ようやく解放されたのは授業終了のチャイムが鳴り終わった頃。げっそりと疲れた様子のルナリアは起動させたままのISを解除した。待機形態では皮を三つ編みにしたようなチョーカー。首元に宝石が付いてルナリアの首に巻きついている。
「あれ、ルナリアちゃんのISスーツもやっぱり私達と違うんだ」
言われて気付いた。クラスの専用機持ちであるセシリアとラウラも他の生徒と比べて色が違う。
ルナリアのISスーツは上半身がインナーシャツ、下はスパッツとなっている。他の女子はスクール水着と膝上にサポーターとなっている。どちらかと言えば一夏と同じようなISスーツなのだが、インナーシャツはスポーツブラのような服装なので肩が露出している。
「貴方、ルナリアさんと言いましたわね」
「……?」
博士に預けていた着替えと荷物は無事に届けられていた。当然IS学園の制服も中に入っていたのだが、着替えの最中にセシリアが声を掛けてくる。当の相手はまだISスーツのままだ。
「今日の放課後、よろしければ私のブルー・ティアーズと勝負しませんこと? 転校初日で慌ただしいのは百も承知しておりますわ。ですけれども貴方の実力をこのセシリア・オルコットが直々に計って差し上げます」
「…………」
ルナリアは、視線を逸らして間を置いてから頷く。セシリアがイギリスの代表候補生というのは知っていた。その腕前を知っておくには丁度いい機会だと判断したからこそである。すっ、と手を差し伸べたルナリアに面食らったようなセシリアが目を白黒させた。
「正々堂々、というわけですわね。負けても恨まないでください」
お互いの健闘を祈るような握手を交わす。
そして制服に袖を通したルナリアは着心地を確かめる。……悪くない。と、裾を持ち上げて確認していた。
サスペンダーに、ベルトを付けたIS学園の白い制服はどこか物々しさがある。ショートパンツの下からは黒いスパッツが見え隠れしていた。どことなく男装しているようにも見えるがただ単にルナリアの服装の趣味が男性寄りなだけである。それが他の女子の眼にはどう映ったのか、男装の麗人として更にもてはやされることとなったルナリアは再び慣れない喧騒の中心に持ち上げられた。
──ああ、IS学園ってこういう……。
大勢の女子に迫られながらルナリアは胸の高鳴りに薄く微笑む。こういう場所も、悪くない。……少々耳鳴りがするくらい騒がしい場所ではあるが。
昼休み。いつもの一夏争奪戦が巻き起こり、それから何事もなかったように全員が一夏と席を同じくしていた。だが今回はラウラがルナリアと同じ席で食事をしている。
二人のテーブルはただ黙々と昼食を食べているが、険悪というわけでもない。興味と好奇心の和気藹々
「あのIS、右腕の専用武装……あれは電磁加速砲か?」
ルナリアは首を振らなかった。それを肯定と見たラウラはそれで言葉を区切る。
ハンバーガーとポテトを平らげて口の周りを拭ったルナリアはラウラを見つめた。やがてポケットから手帳とペンを取り出すと文字を書き始める。
「……ん?」
そして、見せられた手帳のページにはこう書かれていた。
『詳しくは話せないけど、きょう味があるの?』
「気になっただけだ。私のISにも似た武装が搭載されているがあそこまで弾速が速くなかったからな」
再びペンを走らせて、ルナリアは見せる。
『しゃべれなくてごめんなさい』
「気にしなくてもいい」
『よかった。ありがとう』
ところどころひらがなになってしまうのは、まだ漢字が苦手だからだ。
「私生活では筆談、戦闘ではどうやって味方と連携を執るのだ?」
ハイパーセンサーによる通信でも音声ではなくメッセージの表示を行う。ルナリアはチョーカーを軽く叩き、メモ帳を見せた。
機体の特徴から、中・遠距離戦を重視したISだと見当がついている。セシリアとラウラの中間という位置だろうか。
戦ってもセシリアのブルー・ティアーズほど遊撃性能はない。BT兵器も搭載している可能性は低い。
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンほどの砲撃戦もこなせない。
