…………ルナリアはショッピングモールの壁に手をついて考える。どうしてこうなったのだろうかと。こっそりとセシリアの恋路を応援しようとしていたのに──鈴音は、自販機の影に隠れるように一夏とセシリアの姿を見ていた。
「ねー……ルナリア。あの二人、何してるように見えるかしら」
傍から見ればただの買い物だろう。人それをデートというが、他に何か言い方がないかと言葉を探した。
『散歩』
「アンタの眼はどうなってんのよ。どっからどー見てもデートよあれ。抜け駆けなんて許さないわ! こうなったらもう妨害して」
鈴音の頭にチョップをくれて、ルナリアはその暴走を止める。さらにエスカレートする暴走をなだめようと奮闘しているところにシャルロットとラウラが現れた。
「どうしたの、二人とも?」
「あ、シャルロット。見てよあそこの二人……っていない!? ……見失った?」
しかし鈴音の指差した先にいた二人組の片方に、ルナリアは見覚えがある。何気ない顔でショッピングモールを歩く姿は何処にでもいる青年だ。だが、それはこんな平和な場所に居ていい人物ではない。
休日の人ごみの中へと消えていく姿を追おうとするが、鈴音に捕まった。
「ちょっとー、何処行く気?」
慌ててメモ帳を取り出そうとするが、ペンを落としてしまう。
「何を慌ててるんだ?」
ラウラが拾ったペンを受け取り、危険を知らせようとして筆が止まった。知らせるとして、何と書けばいいのか。迷っている間にも相手は離れていく。
『危険な人がいる』
思いついたのはそれだけだった。
堂々と歩くヴォルフに対し、ボマーは目深に帽子をかぶっているとはいえ挙動不審な動きを見せる。
「……こんな堂々と日の下歩くとか大丈夫かよ」
「知ってる奴の方が少ねぇよ。それより、ほれ」
雑踏の先、付かず離れずの距離を保って一夏の後を追っていた。隣に居るのはイギリスの代表候補生だが、ISを起動されない限りは問題ない。
「ところで」
「なんだ?」
「……生身での戦闘に自信は?」
「死なない程度には」
衣料売り場へと入っていく二人に続き、しばらく店内を物色していたが中々買い物が終わらなかった。
「女の買い物ってなげぇな」
「もう一時間か……」
さらに移動する一夏の後を追う。が、その途中でヴォルフが足を止めて振り向いた。
「どうかしたのか?」
「……小腹が空いたからなんか食ってくか」
「おい……」
「そう怖い顔すんなよ。休憩も必要だ」
ボマーは渋々ヴォルフに付いていき、手短なオープンカフェテリアの席に座る。
「先にトイレ行ってくらぁ」
「あ、おい……まったく、なんて勝手な奴だ」
ヴォルフがトイレに入った時は無人だったが、用を足して手を洗って鏡を見ると見覚えのある少女がいた。
「此処は男子用だ。女子は隣だぞ」
「…………」
「てっきり死んだと思ってたが……なんだ。生きてたのかお前」
手を拭き、向き直る。
ルナリアは其処に居た。首に巻いているチョーカーを見て、口角を吊り上げる。
「あのISはお前の物になったのか。ま、無理もねぇ。搭乗者がアレじゃあな。無くしたのは左腕と左足と、右目だったか? ああ悪ィ、間違えた。左目か──で、お前は」
ヴォルフの言葉を遮るようにルナリアのハイキックが顎を捉えていた。しかし、片手で受け止められる。すぐさま距離を離した。
「女の蹴りじゃねぇぞ、ったく。俺を殺しにでも来たか? 止せよ、此処で暴れたらどうなるか分からないお前でもねぇだろうに」
「……」
──分かっている。ルナリアはそれぐらい分かっている。だがそれ以上に目の前の男に対する嫌悪感が消えない。殺意となって身体の奥底から湧きあがる黒い衝動を押さえ込むのも厳しかった。
ヴォルフもそれには気付いたのか、呆れた息を一つ吐くとルナリアに耳打ちする。
