インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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絶望より生まれ出でる亡霊

 

 

 

 IS学園への襲撃は一度だけでも世界的なニュースとなった。それが二度も敢行されようものならば三度目はないだろう。──元より退く道理もないのだが。

 世界から隔絶された日からその組織が辿りつく先は決まっていた。運命づけられていた、悪は滅ぶという道理に従って。

 依頼屋の錚々たる面々は顔をフェイスガードで覆い隠している。奪還・略奪こそが目的ではなく正真正銘の破壊を目的とした任務。最初で最後の初陣にしてこの静寂と高揚している士気はどういう訳か。彼らは今まで死んでいた。世界に認識されることなく、大海原の波に乗って彷徨う流木の如く。それが生の実感を得るのは、やはり生命の危機だけだった。

 ゆえに求めた。だからこそ探し求めた。

「──諸君。深海の暗闇に耐え忍んできたこれまでの苦痛を思い出せ」

 エイハブはそう口火を切る。いつ終わるとも分からぬ無間地獄に類する唾棄すべき歳月は、正に地獄であった。

「一度は挑んだ。そして二度目の成功はない事は重々承知しているだろう」

 その通り。だが何を持って成功とするのか。失敗とは。答えは至極単純明快。

「だが、それでいい! 構わん! 世界最強の兵器に傷一つでもつければ我々の勝利だ! 我々は我々の欲することを為せばいい!」

 鋼鉄の牢獄、此処は罪人達を閉じ込めていたパンドラの箱。静かに歓喜する空間の只中に、冷めた視線の青年が欠伸を漏らす。腕を組み、耳を傾けながら。

 エイハブが身を翻して自身で隠していた物を見せる。

 それは、紛れもないISであった。あるべきはずの搭乗者は鋼鉄の肉体に電子回路の臓腑を埋め込まれた人の姿をした人でなし。ならばそれを造り上げたもの達こそはろくでなしだ。

「これは、宣戦布告であると! 世界に対する、否である! 篠ノ之束にこそ向けられる開戦の狼煙だ! 彼の魔女に対し、我々は徹底抗戦の意志を示す!」

 一人の天才を魔女と呼ぶ。その発明こそが世界を狂わせたのだと──IS《インフィニット・ストラトス》。科学で解明できない技術を魔術と呼ぶのは間違っているだろうか。

 魔女に最も近い男性が、そこにいた。それはやはり人間であり魔術などとは縁のない凡人であることは言うまでもない。だが、だがしかし──その執念だけは天才にすら及んだ。

 霧島深崎はその異様とも言える機体に希望を視線に込めて見つめる。

(……まだだ、まだ完成していない)

 白銀の機体色は薄汚れ、灰色となって穢れていた。全身余すところなく補修と出力の向上が行われている。

「言うなれば我々は亡霊だ。戦地に現れては消える亡者だ。そしてこれが我々の造り上げた希望である」

 パンドラの箱の中にあるのは絶望と一握りの希望。封を開ければ残されるのはただ一つの希望だけ。……しかし、それこそが誰に向けられたものであるかは定かではない。

 亡国機業のメンバーも各々関心を向けている。

「世界各地に存在するISを灰に帰す亡霊──《グレイファントム》だ」

 これはまた大仰な──デストラクターは小さく鼻で笑った。所詮は中身のない機械人形、自分達の敵ではない。そんな自信が胸中にはあった。フレイも同じことを思っていたのだろう。

(大きく出たな、依頼屋。だがそれが実現することはないぞ)

 グレイファントムに向ける視線は決して快いものではない。壇上で今もなお演説を続けるエイハブ越しにヴォルフは灰塵の亡霊を睨みつける。極上の獲物を前にしての“お預け”に忍耐力が尽きそうだった。

「艦長。各機能ラインの独立、完了しました」

「了解した。総員、配置につけ!」

 

 

 

「…………」

 ルナリアが目を覚ますと、パソコンから音楽が流れていた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。電源を切ろうとして、一通の電子メールの着信に気付いた。差出人はセシリアから。

