インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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織斑一夏の特訓、相反する者

 依頼屋──そう呼ばれている組織は、国境を問わず何処かで活躍している。特定の目的があるわけでもなく、ただ戦火が上がる場所にその影がちらついていた。悪戯に戦火を広げることが目的であるかのような振る舞いは決して良い目で見られない。同時に、彼等を敵にする組織も少なかった。亡国機業もまたその一つである。

 五十年以上の歴史を持つ組織でさえも全容は把握しきれていない。拠点が何処であるのかも不明、構成員の総数、組織の規模さえも不明な影の組織。何よりも目的さえもが不明であった。明確な意志もなく、ただ戦火のある場所に現れる存在。

 その組織に属する者が、奇遇にも亡国機業と繋がりを持っていた。ISを失った一人の女性幹部はその功績だけで地位を損なう事を留まり、ISを所有していなくとも一定の権力を組織で約束されている。上手く情報を引き出せれば僥倖だが、相手も手練だ。易々と思い通りにはいかない。

 亡国機業の実働部隊と、依頼屋の構成員が一つの場所で同じ目的の為に動いているのは悪魔の悪戯か。その坩堝に、望んで身を置く科学者と米国企業の社長。そして、唯一男性でISを動かした青年もその場に居た。

 日本の港にある倉庫の地下で激しく火花を散らすISの武装。白い刀と黒い柄の刀が白銀の軌跡を描きながら幾度も交差する。その合間に生身の拳が、蹴りが織斑一夏の身体を打ち、霧島深崎に再三の軍配が上がった。

 仰向けに倒れ、肩で息を整えるのに対し、深呼吸を数回繰り返すだけの差は純粋な技量の差。

「肩に力を入れ過ぎかもしれないね。そんなに緊張せずともいいよ」

「は、はい……。それにしても、流石千冬姉と互角に戦っただけあって」

「いえいえ、千冬さんには敵いません。これでも腕は落ちてる方ですから」

「過ぎた謙遜は失礼だと思います、霧島さん。千冬姉が聞いたらまた怒りそうだ」

 自分も昔に比べれば腕は上がったと思っているが、それでもまだまだなのだろう。力を持つ者にとってこの世界はどう見えているのか。その何気ない問いに、霧島は一夏ではない遠い誰かを見つめながら言った。

「……そうですね、自分の未熟さが痛いほどに突きつけられる地獄ですよ。一夏君、強さの定義なんてどこにもありません。その果ても、終わりも。ですからどこかで区切りをつけないと──呑まれますよ」

 背筋が凍傷を負うような言葉に、身体が凍りついた。警告ではなく、まるでそれが誰かを指しているかのように。

「ヘイ、チャンバラは終わりか? 毎日飽きねぇもんだなまったく。負けるのが趣味か、Mr.織斑」

「そんなつもりはまったくないんだけどなぁ……なんで勝てないんだ?」

 いつものように自問自答を繰り返すが、やはりいつものように答えは行き詰まった。ISの操縦は一夏の方が長い。箒に稽古も多少はつけてもらっていた。それでも一度霧島が攻勢に出るとあっさり防御を崩され、そのまま体勢を直す暇もなく負ける。

 一夏が泊まって二日が経過していた。そして決まって二人の稽古を見ているのが、ヴォルフだ。

「……なんで俺が勝てないのか分かる所があったら、教えてくれないか? 見てただろ?」

「ああ、見てた。今のところ全戦全敗、見てて清々しくなるくらいにな」

「酷い言いようだな……」

 意地の悪い笑い方をするヴォルフがいまいち一夏は慣れなかった。人をバカにしたような、見下したような歪な笑い方は不快感を覚える。

「お前、自分の事考えてねぇだろ。敵と戦って真っ先に守るのが他人だから負けるのは当たり前だ」

 そのくせ、言う事は尤もなのだから余計に腹立たしい。一夏が食って掛かろうにも正論に言い返す言葉が見つからなかった。

「そ……それの、何が悪いんだよ」

 反論は開き直りしか出てこない。そもそも強くなりたい理由が「誰かを守りたい」なのだから当然と言えば当然だ。ヴォルフは呆れたように目を逸らし、一夏の鼻に指を突きつけた。