(霧島深崎とスミスは日本に来てる。ちょっとした私用でな)
「……!」
(それと、何も日本で戦争する気はねぇよ。世界で初めてISを動かした男がどんなもんかちょっかい出しに来ただけだ)
ただ……、そう付け足した。
(お前らが邪魔をするってなら、この辺りは廃墟になるだろうな)
「────」
爪が食いこむほどに拳に力が籠もる。この男にとって周囲の被害などどうでもいい。臨むのは仕事だけだ。それもとびきり汚れた仕事を好む、最低の男。
『死神』
「そうかい、ありがとよ。そう俺に言う奴は大抵死んでるからな」
ヴォルフが飄々と男子トイレから出ると、代表候補生の群れが待っていた。ざっと顔ぶれを見渡し、女子トイレを指差す。
「女子は隣だ。どいてくれ」
呼び止められたような気もするが、ヴォルフは無視してカフェテリアへ向かう。すると、ボマーが適当な注文をしてくれたのか軽食が並んでいた。
「なげぇトイレだこと」
「ちょいと混んでてな」
一夏の拉致に関する手段が中々思い浮かばないボマーに対し、何を考えているか分からないヴォルフは美味そうに食べている。
「……どうすんだ、仕事」
「…………仕方ねぇなぁ」
気が進まない様子で会計を済ませると、一夏の姿を探した。
そして、ほどなくして見つけるとヴォルフは小走りで一夏の元へ向かう。呆気に取られていたボマーだったが、慌てて追った。
「おーい、織斑一夏」
「え?」
「間違ってねぇな、よし」
「お知り合いですの?」
セシリアの問いを否定する。
「デートに水差して悪いな、イギリス代表候補生。ちょいと彼氏借りるぞ」
「か、彼氏だなんて……いえ、そんな」
「なんだよお前……?」
「いいから耳貸せ、織斑一夏」
半ば無理矢理セシリアから距離を取った。
「お前のIS、なんて名前だ?」
「え……白式だけど」
「そうかい。実はな、ある科学者が名指しでテストに付き合ってほしいんだとよ」
(さらっと嘘言ってやがる……)
「……なんで俺に?」
「そりゃ、世界で唯一ISを動かした男だからじゃねーの? 俺も詳しくは聞かされてねーからな」
「ある科学者って、誰だよ」
「霧島深崎、と言えば分かるか?」
「……霧島さんが、俺に?」
「どうする? お前が来てくれなきゃこっちも仕事にならねぇんだけどな」
一夏から離れ、考える時間を与える。しばらく悩むと、セシリアに手を合わせた。
「悪い、セシリア。霧島さんが俺にちょっと用事があるらしいから行ってくる」
「えっ。はぁ……」
それなら仕方ない、と納得しそうになったセシリアが二人組を訝しむ。
「失礼ですが、お二人は霧島博士のなんですの? 助手には見えません」
「こいつは手厳しい。ボディーガードとでも言えばいいか」
「怪しいですわ」
「よく言われるのが困り物でな。織斑一夏、付いてきてくれ」
「一夏でいい、フルネームで呼ばなくてもいいだろ」
「それもそうだな」
「じゃあ、セシリア。買い物の途中で悪いけど、またな」
「ええ……」
一人残ったセシリアに鈴音達が駆け寄ってきた。まず問い質されたのはデートの事、次に一夏を連れていった二人組のこと、最後に安否を尋ねられる。
「何もされてませんわよ?」
「で、あの二人はなんで一夏を連れていったのかな?」
「霧島博士のテストに付き合って欲しい、と言ってましたわよ」
その言葉に反応したのはルナリアだった。
(……博士が?)
目的の為に手段を選ばない人だとは思っていた。だが、よりにもよって最悪な人物の手を借りている。それも本人からすれば些細な事なのだろうが、ルナリアには少なからずショックを与えた。
(……どうせ借りるなら、亡国機業の手を借りてほしかった)
そっちの方が、まだ──。