 花火大会が目前まで迫っているので早めに戻ってきてほしい、ということだ。まだ離れるのは口惜しい。

(ああ、そうだ。お土産買ってない……)

 フラフラと寝ぼけたまま顔を洗う。眠気が多少晴れたところで体を伸ばす。朝からスミスは友人の家に向かったらしく不在だ。

 リビングのあちこちにアルコール飲料が転がっている。それらを片付け、食い散らかされた肴を捨てていると書類が顔を出した。手に取り、汚れた一ページを捲る。

『モービー・ディック号図面解説』

 ペラリとまた一枚。

『生体兵器第四号“犬狼”観察報告』

「…………────」

 驚愕に目を見開く。頭を殴られた衝撃を錯覚し、後ずさってソファーに足を引っ掛けて座り込む。

 初めから、あの男に平和などなかった。

 初めから、この世界に居場所なんてなかった。

 最初から、ヴォルフは死ぬために戦っていた。──本当に?

『戦果報告第一号。中東戦域における結果報告は以下の通りであることを嘘偽りなく記載する。……』

『戦果報告第百八十号。亡国機業より技術提供を受けて製造されたマシンを使用しての結果報告は以下の通りであることを嘘偽りなく記載する。……』

 それは、ヴォルフの日記だった。いつ、どこで、何をしていたか。

 その全てが戦闘記録で埋め尽くされているだけのこと。

「────、」

 なぜか、涙が溢れてくる。滲む視界が邪魔で仕方ない。

 自分は戦いを終わらせる為に戦うと決めた。なら、ヴォルフは?

 その戦いが新たな戦火を巻き起こす。被害者の憎悪によって、加害者の加速する非道に火をつけて。

『──以上、報告終了』

 最後の一文はそう締めくくられていた。日付も記録されている。

(……なんで、本当に、こうも馬鹿なことを……?)

 何も得られないというのに。戦いを繰り返しても失うばかりで、何一つ得られない。少なくとも自分はそうだった。何も──。

『報告終了。××××年──』

 その日は、ルナリアの誕生日。その日も、ヴォルフは戦っていた。

 自分が、声を失った日──あの男は、其処にいた。

「…………」

 憎い、恨むべきなのだろう。当然の感情だ。報復は当然のはず、当然のはずなのだが──ルナリアには、それすら湧き上がらなかった。

 あるのは、ただ虚無感と納得。

『嗚呼、そうか。あの男を殺してしまえば終わるのか』

 どうしてそう気づいてしまったのか。そして、なぜ社長はコレを持っているのか? ルナリアは疑問に思った。

 車のエンジン音、スミスが帰宅する。そして、書類を手にした少女を見て頭を掻いた。

「…………」

 どこか不信な思惑を込めた視線が合う。

「昨日もうっかり飲み過ぎてな、片づけを任せて悪かったよ」

『社長、これは』

「…………とんでもねぇもんだよな。生体兵器なんざ信じれるはずがねぇだろう。アイツは俺たち人間と同じ姿をして、中身はそっくり化け物なんだから」

 スミスは、すっかり炭酸の抜けきったコーラの中身を捨てながら話を続けた。

「それが、一体いつから始まってた? 誰が始めた? 知るはずもねぇ、わからねぇ。なら、アイツは誰が止める? 読んだんだろ、その膨大な量の日記をよ」

『どうしてこれを?』

「当の本人から貰っただけだ。依頼屋に属している以上、アイツは自分の情報まで提供した。……何考えてるんだかな」

『依頼屋には手を出さないで』

「心配すんな。あの連中には手を出さねぇよ。一般人にどうこう出来る組織じゃねぇのも承知してる。映画の主人公じゃねぇんだ」

 それを聞いて、安堵する。

「でもな、どうしても。どうしても……けじめはつけないと気がすまねぇ。俺の心のどっかで燻ってる感情がな、許せねぇってよ」

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