インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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聞かなきゃならないこと、言わなきゃならないこと

 作戦参加人数三十名+α。生き残りは一名。しかし作戦は成功した。喜ぶべきは依頼達成の一言のみ、だがモービー・ディック号内でそれを喜ぶ者はいない。

 或いは妬み、憎しみ、先に安楽の地へと旅立ち帰ることのない者達を恨んだ。自分もいつかは、そう願って止まない異常者の集団。

 ヴォルフは身体を慣らしながら司令官の下へと報告に戻ってきた。

「艦長、いやそれとも司令官が正しいかね」

「どちらでも構わん」

「そうかい。無事に依頼は達成だ、この通りな」

「ご苦労だった」

 淡々とした会話だった。賞賛も叱咤も無い感情の言葉は機械的で、それがいつも通り行われる。決まってヴォルフは依頼を終えると退屈そうにしていた。

「整備班に言っといてくれ。シールドエネルギー貯蔵タンクを増設するようにってな。それと全体的に出力も上げてくれ」

「それは私に言うことではない」

「なら直接出向いてくるさ。ついでに身体も少しばかり調整しねぇとロクに動けねぇ」

 退室した背中に向けて司令官は怪訝な顔を見せ、深く息を吐き出した。

「……いいのですか、あのように好きにさせて」

「……元から戦う為に“造られた”男だ。期待はしていない。それよりも亡国機業に連絡を取れ」

「はい」

 

 

 夜が明けたIS学園では朝から被害の出た箇所を整理する為に教師と生徒問わず出勤していた。昨夜の襲撃は世界を震わせるニュースとなり、各国でも物議を醸している。

 そして朝から落ち着かない様子でセシリアが思い詰めていた。作業を行っている手も休み休みで進まない。

「ちょっと、セシリアー! そっちしっかり持ちなさいよ!」

「…………わ、分かってますわ!」

 ISを起動させて倒壊したポールや瓦礫を撤去していく。それらはビニールシートを被せておき、政府からの支援を待つばかりだ。

「なに悩んでんのよ。話してみなさいって。昨夜の襲撃も確かに衝撃だけど、それだけじゃない」

 どこかの国に属している組織ならばまだしも、テロリストであると断定されたのだ。要は世界共通の敵、ということで鈴音の中で話は結論付いている。

「それは、まぁそうですけど……」

「大体馬鹿よねー、IS学園に襲撃とか。我々は世界の敵ですって明言してるようなものじゃない、よいしょっと」

「しかし、あの動きは只者ではなかったな」

 ラウラも作業を終えたのかシャルロットを連れて集まった。そんないつもの集まりでの会話もセシリアの耳には入らない。

「……そういえば、ルナリア。呼び出されたみたいだけど大丈夫かな?」

「浅はからぬ因縁がありそうだったが」

 バイクに乗った男と一夏は面識があったようだが、ルナリアはそれ以上に相手を憎んでいたようでもあった。

 何も言わず、何も語らない少女は今も取り調べを受けている。

 

 IS学園の折檻部屋、生徒指導室。今は一人の生徒と二人の教師が其処に居た。一年一組の担当である二人である。国際IS委員会からも前々から目を付けられていたが、今回の件で遂に見過ごせなくなった。

「ルナリア。単刀直入に聞くぞ。コレはお前か?」

 千冬が見せるのは一枚の写真。

 見るも無残な瓦礫の背景に、少年少女達が映っていた。それが一体いつの物なのか思い出したくもない、現実から目を背ける。

「筆談でもか?」

 自分が何をしてきたのか。自分が今まで何をして生きてきたのか分かっている。だから思い出したくもなかった。

 きっと自分は許してもらえないだろう。それでも許しを乞うならば、どうするべきなのか。

『ごめんなさい』

 ──ただ、その一言だけを書いて筆を置いた。

 千冬は呆れて物も言えなくなり、頭を抱える。

「……山田先生、すいませんが少しお願いします」

「は、はい」

 こういう時は自分が無理に聞きだすよりも真耶の方が向いていると思い、千冬は席を外した。机の上に投げ出されている写真は、数年前に国籍不明のISが襲撃している姿。その中にルナリアらしき少女が写っていたのだ。それが持ち込まれたのも今朝の出来事だというのだから、出来過ぎている。嫌がらせで済ませられるレベルではなく、確実にルナリアを責めていた。

