スミスは愛用の45口径を整備しながら、世界の現状を憂いた。
かつての自分は戦火の最前線に立つ米国の軍人だった。それも特殊な。
あの頃の上官は今でも元気にしているだろうか。感傷に浸ろうにも、既にその思いを語れる数少ない生き残りも三本指に満たなくなっていた。
紫煙を吐いて、最後の煙草を揉み消す。
「…………」
今の自分に何が残っただろう?
父親は自分に会社を残して消息を絶った。移籍先の会社はIS専門企業だが、それ以外の情報はない。
社員達もあの日から自分に連絡することはなかった。だが派遣先の会社に進展の方を尋ねると全員元気にしているらしい。
手にしたタバコの箱を見つめる。掌に収まる程度の小さな嗜好品。日常的に吸うことで得られる手軽で軽い小さな幸福感。それを害した事によって奪った命と気まぐれによって救った一人の日本人の命。
霧島深崎もまた、自分とは同じ夢を見ていながら此処にはいなかった。所詮そんなものかとスミスは空の煙草を握り潰す。
ソファーに腰掛けたまま流れてくるニュースを聞き流していた。今日のアメリカは生憎の雨だ、これでは気分も湿気る。
例え世界を敵に回しても。革命家気取りの懐古主義者達の理想に共感してでも叶えなければならなかった夢だったのだろうか?
そんな疑問が頭の中を回っている。本当にそうだったのか、霧島――? 進化していく技術に、進歩する人類の未来についていけなかった惨めな言い訳だったのかもしれない。
「……戦争なんてくだらねぇさ。死ぬのはいつだって俺みたいな愛国者だ」
星条旗の為なら喜び勇んで挑もう。
今の自分に何が残っているのか。今一度自らに問う。
それらはリビングを見ればすぐに見つかった。銃に書類に写真立て。弾丸に資料に思い出。部屋に充満するのは嗜好品の名残。
三人で揃って撮った一枚の写真は、社員の一人がふざけて撮った物だった。そこには一つのテーブルを囲んで食事をするスミスと霧島と、ルナリアが写っている。少女だけはカメラに気づいていたのか目線を向けていた。
食事の時でも書類は手放さない霧島と、コーヒー片手に新聞に目を通しているダメな大人達だが真剣な表情で話をしている。日常の一コマという奴だ。この時は何を話していたのだったかを思い出そうとするが、一面に取り上げられている見出しを見て笑ってしまう。WBCだ。その勝敗を熱く語っていた当時を思い返せば、ルナリアにはいい迷惑だったろう。
(そういえば――)
今はどうしているだろうか。IS学園へ向かって、それからどうしているだろう。今や世界は火の海だ。はた迷惑なこんな世界に巻き込まれて今頃滅入っているのではないか。
それでも願っているのは一人の少女の安息。血の繋がりはない、言葉を交わすことも今では叶わない。口はあっても声は聞くことが出来ないのだから。一度でいいから愛する娘の声を聞いてみたいと願う。さぞ綺麗な声なのだろう。
――嗚呼、馬鹿馬鹿しい。これではまるで親バカだ。
自分が握りしめてきたのはいつだって鈍重な凶器であり、銃である。その身に染み付いているのは煙草と硝煙の香りだ。
孤独な家に呼び鈴が言う。客が来たぞ、と。スミスは物好きな相手の顔を拝んでやろうとドアを開ける。わざわざ雨の日に訪ねて来る相手なんて想像できない。会社が崩壊してからは自宅でデスクワークの毎日だ。いつから事務所に鞍替えしたのか、寝室には仕事の書類が散乱している。
「…………」
「…………」
来訪者はルナリアだった。傘もなしに濡れ鼠となって、ISスーツを滴る雨粒も気にせず玄関で立ち尽くしている。IS学園へ戻ったはずではなかったのか、それを問う前にシャワールームへ一直線に向かっていった。
アメリカから日本へ飛び、それからまたアメリカに戻ってきたのはどういう理由か。それも私服ではなくISスーツで。学園から抜け出して来たというわけでもない。しかし襲撃された事件は記憶に新しい。
「何しに帰ってきたんだ」
風呂上がりの娘に聞いても当然の黙殺。そのままあてがった部屋へ入ると鍵を閉める音が聞こえた。こうなるともう聞くだけ無駄だろう。
