追い掛けられていたルナリアだったが、やがて鈴音に捕まると二人揃って波打ち際で盛大に転んだ。海水を浴びた鈴音が悲鳴を挙げている。
(あぁ楽しかった……)
パラソルの下で休憩していると、箒が独り離れた場所にいるのを見つける。
篠ノ之束の妹、IS発明者の姉を持って何を思うのだろう。
「……ん、ルナリア。私に何か用か?」
『聞きたいことがあるんだけど』
防水の携帯に文字を打ち込んで見せる。それに頷いた箒もまた、ルナリアに聞きたいことがあるようだ。
「……霧島さんは、元気なのか」
一夏に聞かれた時は知らないと言ってしまった──嘘を吐いてしまった罪悪感。思い出したくない過去の光景。単なる偶然であったとしても思い出したくなかった。
『博士は無事みたい。大丈夫』
「そう、か……。うん。それで、私に何を聞きたいんだ?」
『束博士の居場所、知ってると思って』
「知るわけないだろう」
だが、なにか落ち着かない様子を見てルナリアは何か感じたのか相槌を打つと話題を変えた。
『霧島博士に、会いたい?』
「……いや。いい……あの人は」
──夕暮れの中で、見てしまったのは。
「あんな、人殺しに……誰が会いたいものか……!」
人殺し。──その一言に籠められたのは、箒の嫌悪感の全てだった。そんな人を一時でも尊敬していた自分も含めて。
『知ってる』
ルナリアからの返答はごく短い言葉。現実を理解する前に再び打たれた文章は──
『私も。社長も。人を殺したことがあるから』
「──ッ、なんで! そんな事が出来る!?」
『そうしないと、死んでしまうから』
「そうだとしても、そんな事が許されるはずがない!」
ルナリアは箒に何か言い返そうと口を開いてすぐに閉じる。携帯に打ち込んでいたが、それも消して新しく打ち込んだ。
『私を嫌うのはいいけど、他のみんなとは仲良くね』
「あ──」
踵を返して、砂浜に戻っていく背中に手を伸ばした箒の手は行き場を失い、宙を掴む。
(……私は他のみんなみたいに──)
ルナリアの指先は、自分の喉に当てられた。後悔がないと言えば嘘になる。だけどそれをなかったことにするのはもっと後悔することになるだろう。
社長は、普通の生活をしてほしいと願っていた。ならせめてIS学園に居る間だけでも自分は“普通”でいたい。
砂浜に戻ったルナリアは、ビーチバレーに混ざり旅館へ移動するまでの間楽しい時間を過ごした。
亡国機業爆破工作部隊・ヴォルケイノブレス──任務の失敗、そして隊員の死亡も報告するボマーは幹部からの返事を待った。
《……それで?》
「申し訳ありません、その……次はどうしますか」
絞り出した答えは自殺行為に等しかったが、それでも聞かずにはいられない。深々とした吐息が聞こえてくる。ボマーにはそれが死神の呆れに等しい。
《私が直接赴く。お前たちは護衛だ》
「えっ!? 姐さんが……あ、いや! まさか、直接……」
《不服なら意義を申し立てろ》
「そんなことはありません!」
《よろしい。現地集合だ、場所は──》
相槌を打つボマーが携帯を置くと、肩を落とした。まるで生きた心地のしない時間を過ごして顔を覆う。
ジャッカルの死亡はすぐ知らされた。喪失感に涙を流す暇もなく、次の任務。今度は幹部の護衛だ。
そんな事をするまでもないが、組織としての体裁を保つ意味を含めて行わなければならないのだろう。鬱陶しく思われたとしてもだ。
「…………ジャッカル。結局お前の名前、聞きそびれちまった」
本当の名前を聞く前に死なれたのは心残りだが、仕方ない。ボマーは涙を拭って幹部との合流を待った。
ひとまずの目標は達成したが、霧島博士の拉致には至っていない。研究成果も奪取出来ず終いだった。デストラクター、レギオンの二人は入浴中である。かれこれ三十分以上も出てこない。
(……そうさ、オレは殺してきてるんだ。だったら文句を言う筋合いも……)
ない、と言い切り、割り切れるほどボマーは大人ではなかった。だが私情を挟んで任務に支障をきたすのは悪循環になる。
いつものように火薬を調合して手製爆弾の製作で気を紛らわせているうちに、日が昇っていた。玄関の前で車のブレーキ音。ボマーがドアのノックに玄関を開けると、スーツに身を包んだ長身の女性が立っている。
