降り注ぐ豪雨の中で重機動二輪駆動車が空を駆ける。その手綱を握る搭乗者は風防に映し出される視覚情報に笑みを隠しきれなかった。間違いない、ISの識別反応だ。トライアレンドのルナリアだ、嬉しいことに姿形が変わっている。機能特化パッケージを用いてまで依頼屋に喧嘩を売ってきた。それが堪らない、ヴォルフは戦場でこそ生きられる。自然とそのアクセルも強くなっていた。
現在解明されているIS技術の流用品で造られた『BLOOD WOLF』は依頼屋の計画が最終段階に移行したことで可能な限り改造が施されている。
フロントのカウリングに内蔵されていたプラズマエネルギーを使用したサーベルの出力向上、エネルギータンクの増設。後部ラックの積載量も大幅に増設されている。今やトライクとなった車体はエンジン出力も大幅に底上げされていた。40mm六連装発煙弾は取り外されているが、その代わりに電子戦闘用に仕様が変更されている。
「こちとらお前を探すために六時間も無駄にしてんだ! 愉しませろ、ルナリアァ!」
『お前の相手をしてる暇なんてない!』
「そうかい、俺は暇してんだ!」
聞く耳を持たずヴォルフはトライアレンドを追跡していた。相手がどう出ようと接近しなければ攻撃が出来ない。視覚的情報から身を隠したとしてもヴォルフには無駄だった。ISの情報共有を利用した位置の特定、それは一定範囲内に限定される。それは現時点で充分役立っていた。
「どうせ潰すなら俺達じゃなくて、お前の元のねぐらを吹っ飛ばしてもらいたいものなんだがな」
『――――』
「怒ったか? そりゃあ悪かったなぁ! お前がやる気出してもらわにゃ俺も商売あがったりだ!」
『そんなに死に急ぎたいのなら』
トライアレンドが反転する。リリウスが睨んでいた。人一人に向けるには過剰に過ぎる火力を前にしてもヴォルフはアクセルを弛めない。風防にメッセージが表示される。
『今、此処で殺してやる』
「やってみやがれ、人間様よぉ!」
ヴォルフは人間を見下していた。同時にそれを羨み、蔑み、妬み、憎んでいる。“人間”であるというだけで、だ。
パルスライフルの青い閃光が車体の脇を掠めていく。直撃したとしてもシールドバリアで防ぐことは可能だが、同時に稼働時間が減少する。すれ違いざまにプラズマサーベルを抜刀するが、機体をロールさせることでルナリアは回避。動きは戦闘機を元にしているようだ。そうと分かれば恐るるに足らない。
「お前の所為でこちとら火の車だ」
何をするにしても軍資金は捻出しなければならなかった。だがそんなことを気にする必要もない。借金など地獄で踏み倒せばいいのだから。
『それがどうした』
「おかげさまで計画を切り上げることになった! 予定より早く最終段階に移行してくれたさ、こればっかりはお前に礼を言わせてもらうぜルナリア! ようやくだ、ようやく俺は求めていた敵と戦える! もう少しの辛抱だ、楽しみで仕方ねぇ!」
マイクロミサイルが背後から迫る。
「お前の愛しの霧島博士にも感謝しねぇとな!」
『その口を閉じてろ!』
「だったら黙らせてみろよ」
その全てをヴォルフは切り裂いた。爆炎を浴びてもタンクの中身が減るだけで命を落とすわけではない。
雲を切り裂くと、別世界のように世界は晴れ渡っていた。
「随分機嫌が悪いじゃねぇか。そのくせよくも頑張るもんだ! 世界から目を背けて黙って寝てりゃあ知らねぇところで勝手に終わる! なのになんでお前はわざわざ首を突っ込む」
『お前みたいなクソ野郎が生きているのが気に食わない』
「クソ野郎、クソ野郎ときたか! こりゃあ傑作だ。だったらテメェはなんだ!」
太陽の光を遮るもの一つない青空の下で、雲の上で一人の少女と一匹の狂犬は殺意の応酬を繰り返す。その全ては例外なく人の命を奪うに足りる兵器だ。
「お前は、お前が嫌うクソ野郎と同じように人を殺してるじゃねぇか」
『黙れ』
「二人のお友達を助けるために何人殺せば気が済むんだ、ルナリア? 俺達はテロリストで、戦火の扇動家だ。だが生きている人間に変わりはねぇんだぜ? よぉー人殺し、最近調子良さそうじゃねぇか!」
