設置を済ませなければならないが、それも問題なく済みそうだ。
建築物というのは決まって支柱がある。特に重要なのが大黒柱だ。だがこれを破壊するにも少し工夫が必要となる。ボマーが仕掛けるのは斜に構えた一列配置の爆薬。斜めにすることで上から掛かる重量をずらすことが出来る。そうすれば均衡が崩れ、自壊するだろう。ただ単純に爆破するなら簡単だが、それでは規模も大きくなる。出来ればこの建物だけを破壊したいというボマーなりのこだわりがそこにはあった。
「あい、もしもし?」
『こちらは準備出来た。そっちは?』
「ちょうど今終わ──」
視界の端、エレベーターが動いている。そして開かれた扉から出てきたのはスーツを着こなした中年男性。その両手に骨董品とも言えるショットガンを二挺携えて現れた。ホルスターも覗き、明らかに臨戦態勢と見て間違いない。
「訂正、今見つかった!」
「俺の会社でなぁにこそこそしてやがるクソガキがぁ!」
設置しようとしていた爆弾を抱えて柱の後ろに隠れた直後にショットガンが火を噴いた。懐に隠していたハンドガンを抜くが、あれが相手では心許ない。
(ウィンチェスターM1887のソードオフ二丁とか、どんな骨董品だよ!?)
しかも片手撃ち、連射速度からすればスピンコッキングで排夾している。ジャグラーのお手玉のように軽快な取り回しだがその威力は凶悪だ。取り付けようとしていた爆弾の一つを抜き出し、スミスの足元に向けて投げる。爆発する寸前に銃声が止んだ。
ボマーがグロック17のフロントサイトを向けながら覗き込む。ウィンチェスターが一丁転がっていた。会社の電源が落ちた今、エレベーターも自動ドアも機能しない。
運良く拾えれば相手の戦力は減ってこちらが上回ることも出来よう。神経を研ぎ澄ましながら一歩一歩静かに近づく。
手の届きそうな位置まで到着してゆっくりと手を伸ばしていくが、柱の一つから突起物が見えた。それは銃口であり、こちらを狙っている。ボマーは頭を抱えて伏せた。背後の花瓶が割れる。
「の、ヤロ!」
すかさず拳銃で応戦しながらウィンチェスターを足に引っ掛けて身を隠した。息を吸い、吐き出す。
(なんだなんだあのオッサンは!? いくらなんでもこえーよ! なんなんだよ! 普通ショットガン二丁でくるかよ!?)
弾数を数える。残り二発。向こうは残り一発だろう。ボマーは背筋に寒い物を感じながら素早く移動した。清掃員のカモフラージュも意味はなくなったのでジッパーを下ろして前を開ける。下に覗く物は爆発物ばかり。どこから見ても危険人物だ。
「おいクソガキ、聞こえてるか」
静けさを取り戻し、緊張感の漂うホールにスミスの声が響く。語気には明らかな怒りが露わになっていた。
「そいつは俺が趣味で大金叩いて集めた骨董品だ。俺のコレクションの一つさ。業務の合間に手入れをしていつでも撃てるようにしてきた。わかるか? 昔あった映画でよ、バイクに乗りながらソイツをブッ放すシーンに痺れて必死に買い求めたもんだ」
「……そいつが、どうしたってんだ」
「だから俺以外の奴が触っていいわけねぇだろうが!」
「うおぉぉぉ!?」
ボマーの頭上を超えて飛んでいったのは手榴弾。反射的に身を乗り出して場所を変えようとした先でスミスが待ち構えていた。──そして、先の手榴弾がおびき出すための罠だと悟る。
相手と同時に突き出すが、頭に狙いを定めた時点で同時に投げ捨てた。
グロック17を向けてバレルを押さえこまれる。これでは引金が引けない。バレルがスライドしなければ撃鉄が眠ったままだ。ならば、とボマーは後ろ腰に手を伸ばす。ナイフを取り出そうとして、スミスが大きく拳を振りかぶっていることに気付いた頃には遅かった。
「ふんっ!」
その顔に、硬く握られた鉄拳が叩き込まれてボマーは柱に背中を預ける。口の中に鉄の味が広がった。銃も手放してしまったが、スミスはそれをしばらく見ると鼻で笑って投げ渡す。
「9ミリなんぞチャチなもん持ってきやがって。テメエも男なら45口径で来い!」
懐から取り出したコルト・ガバメント1911A1を容赦なく片手で撃つ。ボマーにとっては目の前の男性が今まで遭遇したことのない脅威だった。ショットガンより面制圧力は落ちている。当然だが、それ以上にインパクトが強すぎて尻ごみしてしまっていた。
(45口径を片手撃ちぃ!? もういい加減にしろよクソ!)
半ば自棄になりながら頭の冷静な部分が下した決断は迅速な物で、手製爆弾のツマミを回す。時間は最大十秒まで設定できる。ボマーは躊躇わずに投げた。
足元に転がるそれを、スミスは蹴り返す。半開きとなっていたエレベーターの中に消えて爆発する。
「爆弾が怖くて銃が持てるか。死ぬのが怖くて戦えるか、クソガキが戦場なめんな!」
(俺の本職は工作兵であって戦闘じゃねぇよ!)
言っても聞いてはくれないだろう。