その日の夕方。専用機所有者が無断で出撃、銀の福音の撃破に向かったという報告が千冬の耳に届いた。それを止めようと真耶が通信するが、チャンネルは閉じられている。その様子をただ見守る事しか出来ない。
仮眠を取っていたルナリアが目を覚ます。右目の違和感に自分が失敗した事を思い出した。眼帯に触れ、煩わしそうになぞる。
(……やっぱりこのままじゃ)
右目は使えないが、オートクチュールの設計を進めようとしていた。だが完成させたとしてもダウンロードに時間が掛かる。銀の福音との戦闘では起動できないだろう。
ルナリアはオートクチュールの設計を中断し、外の空気を吸いに廊下へ出た。すると、意識不明の重体であったはずの一夏が歩いてる。
「ん、ルナリア……どうしたんだ? その眼帯」
どうしたはこちらの台詞だが、ルナリアはメモ帳に筆を走らせた。
『けがはもう大丈夫?』
「ああ。だから、行かなくちゃな」
首を傾げたルナリアの前で、一夏は白式を装着する。
大型化したウイングスラスター四機、左手に武装が追加されていた。
「じゃあ行ってくる」
そして止める間もなく一夏は箒達の元へと飛んでいく。
(……白式の第二形態)
その戦闘能力がどれほど向上しているのかはまだ分からない。自分も出撃したい所だが、生憎とまだ右目は使えないので待機する他になかった。
(今の私が出撃しても足手まといになるだけだし)
さて、どうするか──となると、やることは結局変わらない。自身のISに関する事になるのだが、オートクチュールの設計は進める気にならなかった。
他の生徒達と同じように大人しく待機している他にない。
そして、銀の福音の停止を確認したことにより安堵のため息が漏れた。命令違反を犯した専用機所有者には後で説教の一つでもしてやらなければ気が済まない。
(……だが、まぁ。良くやった方か)
軍用ISの暴走を止めたのだ。実戦経験のない一夏達には無理を言った。
「やりましたね、織斑君達」
「そうだな」
真耶のほっとした表情に、緊張がようやく解ける。
千冬が渡り廊下に出るとルナリアが海を眺めていた。
「そこで何をしているんだ?」
「…………」
黙して語らず。紙切れの一枚を見せてきた。
『銀の福音について考えてました』
「ほう……? それで、何か思う所は」
『操縦者の有無です』
確か報告では無人機だったはず。
『軍用ISにしてもネットワークを介してのハッキングが出来る人物と言うのは考え難いです』
その文面に「一人を除いて」という文字を書かなかったのを感じ取り、千冬は鼻で笑う。
「そういえば、お前も私に許可なく交戦したんだったな」
『否定しません』
「まぁ、結果的に足を止める事は出来たわけだ。くれぐれもこの事は極秘にな」
そもそも喋ることがないので大丈夫だとは思う。だが、それとは別なことを聞く為に呼び止めた。
「ルナリア」
「……?」
「霧島からの話では、失声症──喋れないという事だが。それは本当なのか」
うんともすんとも言わず、リアクションもなくルナリアはその問いに何も返さない。
「別に疑っているわけではないが、どうにもな」
『話すことはありません』
その一言だけ書いたページを見せて、ルナリアは部屋へと戻っていった。
「話すことはない、か……なるほどな。うまいこと言ってくれるものだ」
臨海学校が終わり、IS学園へと戻ってきた矢先に千冬は真耶に呼ばれた。国際IS委員会からの通達で、停止した銀の福音を乗せて航行中だった船が国籍不明の機体による襲撃を受けて撃沈。その後行方をくらませたという。
「どうしますか?」
「一夏達には伏せておけ。恐らく公になることはないだろう。それで、委員会から他の連絡は?」
「はい。ルナリアさんについてです。彼女のISはアメリカの企業が改修したものですのでアメリカ国籍のはずなんですが……」
「どうした」
「所属が分からないんです」
「そんな馬鹿な話があるか。政府は認可したからこそIS学園に」
「ですけどアメリカの所有しているISの数が合わないことから、本来の所属は別な国になるかと思います」
「……まったく、本当に厄介者をよこしたものだな霧島は」
「……その霧島博士も、行方不明ということですが」
「つい最近連絡付いたのが奇跡なくらいだ。今さら驚くほどでもない」
腕を組み、ふんぞり返る千冬に真耶は薄く笑った。
「そうですね。霧島さんは剣道でしたら織斑先生に匹敵しますし、大丈夫ですよね」
「ふざけているくせに腕は本物だからな、アイツは」
だがそれよりも問題なのはルナリアのISの方だ。本人の国籍もアメリカにはなっているがそれより以前は分からない。結局のところ分かっているのは上辺だけ。肝心な部分は謎なままだ。
「ルナリアは優等生に分類できるが、油断は出来ないな」
「そうですか?」
「ああ。何を持ってくるか分からないぞ」
出来ればその危機感が杞憂で終わってほしい。
アリーナで一人、一夏は第二形態へと移行した白式、
(……でも、箒となら)
長い付き合いなのできっと問題ない。他のみんなとも勿論連携が出来ないわけではないが、一人だけそうもいかなさそうなのがいる。
一夏はルナリアの顔を思い浮かべ、頭を掻いた。
「……なんだって俺を避けるかな」
確かに自分は負けたかもしれないが、今戦えば結果は分からない。白式も第二形態へ移行したのだ。きっと今なら──。
(そうさ。俺は……みんなを守れるんだ。この力で)
だから、ルナリアも守れるはずだ。そうでなければ強くなる意味がない。
「ふぅ、散々でしたわ」
学生寮へと戻ってきたセシリアは部屋に戻るなりシャワーを浴びた。部屋に戻ると、いつに増して熱心に打ち込むルナリアがいる。またデータ作成かと思いきや、セシリアに気付くなりパソコンを消した。
「……なんですの?」
首を横に振る。着替えを持ち、シャワールームへ消える背中を見送り、首を傾げながらも紅茶を淹れた。
熱いシャワーを浴びながらルナリアは自分の掌を見つめる。その指先が身体をなぞっていった。そこには傷痕が残っている。
IS学園に来る以前の自分。社長の下で働いていた頃の自分。社長に助けられた自分。それよりももっと前の自分は──思い出したくない。
血に濡れた手を伸ばして、女性が叫ぶ。
──このISを死守しろ!
遮二無二構うことなくそれを預かって逃げた。そして今では自分の乗機になっている。
(……私は、普通でいたい。ずっと、戦いなんか忘れて……なのに)
IS学園に来てからも専用機所有者のデータ収集を理由にして模擬戦を繰り返した。笑ってみんなは勝敗に一喜一憂していたが、ルナリアは勝敗などどうでもよかった。ただ戦いたかったのだ。
そんな自己嫌悪を振り払って、オートクチュールの完成は間近である。運用方法は非常に限られるが、使う時は自分の最後の戦いだと決めていた。独自の設計思想に基づいた武装は一対多数を想定した物である。
(……トライアレンド。その時まで私に付き合ってね)
声を発することのない喉に触れた。首に巻いたチョーカーは何も答えない。