インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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ヒューズダスト

 ドイツの特殊部隊、シュヴェルツェア・ハーゼ。そして、暗部に対する対暗部用暗部である更識家──確かにその二つの隊長と当主が相手ならば満足できるだろう。だが、ヴォルフはそれに淡泊な返答を返した。

「お前の眼には適わないか?」

「俺にはな。戦うことが当たり前だと思っている奴を相手にしたところで、何とも。それ以上に楽しみな奴がいるからな」

「ほう? ぜひ聞かせてもらいたい」

 司令部へと向かいながらヴォルフは語る。

「元・亡国機業の出身と言えばいいか。必死こいて戦いから離れようとして戦ってる奴だ」

「矛盾しているな、それは」

 否。矛盾していない。最も過酷で最も早い近道を選んだのだ。自己矛盾を孕んでいるとその本人も勘違いしている。精神的苦痛に歪む顔とそれでも屈さない意志の強さ、その足取りを見るのが酷く、偉く、最もヴォルフを愉しませていた。その泥臭さが堪らない、その腐った性根に本気の憎悪が心地いい。地べたを這いずる汚れた少女にはお似合いだ。

「いいや、矛盾してねぇんだなこれが。手っ取り早く“自分の手で、戦いを終わらせる”為にISを使ってるんだからな」

「……だから、あんなことを言い出したのか? つくづく腐っているよ、お前は」

「俺は俺の感性に従ってるだけさ。俺が腐ってるならこの組織は歪んでるだろうよ」

 銀の福音は本来であれば有人機だ。それが無人操作によるテストの最中に外部からのハッキングで良いように扱われたが、それで稼働が確認出来たのなら──銀の福音に、パイロットは不要だ。ヴォルフはそれに目をつけ、提案した。

 無人ISの完成品を目指す──無機質で無感情で己の存在意義に絶対服従な殺人機械。

 元から危険な考えの持ち主だと司令官は思っていた。だがそれが確信に変わっている。自分達に比べれば余りに若い。だがこの危険性は遥かに凌駕している。若さゆえに抑制が利かないのかもしれない、しかしその中に何処か狡猾さが見える。

「お前は何を考えている」

「なにも?」

「お前は何を望んでいる」

「別に、何も」

「……お前は、何故戦う」

「それが愉しいからだ」

「血に飢えた獣め」

「それは光栄なことだ」

 司令部に辿りつくと、そこにはオペレータが数人並んでいた。大画面には番号を振られた三十名の心電図が心拍数に始まり、意識の有無まで表示している。

 時刻を確認すると、椅子に腰を下ろした。

「司令、作戦開始時刻もう間も無くです」

「各員所定の位置に到着。行動出来ます」

 オペレーターは淡々と状況の変化を報告していき、司令官は片手を挙げた。

「…………────」

 緊張の一瞬。モニターには小隊編成された部隊が施設を包囲している様子がミニマップで確認出来る。五人編成、六部隊。

 一秒、また一秒と時刻が進む。その号令を待ち望んで息を潜めている。

 そして、午後十一時。

「総員、玉砕せよ」

 指令が下された。

 

 

 

 それらは第一陣、第二陣……黒い風となって進攻を開始した。即座に鳴り響く警報を意に介さず、影達は灯りを消していく。

 その警報にルナリアは跳ね起きた。他の生徒達も非常事態に気付いたのか、学生寮は一気に騒がしくなる。

 ある種の勘が働いた。その臭いに胸が締め付けられる。

「な、なんですの!?」

 セシリアは気が動転して部屋を飛び出そうとしていたが、バッグを取り出して着替え始めるルナリアに足を止めた。

「悠長に着替え始めている場合で……?」

 個人での制服を改造は認められている。ルナリアの制服はハーフズボンにサスペンダー、そしてそれが何の為に付けられていたのかセシリアは目の前で理解した。

 寝間着を脱ぎ捨てたと思えばISスーツの予備を着こみ、その上に制服を着用。バッグから取り出したのは丁寧に包まれたシースナイフ。それを右肩のサスペンダーに固定する。取り出しやすいように柄を下にして。

「ちょ、ちょっとルナリアさん……」

 ジャコンと動作を確認しながらハンドガンにマガジンを装填する。ベレッタM92F、護身用としてある程度の装備は認められているが、そもそもIS学園において武装する生徒は少なかった。ISを操縦できるだけで十分だからだ。しかしルナリアはそうではない。明らかに戦闘する意思を持っている、それも生身でだ。

 左肩のサスペンダーには複数個のマガジンが連結されたホルダーを固定し、レッグホルスターにベルトを通して右脚に装備して部屋を出ようとする。

「お待ちください!」

「……?」

「IS学園が襲撃されるなんて夢にも思いませんでしたわ、ですけれどルナリアさん。あなたのその物騒さは何ですの!」

 相手は国際条約も物ともしない凶悪犯罪者に違いない。“だからこそ”ルナリアは銃を手にした。世界最強の兵器ではなく、自らの武器を。

 銃がピタリと睨みつける。思わず身体が竦み、目を固く瞑ってしまう。ISを展開しなければか弱い少女同然だ。絶対防御もシールドエネルギーも守ってくれない。セシリアはそれでも懸命に今まで守ってきた物がある。培ってきた経験がある。