「えっと、じゃあ……ルナリアさん。顔を上げてくれないかなぁ? そうしてくれないと先生、困っちゃうんだけど……いい?」

 子供を諭すように、優しく微笑みかける。千冬が高圧的に聞こうとしたから話さなかったのではなく、気持ちの整理をする為に筆を置いていた。

「これ、ルナリアさんなんだよね?」

 わずかにだが頷く。その理由は敢えて問わない。幼い少女を戦地に連れ回す相手の神経が窺い知れないだけで、激しい憤りの行き場がないだけだ。

「じゃあ、こっちの子は……もしかしてバイクに乗ってた子?」

 首を横に振る。ISを指差しても何も反応がなかった。

「辛い経験、沢山あったんだと思う。でもね、ルナリアさん。貴方が書いて教えてくれないと、私達も貴方の助けになれないの。だから、お願い出来ないかしら?」

 眼鏡の奥で、真耶の瞳が憂いている。個人的にはそっとしておきたいのだが、そうもいかないのだろう。ルナリアは、筆を執る。

 ──きっと自分は、誰にも許されない。

 そう思いながら書く。

 ──どうすればいいのか。

 そんなのは決まっている。決めた事だ。

 ──これ以上、悲しみを増やさない為に。

 一人の男性に助けられたあの日から、ずっと決めていた。

「…………」

 真耶はルナリアの書いた用紙を見て、しばらく悩む。

『私は彼らと同類でした。もしかしたら今もそうかもしれません。許してくださいとは言いません。言えません。だけど、何も知らない人たちを巻き込みたくないんです』

「ルナリアさんの言いたい事はよく分かりました。でも、それは一人でも出来ること?」

 しばし悩む。

(……最悪、討ち死に。よくて相討ちかな)

 その為だけに組んだオートクチュールだ。理論上であれば一年の専用機所有者を同時に相手しても勝てる──と、思う。拠点や施設、要塞ならば絶対的な性能を発揮出来るだろうがISが相手ではどうなるか分からない。

『難しいかもしれません』

「誰も巻き込みたくないからって黙っていたら、その間にまた誰かが巻き込まれちゃうかもしれないのよ? 一夏君や箒さん、セシリアさんやシャルロットさん、ラウラさんまで。それでも?」

 こんな言い方は卑怯だ。それは真耶も分かっている。しかし他に言い方があるだろうか? 五十歩百歩の違いでしかない。

「望んで、こんなことをしてたのかな?」

 違う、とルナリアはそれだけは断言出来る。その時はそうする以外の生き方を教えてもらわなかった。今は違う、楽しいことが沢山ある。だからその時にしていた事がとても悪いことだと分かった。だから、許せなくて──きっと、ヴォルフも許さない。

 誰かが許してくれても、誰かが許さない。そういう仕組みだ。満場一致の正解はない、それならルナリアは、かつての同類に恨まれた方が良かった。

『私は彼らを許せません。昔の私も許さない。これからもずっと』

 きっと、こんな自分に未来は微笑まない。それでもいいと思ってる。誰かが笑って生きているそんな未来なら。

 

「ああ、山田先生。どうでしたか」

「駄目ですね……でもある程度話してくれましたよ。依頼屋と、彼女の出自について幾つか。……まだ子供なんですよね、みんな」

 それなのに、もう──死ぬ覚悟をしている教え子がいることに真耶は目頭を押さえた。

 

 

 

 

 学生寮に戻ってきてから、ルナリアはベランダに出て夜風に当たる。

 これからのことを考えていた。依頼屋はもう放っておけない。これ以上のさばらせておくのは限界だ。もう、我慢出来ない。

 そうこう悩んでいるうちにセシリアが戻ってきた。お互い何を話すか話題もなく、いつもとは少しだけ違う時間が過ぎていく。

「……なんですの?」

『昨夜はごめんなさい』

 セシリアにメモ帳を渡すと、ルナリアは先にシャワールームへ入っていった。自分が先だと呼び止める暇もなく。

(気にしてらしたのね)

 律儀というか、何とも言い難い。天蓋付きのベッドに寝転んで、セシリアは漠然とルナリアを思った。何も知らない、だが知ったところでなんだというのか。

 昔は何をしてたのか、それがなんだというのか。この年齢でそんな後ろめたく生きても仕方ない。これからのことを考えよう。

 ごろごろと寝返りを打ちながらセシリアは悩み、決心がついたのか起き上がる。

「私、決めましたわ!」

 ガタッと物音に振り向くとルナリアが湯上りで驚いていた。その手を握りしめる。困惑しているようだが有無を言わせない。

「ルナリアさん、貴方を私のボディーガードに選びますわ! イギリス名門貴族たるオルコット家専属の護衛に選ばれる事を光栄に思ってくださいませ!」

「…………────、!?」

「確信しましたわ。私に足りないのは自身の戦闘能力であり、それを補う者がいない事。ISを所有しているとはいえ、直接的な戦闘になれば私など鈴音さんでも一捻りに出来てしまいますわ!」

 それが何故自分に? と疑問に思うまでもなく昨夜、銃を突きつけたことを思い出した。どうもセシリアはそれに目をつけたらしい。ルナリアが断ろうとして、強く手を握りしめられる。

「昔がどうとか、どうでもいいんですの! 私にはこれからの方が重要ですわ! それともまさか、嫌なのですか!」

 こちらの都合など考えないワガママな口ぶりに気圧されそうになるが、自分はどうすればいいのか。首を縦に振りそうになり、止まる。かといって横に振ろうとするも涙目になりながら押し迫る姿に申し訳なくなり、首を傾げた。

「うぅ~~……!」

「………………」

 最終的に、ルナリアは首を縦に振る。ぎこちなく、油の切れた機械のような挙動不審さだったがセシリアは気にも留めていないようだった。

(……それでも私の手は)

 きっと、セシリアが握っていていいものなんかじゃない。でも、本人が笑っているならいいのだ。

 思わずルナリアの口元にも笑みが零れる。

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