その言葉の矛先は一人に向けられたものだ。しかし相手はヴォルフではない。
ルナリアは待機状態のトライアレンドに触れた。
『社長』
「なんだ?」
『私が代わりじゃダメ?』
「よせよ。お前に任せるほど落ちぶれてねぇつもりだ」
そう言うと、クシャクシャと頭を撫でる。粗雑な撫で方だが、ルナリアは嫌いではなかった。こうされていると親子みたいで落ち着く。それもすぐに終わり、ルナリアは掃除を再開した。心惜しくもあったが、いつまでも甘えていられない。
「……でもな、ルナリア。もし、万が一。俺がしくじったその時は……お前に任せてもいいか? なんて、弱気になってる場合じゃねえか。今のは忘れろ」
言われて忘れられる内容でもない。小さく頷くだけに留め、ルナリアは手を動かした。
花火大会の開催まで日が迫り、一夏はいつものように過ごす。騒がしいのは毎度のことながら自身の周囲。それに付き合うのもすっかり慣れた。夏休みの課題もどうにか終わらせることが出来たので残りはのんびりと過ごせる――のだが、自主トレーニングは欠かさない。
ISは稼働時間によって性能が上下する。少しでも長く起動させておきたい。
(せめてルナリアに勝てるぐらいになっておかないとな)
大型実弾盾とレールガンだけの相手にまさか接近戦で負けたとあっては形無しだ。思い出すだけでも屈辱的である。時間の制限はあるものの、開放されたアリーナで一夏は白式唯一の武装である雪片弐型を掲げた。
頼れるのはこの一刀だけ。後は自分の腕だけだ。もちろん箒達も信頼しているが……。
(俺は、守られるだけじゃなくて守りたいんだ。だから)
振り下ろす。
(強くならないとな、少しでも千冬姉に近づくために)
その一念を込めて。
IS学園の正面玄関を見上げるのは霧島深崎。部外者の立ち入りは禁じられている。それに同伴している女性は肩を慣らしていた。
「あのさー、霧島博士。別にウチは構わないけど正面から行くってのはどうよ?」
「どちらにせよ、時間の問題です。それより奏の方は?」
「大丈夫大丈夫。ウチがIS起動すればすっ飛んでくるから」
「では、行きましょうか」
「量産機はともかく、専用機には気を付けてくれって話。まぁウチのISの前に出るなら焼き尽くすだけなんだけどねぇ!」
デストラクターは拳を打ちつける。
「頼もしい限りです。では、行きますか」
ISの起動と同時に火の手が上がる。施設の破壊だけを目的とするならばクリムゾン・フォウマルバウトの右に出る機体は早々いないだろう。真紅の竜は背中のコンテナを展開すると中から鎖を取り出す。
『こういうのは派手にやんなきゃ面白くないっしょ!』
鞭を振るうかのようにしなった先から小型の爆弾が離れて起爆していった。途端にクレーターが出来上がる。警報は直ちに鳴らされた。
その騒ぎを聞いてアリーナにいた一夏が飛び出す。
襲撃の傷跡が癒えないままに繰り返される惨劇を見過ごす理由はない。
白日の天下で真紅の竜が炎に包まれながら雄叫びをあげる。ISを起動してもなお見上げるほどの巨体。目を合わせてもすぐにそらされて空を見上げていた。
「こ、のぉぉぉぉっ!!」
果敢に踏み込んだ白式が横殴りに転がる。一瞬何が起きたか理解できずに顔を上げた。
「……BT兵器……!?」
その数はセシリアのブルー・ティアーズを大幅に上回る。身を守るように周囲に浮かぶ数は約三十基。矢じりの様な物が半数を占めている。
傍らに立つ男性はそんな状況にありながら笑顔で片手を挙げる余裕すらあった。
「やぁ、一夏君」
「……霧島、さん」
「少しばかり、私に付き合ってもらうよ」
黒づくめのガントレットを突き出して歩み寄る。
「なんでだよ! なんで、霧島さんがそこに……!」
「私の夢のためだよ」
「夢の為だからってこんなテロリストみたいなことをしなくても!」
「いいや、こうしなくてはならないんだ。私は世界を敵に回すつもりだからね」
