キャスケット帽に髪をアップにして収め、ヘッドホンを付けたルナリアは夏季休暇を利用して出歩いていた。半袖のパーカーは前開きにしてシャツが覗いている。しなやかな肢体はショートパンツから覗いていた。
口にアイスをくわえて汗を拭う。
(…………暑い)
蝉の声がうるさい。部屋でパソコンと向き合ってるだけでは不健康なので出かけてみたが、特に目的はなかった。ただ適当な時間までふらつくだけである。
立ち寄った本屋でめぼしい物がないか見ていく。男性向けの趣味の棚で黙々と銃器に関する本を手にするルナリアを他の客が盗み見るが、それだけだった。
お昼時、食事は適当に済ませる。テーブルに頬杖をついて人の波を観察していた。ポケットに手を入れて音楽プレイヤーの曲を切り換える。休憩もほどほどに会計を済ませて外に出て、涼しい店内から一気に猛暑へ変わった。
(……夏は部屋から出なくてもいいかなぁ)
そんな思考が駄目なことは分かっている。分かっているのだが、楽な方向に思考が傾くのは人間の性だ。問題はそっちに転ばないようにする意思の強さ。当然ルナリアはそんな誘惑を振り払った。
あの一件以来、依頼屋の動きに注目が向いている。しかしモービー・ディック号の所在は掴めていない。海面に姿を現したとしてもごく一部でしかない。地球は陸よりも海面積の方が多い為に、ある意味合理的とも言える。その欠点として内陸での活動が困難である点が挙げられるが、それもヴォルフが居ればある程度は解消されていた。
(……)
だが、それは海に面した地域で活動を行わないという理由ではない。
ルナリアは炎天下の青空を見上げる。今この時も、何処かに潜伏して虎視眈眈と戦場を狙っているのかと思うだけで臓物が煮え返りそうだった。クールダウンの為にソフトクリームを買ってルナリアは頬張る。
ヴォルフは作戦の準備に取り掛かっていた。とはいえ準備する物は特にない。襲撃予定の企業を下見に来ただけだ。ブラッドヴォルフを呼び出すのも手にしている端末だけで十分に可能である。ここから拠点に戻るのも一苦労なので出来るだけ一度で済ませたい。
作戦内容としては突入後、デストラクターが施設を破壊。それに便乗する形でISを奪取して離脱という流れになっている。
それも初めから気に食わなかったが、今回はとびきり気が乗らなかった。二つ返事で渋々承諾したのは脅迫されたからだ。
──ヴォルフ、お前の身体は定期的に体組織洗浄による細胞ろ過を必要とする。それに要する時間は凡そ四時間から八時間、これがお前の睡眠時間だ。限界稼働時間は三十四時間、だがその身体の損傷によっては変動する。細胞硬化現象が起きたとして、自己治癒能力を使用すれば十二時間。限界まで戦闘を行ったとしてもお前の寿命はわずか六時間だ。
(……くそったれが! 俺には寝る間も惜しいんだよ!)
