ISに常時張られているシールドエネルギーの減衰力を高める為に三点射にしているが、本来ならば単発の仕様だ。充填に時間が掛かるのもそれが原因でもある。他には、砲身を折り畳んでいるのが理由だ。直結した状態ではなく、エネルギーを経由させている以上通常より遅い。
ルナリアがオートクチュールの設計構造を進めていると、朝食の時間に遅れそうなことに気付いた。トライアレンドを解除して旅館に戻る道を歩いていると、ウサ耳を生やしてエプロンドレスを着たロリータファッションの女性とすれ違う。しかし、相手はこちらに興味がなかったのかそのまま通り過ぎた。先を急いでいたので一瞥しただけで旅館へと戻る。
テーブル席で朝食を食べていると、ラウラが手元をチラチラと見ていた。
「……ルナリアは箸の扱いが上手いな」
魚の骨を取り、皮から身を離して口に運ぶ箸捌きは他の留学生に比べると上手い。アメリカに居る時に箸の使い方は霧島に教えてもらった。
(そういえば私も初めは……)
箸を持つ事もままならない状態で、目が覚めて──口に入れた魚の味が嫌悪感に変わり、ルナリアはお茶を飲み干す。
「大丈夫?」
シャルロットから気遣われ、それに小さく頷いてみせたがルナリアの顔色は優れない。書き置きを残し、席を立った。
『やすんでくる』
「……どうしたんだろうね?」
「さぁ……」
自室で横になって身体を休める。──霞む視界に映る白い天井、動かない身体で耳を塞ぐ事も出来ずに聞くのは心電図の音。
思い出したくない。思い出したくなんてない。自分が何者であったかなんて。
社長に助けられて、霧島博士に救われて、自分を受け入れてくれた。人の温もりを忘れた自分に教えてくれたのは普通に生きるということ。その為に一生懸命頑張ってきた。
(……私は、違う。もう違うんだ──)
壊れたISを直してくれた。それでも社長が望んだのは普通の生活。IS学園を無事に卒業出来たら再びアメリカに戻って、また一緒に仕事をしようと、そう思っていた。
ルナリアが膝を抱えて気持ちを落ち着かせていると、襖が開けられる。千冬が立っていた。
「気分はどうだ?」
「……」
朝食の時よりも大分良くなっている。
「無理強いはしないが、専用機所有者は海岸に集合だ。大丈夫か?」
その言葉に強く頷いた。今は黙っていることの方が辛い。トライアレンドを動かしている方がまだ幾分か気が晴れる。ルナリアの力強い承諾に、千冬は薄く笑った。
「そうか。それならISスーツに着替えて急いで来い」
言われた通りにISスーツに着替え、集合場所に向かう。すると、自分が一番最後だったのか他のメンバーは全員揃っていた。
「あ、ルナリア。もう気分は大丈夫?」
シャルロットに尋ねられたので頷く。
「よし。全員揃ったな……それじゃあ──」
「ちーちゃぁああああああん!!」
千冬が説明を始めようとした瞬間、大声で崖の上から飛んできたのはルナリアが今朝見かけた女性だった。抱きつこうとする姿を手で押さえ、未然に防ぐ。
「ちーちゃーん、久しぶりだねー!」
「そうだな」
「ところでなんで私は押さえつけられてるのかなー?」
「いいから自己紹介をしろ」
「えー、するまでもないと思うんだけど」
「早くしろ。呆気にとられてるだろう」
「仕方ないなぁ。えーと、私が天才の篠ノ之束さんだよー。久しぶりだねー、箒ちゃん。どうしたのー? 束さんだよー? ねー箒ちゃーん?」
ピコピコと手を頭に当てて耳のように動かしているが、箒はその様子を見ようとしない。顔を背けていた。
「…………篠ノ之束って、もしかして」
「ああ、そうだ。そして私の親友でもある」
その言葉を理解するのに少々時間を要したが、ルナリアは空を見上げている。空から降ってきた人参とすれ違った人物がまさかIS開発者の天才科学者だとは誰が思おうか。