それを誇大表現と呼ぶのは簡単だ。だがそれを妄言で済ませないのが霧島深崎であり、一夏は知っている。
「だから私は──ISを破壊する。束を縛るその発明を否定するんだ」
「本気で……本気で言ってるのか、霧島さん!」
「ええ、もちろん。「愛している」と見栄を張って言える度胸もないのでね──エクスペリエンス01」
名を呼ぶ。そしてそれは即座に答えた。
炎の中から歩み、白い騎士に迫るのは対を為す黒い武者。
さながら戦国武将のような出で立ち。全身を覆う鎧兜は防御力を重視したのか重厚な装甲を重ねている。大柄な身体を支える足もまた強靭に仕上げられた。左右非対称な脚部は右膝に突起が見えた。
そして、過剰とも言える帯刀。両腰、背中のみに留まらない。太腿にも鞘と思わしき物体が窺える。
『では、正々堂々。手加減小細工一切無用、正面から行かせてもらいます』
柄を握り、抜刀の姿勢を見せる霧島に一夏は迎え撃つ体勢だ。その更に背後ではデストラクターが接近する反応に頭を向ける。
『あー、なんや。確か中国の……』
振り上げられているのは青龍刀。うっとうしそうに竜が爪で払う。熱気を纏った一撃が衝突すると火花を散らして離れた。
「鈴! 気をつけろ、ソイツは」
「分かってるわよ! ちっこいBT兵器は任せたわ、シャルロット」
ひとまず真紅のISは任せても大丈夫だろう。問題は目の前のIS──霧島だ。
『来ないのなら、こちらからいきますが?』
「っ……やるしか、ないってのかよ」
『ええ、それ以外に私の夢が叶わなければ』
イグニッションブーストと見紛うばかりの加速、中段で構える一夏は相手の居合に備えた。接近する。まだ抜かない。更に接近する。まだ抜く気配はない。迫る──まだ。
そして、二人はそのまま衝突する。一夏は振るう暇もなくショルダータックルを当てられて吹き飛んだ。
距離を離し、そこで霧島は刀を抜く。起き上がる間も与えずに加速したが、それを上昇することで回避した。地面を穿ち、土煙から跳ねるのは弾丸の如く肉薄する黒武者。鈍重な外観からは思いもよらない機動力だ。
霧島の一刀を防いだ白式に異常が起きる。零落白夜を発動していないにも関わらずシールドエネルギーが減り始めた。接近されることに危機感を覚えた一夏は蹴り飛ばして離れる。すると減少が止んだ。
着地した霧島を狙い撃つのはラウラのシュヴァルツェア・レーゲン。レールカノンの砲撃を縫ってエネルギーワイヤーを切り払う。
「二度もIS学園の土を踏んで帰れると思わないことだな!」
『正確には、三度目の正直なんですが』
四対二。明らかな数の不利をまるで意に介さない霧島とデストラクターをよそに、別な場所から爆発が起こる。
『上手くやってくれてるようで何より。宣戦布告にしては上出来じゃない?』
『ええ、そうですね』
兜の下で霧島は吸収したシールドエネルギーの残量を確認した。三割にも満たない量に加えて、急加速のGは肉体に負担を強いる。
『ウチのシールドエネルギー分けたってもいいけど?』
『では、拝借しましょうか』
『返してくれるっての』
『無理ですね。頂戴します。しかし、大丈夫なのですか?』
『ハッ。ウチのISを他と一緒にしてもらっちゃ困るねぇ博士』
二人が固まったところにシャルロットとラウラの集中攻撃が始まるが、それを遮るようにBT兵器が陣形を組む。隣り合うBT兵器を繋ぐバリアが形成されて射撃を防ぐものの、ならばと撃ち込まれたレールカノンで破られた。だが二重に構えられて二人の損傷は皆無だ。
「くそ、あのBT兵器は厄介だな……」
『やってくれたからにはこっちからも返さないと失礼ってもんでしょ!』
そして、周囲が爆炎に包まれる。クリムゾン・フォウマルバウトから射出された小型の爆弾が一斉に起爆を始めたのだ。その被害から機体を守る為にBT兵器がバリアを貼る、ツーマンセルがあってこその性能。