インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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I bullet――殺意を込めた

 ――どれほど気を失っていただろう。目を開けると暗い天井が目についた。首だけで中の様子を確認する。

 質素なベッドに申し訳程度の灯り。何より響いてくる重いエンジン音。こんな場所に三日といれば時間の感覚など狂ってしまう。

 そんな場所に一人、見覚えのある顔があった。セシリアだ。まだ気を失っているのか、ISスーツのまま横になって動かない。

 シャルロットが身体を起こそうとして、激痛が走った。全身を襲う鈍い痛覚。

「セシリア……」

「…………」

 声を掛けてみるが、反応はない。シャルロットはそのまま天井を再び見上げた。

 此処は何処だろう。自分たちはこれからどうなるのだろうか。そんな事を考える。だがそれ以上に、一夏の事が気になった。

 シャルロットの考えを遮るようにドアが重い音を立てて開けられる。入ってきたのはヴォルフだ。二人を見て、鼻で笑う。

「最強の兵器を使っていたとはいえ、それがなけりゃあ只の女だな」

「……!」

「心配すんな、興味はねぇよ」

「ここ、は……?」

「依頼屋の拠点の一つさ」

 コンコン、と壁をノックしながらヴォルフは話を続けた。なんとか上体だけでも起こそうとするが、断念する。

「無理するなよ。お前らは大事な客なんだからな」

「客……? 人質じゃないの……?」

「そんなつまらねぇもんじゃねぇさ。撒き餌と同じだ」

 自分たちは餌なのだと語る。ならばそれに食らいつく獲物は……? 考えるまでもない、一夏達だ。しかしヴォルフはそのどれにも大した興味を示そうとしない。

「時間稼ぎといってもいいな。IS学園の専用機だろうが代表候補生だろうと今の俺には興味ねぇ。――強いて挙げるならルナリアだけだ」

「どう、して?」

「滑稽だからだよ。同時に、あいつが羨ましくて恨めしくて狂おしいくらいに愛おしくて――だからこそ、この手で殺してやりたくなる。アイツが殺すのは俺だ。そして俺が殺すのはアイツじゃない」

 そういえば、ルナリアはこの男にだけは明らかな敵意を見せていた。或いは殺意だったのかもしれない。

「キミは、ルナリアの何なの?」

「――そうだな。宿敵とでも言えばいいか。そんなことはどうでもいい。どちらにしろお前らがここに居れば、アイツは世界中をしらみ潰しに探してでも助けに来るだろうよ。そういう奴だ」

 ヴォルフは、知っている。ルナリアがどういう女なのか。どういう性格なのかを。シャルロット達の知らないルナリアの顔を知っている。

「お前らが次に陽の光を浴びる頃には、こっちの仕事も終わってる」

「IS学園の襲撃だけじゃなかったの」

「それは一つ目の目的。世界各地で寝てる野郎どもへのアラームだ。さっさと起きろ馬鹿共、世界の終わりが迫ってるぞ。祭りを寝過ごすつもりか? ――ってな」

 世界の終り? 思わずシャルロットは笑ってしまった。

 依頼屋がどれほど強大な組織であろうとそんな事は叶わない。世界を敵に回した悪党の末路は決まって滅びている。だからそれは夢物語だ。

「出来るはずがないよ、そんなことが」

「そうだろうな。俺もそう思ってる」

 シャルロットは目を丸くする。

「だから、俺は笑っているのさ。夢を見て追いかけて、それを間違いじゃないと信じて陶酔している愚かで滑稽極めた道化の集団を。目を覚ますのは時計のアラームなんかじゃねぇ、本命は現実だ」

 そう言って、ヴォルフは笑みを作った。その笑いは、何を考えているのかも分からないほどの。人では理解し得ない笑顔だった。

 部屋が揺れる。シャルロットがベッドから落ちそうになるのをヴォルフが支えた。ゆっくりと横に寝かせると、自分の左手を見つめる。釣られてそちらへ視線を向ければ、小刻みに手が痙攣していた。忌々しそうに舌打ちする。

「あ、ありがとう。……今の振動は?」

「目的地に着いたみたいだが、俺は時間切れだ。しばらく寝るさ」

 右手で左手を抑えながら、ヴォルフは部屋の扉に手をかける。

「お前らも寝てろ。くたばられたら困る」

 鍵を閉める音が聞こえた。ここは牢獄だ。鉄の牢獄だ。囚人の監獄だ。自分たちは罪を犯したのだから、それも当然だ。

(一夏、ラウラ、皆……ごめんね)

