ボマーの運転する車が止まり、ヴォルフが降りる。一夏もその後に続いた。
「……ここ、倉庫だろ?」
「ん、まぁな?」
扉を開け、灯りを点ける。
中に放置されていたのは一台の大型二輪車。そして、周囲に積み上げられているコンテナの中身はいざ知らず。屈みこんで取っ手を引き上げると地下へ繋がる通路が顔を出した、梯子を下りていく。
「港の倉庫の地下に、こんな場所あったのか……」
「日本には、ここくらいだろうよ。この先だ」
自動ドアの指紋認証を解除する。電子音と共に開いた先で、霧島が待っていた。
「……やぁ、久しぶり。一夏君」
「霧島さん!」
「随分大きくなったね。といっても会うのは六年ぶりくらいだから当然かな」
「それじゃ、俺は向こうに居るから何かあったら呼んでくれ」
ヴォルフが奥へと消え、霧島は身体の調子を確かめながら一夏と昔話に華を咲かせる。
「IS学園に入学したと聞いた時は驚いたよ」
「俺も、なにがなにやら……でも慣れました」
「それは何よりだ。千冬さんも元気みたいだし、箒ちゃんはどうかな」
「相変わらずです」
二人が話している様子を天井の隅に設置された監視カメラが見ていた。その映像を別室で見るスミスの下にヴォルフがやってくる。
「よ、上手くやれたか?」
「まぁな。なんの事はねぇさ。……それで、動かせるのかい? アンタの会社自慢の博士は」
「でなけりゃ給料返してもらうだけだ。俺は細かい事は分からねぇが、やれるんじゃねぇか?」
その原理は不明だが、日本に来てからその完成速度は異常なまでに上昇していた。足りないものはヴォルフが手引きして、依頼屋の情報網から引っ張り出してくる。
会社の地下で眠っていた機体は、今や部分展開が可能なまでとなっていた。
「さて、どうかね……って、何処行く気だ坊主」
「なに、ちょっとした私用だ」
「──それで、霧島さん。俺にテストって?」
「テスト……? はて……」
ISスーツに着替えた一夏の言葉に顎へ手をやり、霧島は合点がいくと口裏を合わせる。
「ああ、すっかり忘れてました。実は白式との性能テストを行いたくて。完全展開ではなく、部分展開でいいから頼めるかい?」
「ええ。──白式」
一夏は右腕だけに白式を展開する。その手には雪片弐型が握られていた。
「ところで俺の相手って?」
疑問を口にしたところで、機械にデータを打ち込んでいた霧島が手を一度止める。
せり上がり、筒状の空洞に左手を入れてから数秒。認証が終わったのか、霧島の左手首には黒いブレスレットが付いていた。二度、三度感触を確かめる。
「私ですよ、一夏君」
「────えっ」
「相手に不足はあるかもしれませんが、我慢してくれますか」
「いえ、そんな! でも、俺以外にISを操縦できる男性が……」
「ISに酷似していますが、また別な代物です。起動も初めてなので上手くいくといいんですけれど」
左手を突きだし、意識を集中する。
対IS専用兵器の起動。夢に破れた者達の怨念で組み上げられた亡霊は、左腕だけを現した。
完全な黒塗りの機械の腕、その手にはISに合わせて設計された刀が握られている。
「ふむ、初回起動は無事成功っと……思ったよりも呆気ないですねぇ。もう少し負担が掛かると思ったのですが、そうでもないですし」
悪く言えば落胆した。期待外れだったが、それは後々修正すればいい。
「……俺の白式に、似ている……?」
一夏は自身の右腕と霧島の左腕を比べる。色が正反対、まるで鏡映しのように二体の腕は瓜二つだ。正眼で構える一夏に対し、霧島は上段で構えた。
「ああ、遠慮なく。軽い挨拶の打ち込みで来てください」
「じゃあ、行きます!」
「はい、どうぞ」
