織斑千冬は、悩んでいた。それは苦悩であったし、余りに荷が重い話でもある。というのも無理はなく、それは受け入れがたい目の前の事実と現実に違いは無い。
IS学園はあらゆる国家、企業に属さない。それはつまり永世中立国と何ら変わるところはない。自衛の手段は過剰とも言えるほど用意されている。世界最強の兵器――女性限定ではあるが。機密の塊と言っても過言ではない。その研究にあらゆる国家が血眼になっている。支援は惜しまない、自国で製造された兵器が優秀であることを証明できるならば。
現在の世界情勢を鑑みれば分かる。世界恐慌などと言っても笑えない。交通機関の麻痺、情報の錯綜、不明の終着点。しかし揃いも揃って馬鹿な対応をしていたわけではなく、確実に事態は収束に向かっている。持ちうる限りの手段を弄して徹底的に防衛策を取った結果、相手は前時代的な兵器を用いていることが判明している。ISを持ち出せば容易に解決する、そこで問題が起きた。
ISを所有していない国家はどうするか、である。
当然ながらその武装の開発・運用、そして資金面。技術等等の問題点。ISの原動力であるコアは限られている。自然、保有出来る国は限定された。戦火は国境を越えて無差別だ。炎こそは無慈悲な侵略者である。それはあらゆる概念、規則すら構わず灰に帰す暴虐だ。そんなものに国境などという曖昧なラインが通用するはずもなく、世界中無差別に火の海と化している。
だからこそ、IS学園に救援要請が出された。お前たちは世界最強の兵器を保有している機密国家だ、ならばそれで助けろ。そのために出した資金だぞと。当然ながら軍隊ではない。学生なのだ。戦争でもないのに徴兵制など適用して生徒を集めたわけでもない。学徒兵と勘違いでもしているのだろうか?
人並みの人情があるならば、せめてもの義理を果たそう。誰かが困っているのだから。救えるだけの力があるのだから。
同様に。人並みの人情があるからこそ千冬は悩んでいた。生徒たちを戦場に送り込む大人の傲慢さに。
相手がもしISを持ち出したらどうするつもりなのか。それで誰かが、万が一の状態となったら責任はどうするのか。非常事態で悠長に考えていることではないのかもしれないが、前例もある。
「……くそ、大人はいつも無責任に若者をこき使ってくれる」
苛立たしげに呟く千冬の携帯が震えた。着信相手を確認するまでもなく手に取る。
『やっほー、ちーちゃん。束だよー』
「……なんだ、こんなときに」
『あれあれ~? ちーちゃんったらご機嫌斜めかな。もしかしてタイミング悪かった?』
「今はお前のお茶目に付き合っている暇はないんだ。用件があるなら簡潔に済ませろ」
『う~ん、そうだね。タイムリミットは残り半日切っちゃってるから安心して。放っておいても勝手に自滅してくれるから大丈夫大丈夫、学園の方は施設が壊れたくらいでけが人も特にいないでしょ』
「けが人は、な」
誘拐された生徒が二名ほどいるが。
「タイムリミットとはなんのことだ?」
『制圧にかかる時間かな~。今の状態なら、だけど。艦隊も妙な動きをしてるけど取るに足らない事だし』
「そうか……」
『それにしても迷惑な話だよねぇ。声のでかい敗北主義者なんて、結局は世界を敵にするどころか、ただの邪魔者なだけ。身の程をわきまえない驕り高ぶった人間の集団の言葉なんて耳を傾ける価値はない』
「それでも、半日か」
時計を確認する。
『ま、なにをしても私には関係ないからいっかー。あはは、線香花火みたいなものだよ』
「さて、どうかな」
『あれー? ちーちゃんはテロリスト風情の肩持っちゃうの?』
「ああ。なにせ霧島がいるからな。このままでは引き下がらんさ」
束が無言になった間に、千冬は続けた。
「毛嫌いしていたな。目障りだと、邪魔なだけだと。実際わからんでもないさ。あの飄々とつかみどころがない癖、見ただけではな。今でも変わっていなかったぞ」
『聞きたくない』
「聞け」
ピシャリと冷水を浴びせるような酷な言葉を挟み、続ける。束は耳を塞ぎたい思いだった。
「音信不通になったと思えば、世界中を飛び回ってISの研究を続けていた。今では世界第二位の天才だと、笑えるか? 日の目を見ない、優れた鷹だ。それが掲げているものが何か知っているだろう。お前を超えること、ISを超えること、世界を否定すること。そこに私はいないんだ――誰のせいでこうなった? 誰のせいでアイツはそうなった。私か? お前か? ISか? それとも、亡国機業か? 束、私はな、こう思うんだ」
ひと呼吸置いて。
「他の誰かを愛していたとしても、私があいつを愛していたとして、嘘でも止めてやっていたらこうはなっていなかったと」
『やめてよ、ちーちゃん! アイツは、霧島は……』
「人殺し、か? 両親を殺害したあの事件は正当防衛と認められている。海外でも何度か遭遇したらしいが、出来すぎているな」
それが影を落としているということもあり、霧島は表立って評されることはない。千冬は気づいていた。それが束による工作であることも。やはりどこかでやっかんでいた、だから消してしまいたかった。しかしそれをことごとく切り抜けている。できる限り自然な手で、出来るだけ事故として済ませられるように。
「アイツとお前の大きな違いはな、束。お前が誰にも追いつけない天才なら、霧島は誰にでも追いつける天才だ」
束からすれば吐き気を催すような言葉だった。
「半分死んで、生きている。今のアイツはそんな状態だ。ならその半分は何処にあるか。お前なら分かるだろうがな」
『…………』
「恋する人は屍である。もう霧島は、お前の知らないところで、お前の手によって半分死んでいる」
『………かん……よ。分からないなぁ、私は』
明るく声を振舞っても、その中身は空だ。
『どうして?』
「束ほどの天才なら分かると思ったんだが、私の思い違いのようだ。生憎とお前ほど頭は回らない、だから本人に直接聞いてみろ」
『それだけは嫌』
明確な拒絶の意思表示だけは鮮明に届く。その言葉を耳にして、ふと千冬の脳裏に浮かんだ言葉があった。それに思わず微笑を携えて声が洩れる。見えない話相手が首を傾げている様子が手に取るように通じた。
「ふ……いや、なに。まるっきりお前と霧島の関係は、険悪な兎と亀だと思ってな」
悪い冗談だとでも言いたげに束が身体を伸ばしている。聞かなかったことにでもしているのだろう。
『それでね、ちーちゃん。残党のことなんだけど』
「半日とはいえ放置していて気のいいものでもないからな」
『その位置については“一応”教えておいてあげる』
「気を悪くしたか?」
『んー、何の話してたかよく聞こえてなくって。ほら私も忙しいからねー。今も暇見つけて片手間で話してるんだよー?』
「それは、すまなかった」
『そういうことだから。それじゃーまたね、ちーちゃん』
空を見上げて、千冬は多少はマシになった頭を掻いた。少し意地悪しすぎたかもしれない。
「はしゃぎすぎたな、敗北主義の悪党どもめ」
ふざけた祭りも今日で終わりにしてやる。そう胸に決めて千冬は踵を返した。