スミスも自室に立て篭ってデスクワークに勤しんだ。そんな時にメールが届く。相手はいつだったか足を運んだデュノア社からだった。
内容は共同開発した強化プランの第一号が完成したというもの。そのテスト結果の報告その他諸々だったが、今は生憎と深く読む気にもなれなかった。
今こうして暇を慰めるデスクワークに勤しんだところでなんにもならない。だが何もしないで酒に明け暮れる日々も退屈になってきていた。
キーボードに手を叩きつけて天井を仰いだ。そろそろ潮時かもしれない。ダラダラと怠惰に逃げ回る日々は湿っぽい今日の天気のようだ。
雨に濡れて項垂れる星条旗に拍手喝采が巻き起こるものか。
そんな湿気た国に愛を語れるものか、捧げられるものか。
自分が命を捧げ、愛した国はそんなちっぽけな物ではない。
アメリカに生まれ、アメリカで育ち、アメリカの土となって自分は生涯を閉じ、この国の礎となろうと誓った。誰にでもなく、この国に。
「隠居生活も悪くねぇ、なんて思った時もあるが……俺の性根には合わねぇらしい」
どうせ死ぬならそれはもう派手で刺激的な最後が相応しい。全身にプラスチック爆弾を巻いて死ぬぐらいイカれた頭で。最高峰のシネマのクライマックスを飾れるような死に様が。生身のスタントアクションはぶっつけ本番で、全米が涙するような脚本も保証されていない。だから自分は、一人のアメリカ人として死ぬのだ。誰に知られることもなく。
「…………さて、それじゃ今日で店は終いだ」
缶ビールを開けて一人乾杯する。相手はパソコンのメールだ。
「我が社自慢の完成品に、乾杯だ」
ルナリアが目を覚ました時には既に日が暮れていた。まだ雨は降り続けている。天候の悪化なんて関係ない、部屋の鍵を開けてリビングの電気が消えていることに疑問が残った。
(……出かけてるのかな)
適当に食事を作ってテーブルに並べると、走り書きされたメモが置かれている。
『家を空ける』
たったその一言。会社がなくなっても社長としての地位は揺るがないようだ。また忙しいのだろうと感心しながら食事を済ませ、ルナリアは家を後にする。
ISネットワークでセシリアとシャルロットの位置を検索しても結果は出なかった。依頼屋ならばネットワークの検索妨害程度の事は出来るだけの技術はあってもおかしくない。
(面倒な……)
ため息を一つ。トライアレンドを起動させる。人気のない住宅街で鋼鉄の乙女が翼を広げた。
電撃戦特化パッケージ《ミョルニル・ユニットType-A》――火力と加速性能を突出させるためにリリウスを中心として外装をまとうように再設計されたオートクチュールは、対施設・拠点攻撃能力に優れている反面、旋回性能を犠牲としている。
ステルスシールドを起動と同時に展開、視覚的な迷彩を施されてもこの雨ではシルエットが一目瞭然だ。
主翼と補助翼、双発式ブースターを背面と脚部に追加。右腕の固有武装であるリリウスも右側主翼のウェポンベイに当たる位置で固定。左腕の大型実弾盾は背中中央に格納し、むき出しだったリリウスの機関部を防御している。空いた左腕には追加の武装であるパルスライフル、左肩には八連装マイクロミサイルポッドを搭載。両腰にはシールドエネルギーパックを接続して稼働時間と防御性能の向上を図った。
飛行時には常時うつ伏せのような体勢でならなくてはならない。それが一番リリウスでの狙撃に適した状態なのだ。
テイク・オフから間もなくして、現状の確認。その最中――豪雨に紛れてエンジン音が迫る。
不幸を撒き散らす駆動音。戦火を求めて彷徨う狂犬。戦場を願んで止まない宿敵――ヴォルフ。
「見つけたぜェ、ルナリアァァァァァァッ!!」
「――――!」
何故? どうして見つけられるのか。視覚情報から遮断されているはずのISを。
そんな理由は簡単だ。あれは元から世界最強の兵器と戦う為に設計された兵器であり、人間の皮を被った化物である。
《ヴォルフ――!》
あの男だけは、生かしておくわけにはいかない!