よく言えば中~遠距離戦のエキスパート。悪くいってしまえば中途半端な機体だ。接近された場合の緊急離脱手段を持ち合わせているとは思えない。隠し持っている可能性もあるが、専用武装で両腕が埋まっている。その切り替えを行うにしても武装解除のシークエンスの間に撃破されてしまうだろう。どちらにせよ、ラウラはルナリアと戦っても負ける気はしなかった。
恐らくセシリアも同じような心境だろうが、こちらは少し違う。ただ純粋に相手の力量が知りたいという好奇心。それに──機体コンセプトの一致による敵対心だ。
自分の機体は実験・試作機の意味合いが濃いかもしれない。だがそれでも十分に戦うことが出来る。
(……そうですわ。私のブルー・ティアーズが、あのようなISに遅れを取る事は)
「……なぁ、箒。今日のセシリア、様子がおかしくないか?」
「私に聞くな」
「なんでだよ。そう思わないかって聞いてるだけだろ、そんな……何怒ってるんだ?」
「お、怒ってない! 早く食ってしまえ!」
「あ、ああ……」
首を傾げながら一夏は篠ノ之箒に急かされるままに昼食を済ませた。
そして、放課後──訓練用アリーナに向かうセシリアを一夏が呼び止める。
「い、一夏さん? どうかされまして?」
「のほほんさんから聞いたぞ。転校生と勝負するって」
「そうですの。ええ、もちろん勝つつもりですわ。彼女には悪いですけれども」
「そっか。頑張れよ、セシリア。俺もアリーナの席で応援するから」
「お、おおお応援!? 私を!?」
「そのつもりだけど……何かまずかったか?」
「い、いえそんなことはありませんわ! 私の華麗な勝利を見ていてください、一夏さん!」
「ああ。それじゃ」
一夏が走り去っていく。セシリアは赤く頬を染めてその背中を見送った。アリーナの中に消えていなくなるまで。
アリーナの待機室でブルー・ティアーズを起動させたセシリアは観客席からの喧騒を聞く。その中に想い人がいると思うだけで胸の鼓動が早鐘を打つ。頬が熱くなる。かぶりを振って深呼吸。間違っても醜態は見せられないのだから。
「行きますわよ、ブルー・ティアーズ」
そうして、セシリアはアリーナの上空へとカタパルトから発進した。クレーターの跡はもう残っていない。
一方、ルナリアは待機室でトライアレンドを起動させて見上げていた。装着する事もなくただ見つめている。
その左右非対称な脚に手を当てて目を閉じ、身体を寄せた。冷たい感触が肌に心地良い。緊張も解れてくる。
そして出撃しようとISに乗り込もうとした瞬間、箒と鈴が入ってきた。それに驚いて危うく尻餅をつきそうになる。
「へー、アンタがアメリカからの転校生なんだ。……なんかやけにでかい武装してるわねこのIS」
「でも無人機を木端微塵にしてたから威力は相当だと思うぞ」
「無人機……って、もしかしてあたしと一夏が破壊したアレのこと? 嘘、アレ一人で!?」
ルナリアはビクビクと頷いた。しばらく鈴に睨まれたが、悔しそうに唸りながら離れたので胸を撫で下ろす。
「まぁ、アンタの実力は私達も観客席で見てるから」
「頑張れよ、ルナリア」
「それじゃあね」
小さくルナリアは頷いて、トライアレンドへ搭乗した。
ロールアウトカラー、まだ灰色の状態で起動する。
次々と表示されるシステムチェックの報告の設定を確認。
《使用可能武装確認...完了》
《右腕:リリウス...接続完了》
《左腕:シールドバンカー...展開完了》
《全武装システム:正常》
《PIC設定:オートよりマニュアルへ》
「………………」
《脚部換装:
カチューシャと顎周りを保護するような形状のハイパーセンサーがルナリアの思考を処理する。脚部、足首から下が量子化し、換装を終えるが外観に大きな変化はない。
カタパルトに足を乗せてルナリアは深く息を吐いた。
──行くよ、トライアレンド。
そして、アリーナへと射出されたルナリアは一度は上空に打ち上げられたがその勢いのままに着地して地面を抉る。