インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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最後のビジネス

 モービー・ディック号の旗艦へ着艦したヴォルフは格納庫に到着して降りるなりヘルメットを投げ捨て、嘔吐感を手で押さえた。しかし指の隙間から垂れ落ちる赤い液体は溢れ続け、膝から崩れ落ちそうになっている。それでも、その男は笑っていた。

 狂気に満ちた笑みを浮かべながら口を拭い、壁に身体を引きずりながら赤い線を描き、霞む視界を振り払う。目の焦点が定まらなくなっていた。

(まだ、だ。まだ死ねるか……だが、まぁ、ハハッ。悪かねぇ……!)

 これが、死という感覚か。今まで死を振りまいてきた狂犬ではあるが、ヴォルフは自分がそう追い込まれたことは一度もない。その新鮮な感覚に未知の快感を覚えながらも、恐怖した。遺伝子に刷り込まれたカス残りの人間性が。

「…………ハ、ハハハ! おもしれぇ、そうか……これが――」

 これが、死か。死と呼ばれ、恐怖の象徴たる最期か。おぼつかなくなってきた足取りがとうとう崩れ落ち、医療班が総出で駆け寄る。

 解った。これでヴォルフは理解した。自分の有終の美を飾るのはやはり我が身を焦がす戦場の猛火以外はクソ喰らえだということが。

 意識が途絶えてからもその顔から笑みが消える事はなかった。

 

 

 

「艦長、ヴォルフの収容が完了致しました」

「容態は?」

「劣化が著しいですね。体細胞の一時的な成長促進によるリバウンドはやはり……」

「元より、後遺症など承知の上だ。あれは元々強心剤の一種として開発された。しかしそれを生体兵器に使用する成長促進剤として改良を重ねてきた結果が、あれだ」

「全快までおよそ半日、計画に支障は出ないでしょうか。仮にもヴォルフは我々の防御の要、もし今彼女達がISを起動させれば……」

「何故そう悲観的になる。計画は既に最終段階だ。残るはアレの射出、起動だ」

 敗北は決定している。一人の天才に挑む為に世界に喧嘩を売った愚か者共の末路など覆しようがない。

「霧島博士に大陸間弾道ミサイルとグレイ・ファントムの調整を急がせろ! ヴォルフが起きる前にだ!」

 タイムリミットは半日――三日天下もあれば充分だった。充分だ、それだけでもう。

 時代遅れの兵器であってもそれは世界の脅威に違いない。人類の歴史から、戦争の歴史から成長を続けてきた兵器達は死ぬことはない。世界最強の兵器が世界を支配したとしても。

「進路を取れ! 他の艦隊を全て陽動に回す! 弾道ミサイル射出まで潜水状態を維持しろ」

 

 霧島の耳にすぐエイハブの指示は届けられた。残り半日、早くても六時間以内にその作業は完了させるように。

「はぁ、解りました」

 だが果たして完成するだろうか? グレイ・ファントムのシステムは完成間近だ。残り三時間もあれば間に合う。しかし、霧島の留意している点はまた別であった。

 今の今まで静観を決めていた、篠ノ之束の介入――最悪のパターンは弾道ミサイルの射出がそもそも不可能な場合だ。進路を変更されては一溜まりも無い。こちら側からの調整は一切不可能となる。衛星軌道上まで上手く撃ちあがってくれればいいが……。

「束…………」

 端末を睨み、霧島は思いつく限りの手段を頭の中で試行錯誤する。

 ISコアを用いて演算処理? それぐらいならば容易くやってのけてしまうだろう。しかし量子コンピューター以上の処理能力でも駄目ならばどうするか。

 霧島は思考する。どうすれば篠ノ之束を、天才科学者を、愛する人を越える事が出来るのか――答えは、すぐそこにあった。どれほどに優れたコンピューターでも、天才でも、如何なる技術を用いても解明出来ない物がある。それは誰にでもあるもので、それは誰にもわからない物だ。

 霧島はすぐに作業に取り掛かった。自分のエクスペリエンス01に対する強化プランを放り投げて。

 

 モービー・ディック号の一室に監禁されているセシリアとシャルロットはどうにかして自分達の位置情報を知らせようとするが、外部との連絡がつかなかった。

「ダメだ、やっぱり通信が遮断されてる」

「では、私達はやはり……」

「此処から抜け出すのは無理かも。ISの修理も……」

 二人揃ってため息しか出てこない。現状打破に至るには余りに力不足だ。

「ISが使えなければただの女の子、か……」

「え?」

「言われたんだ、ヴォルフに。ISのおかげで女尊男卑の風潮になっているけれど、やっぱり男の人には敵わないのかな」

「……そんなこと、ありませんわ」

「じゃあ、セシリアはISが使えなくなっても戦えるの?」

 それは…、口ごもる。自分を守ってくれたのはIS。それがなければオルコット家も今頃――。

「わ、私は戦えませんわ」

「だよね。ボクもだよ」

「でも、ルナリアさんなら」

 言い掛けて、やめる。

「……一夏達、助けに来てくれるかな」

「来てくれますわ、絶対に。信じてますもの」

 ノック音に身構え、現れた青年の姿を見て二人は驚いた顔をしていた。

「霧島……さん?」

「こんにちわ、二人とも。身体の調子は?」

「何の用ですの」

「シャルロットちゃんに少し話があってね」

「ボクに?」

「ああ、すぐに済むから安心していいよ」

 シャルロットが案内された先は、格納庫。そこには霧島の黒武者、エクスペリエンス01ともう一機。

(あれ、この機体どこかで……)

「実は以前、デュノア社に武装の共同開発を持ちかけてね。その完成品がラファール・リヴァイブに実装される――予定、なんだけれども問題があってね」

「?」

「なんと言ったらいいのかな。うちの社長が乗り気でね、勢いに任せたというか……思った以上の威力に使い手が少々」

 要は、扱いにくい代物だと言いたいらしい。ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡならば任せられる、とデュノア社から通達があった。だが、こちらの会社と連絡がつかず霧島個人に連絡を入れていたらしい。

「でも、どうやって? ここから外部と連絡は取れないんじゃ」

「通常の通信なら可能だよ。限定されているけれどね。どういう原理かは……企業秘密ってことで」

「じゃあ、どうしてですか。敵に塩を送るような事を」

「敵であるとか、そういうことではないんだ。これは私が会社に身を置いていた時のビジネスだから、それだけの理由さ」

 データの転送は間もなく行われ、そのインストールは問題なく終了した。

 そのついでと言わんばかりにISのデータが欲しいと霧島に言われたが、丁重にお断りする。

「霧島さん」

「ん?」

「これ……ありがとうございます」

「気にしなくていいよ。使いこなしてくれればね」

 笑みで返す霧島がどうしてもこんな事をするような人には思えなかった。

「あの、霧島さん! 一つだけいいですか」

「ごめんよ。生憎ともう、時間はないんだ。彼女をお願いします」

 依頼屋の一人が歩み出て、半ば強引にシャルロットを元の部屋へと引き連れていく。それを尻目に、霧島は目頭を押さえると最後の作業に取り掛かった。

「卑怯と呼びたければ、それでもいい。束、君を超える為なら私は手段を厭わない」

 今となってはもう、それだけが生きる理由だ。

 全身にケーブルを接続された状態でグレイ・ファントムは弾道ミサイルへと格納されていく。あとは目覚めの時を待つのみ――。

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