──箒の専用IS、世界各国で第三世代の実験機が完成したばかりだと言うのに世代を超えた第四世代を完成させていた。
その様子を眺めていたルナリアが、ふと視線を感じて束を見る。一瞬だけ視線が合ったが、すぐに逸らされた。
「…………?」
何事もなかったように性能テストを行っていると、真耶が慌てて駆け寄ってくる。
千冬と専用機所有者が召集される中、ルナリアだけは束に呼び止められた。
「ちーちゃん、この子とちょっとだけ話がしたいんだけどいいかな?」
「ああ。手短にな」
そして、二人きりになった海岸では波の音が打ち寄せていた。
「……君のIS、見せてくれる?」
言われるままにトライアレンドを起動する。その無骨なフォルムを見て、真っ先に眉を寄せられた。呆れた様子で額に手を当てる。
「そんな機体で、今まで戦ってきたの?」
頷いた。
「よく勝てたね、私のゴーレムに。……無人機だったし、単純に操縦技術の差かな? んー……」
こめかみに指を当ててトライアレンドの周囲を回りながら観察する。
「……継ぎ接ぎみたいだね。以前の機体を改修して、無理矢理その武器を搭載してるせいで拡張領域が圧迫されてるみたいだけど──その分、もしかして……」
束が機体に触れようとしたが、ルナリアがそれを明確に拒絶した。
『いいかい、ルナリア。もし万が一、束に出会う時があったら──決して彼女には触れさせないでくれ。それは、私が直したISだから』
そう霧島に言われている。
「……そっか。あいつの──深崎のISか。言われても触りたくないかな」
お互いに拒絶する意思は同じだ。だがその本質は違う。
「うん、じゃあいいや。ちーちゃんのところに行っていいよ」
走り去るルナリアを見送り、束はトライアレンドの設計に対し嘆息した。
「……あんなのに負けるなんて私のゴーレムもまだまだかな。深崎、私は絶対に認めないから」
磯の風が頬を撫でていく。
「絶対に……認めないよ」
願わくは、自分の知らない所で野たれ死んでいてくれたらと思う。
米国でイスラエルと共同で試験運用を進めていたISがハワイ沖で暴走を始め、その進路を予測したところ付近を通過することが明らかになった。
「これは実戦だ。分かるな、一夏」
「…………」
その撃破を、専用機所有者は任されている。チャンスは一度。緊張感に包まれている指令室では作戦会議が行われていた。
迎撃に向かおうにもセシリアのオートクチュールのインストールには時間が掛かる。そうなると見送ることになってしまうのだが、そこに天井裏から束がアイディアを持って現れた。紅椿なら五分でその作業が済むと言う物だった。
「なら今すぐ任せられるか、束」
「はーい。私にお任せだよー」
専用機所有者がぞろぞろと出ていく中、ルナリアはデジタルの地図に表示されたルートを見て何か考えている。それに気付いた真耶が声を掛けた。
「どうかしたの、ルナリアさん?」
「…………」
一連の話では一夏と箒がターゲット、
『私は別行動を取らせてもらってもいいでしょうか?』
「えっ? でも、織斑先生は」
『万が一です』
常に最悪の事態を想定しなければ生きて来れなかった──そんな自分の過去を無意識の内に辿っていたが、ルナリアはまだ気付いていない。
真耶も一夏達を信用していないわけではないが、それでも万事に備えるべきだと感じた。可能ならルナリアにも動いてもらうべきだと判断する。
「分かりました。織斑先生には私から話しておきます」
『ありがとうございます』
一礼して、ルナリアは部屋を後にした。
──なんとなく、予感はしている。
(……織斑一夏は、失敗する)
何もそう決めているわけではない。だが、そういう心構えでルナリアは喉元に指を当てた。
そもそも実戦経験のない人間に任せるのが無理難題というもの。──それが自分にある事に、若干の嫌悪感を抱きながらルナリアは狙撃ポイントへと移動を始めていた。