──驕るなよ、ヴォルフ。お前は我々が造り上げた兵器なのだからな。
身体能力も常人とは比較にならない。その証拠に八つ当たりを受け止めたコンクリートがヒビ割れる。戦う為に造っておきながら、何が体組織洗浄による細胞ろ過が睡眠だと言うのか。そんなものはいらない。
(俺には戦場一つあれば十分だ。他に、何もいらねぇってのに……)
精神教育プログラムの一環として第一号から第三号までの生涯を見せられた。全て不純物だと認定し、同時に下手だとも思っている。「自分は上手くやれる」という自信がある、しかしそれを気取られぬように動くのは難しかった。
携帯が震える。声色をいつもの調子に戻して通話を始めた。
「もしもし」
《作戦を開始する。こちらの準備は出来ている》
「待ちくたびれた」
今はいい、こき使われてやろう。
だが最後に笑うのは自分だ。
「平和を戦地に変えるってのは、刺激的でたまらねぇ」
ルナリアがIS学園に戻ってきた時には日が傾き始めていた。その手にはスナック菓子を詰めた袋を持っている。
「あ、ルナリア。おかえりー」
シャルロットもラウラと出かけていたのか、私服姿だ。手元の袋を覗きこまれたので広げて見せると話題に華が咲く。
部屋に戻ったルナリアは戻るなり肩を落とすセシリアの姿を見た。また一夏関連で後れを取ったのだろうと思ったが、そうではないらしい。パソコンの電源が点いたままになっているので覗いてみると、一件の新着メールが開封されていた。
(……この企業、確か──)
ブルー・ティアーズの開発元という記憶がある。翌朝のニュースを騒がせることになるであろう文面が一足先に書かれていた。
『BT兵器搭載型IS二号機を奪取された。データも破壊され、追加予定だった武装が送れなくなった』
その復旧を執り行うに際し、現在のデータを送信して欲しいと添えられている。
「…………」
本来なら、二号機のデータも合わせて一号機であるブルー・ティアーズに送られるはずだったのだろう。BT兵器の使用中は動けないという欠点を抱えている状態を改善出来たはずだった。しかしそれも水泡と化したセシリアは途方に暮れている。
目ぼしい活躍も無い、IS学園に来てから負け続きで戦績は喜ばしいものではなかった。伸び悩む成績にセシリアは打ちひしがれ、自信をなくしていた。
「……これでは、私は」
「…………」
小さな嗚咽はルナリアに聞こえない。必死に堪えているのが分かっていたから。
「ただの、足手まといですわ」
電源を入れてフォルダから開くのは各専用機のデータ。ブルー・ティアーズを選択、その内容を情報デバイスに保存して抜き取るとセシリアのパソコンに差しこんだ。
「ルナリアさん……?」
今までまとめてきたデータを企業に送りつけるのだから、無謀かもしれない。自分は仮にも世界二位の科学者の傍にいたのだ。“友達”の為にこれぐらいはしてもいい。
本来なら霧島に送るはずだったデータだが、相手が音信不通なら仕方ないことだ。それにデータは手元に残っている。代表候補生を置いて勝手なことをしたが、送信を押してしまった。
『足手まといになんかさせない』
「……」
『私も力を貸すから、頑張ろう。セシリア』
護衛と決めつけられたのだから、ルナリアにはその義務がある。
セシリア・オルコットの誇りと命を、身を投げ打ってでも守る権利があった。
死ぬ覚悟はすれど、未来を生きることを考えなかった自分の手を取ってくれた。
(だから、私は……貴方の未来を守りたい)
襲撃者は十中八九、依頼屋だろう。その背後に控えているのは亡国機業と見て間違いない。そして、そこから導き出される主犯の姿は自然と一人の男になる。
だがそれは翌朝、見当違いであると液晶の向こうから見せつけられた。
イギリスの企業襲撃。謎のIS二機による破壊活動。
赤い竜と──黒武者。自国防衛の為に出撃したラファール・リヴァイブが四機破壊されたという。そこにヴォルフの姿はなかった。
「……一夏?」
「……あの腕」
全身装甲型のIS。白騎士と対を成す黒武者の腕。一夏はそれを知っている。見覚えがあった。紛れもなく、優しく笑っていたあの人の──霧島深崎が造り出したISに似て非なる兵器。どこか打鉄に似通った造形ながら威圧感に溢れるのはその兜の所為か。堂々と臆面も無くそれらは宣戦布告の狼煙を上げていた。
千冬も真耶も、それを見ている。嫌でも目に入る光景は悪夢以外の何でもない。だがあれこそが霧島が望む夢の第一歩だ。
「……織斑先生、あの機体は」
(霧島……お前は本気で世界を敵にするのか。たった一人の天才を、世界から救うために──ISを全て破壊するのか)
天才の発明を破壊し、自らを昇華することによる救済。それは何一つ自らを救わない破滅の道だと理解しても尚、霧島はその道を選んだ。生涯の全てを掛けてでも惜しくないと、真摯な眼差しを思い出す。
「間違いない。霧島が本格的に動き出した。あれはISではない。……ISで、あるものか」