 目の前の少女は、それを上回っていただけのこと。

 セシリアはルナリアを止められなかった。無口で、それでいてそれとなく気配りをしてくれた少女を止められなかった。口で語らずともその眼が訴えていた。

 『許さない』と。

 

 ──三十名の精鋭。黒いパワードスーツは彼らの死に装飾であり、一張羅であり、日の目を見る事は叶わない。捨てられる為に、使い潰される為の機能を詰めたゴミ袋だ。

 『ヒューズダスト』とはよく言う……腕を垂らし、姿勢を低くした走りで第三班が学園へ侵入を果たす。青い双眸がレンズの焦点を合わせる。左腕のウェアラブルコンピュータを弄り、センサーを切り替えた。暗視スコープから周波解析装置へ。彼等は照明の下を駆ける。

 この時間帯であれば生徒は校内に存在しない。教師も離れている──はずだった。

「無粋ねぇ、乙女の花園にそんな衣装で乗り込むなんて」

 IS学園生徒会長にして日本の対暗部更識家第十七代当主、更識楯無は扇子を片手に廊下の中央に仁王立ちしていた。情報が漏れていたのかと疑問すら抱かず、散開する。

 相手が悪いわけではない。不足はない、十分すぎるほどだ。“だからこそ”、彼等は死を決意した。その行動が依頼を達成する可能性を引き上げるのならば。

 相手は五名、内一名が姿を重ねて隠れている。

(やる気ね……)

 右肩から腕まで一体化した銃が睨む。だがISの部分展開で即座に防ぎ切った。先頭の二名が姿勢を低く、更に低く、地に伏せるほど頭を下げた跳躍の予備動作。交差するように楯無の眼前を通過して、壁を蹴るとそのまま走り去る。

 そこまでの撹乱は、通常であれば有効だった。──“通常”であれば。

清き熱情(クリア・パッション)

 何の前触れもなく二人の間にあった空間が爆ぜた。学園内だけあって威力は控えたものの、水蒸気爆発を頭部に受けて卒倒している。残り三名、銃の連射を水のヴェールで防いでいたが弾薬が尽きたのか、一瞬だけ連射が途絶えた。

 同じように清き熱情を発動しようとして、楯無に急接近した一名の手に握られていた物体に中断する。

「──ッ!?」

 肉迫する距離で、青い双眸が笑う。それは安らかで、獰猛な獣の笑みだった。

 白い閃光に爆発が学園を揺らす。死地を求めた一人が一足先に永い安眠へと旅立った。

 その衝撃に怯んだ隙に残る二名は気絶している二名の元へ駆け寄り、装備を奪う。一つずつ、それが生きた証であるかのように。

 そして、楯無の足元に二つの黒く丸い物体が転がる。黄色い帯は閃光を放ち、三半規管にダメージを与えた。ぐらりと危うく膝を着きそうになる。

 ISの絶対防御とシールドエネルギーが操縦者を保護するのは外敵からの攻撃だ。だが、しかし“殺傷を目的としない武器”には無力である。絶対防御が防御するまでもない非力な攻撃、シールドエネルギーが適用されない貧弱な武装。それこそが最も世界最強の兵器に有効な兵器だった。

 楯無は意識を保っている。膝も着くような醜態は晒していない。そして次に相手がどう行動しようが油断はなかった。

 その楯無に意識を失った仲間を相手が放り投げるまでは。思わず二人の身体を抱えてしまい、走り去ろうとする背中を追いかけようとして……チクタクと不吉な音を耳にした。時計の針が進むような、無慈悲なまでに正確なカウントダウン。

 

 ──司令室ではオペレータが全部隊のデータを監視している。

「17番、20番。通信途絶、生存確認」

「“爆破”しろ」

「了解。17番、20番。起爆します」

 

 楯無は今度こそ膝を着いた。壁に激突し、ISのシールドエネルギーが削られていることを確認する。背筋が悪寒で震えた。

 焼け焦げた廊下には跡形もない。存在の形跡はその目に映る景色だけだ。

「……」

 胸に風穴を開けられた様に、呆然とする。

 “こうまでするのか”と。楯無は敵に問う。そこまでして何を達成しようとするのかが理解出来ない。更識家である前に、女では理解出来ない行動理念だ。彼等は殉ずる為に存在する。己の両手に抱えた身体を思う。

 まるで。

 そう、まるで。

「……生きた爆弾じゃないか、あれは」

 そして拳を形作った。気持ちを切り替える。

 あれは人ではなく道具だと。

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