依頼屋という存在
フレイは連絡を取り合っていた相手との通話を切る。他の幹部と情報を交換するのも一つの手だが、気が乗らなかった。その為フレイの基本的な情報収集は外部の人間という形になる。
今回も世話になった相手は亡国機業のお得意様だ。それだけに留まらず、半ば専業取引先ともなっている。
左腕を押さえ、違和感に手を開閉した。少々キレが悪い。
「……」
指の動きがぎこちなかった。ノック音に応じると、ボマーが申し訳なさそうに頭を下げる。その前でフレイはスーツの上着を脱ぎ始めた。
「どうした?」
「あ、いやー……また後にしますか?」
「構わん」
「オレに用件ってなんですかね。正直あの二人と一緒に押し込められるってのは堪えるんですが」
いつもなら喧嘩を売ってくるデストラクターに付け加えてスミスも加担している。ボマーの心労がいつもの三割増しだ。副隊長は想い人に付き添って止めようともしない。
シャツのボタンを外し、ベルトも緩めてズボンを脱ぎ、下着姿のフレイは作業を進めながら用件を伝えた。
「ああ。お前は依頼屋という組織を知っているか?」
「いえ、初耳です」
「そうか。諸事情で共同任務を行うことになった」
気の抜けた返事で相槌を打つ。
「どんな奴なんですか?」
「傍若無人に尽きる。だが敵に回すなよ。何をやらかすか分からん奴だ」
「端的に言えば危険人物ってことですかね」
「我々が言えた言葉ではないが、その通りだ。少なくとも分別は出来る」
「はぁ……そうですか。それで、共同任務って」
「簡単な話だ。織斑一夏を拉致しろ」
「……あー……簡単、ですかねそれ」
IS学園から拉致しろと、無謀極まりない任務を行うのが簡単だというのだろうか? ボマーの頬が引きつった。
あらゆる国家、企業、個人を問わず介入は禁止されている。ただでさえ織斑一夏は世界的な注目を浴びているのだ。そんな相手を拉致するのは骨が折れるで済めば軽傷だろう。
「なにもIS学園に乗り込めとは言っていない。織斑一夏が外出した隙を狙い、どうにかしろ」
「どうにかって……」
「それは作戦担当のお前達が考える事だ」
「幹部会での決定ですか?」
「いや。依頼屋の人物が個人的に会いたいらしい」
「だったら放っておけばいいんじゃ」
思い出したくない事でもあるのか、フレイは重苦しいため息を吐いた。
「そうもいかない。アイツには亡国機業も貸しがある、特に私がな」
左腕を見ながらそう呟く。
「私が過去の任務で重傷を負った時にそいつに助けられた」
「姐さんが……?」
「今思えば、化け物じみた連中だった。パワードスーツを装着した一個大隊でISを一機、機能停止まで追い込んだのだからな」
その部隊は一昼夜の激戦の末、壊滅状態に追い込まれた。しかし結果として、軍予算の縮小を余儀なくされて後に解体。生き残りは片手の指より少ないとされている。
「とにかく、今回はそいつのワガママに付き合わされるというわけだ」
「了解っす」
作業を終えてシャツを羽織ったところで、フレイは最後にもう一つ付け加えた。
「それと、倉持技研の方にも行ってもらうから支度をしておけよ」
「了か…………」
危うく聞き流しそうになったボマーだが、扉を閉める寸前で止まる。
「──はい?」
スミスは煙草を吹かしていた。会社より優遇されていると言えば喫煙所が設けられていない事くらいである。だがどこに行っても喫煙者は煙たがられるもの。
紫煙を吐く部屋は専用に宛がわれた一室、隔離という表現こそ似合う状態だ。
「……霧島、調子はどうだ」
「そうですねぇ。順調でしょうか」
「そいつは良かった」
短くなった煙草を灰皿に押し付け、スミスは霧島から報告書を手渡される。それに目を通すと、ベッドの上に投げ出した。
「お前が考えてる事は分かった。やれるのか?」