 額に手を乗せて、シャルロットはセシリアの寝顔に視線を向けた。その目には涙が浮かんでいる。

「……な、さ……」

 呟かれた言葉は反響する音にかき消されてよく聞こえなかった。

(世界の終り……? 一体、何をしようとしてるんだろう)

 想像も出来ない。

(とにかく、今は休もう……)

 自分達の安全は確保されていると見て間違いない。危害を加えてくることもないだろう。

 

 

 

 一夏達は意気消沈していた。ショックが大きいこともある。だが何よりも大事な友達が奪われたこと、自分達の力不足を嘆いていた。

「……くそ、くそっ。ちくしょう!」

「落ち着け一夏」

「落ち着いていられるかよ、千冬姉! セシリアとシャルロットが……!」

「だからといってお前が焦ってどうなる。一人で飛び出してどうするつもりだ。お前に霧島は倒せん、超えることも出来んぞ」

「それは……!」

 分かる。身に染みて分かっている。今の霧島はISに匹敵する兵器を世界でただ一人所有している。エクスペリエンス01――対IS専用兵器。太刀筋は鋭く、速い。頼みのシールドも接近されただけで奪われていく。そして機動力、瞬間的に距離をゼロに縮めるあの爆発力を使いこなしていた。雪片弐型一本だけの白式でどう立ち向かえばいいのか。零落白夜を発動しようものなら五秒も持たないかもしれない。焦る一夏の気持ちは分かる。

 代表候補性が誘拐されたとなればIS学園そのものの存在が危うい。責任は重大だ。だがしかし、どうしろというのか。

 相手は無貌の組織。何処からともなく現れて戦火の中に消えていく。拠点は何処か、統率者は誰か、目的は、次は何をするのか。何も分からない。下手に動くこともできなかった。

「織斑先生」

「山田先生、無事でしたか」

「はい。なんとか。出し抜かれてしまいましたけど」

「……メガネは」

「その、取られてしまって」

 ラファール・リヴァイブとはいえそこまでの接近を許してしまった挙句、身体的ハンデである視力を突いた戦法。

「しかし無事で何よりです」

「私は無事ですけど……」

 校舎も、敷地も戦火の痕。黒煙だけがゆらゆらと風に流されている。相手が悪すぎた。そうとしか言えない。

「今が夏季休校中で助かりましたね。生徒達も夏休みが長引いて」

「それだけなら、良いのですがね……」

 簡単に済まない。

 穏便に済むはずがない。

 一夏達の沈み方は声を掛けるのも気の毒だ。

 ――そんな学園に飛来する一機のISがいる。

「山田先生!」

「あれは……」

 トライアレンドの識別。ルナリアだ。

 上空を緩やかに旋回、高度を十分に落として減速。

 着地と同時にISを解除して……状況を察したのだろう。膝から崩れ落ちた。

(間に、合わなかった……)

 遅かった。遅すぎた。自身の最高速度よりも速く連中は引き上げた。こうなると最早手遅れでしかない。

「…………」

 なら、それでいい。今度はもう逃がさない。二度と逃がさない。必ず追い詰める。追いかけて、追い詰めて、問い詰めるまでもない。懺悔もさせるものか。

 一人残らず、一機残らず、一隻残らず。万物を裁く雷の鉄槌の餌食にしてやろう。流す涙も枯らすほどに、声も枯らすくらい干上がらせる灼熱で。

(……絶対に、許すものか! お前は私から声を奪った。お前たちが皆の平和を奪った。だから今度は、私がお前たちから全てを奪ってやる!)

 

 泣いて喜べ、依頼屋。お前達の望み通り戦争をしよう。私と戦争をしよう。全て奪ってやる。命を賭けて、お前達の全てを否定してやる。ヴォルフ。お前は私から声を奪った。誰にも届かないこの声で叫んでやろう。誰にも聞こえない声で吼えてやろう。

 お前の、お前達の誰一人一切合切余さず逃がさず追い掛けて追い詰めてこの手で殺してやる!

 その為なら私の手は銃を握ろう。心を血の通わない鉄にしよう。

 血を浴びて身体を流して、屍肉で腹を満たす獣になろう。

 だから今は束の間の勝利に酔っていろ。酔い潰れた頃に私が行こう。とびっきりのサプライズで銃弾をプレゼントしてやろう。だからその時を、楽しみに。楽しみに愉しみに待っていろ、笑って待っていろ依頼屋――!

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