ハンドルレバーのスイッチを操作してヴォルフは後部ラックからワイヤーを手にすると同時に宙へ放り投げた。それはルナリアの進行方向、直線上へ飛び出す。
全身に絡まった爆薬が一斉に起爆する。衝撃に襲われながらも姿勢を整えた。
『お前と、お前たちなんかと一緒にするな!』
「いいや、同じさ。人殺しは例外なく人殺しだ。それが不慮の事故だろうがなんだろうがな。お前は同類だろう? 違うか? 銃は罪悪感の簡略化の象徴だ。手に感じるのは反動くらいのもんさ」
襟元を緩めて首にペン型注射器を打ち込む。
「遊んでいられるのも時間の問題でな、巻いていくぞ」
液体が血液と共に全身に回っていく。途端に視界が霞み、それも一瞬のうちだった。歯を食いしばり、こみ上げる吐き気を飲み込みながらヴォルフは鮮明な視界の中でトライアレンドを目視する。
全身の血液が暴れだすような感覚。打ち込んだ劇薬は身体を蝕むと同等の効果をもってして生体兵器の感覚を超人的に引き上げる。その代償として細胞の急速な劣化がもたらされる故、使用は緊急事態に限定されていた。ヴォルフの肉体であっても五回が使用限度である。まさに命懸けだ。一度の使用であっても損傷が肉体に残る。
「――ああ、そうだ。お前の大事な大事なお友達だがな、場所を教えてやってもいいぜ? 条件付きでな」
『寝言を言うな』
「だったらお前はどうするつもりだ? 俺を殺して、それから世界中飛び回って人殺しを続けるのか。尚更俺と同類になっちまうぜ? それでいいなら好きにしな」
イグニッションブースターを起動させる。タンクの残量が30%を切ったところで予備タンクのロックを外し、一気に距離を詰めた。
それは、耐え難い。こんな男と同類になどされたくない――それに手段も選んでいられなかった。状況を冷静に考えれば、悔しいが相手の持ちかけた取引に乗るしかない。どちらにしろ依頼屋は壊滅させるが、苦虫を噛み潰して苦渋の決断を飲むしかなかった。
『条件ぐらいは聞いてやる』
「依頼屋に協力している亡国機業の連中を片付けろ。それだけさ。どうする? 俺にとっては邪魔なだけだ」
ルナリアはそれにパルスライフルとマイクロミサイルで返答する。
『詳細は』
「乗る気になったか?」
『お前はどうあっても殺すけど』
「俺もお前は殺す気でいるがな」
それをプラズマサーベルだけで切り抜ける、というのは悪夢のような光景だ。
「亡国機業爆破工作部隊・ヴォルケイノブレス。IS学園を襲撃したのもこの連中の協力があったからだ。実働部隊を率いるのはフレイ・バリス――お前の母親だったな?」
『デタラメを言うな!』
死んだはずだ。自分にISコアを託して。感情任せのリリウスは僅かに逸れるが、それでもエネルギーを削る役目を果たした。
空になったタンクを廃棄してすぐさまスペアに取り替える。逆手で振り抜いたサーベルが主翼の端を切断した。
「冗談だと思うか? お前にとっては死んでいた方が嬉しいだろうが、生憎だったな。瀕死のアイツを助けたのは当時の俺だ」
『どこまでも、余計な真似を』
「さて、条件を聞いた以上やってもらうぜ、ルナリア! こっちでそれを確認出来たらお前のISにデータを送る」
ヴォルフは左胸を強く握り締め、心臓の鼓動を押さえ込む。割りに合わない副作用が牙を剥いてきた。脂汗がじっとりと浮かび、口から血が垂れる。
「その手腕に期待してるぜ、亡国機業の元実働部隊さんよ」
『どこまで私を知っている』
「さぁてなぁ? ぼやぼやしてると俺まで手遅れになっちまうぞ」
雷雲の中へと走り去るヴォルフの反応が遠ざかっていった。
それからルナリアは機体を起こす。頭部を覆っていた機首を折り込み、主翼と固定武装のロックを解除。
左肩にマイクロミサイル、左前腕にはリリウスの機関部に繋がるパルスライフルを取り付けている。小脇に抱えるようにレールガンも増設してあるが《ミョルニル・ユニットType-A》では長距離移動状態で運用できない。
「…………」
生きていた――その現実を受け止め、理解し、事実である事をルナリアは否定したかった。追い討ちをかけるように届く一通のデータ。
それは依頼屋の拠点を隠れ蓑にして潜んでいる亡国機業の居場所と所有ISの位置情報。
他に選択肢はなかった。