「私も忙しい。手短に済ませるぞ、準備を急げ」
「了解です」
車のキーを投げ渡されたボマーは一も二もなく頷くしかない。
「霧島深崎。二十四歳。男性。現在篠ノ之束に最も近い男、世界二位の開発者……ここまでは再三知らせたな」
「はい」
デストラクターとレギオンも乗せた車で移動しながらフレイ・バリスはターゲットのデータを読み上げる。
「公にされていないが、殺害件数四件。いずれも正当防衛だ……ああ。五件だったか」
ブレーキを踏む力に、思わず力が籠もってしまった。
「ったぁ~、運転ヘタクソ!」
「……ISに対抗できる兵器を開発しているらしいが、その研究成果はいずれも公開されていない。今回はその交渉を行う」
「それが失敗したらどうするのでしょうか?」
「消すしかない。これは幹部会での決定だ」
レギオンからの問いに、フレイは簡潔に返した。
「その交渉、可能ならば私に舵を任せてはくださいませんか? 霧島さんとは面識もあります」
「……」
「消すには惜しいと幹部会でも苦汁の判断と心得ますが、真意をお聞かせください」
「そうだ。敵になるか味方になるか分からない男だ、利用出来ないなら」
「なるほど……それで可能なら亡国機業に引き入れたい、と」
「レギオン。成功させろ」
「はい。委細承知いたしました」
「ボマー。霧島博士の潜伏先は調べがついている、先を急げ」
「了解です」
そして、到着した先の家は留守になっていた。ボマーがインターホンを鳴らしても人が出る気配はない。接近を勘付かれた、という可能性は皆無に等しいはずだ。
「……おや? あの時の清掃員さんですか」
「……アンタ、緊張感ねぇな」
「はい? すいません、買い物に行ってたもので」
鍵を開けた所で、霧島の背中に硬い物がつきつけられる。それが銃だと気付くのに時間はいらなかった。
「ご安心ください、お客様にはきちんとしたおもてなしをしますよ。ですから、そのぉ……痛いので余り背中を押さないでください」
リビングに案内されたフレイ達はソファーに座る。霧島がコーヒーを用意するが、レギオンと自分だけには緑茶を淹れた。
「またお会いできましたね、霧島さん」
「やぁ、奏。どうやら会社を襲撃したのは」
「はい、誠に申し訳ございません。私たちです。こちらはデストラクターさん、隊長さんですわ」
「よろー」
「そしてこちらが、ボマーさん」
ボマーは軽い会釈をする。
「私はフレイ・バリス。亡国機業の幹部だ」
「ご丁寧にどうも。霧島深崎です。ご用件のほどは?」
「率直に申し上げれば、我々に協力していただきたいのです」
「はい、構いませんよ」
即答だった。
「協力は構いませんが、こちらから研究成果の提供は行いません。まだ未完成ですから。そちらからの情報と技術の提供を条件に、完成させた際は全て提供することを約束します」
呆気にとられているデストラクターとフレイ。しかしボマーだけは怒りを露わにしていた。
「ふっざけんな! ふざけんなぁ! なんで、アンタそんな簡単に首を縦に振ったなら……ジャッカルは、なんで死んで……!」
「それについては、私と上司の意見の違いです。もし貴方がたが私に直接その話を持ちかけていたのなら、あのような事にはなりませんでした」
「……ジャッカルを殺したのは」
「はい、私です。こちらとしても成すべきことがありましたので、仕方なく」
ボマーの拳を、フレイが止めた。
「私は社員です。社長には逆らえません。会社を守れと言われたら守る為に戦います、そのためなら人を殺す事も辞さない。ボマー君、もし私に不満があるというのなら君の立場で考えてみてください」
自分だって、幹部や隊長の決定には逆らえない。だが、それで納得が出来るほどボマーは大人じゃなかった。尚も噛みつこうとするのをデストラクターが止め、漸く腰を下ろす。
「部下が無礼を。代わって謝罪します」
「いえいえ。仲間思いの良い子じゃないですか」
「それでは我々と」
「申し訳ありませんが、その前に──」
霧島は胸中で静かに期待を膨らませていた。社長の会社では完成しなかった機体。それを、動かせるかもしれない。
「完成を目前にした、対IS専用兵器の回収を行いたいのですがよろしいでしょうか?」