「シミュレーションだ、仮定するぞ一夏」

「あ、ああ。いいぜ」

「強い敵が出てきた。仲間が狙われたとする。お前はどうする?」

「助けるに決まってるだろ」

「ならお前は死ぬな。以上だ」

「ちょ、ちょっと待てよ! なんでそうなるんだ?」

「もう一回やるぞ。よく考えろよ? まず、お前じゃどうしても勝てない相手を想像しろ。……いいか?」

 一夏が思い浮かべたのは──姉である千冬だった。敵になる可能性は万に一つもないだろうが、絶対に勝てないだろうと思う。

「ああ。それで、次は?」

「そいつと戦うことになった。当然、お前は苦戦する。そこに仲間が助けにやってきた。……そいつがお前の仲間に向かって行ったら、一夏。お前はどうする」

「……俺は」

 仲間──箒やセシリア、鈴、シャル、ラウラ……ルナリアがやられそうならやはり、助けるしかない。だが、ヴォルフは考えろと言った。

「…………出来る限りの事をする」

「そうかい。……逆立ちしてもお前は霧島博士にゃ勝てねぇだろうよ、問題は何一つ解決してねぇ」

「あ、おい! その理由を聞かせろよ! さっきのシミュレーションだって、何が悪かったのか説明してくれないと分かるわけないだろ」

「はぁ~……あのな、お前……さっき、当然苦戦するって言っただろ? 苦戦していたなら、お前の調子は万全じゃあない」

「確かに。でも、それでも出来ることを」

「怪我人がフラフラ敵の前をうろつかれたら邪魔に決まってんだろ。仲間がそれをカバーしようとすれば結局足手まといにしかならねぇ。一夏、誰かを守る前に自分を守れ。それが出来なきゃただの足手まといだ」

 今度こそ一夏は何も言い返せなくなった。誰かを守る前に自分を守ることに抵抗はあるが、ヴォルフの言う事に反論の余地はない。

 それでも、と言い返せば子供が駄々をこねている様にそっくりだ。銀の福音との実戦経験がなければ意地になって言い返していただろうが、あの時は確かに手一杯だった。停止出来たのは自分の力だけではない。

「ま、仲間がいたらまた違うんだろうな。生憎と俺はスタンドプレーヤーだからよ、仲間は勘定外だ。参考程度に聞き流せ」

 そう言われて、一夏は気付いた。霧島は社長がいる。もう一人も別な仲間の所へ行くと行って姿を見せていない。ヴォルフだけは仲間と連絡を取り合う事はあっても孤独だ。

「……お前、独りなのか?」

「生憎、他人を信用しない主義でな。身内でも背中は預けねぇんだ」

「寂しい奴なんだな」

「当然さ。必要とありゃあ俺は仲間も手に掛ける。信頼されちゃいねぇよ、誰にも。誰もな」

 そうしてヴォルフはまた笑う。一夏が嫌悪する吐き気を催す邪悪な笑い方で、妖しく嗤っていた。

「吸うか?」

「い、いや……結構です」

「なんでぇ、ノリの悪い」

「未成年に喫煙を勧めないでください」

「誰も気にしねぇよ、法律ぐらいのもんさ」

 それが問題だというのに、スミスは煙草に火を点けて吸い始める。

「ISを動かすのはどんな気分なんだ? 最強の兵器だ、さぞ楽しいだろ」

「別に、楽しくなんか」

「そうかねぇ……っと、そういや坊主は何処行った?」

 通路を指差すと、軽い感謝の言葉を述べて後を追った。それに何か思い出したように霧島が手を止めずに尋ねる。

「そういえば一夏君、ルナリアの様子はどうだい? みんなと楽しくやってるかな」

「ええ、なんというか俺はちょっと避けられている感じはしますけどね」

「ははっ、それは仕方ない。特に、誰かを守ろうとする一夏君は」

「なんでです?」

「さぁ? 彼女は喋らないから理由は分からないけど、とかく守られるのを拒むんだ。自分の事を何でも一人でやろうとする節があるね。ISの整備も、自分の身を守るのも」

 IS学園では確かに優等生の分類に入る。他の一年生に比べて一歩も二歩も先の事が出来ていた。

「社長が銃の撃ち方とナイフの扱い方を教えた時も、すでに知ってたみたいでね。私も少し手解きしたくらいさ」

「そういえば鈴が投げられてたな……」

「ま、秘密があるのはいい女とはよく言うもので。一生懸命でいい子だよ、無口だけど」

 それには賛同する。

(……でも、ルナリアはどうして守られるのを嫌がるんだ?)

 一夏が唸り、その理由を考えようとして汗臭さが鼻についた。シャワーを浴びてから考えようと腰を上げる。

「よい、しょっ」

「一夏君、そんな年でもないでしょうに」

「え、あぁ。はは……」

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