気合いを込めて踏み込み、雪片弐型を打ち下ろす。それに合わせて霧島は切っ先を合わせて逸らし、足捌きで横に回り込んだ。一夏は合わせた刀身を離さずにそのまま返し刃で押していく。刀を引きながら持ち上げ、頭上で回すと右手で背中を押して距離を取った。
つんのめった一夏は素早く振り返り、一呼吸置く。霧島もまた、正眼に構え直した。
一度だけ、千冬と霧島が箒の家で勝負するのを見たことがある。結果は千冬に軍配が上がったが、納得がいかない顔をしていたのを覚えている。
一夏が踏み込み、霧島は捌く。受け流してから攻めに転じ、押していくがやられるだけではない。
「ふむ……」
急に構えを解き、左手に視線を落とす。
「あ、いえ。つい剣道の動きをしてしまってお恥ずかしい。懐かしくて本来の目的を忘れる所でした。性能テストのはずが」
部分展開しているとはいえ、まだ身体に馴染んでいない。一夏に比べて左腕の動きはまだ鈍かった。
「では、いきますよ」
無構えから接近した霧島の太刀筋を一夏は防ぐ。直線的な軌道から、打撃に転じる。咄嗟の切り換えが間に合わない。更に足を掛けて姿勢を崩し、刀を押し当てて倒れ込ませる。一夏の眼前に切っ先が突きつけられた。
「……参りました」
「はい、どうも。うーん、やはり力加減が難しい……それに若干の違和感も残っているし、やはり起動を繰り返して身体に馴染ませていくしかないか……いやそれよりも完全展開出来るように調整を早い所済ませていかないと……ああ、でもあれも急いでやらないといけないのか」
ブツブツと呟きながらテストの結果を表示させていく。一夏は右手に視線を落とし、負けた原因を考えた。
「霧島さん! お願いがあります。俺に稽古をつけてくれませんか」
「そうしてあげたいですけれどもねぇ……余り長く日本にはいられないんですよ。此処も借りているだけですし」
「ほんの少しでもいいんです、だから」
「うーん……その理由を聞かせてくれるかい?」
「俺は、千冬姉みたいに強くない。だけど、誰かを守れる位に強くなりたいんです」
その真摯な言葉に、霧島はしばらく悩む。
「……時間は多く取れませんけど、一週間の間だけでいいなら」
「ありがとうございます、霧島さん。……あ、でも寝泊まりは」
「こちらで空いている場所を使えばいいかと。彼に許可を取ってみないことには」
奥の扉が開き、スミスが煙草を吸いながら出てくる。一夏の顔を覗き込み、眉を寄せると霧島に煙草を取りあげられた。
「ああ、紹介しますよ一夏君。私の勤めている会社の社長です」
「スミスだ、よろしくなMr.織斑」
「お、織斑一夏です……」
「シャキっとしろ。世界の女に対抗できるのはお前くらいなんだから。にしてもまた日本人か、ジャパンには魔法でもあるってのかい。で、霧島。チャンバラで何か分かった事はあるのか?」
「ああ、はい。それですけど──」
二人が仕事の話を始めたので、一夏は部屋の隅で休憩することにした。
ヴォルフは番号を押して携帯を耳に当てる。コール音が三回、相手がようやく出た。
「もしもし、俺だ。ああ、おもしれぇ買い物をしてな。改造を頼みてぇんだが……そうだな、仕事の都合でもうしばらく日本に居る事になった。持ちこんだ時に最優先で頼むわ」
コンテナに背を預け、視線の先には一台の大型二輪車。
「……そう言うなよ、色々あるさ。亡国機業にも貸しがあったからな。組織の名前を借りている俺としても助かってる。ん? 何を買ったのかって? なに、大したものじゃねぇよ」
大型二輪にしても、その姿は異様なまでに武骨だった。赤黒いカラーリングは血で染めたように見える。亡国機業での呼び名が『
Blood Wolf──IS技術の流用品で作り上げられたワンオフの重機動大型二輪車。
「とある専用機に搭載予定で放置されていた、イグニッションブーストの補助装置を買い取ったってだけさ」