「社長から見てどうですか」
「まるっきり机上の空論だな。……と言えりゃあ良かったが、実用性はあるのか?」
「確かにこの装置は廃棄処分されましたが、VTシステムを搭載するよりこちらの方が私向きですね。既存の兵器ではなく、ISの撃破を主目的にしているので」
設計コンセプトに沿った装置だが、その代償として既存の兵器に対しては無用の長物だ。それ以外に搭載されている物は操作性の難点から凍結されたAICの前傾とも言える加速装置。PICとの併用は厳しい為に停止はほぼ手動で行うことになる。
「まるでガラクタの寄せ集めみたいになってくな」
「そのガラクタに情熱を捧げた人達もいます」
「それで夢破れたってわけか、救われねえな」
「報われますよ、彼らの熱意は。私の手で」
「天才への報復って形でな」
その気持ちは分からなくはない。スミスとてISに借りがあった。
「……時代が変わるってのは、この歳になってくと受け入れ難いもんでな。正直俺はISってのが気に食わん。今まで培ってきた技術が一人の天才の発明で全部スクラップだ。俺が軍を辞める理由にもなりやがって」
「社長、軍人だったんですか?」
「四年前かそこらまではな。パワードスーツで組んだ一個大隊が一昼夜で壊滅だ。洒落にならねぇだろ? 散々追い詰めて、逃げられましたとくりゃあ解体も仕方ないんだけどな。軍人くずれが今じゃ親のお古で社長だ、笑い草にもなれやしねぇ」
スミスの父親はISの研究企業へと移籍している。その際に社長の椅子を押しつけたのだ。今では連絡もろくに取り合わない疎遠となっているが、頼まれたって願い下げる。葬儀の話ならば泣いて喜ぶところだ。
「……その部隊に社長も?」
「頭合わせでな。ひっでぇ任務だったさ……と、駄目だな歳食うと。昔話が盛り上がっちまう。話してたら夜が明ける」
笑って誤魔化すと、ノック音から間を置かずにボマーが入ってくる。
「倉持技研に行くことになったんですが」
「ああ、それは私の用事ですね。同行しますよ」
「いやまぁ、そりゃあ構いませんけどね……」
「私は刀鍛冶の職人ではありませんからどうにもこうにも。その辺の調査も踏まえた視察です、安心してください」
「んじゃあ、ついでに織斑一夏の拉致も協力してくれませんかね」
「……一夏君を?」
ふむ、と霧島は顎に手をやった。
「その理由を」
「なんでも依頼屋ってのと共同任務らしいんですけど」
スミスが単語に反応する。眉を寄せ、ボマーに聞き間違いでない事を確認した。
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も、さっき話しただろ、霧島」
「はぁ……えーと。一個大隊で追い詰めて逃がした話ですか?」
「それだ。その時に手引きしたのが依頼屋って連中なんだよ」
(……一個大隊? 待てよ、さっき姐さんも確か……ああ、いやいやまさか)
そんなはずがあるものかと、ボマーはそう結論付ける。これが偶然だと言うのならタチが悪い。
「おいクソガキ。その任務には俺も同行するが文句は」
「あー、たんまりあるけど好き嫌いはしない主義。飲み込んでおきます」
「賢明だな。後でアメでもくれてやるか?」
「ハロウィンなら時期外れっす」
「オーストラリアじゃ真夏にサンタが来るらしいぞ」
「アンタみたいなサンタはお断りしたい」
それから二日後、フレイは依頼屋と接触した。依頼屋のワガママと同時に霧島の護衛任務も兼ねている。万全を期して臨めと伝えてはあったが、その心配はそもそも無用だったようだ。
「悪いなぁ今回は俺に付き合わせちまって」
「問題ない。こちらとしても手を借りれるのであればな」
「そっちはそっちで報酬払ってもらうぜ?」
「分かっている。無事に帰ってきたらな。自己紹介しておけ」
「するほどの仲でもねーよ」